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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
15/93

1-15:両立

 星南は膝から崩れ落ちた。それに驚いたのは、話を聞かせたウスタージュだ。掴んだら壊すに決まってる。だから、腕一本すら差し出しはしなかった。けれどそんな自分に、初めて歯痒さを覚える。


 このままだと俺は、酷い怪我をした時に抱き上げる事が出来ない。人はそれを、見殺しと言うのだ。


「ウスタージュ…………」

「お、おいっ!セナ、大丈夫か!?」


 慌てて側に膝を突く。そんな事をしても、何にもならない。今頃になって自分の無能さに気付いてしまった。道具が持てるだけでは使えんぞ、とダヴィドの言葉が甦る。物には慣れた。駄目なのは人だけだ。


「神は死んだって、笑えない」


 星南の目の前にあるのは、銀の鎧に包まれた足だった。その曲がった膝に、なんとはなしに手を添えて、ウスタージュを見上げる。カシャンっと金属音が響いた。包帯に包まれた痛々しい手に、彼は呼吸を忘れる程驚いたのだ。相手に触れる事が出来る。それは至極当然の事だった。やり場のない腕が宙を彷徨う。


「ねえ、続き、教えて…………?」

「ななな、な、何だ?」

「ウスタージュ!」

「お、おうっ!」


 彼は完全にテンパった。フェルナンに言われた内容が、頭の中でごちゃ混ぜになる。俺は何してるんだった?一緒に混ざりそうになっていた正気を引っ張り出し、どうにかそれを思い出す。


「あっ!あぁ、神話の続き、だったか?」


 聞いてみれば、コクリと頷かれた。良かった正解だ。一度話が合わなくなると、元に戻すのは難しい。


 特異言語セリュレオムを少しでも話せれば良かった。


 ことにそう思う。何時もより近くにある灰色の瞳が、真っ直ぐ自分に向いていて、むず痒い気持ちが湧き上がる。彼は行き場のない腕を組んで星南を見た。こんな子だっただろうか。もっと危うい、何かがあったと思ってた。


 でも。


 生き生きしている方が、子どもらしくて可愛いじゃないか。


「学校の先生とかに、憧れてたしな」

「ん?」


 何処からそんな話が出て来たのだろう。星南が首を傾げると、彼は咽るように咳をした。そして今のは独り言、としどろもどろに説明をする。何だか様子がおかしい。


「えーと、神代かみよの下りはだな、創造神が最期に作った神々の歴史なんだ」


 挙動の怪しいウスタージュの話によると、最期の神々は五人居たそうだ。それが今は二人と半分しか居ないらしい。


「まぁ、細かい所は省くけど。結論として、神様達はもう増える事が無い訳だ。最期の神々は五柱で一人、つまりそういう事さ」


 やり切った感じで、ウスタージュは話を締めくくった。丁度そのタイミングで扉が音をたてる。昼食を持ったフェルナンだった。


「話は神人まで進んだのか?」

「っ!」


 ヤバイ、という顔をした青年の横で、無情にも星南が首で否定する。はぁーっと溜息と共に、二色の瞳が閉じられた。その眉間の皺は、まるで川の字みたいだ。


「ウスタージュ、お前それでも研究機関(ラボラトワ)候補か」

「実は事務能力の方が高いって、ダヴィドさんに言われたんスよ」

「…………そんな事は聞いてねぇよ」


 ポトフのトレーを机に置いて、フェルナンは座り込んでいた星南の腕を引いた。


「お前も、何時までローブ着てんだ」

「えーと」


 好きで着ている訳では無い。実は一度も、一人で脱ぎ着した事が無いのだ。首下にある二つの留め金は、自分ではよく見えない上に堅くて頑丈だった。つまり、外せなかったのだ。一度脱がせて二度着せているのは、目の前のただ一人のみ。


 フェルナンは、何故か期待に満ちた目で見上げられた。


 頭が痛い。このチビ助が女じゃなかったら、間違いなく殴っていただろう。それくらい自分で脱げ、と言いそうになって、嫌な予感に襲われる。


「ウスタージュ、備品庫からレジを持ってこい!今すぐだ!!」

「はっ、はいっ!」


 ピリピリしたフェルナンを恐れて、鎧の青年は部屋から逃げ出した。星南はそれを見送ってから、額を押さえたフェルナンを見上げる。


「調子悪いの?」

「…………今度は、何だ」

「頭、痛い?」


 痛い。痛いかって、痛いに決まってんだろう!


 お前みたいなパン屑頭のせいで、引かなきゃならない手綱が三つに増えたんだ。エルネスの気楽な、という甘い言葉に騙されたのが悪かった。ダヴィドのついでに、も止めれば良かった。セナに至っては、拾うしかなかった。


 どいつもこいつも、仕事を増やしやがって!


