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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
17/93

1-17:柔らかい物

 元の部屋に戻った星南は、椅子を足す、と言ったダヴィドに留守番を命じられた。さして広くない部屋だ。ここに全員集まったら狭いだろ。そう思って首をひねっていると、彼は直ぐに戻って来た。


「…………ダ、ダヴィドさん、それは」


 頭を抱えたくなった。じゃなくても狭いというのに、彼は机を運び入れたのだ。


「今度こそ、椅子を持って来る」

「は、はい…………」


 律義に宣言して、再び部屋から出て行く。残された机。四畳半くらいしかない床の半分は、既にベッドが占拠している。どう考えても、五人で食事の出来る広さはない。仕方なく窓際のチェストをガタガタ動かしてはみたものの、運ばれた机が最も邪魔だった。


 星南は、これがダヴィドの気遣いとも知らず知らずに、げんなりとする。もう少し頭の良い人だと思っていたのに、やっぱり脳筋なのだろうか。机や椅子の配置に困って、溜息が零れる。エルネスにされた事を悩む暇など無かった。


「ダヴィドさん、椅子を二脚減らして下さい!身動きが取れません!!」

「何だ、何かあったか?」

「椅子は、こんなに要りません!」

「椅子か?椅子がどうした?」

「邪魔なんです!」

「こらこら、重ねたら座れんだろうが…………あぁ、不要だと言っているのか?」

「はい!!」


 彼は察しが良かった。ウスタージュでは、こうはいかないだろう。


「ベッドをそう使うか。なら、クッションが要りそうだな」

「あるんですか?」

「任せておけ」


 なんて心強い。ベッドをベンチにして机を置き、椅子を三脚並べる。トイレのドアは誰か立たなければ開かないけれど、これが一番マシな配置に思われた。丁度そのタイミングで、ウスタージュが戻って来る。


「ダヴィドさん、大変な事になりました」

「出し抜けにどうした?」

「フェルさんとエルネスさんが…………」

「あぁ…………もういい、状況は分かった」


 ダヴィドは、ウスタージュの肩を叩いてねぎらった。それとは逆の手で、額を押さえる。星南が近付いて見上げると、二人は何とも言えない表情で見下ろしてきた。


緘口令かんこうれいだ」

「了解です」

「え?」


 ダヴィドは星南の頭を撫でて、飯の支度だ、と話題を変えてしまった。食事はまたポトフ。それが五つも乗った大きなトレーを乗せると、さして幅のない机はいっぱいになってしまう。だと言うのにウスタージュは、背負った麻袋からパンやチーズ、何か不明の黒い塊を出してダヴィドに見せていた。


「随分貰って来たな」

「俺、暫く食堂には行けないかもしれません」

「安心しろ、今夜立つ」

「えぇーっ!」


 やっと部屋で眠れると思っていた星南は、びっくりした。野外泊は好きになれそうにない。テントすら無いのだから、野宿と言った方が良いだろう。ホームレスだって、もう少しマシな場所で寝ている気がする。不満げにダヴィドを見上げると、王国軍が近くに居る、と彼は困った顔で教えてくれた。それが何だと言うのだろう。よく分からないまま首を傾げれば、お前を探しているかもしれん、と笑えない事を言われた。


 私を、探している?


 何の為に?まさか異世界人だから?それ以外に理由は思いつかない。


「此処に居れば鉢合わせだ。暗緑シアンの森で時間を潰す予定だったが、あそこもキナ臭い」


 そう言って近くに来たダヴィドは、床に片膝を突いて目線を合わせるようにした。そうされると彼より視線が高くなり、何とも、申し訳ない気持ちにさせられる。見下ろす事には、慣れていないのだ。


「心配ない。今度は馬車だ」

「はい」


 じっと見上げてくる琥珀色の瞳。まるで猫みたいだ。瞳孔が細くて長い。この人も普通の人間では無いのだろうな、と寂しく思う。


「セナ、何が不安だ?」

「…………私は、この世界の人じゃ」


 言いかけて、伝わらない事を思い出す。戦慄わなないた唇。それに歯を立てて、じっとダヴィドを見た。偽らないと決めたんだ。私はこの世界の人間じゃない。それをどうしたら伝える事が出来るのだろう。伝えたら、どうなるかな。


「もういい、セナ。追い詰めたい訳じゃない」


 ポンポンと、軽く肩が叩かれた。ダヴィドはそのまま立ち上がって、星南の手を引く。数歩引き寄せられて、その長身を見上げた。私が何者でも、この人は歯牙にすら掛けない気がする。その余裕が羨ましい。


