表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
18/93

1-18:傷痕

 部屋は闇に包まれていた。ガス灯は消され、窓の外にも夜のとばりが降りている。


「エルネス、始めてくれ」


 ダヴィドの声に、パチンと指の鳴る音がした。ふわりと閉めきった部屋に風が生まれる。黄緑色の光がポツリ、ポツリと辺りに浮かび上がり、それぞれの姿がうっすら見える明るさになった。隣に立つウスタージュの鎧に、弱く光が反射する。


 多分、魔法なのだろう。


 浮遊する光を避けるように、星南は後ろに身を引いた。何だかアレに似ていて気持ちが悪い。少し嫌な予感がしていたところに、リーンといういう音も聞こえ始めた。


 あぁ、懐かしい光景だ。


 鈴虫と時期外れの蛍、日本の風物詩。うわぁ、と鳥肌の立った腕を擦った。実物を知る身には、センチメンタルもへったくれもない、黒い虫なのだ。


 早く終わらないかな、と中央に立つエルネスを見る。


 巻き起こった風に黒い髪がサラサラと揺れて、瞳の閉ざされた顔は、うたた寝をしているように穏やかだ。すぅっと息を吸い込んだ、かたちの良い唇。それがほころぶ。


『求めし先は彼方 遥か彼方に有りて 辿たどり辿りて 吐息を探す しるされし色は此処に 大気に交じる事無く 色を持つ者――――月桂樹の君を探せルシェルシュ・ローリエ


 彼の手にある石が光を放つ。緑の火花が散って、部屋に満ちた光の粒が集束し始めた。不規則だった音がシンクロし、耳鳴りのような音が響く。キーンと頭の中に突き抜けるような高音だ。


「いたっ――――」


 星南は、思わず耳を押さえた。


「おっ、おい、セナ!」

「パパに逢いたくなったんだねー!!」


 ウスタージュの声と、嬉しそうな男の声が混ざる中、視界が白く塗りつぶされていく。あー、と思う余裕はあった。最近体験したばかりの感覚だ。


 こんな時に、ホント、ツイてない。


 糸が切れたように、身体が崩れ落ちる。衝撃を感じたのを最後に、星南の意識は閉ざされた。


「何やってんだ!」

「俺は何もっ?!」

「手くらい出してやれ、頭打っただろうが!」

「逢いたくなる筈無いでしょう?」

「照れなくて良いんだよ?」

「…………一先ず、全員落ち着いてくれ」


 ダヴィドの疲れ切った声に、沈黙が降りた。隣で渋面を浮かべるエルネスと、彼に抱き着くそっくりな顔の男性。その視線の先は床だ。


「色術式耐性を敷いていなかったのかい?」

「まさか、しっかり施してありますよ?」


 どうにか落ち着きを取り戻した彼等から、ダヴィドは視線を星南に向けた。


「フェルナン、セナは?」

「意識が無い」


 短く答えた彼は、溜息交じりに心当たりならある、と付け足した。彼女には前科がある。勿忘草の青(ミヨゾティス)の光に、二度も怯えたのだ。女神の加護を恐れるなんて、普通に有り得ない事だった。


「光を恐れる、ねぇ?」

「父上、いい加減に離れて下さい」

「やだ」

「貴方をお呼び立てしたのは、セーナを見ていただく為です」

「酷いなエルは。そんな他人行儀な言い方をして」

「黙ってセーナを見て来なさい」

「…………うちの子が、今日も冷たい」


 エルネスに素気無い対応をされた彼は、やっと双子のように瓜二つの息子から離れた。うっすらと淡い光を纏い、歩く足音はしない。それは、この姿が実体では無いからだった。彼の本体は遠く離れた帝都にあり、媒体を通して写し出された虚像の身体は、術者を真似る。


「珍しい、生きた蛇人族かい?」

「月桂樹の君、コイツの耳は本物です」


 星南を抱き上げたフェルナンは、ウスタージュに目配せをした。一瞬首を捻った彼は、近くで足を止めたその人に声を掛けられる。


「初めまして?鎧付きの若き竜人」

「はっ、は、初めまして!マロン・ウスタージュ・クロケと言います!」

「半竜人の家系に生まれた竜人とは、君の事か。苦労したようだね、話は聞いているよ」

「い、いえ、俺はそんなに…………」


 初めて神人を見たウスタージュは、どうしたら良いのか分からなくなった。同じ人族でも、第一種族である神人は神に最も近い存在だ。崇拝対象にしている国もある。敬うべきだが、どの程度がベストなのだろう。相手は、あのエルネスさんの父君だ。しかも姿は、見紛うばかりにそっくりで…………不気味と言ったら失礼だろうが、二人も居たら堪らない。