 苦痛に耐えるような表情で、それでも丁寧にフェルナンはローブの留め金を外してくれた。壁に掛けろと言われたが、背伸びしても百五十センチにしかならない星南には届かない。壁際で飛び跳ねていると、溜息交じりに代わってくれた。


 やっぱり彼は、いい人だ。


 デフォルトが不機嫌顔でも、細くてスラっとした後姿・・は中々カッコいい。彼の株は星南の中で上がった。


「フェルナン、ご飯にしよーよー!」


 しかしそれは、最悪の結果をもたらした。配給のパンをナイフで切り分けている横で、小娘はずっと何かを話し続け、身振り手振りしながら纏わり付き、チーズを切れば顔を出してくる始末だったのだ。


「すっこんでろ、その鼻、切り落とすぞ!」

「またまたぁー!」


 彼はいい人だ。口は悪いが、ママと言われるだけはある。


「お皿は無いの?フォークは?まさか手づかみ?じゃぁ、お手拭きは?どっかで手を洗ってこない不味いんモガっ!」

「静かにしてろ」


 口に、大きなチーズの欠片を押し込まれた。結構しょっぱい。そして硬い。どうにか全部を口に詰め込むと、頬の形が歪になった。当分飲み込めそうにない。星南はとうとう、口を封じられた。


 彼はぶつ切りに切ったパンをポトフのポール皿に乗せ、一緒にチーズも盛ってしまう。これは溶けるタイプに見えないけどな。星南は首を捻ったが、当然の如く無視された。レジを手に戻って来たウスタージュは、それと引き換えにボール皿を渡される。


「食ったら、お前はセナを教育しろ。この部屋から出すな」

「はっ!?い、いえ、了解っス!」

「セナ」

「んー!」


 チーズを処理できていない星南は、鼻声で答えた。


「…………もういい、お前は大人しくしてろ」


 何がもういいの!?何かやらせてくれるつもりだった?


 とととっと星南はフェルナンに走り寄った。彼のこめかみに青筋が浮かぶ。それを見たウスタージュは目を閉じた。


「騒ぐな!静かにしてろ!!死にたいなら止めん!!」


 この癇癪さえなければ、彼はいい人だ。

 

 

 

 日が暮れるまでウスタージュは、神話から現代までの種族の流れについて話を聞かせてくれた。正直に言って、何処までが真実なのかと星南は疑っている。


 まず創造神は五分裂していて、もう存在しない。神話だし、まぁそう言う事もあるだろう。非常に残念ではあるけれど、ディスって縋れる神様は他を当たるしかない。


 その後に続く神代の下りは、その神様から生まれた五人の神様のお話だった。仲良く、多くの命と他の神々を創造していたらしいが、何かがあって四人に欠けてしまったらしい。そこからどんどん数を減らしていく、という絶滅へのシナリオが首をもたげる。


 先頭を切ったのは、水の女神…………蛇人族の祖となる女神様だった。女神様は、創造神のように身体を十の欠片に変え、大気に還っていったらしい。


「その欠片が、始まりの十人という神人、ねぇ」


 これは眉唾だ。まぁ、サルから進化したなんて言われるよりはメルヘンなのだろうけれど。しかし、そんなお伽噺を聞いても、身になったのかと言われれば首を傾げるしかない。


 ガス灯が揺らめく石煉瓦の部屋には、長く星南の影が伸びている。一昨日の夜から、とても長い時間が経ってしまったように思えた。左手に隠したままのルームキーが無ければ、悪い夢の続きのようだ。


 入口の扉は、内鍵を掛けて閉ざされている。


 ナディーヌ号に会いたい。


 けれど、ここから勝手に出たりしたら、フェルナンの雷が落ちるのは確実だ。でもなぁ、と星南は思う。蛇人族にしか見えないだけで、私は蛇人族ではない。もし見つかってしまっても、相手がそれに気付けば、問題など無いような気がする。


 ぐるぐる部屋を歩きながら、打開策を探す。


 迷惑を掛けてはいけない。それは当然の事だ。しかし時間を無駄にする余裕など、私にはない。


 星南は壁の扉を引いた。それはトイレのある共有スペースに繋がり、更には隣の部屋へも通じている、らしい。灯りはなく、夜のヒンヤリとした空気が漂っていて、少し不気味だ。


 部屋から出なければいい。なら、隣の部屋に行ってもいい筈だ。そんな屁理屈へりくつのもと、薄暗い小部屋に足を踏み入れる。目の前には、すぐ隣の部屋へ続く扉が見えていた。


「お邪魔しまーす」


 そっとドアを開くと、何の変哲のない無人の暗い部屋だった。間取りも家具もそっくり同じで、残念な事に真新しい物は見つけられない。仕方なく中に進んで、窓の外を覗いてみる。暗い森と幾つかの星、月は何処にも見当たらない。見える景色まで同じだ。


「緊張した割りに収穫無しかぁ」


 となれば、やっぱり廊下に出るしかない。ウスタージュに文字を習えば良かった。首から、蛇人族にあらず、と札でも下げれば万事上手くいっただろう。


「うーん」


 窓に向かって唸っていると、背後で物音がする。星南は驚いて振り返った。


「えっ?」


 いつ開いたかも分からない扉の前に、エルネスが一人佇んでいたのだ。血の気が下がって、思わず自分を抱き締める。


「エルネスさん?」

「そうですよ。他の誰だと思いましたか?」


 カツンと硬い靴音が近付いてきた。闇に染まった緑のローブは、その飾り紐さえきらめかない。


「悪い子ですね。こんなところに居るなんて」


 薄暗くても微笑んでいるのが分かる。それなのに恐ろしい。ウスタージュなら、慌てながら叱って終わりだろう。フェルナンはかなりガミガミ言いそうだ。それはそれで仕方ない。そう思える範囲だった。


 なのに、何でエルネスさん!?


 左右に退路は残っている。しかし星南は、固まって逃げる事が出来なかった。


「さてセーナ」


 とうとう近くまで来たエルネスに、右手を掬い取られる。


「包帯を、巻き直して差し上げましょう」


 親切な一言なのに、どうしてか首を絞められたように息苦しい。大人しくする事と、努力する事、両立は思いの外難しいようだ。

 

 

 

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