「ウスタージュ、エルネスがもう戻るぞ。先に飯だ。その後に通信を開く」

「了解」

「セナは端に座っておけ」

「…………はい」


 その言葉通り、残りの二人も間もなく部屋に現れた。扉を開くと当時に、首筋を押さえたフェルナンが、ダヴィドに駆け寄る。


「アイツ、やりやがった!」

「分かっている、落ち着けフェル」

「落ち着けるか!本当に噛まれたんだぞ!!」

「それは…………なんだ、激しかったな?」

「語弊のある言い方をするな!!」


 星南がじっと様子を窺っていると、ウスタージュが隣にやって来て椅子に腰かけた。


「セーナ、世の中には不思議な事が沢山あるんだ」

「はい?」

「ほら、このパンが一番柔らかそうだぞ」

「ありがとうございます?」


 手渡された楕円のパンを見て、もう一度ダヴィド達に視線を向ける。何があったんだろう。あんなにフェルナンが怒っているのに、ダヴィドとエルネスは苦笑を浮かべるばかりだ。


「お前にとっても、いい虫除けだろうが。ほら座れ。セナが我慢できなくて食い始めているぞ」

「えっ!?」

「くっそ!間抜けな顔しやがって!!」


 何だか理不尽に貶された。


「もう忘れろ、今夜には立つ」

「私は結構、役得でしたよ?」

「ふざけんなっ!!」

「落ち着け、な、フェル?後でウスタージュを噛んでも良いぞ?」


 星南の隣で、指名された青年がゴホッと盛大に咽た。


「むっ、無理ですって!俺、男っスよ!?それならセーナを噛むべきです!!」

「わ、私!?」


 匙を向けられた星南は飛び上がった。噛むって、何!?私は美味しくありません!骨と皮ってよく言われるんだから、絶対に!!


「セーナは駄目だ。成長期の子どもが、色を提供できる筈が無いだろう」

「なら、ウスタージュか!」

「フェルさんっ!?」

「冷めますよ、食事にしましょう?」


 サラッとエルネスが纏め、どうにか全員が腰を落ち着けた。何か不穏な話をしていた気がする。噛むとか、人としておかしいだろう。犬じゃあるまいし。しかも色を提供って…………もし日本と同じ意味だったら、今すぐ逃げるべき案件だ。


「心配するな。ちょっとした遊びの話だ」


 ダヴィドが苦笑気味に話す。けれど、そう言われると余計に気になって来るものだ。フェルナンをそろりと窺う。彼は首に当てていた手をしかめっ面で見ていた。エルネスさんが噛んだって事?だからフェルナンも噛みたいの?伝言ゲームの噛付き版なんて、絶対に参加したくない。


「セーナ、チーズは食べますか?」

「ほら、炙り肉もあるぞ?」


 気を逸らすように、揃って二人が食べ物を勧めてくる。やたらと腹持ちの良い昼食のパンが、まだ胃に残っている気がする。あまり食欲がない。だから首を振ってそれを断る。


 ちゃんと食わないと育たないぞ、とウスタージュが小声で言った。小さくても可愛らしいですけどね、とエルネスが笑えば、食って寝とけば死にはしない、と極論を言ったダヴィドに批判が集まる。笑いが部屋に満ちた。


 異世界三日目の夜。


 それが、まるで家族と囲むような食卓の雰囲気になるなんて、思いもしなかった。そう思うと目頭が熱くなる。一年前に天涯孤独となった身には、堪えるなぁ。


「めそめそしてんじゃねぇよ」


 ぶっきらぼうに言ったフェルナンが、白いハンカチを差し出してきた。


「メートル・オブリに頂いた。お前が使え」


 香水の香りがする飾り気のない布。それを押し付けて、彼は遠い目をした。もしかして、と星南は思う。私と一緒で、エルネスさんに虐められたのかもしれない。


「フェルナン、痛い?」

「…………痛くねぇよ、お前は黙って飯を食え」

「フェルさんの元気が無いと、どうにも調子が出ないっス」

「お前はずっと、そのままでいろ!」

「地味にひでぇっ!」


 賑やかになった星南たちの向こうで、ダヴィドはエルネスを小突いた。

 

「メートル・オブリに見られたのか?」


 ええ、と流石に視線を逸らせた幼馴染に、溜息が出る。


「人払いを確約して頂きました」


 つまり、茶番の甲斐無くという事だ。フェルナンが怒るのも無理はない。


「それで、どうして噛んだんだ?」

「実は伏兵が居ましてね」

「なに?」


 エルネスは、犬が散歩に出てまして、と他愛無い会話のように返事を返す。つまり、犬人の手先が居たという事だ。そしてその犬は、フェルナンの珍しい笑顔に()()()らしい。食堂から付いて来たと言うのだ。