 化かされている気分になるな。


 頬を掻いてそれを誤魔化すと、エルネスと同じ顔がニコリと微笑んだ。サーっと背筋が冷える。心臓に悪い笑顔だった。


「その内、ゆっくり話を聞かせておくれ。さぁ、今は下がっていなさい。金属は神人の祝福に過剰反応するからね」

「…………は、はい」


 そのまま手招きするダヴィドの隣に移動すると、セナは大丈夫なのか、と聞かれた。倒れる前に、小さく何かを言った気がする。けれど、それが言葉か呻きなのかは分からなかった。


「寝ているように見えます」

「そうか」


 ダヴィドの瞳が、再び星南へ戻された。髪型、服装、エルネスとそっくりな姿をした男が、小さな頭を撫でている。ウスタージュは拳を握りしめた。焦燥なのだろう。触れる事が出来ない自分は、出会って間もない男にさえ出遅れている。


「片親が神人で無ければ、この髪色は出ない筈だよ。瞳も曇りの色なんだろう?」

「はい」


 フェルナンは答えたが、問題は彼女の耳が本物だという事だ。彼もそれに気付いたのだろう。初経の有無は、と直ぐに聞いてきた。


「有り、かと」


 困ったねぇ、と淡く光を纏う神人は首を捻った。


「身体に祝福痕(カプリス)が無ければ、この子は禁姻きんいんの子だ。奇跡的に少量出血で発病しないだけの、ね」

「怪我をして、それなりの出血をしていますが」

「セーナは、乾燥魚を手掴みしたんですよ。手袋一枚真っ赤に染めたのに――――」


 歩み寄ってきたエルネスが星南の腕を持ち上げ、包帯を解く。その右手には、傷跡さえ残っていなかった。


「既に病原になっている、という事はないのかい?」

「しっかり、意思は残っているんですよ」

「息もしています」


 すーすーと健やかな寝息を立てて、ぐっすり眠っている。見下ろしたフェルナンは、腕にかかる重さに幻ではないと囁かれた気分になった。神人にも首を捻られるなんて、本当にコイツは何で出来ているんだ。


「まぁ、他の可能性が無い訳ではないよ。でも、現状は黒だろうね…………うーん。それよりも、ここは何処なんだい?さっきから、妙な圧力を感じるんだ」


 エルネスに似た顔が、困ったように眉を寄せた。


「此処はアングラード。聖ネルベンレート王国の青域せいいき都市ですよ」

「何だって?!」


 彼は、エルネスなら絶対にしないであろう驚愕の表情を浮かべて、飛び上がった。


青石の国(アジュール)の隣じゃないか!!」

「それがどうか?」

「どうもこうもあるものか、三色菫パンセの水神に睨まれてしまう!寧ろ今、睨まれたところかもしれない!!あぁ、こうしてはいられない。エリオの森でまた呼んでおくれ。その時は移転でも、何でもしてあげるから!」


 早口に言うなり、その姿が光に変わる。


「父上!」


 エルネスの手が空を掴んで、部屋に闇が落ちた。


「相変わらず、落ち着きの無い方だな」

「あの駄目神人…………!」


 ダヴィドは、彼の肩を労うように叩いた。


「仕方ない。セナには、極力衝撃を与えないようにして進もう」

「エリオの森は王国最南端ですよ。此処から最も遠い森です…………持つのでしょうか」

「大丈夫だ。俺には、黒点に見えん」


 彼が言い切る事で、不思議とそんな気がしてくる。四人は顔を見合わせた。


「セナを死なせるな」

「了解――――」

 

 

 

 ガタガタという揺れが、横たえた身体を包む。星南が目を開けると、紺色の天井が薄明かりの中に見えた。


「んっ…………!?」


 慌てて飛び起きると、白いクッションがぽろぽろ辺りに散らばる。馬車の中だ。周りは木箱に詰められた荷物がぎっしり積まれていて、同乗者の姿は見えない。ほろの外が明るいから、もう朝なのだろう。荷物同様、クッションまみれで箱に詰められていた星南は、首を捻った。


 この状況は如何に?