「本物か?」

「犬を見間違える筈が無いでしょう?」

「毛色の可笑しい、犬だったのか」

「えぇ…………大分可笑しかったんです」


 そう言って息をついたエルネスは、その尻尾を出させる為に、フェルナンに色を求める行為に及んだらしい。つまり、噛み付いたのだ。


「あの子に純情が残っていて、私は嬉しくなってしまいましたよ」

「余計な事を言うな」


 一言多い隣の男に、ダヴィドは硬いチーズを押し付けた。


「通信はどうするんです?」

「隣の部屋だな。メートル・オブリが手を回して下さるなら、時間は掛けられん」

「気が重いですね」


 父親嫌いのエルネスは溜息をついた。そのついでのように、押し付けられたチーズをフェルナンに回す。


「俺も、気が重いぞ」


 ダヴィドはエルネスに視線を向けた。それは言外げんがいに、お前のせいでな、と言っている。


「仕方無いじゃありませんか。ナメられているようでは、子守は務まりませんよ?」


 それも事実だったので、ダヴィドは星南を脅かした男を叱る事が出来なくなった。


「…………もういい、さっさと食え」

「新人教育は、貴方の仕事ですよ?」

「あぁ、分かってる」

「部下の育成も、疎かに出来ませんよね?」

「…………あぁ」


 藪蛇と化したエルネスから、ダヴィドはすぐさま逃げる方を選んだ。


「ウスタージュ。お前、野草辞典を持ってきているか?」

「簡易のならありますよ」

「後でセナに渡せ」

「ん?」


 名前の出された星南は、ウスタージュとダヴィドをきょろきょろ見比べた。


「明日からでいい。薬草師の勉強をしろ」

「や、薬草師…………」


 そう言えば、そんな話だった。


「セーナ、文字は読めるんですよね?」


 エルネスが聞く。否定するチャンスだったのに、彼の顔を見たとたん、ピンクの小箱が頭を過ぎった。うわぁーっと星南の時が一瞬止まる。あの箱は何処に行ったのだろう。まだこの部屋にあるのだろうか。まさか、エルネスさんが持っていたりしないよね?


 読めないと認めたとたん、この場でレクチャーされたらどうしよう!


 服を剥ぐ、皮を剥ぐ、果ては首切りそれよりも。この食卓で、タンポンの使用法を語られるのが怖かった。どうすればいいの?読めると認める訳にはいかない。知るチャンスを逃してしまう。


「な、なんだ?」


 必死の形相で星南に見詰められたダヴィドは、目を僅かに見開いて驚いた。流石の彼も、それだけでは何を伝えたいのか分からない。


「文字が苦手なのか?」


 しかし、最高に都合の良い事を言ってくれた。間違いではない。真実でもない。エルネスが怖い。


「ホント神様、酷過ぎる!私に何の恨みがあって!!」

「騒ぐんじゃねぇよ」

「フェルナン、聞いてよ!私はまっとうに生きようとすると、セクハラの憂き目にっモガっ!」

「五月蝿い!」


 またしてもチーズを口に詰め込まれた。しかも、硬いやつだ!


「しっかり噛んで下さいね」


 シレっとエルネスが応援してくる。星南は忌々しいチーズを渾身の力で噛み切った。歯がじーんとする。その残りを、視線反らしたウスタージュに素早く贈呈した。


「うわぁっ!ポトフの中に入れんなよ!」

「責任もって食え」


 ダヴィドがジト目で言った。そもそも、そんなチーズを持って来たのはウスタージュだ。それをダヴィドに渡したのも彼である。巡り巡って、硬いチーズは首謀者に返って来た。


「好きで貰って来たんじゃありませんって…………」

「もごもごもご」

「慰めはいらないぞ」

「もごもご…………」

「お前若いんだから、歯は丈夫だろう?」


 言葉が伝わらないって、何だかすごい。星南は肩を落とした。


「さあ、ふざけてないで食ってくれ。予定が押すぞ」


 リーダーの指示に、メンバーは大人しく従う事となった。けれど硬いチーズは、最後まで二人を苦しめる。


「竜人に硬いって言わせる食い物って、何なんだよ」

「もご…………」

「セーナ、そろそろ吐いていいぞ」


 情けはいらん!


 キッとウスタージュを睨むと、どういうチーズか知ってるか、と彼はニヤニヤしながら聞いてきた。それくらいは流石に知っている。チーズはミルク無くして作れない。これの味は何だか味噌っぽいけれど、おかしな物では作れない筈だ。


「ダニって虫で作るんだぜ?」

「ならば、もう一つ食えるよな?」

「ダヴィドさんひでぇっ!!」

「酷いのは誰だ?食っても問題ない虫だろうが。物を知らんセーナを脅かすな」


 食べても問題ない虫、しかもダニを食べているようです。全然嬉しくない情報だ。星南の目は据わった。いつか蜂の子料理を作ってあげよう。私のトラウマメニューで仕返してやる!


 何だかもう、野宿くらい全然平気に思えてきた。


 柔らかい物が恋しい。

 

 

 

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