 大事な通信魔法の途中で、意識が飛んだ記憶はある。あれが夜だから、今は翌朝だろうか。服装は、一切乱れのないギルドの制服のままだ。首を捻ってもう一度辺りを見回すと、後方に赤いローブが掛けられているのが見えた。多分この馬車の御者は、エルネスさんだ。違ったら、寝ている間に売られたと諦めるしかない。


 木箱の中で身じろいだ時、馬のいななきが聞こえた。続いて、馬車の揺れが穏やかになる。


「…………」


 外に複数人の声がした。門番だろうか。停止した振動に、思わず息を殺す。隠れるように木箱に身を丸めると、クッションが少し埃臭い事に気付いた。


「なら、ベルコへ迂回しよう」


 ダヴィドの声が聞こえる。良かったぁ、と星南は安堵に吐息を溢した。これはちゃんとカナリの馬車だ。ともかく、ダヴィドさんが一緒ならば大丈夫だろう。そうと分かれば、揺れのない内がいい。いそいそ木箱から抜け出して、荷物の合間を縫って御者席へ向かう。下がる幌の隙間から、緑と紺のローブが見えた。その紺色の方がすぐに振り向く。


「出て来るな」


 にべもない。フードまで被ったフェルナンは、見える口元だけでも不機嫌だった。荷物の隙間で停止せざるを得なくなった星南は、そこで口をへの字にする事しか出来ない。


青海ゲドの大シケとは、この時期珍しいですね」

「これも三色菫パンセの水神の仕業か?気紛れにしても、たまらんな…………ああセナ、もう出て来ていいぞ」


 聞こえたダヴィドの声と共に、エルネスが振り向いた。


「気分はどうですか?」

「えっ、えーと…………はい」

「大丈夫、なんですね?」

「はい」


 他に伝わる言葉が無いので、それしか言う事が出来ない。それでも、元気だとアピールすべく、大きく首を縦に動かした。


「外が見たいなら、ローブを着ていらっしゃい。まだ馬車を止めていますから」

「はい!」


 外が気になっていた星南は、慌てて荷物の奥に滑り込んで行った。エルネスとフェルナンは、顔を見合わせる。


「いたって元気そうですね」

「俺は、一つ嫌な予感がする」

「何です?」


 首を傾げるエルネスに、悪戯に付き合わせた時より酷いゲッソリ顔で、フェルナンは白状した。


「アイツ、一人でローブが着れないんだ」

「…………珍しく、甘やかしたんですか?」

「…………」


 そう言われると、全く否定できなかった。そんなつもりは無かったのに、確かにこれは甘やかしだ。


「フェルナン~!」


 ほら来た。赤いローブを抱えた星南の目線の先は、隣の男では無い。


「いい加減、着方を覚えてくれ」

「それは山々なんですが…………」


 何しろローブの掛け金は形が変わっている上、首下でよく見えない。オマケに硬い。


「セーナの手袋を出さなくては」


 フェルナンに向けてニコリと笑った隣の男は、御者席からひらりと身を翻して逃げた。今のやり取りだけを見て、星南が出来るようになるとは、思えなかったらしい。精々甘やかせ、とでも言いたかったのだろうか。冗談ではない、仕事が増える。


「ココの金具を――――」


 仕方なく、自分の着ているローブで実演して見せる事にした。それでも、嫌な予感は基本的に当たるようになっている。


「セナ、指を挟むぞ」


 もたもたと手間取っている星南を、見かねたダヴィドが手伝った。それをやるから、このチビ助が出来ないままなのだ。


「馬車に居るか?少しなら馬にも乗せてやるぞ?」

「ダヴィドさん、コイツは馬酔いしますよ。マジで止めた方がいい」


 そう言って御者席から飛び降りたフェルナンは、ダヴィドが放置した馬の方へ行ってしまった。その隙に、星南は外へ顔を出す。馬車に繋がれた馬は、紺色だった。ちょっとした、びっくりカラーだ。


「セーナ、お前、大丈夫なのか?」

「ウスタージュ?あれ、鎧は?」

「俺の名前と、もごもごを一緒にするなって」


 日本語がもごもごに聞こえる青年は、濃紺の制服に同色のローブを纏って馬に跨っていた。鎧のせいで、いかつい体型だと思っていたけれど、違ったらしい。案外スッキリしている。


「ウスタージュには、いきなり触ったりするんじゃないぞ。まだまだ危なっかしい」


 ダヴィドがそう言うと、本人も肩を竦めてみせた。何が危ないのか良く分からない星南は、首を横に倒す。彼はカナリの中では普通の人だ。歳も近そうだし、話しやすい。それでチーズの恨みが消える訳では無いけれど。


「セナに、これからの事を話しておこう」


 大きな手が、ローブの上から頭を撫でる。一度離れたその手は、星南の右手を掬い上げた。そこに包帯が無い事に、今更気が付く。


「俺達は、討伐任務をこなしながら聖ネルベンレート王国、聖都シュラールを目指す。約ひと月は馬車での旅だ」

「は、はい」

「頑張ってくれるか?」

「はい」


 しっかり頷くと、彼はホッとしたように笑んだ。取られていた手が離されて、自分に戻って来る。あんなに血が出た筈なのに、もう傷痕すら残っていなかった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