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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
14/93

1-14:凝固

 二人と共に帰路に就いた星南は、ナディーヌ号がツカレタ、イタイ、と走りながら訴える声にすっかり参ってしまった。動物と話せるのも一長一短だ。あまりに可哀想で、同乗したフェルナンの腕を掴んでめそめそ泣いた。止めてくれと訴えた。


 彼の機嫌が急降下したのは言うまでもない。


 更に速度を上げられ、話す事も出来なくなる。そしてアングラードの砦に着くなり、見覚えのある部屋に放り込まれた。


「ナディーヌ号、大丈夫かな…………」


 唯一の理解者なのに、何もしてあげられない。まさにドン底なのだと実感する。


「這い上が…………れるの?」


 こんな状況から。


 一つだけの窓に近付くと、忌々しい程に晴れた空がよく見えた。


「私は、どうすればいい?」


 待っていても変わらない。


 ならば、出向くまで!


 星南はフードを背に落とした。梳かしていないショートボブは、幸いまだふんわりと頭を包んでいる。半身が蛇という蛇人族に見えないのなら、もう偽る必要は無い筈だ。パシンっと頬を挟んで気合いを入れる。ナディーヌ号を探しに行こう!そして色々教えて貰うんだ。


 勢い良く扉を開いて廊下に踏み出すと、一歩で濃紺の壁にぶつかる。おやっと見上げて、血の気が引いた。


「何処に行く気だ…………!」


 座った目付きのフェルナンだった。なんて、タイミングが悪いのだろう。


「大人しくしてろって、言った、よな?」

「は…………はぃ」


 大きな溜息と共に、開けたばかりの希望の扉は閉じられる。


「蛇人族は全身薬だって、この国では思われてんだよ。教えた事くらい覚えとけ!」

「ほょっ!?」


 星南は素っ頓狂な声を出して驚いた。まだ間違われているらしい。私に、にょろり要素なんて無い筈だ。


「ったく、何処まで馬鹿なんだよ…………自分の耳が、どうなってるかすら知らないのか」

「えっ?み、耳?」

「まさか、マジで知らないって?」


 すぐさま自分の耳を触ってみた。彼みたいに尖っていない。門番みたいに三角でもない。猫耳でもない。至って普通の耳だ。ピアスホールすら空いていないのだから、他に何があると言うのだろう。触れた両手を見てみても異常はない。なんて優秀な耳なんだ。


 首を傾げてうーんと唸っていると、フェルナンはつかつか歩み寄って来る。そして両肩を掴まれた。


「なに?」

「…………一応先に、聞いてやる」


 細身だけれど、彼には力で敵わない。何だか嫌な事を思い出した。近寄られると、三十センチに近い身長差を目の当たりにしてしまう。その背丈でも、カナリのメンバーの中では一番低いのだ。見上げないと窺えない顔は、どちらを見たら良いのか迷う、緑と黄色の瞳に銀白色(シルバーホワイト)の髪。その明るい色に縁取られて尚、不機嫌が影を落とすように暗く居座っている。


 何というか、残念美形だ。


 これで優しげに微笑んでいたら、さぞやモテるだろうに。そう思ったら、肩の力が抜けてきた。星南は苦笑気味に首を傾げる。


「お前が一番隠さなきゃなんない所は、耳だ。蛇人族のそれは、神人しんじんを真似た精巧な付け耳」

「付け、耳?」

「つまり、痛覚は存在しない」


 サッと両耳を隠した。何だか雲行きが怪しい。


「何で隠す?」

「普通に痛覚はありますから!」

「何だって?」

「痛いの!痛い、痛いからね!?」

「“イタイ”?」


 訛っている。何だか発音が可笑しいと思って、ハッと気付いた。


 痛いの意味が分からない筈がないんだ。ならば今、彼は日本語を話しているのかもしれない!これはチャンスだ。意味を教える事が出来たら、はい、に次ぐ会話の架け橋になる。星南は迷わず、包帯の巻かれた右手を突き付けた。


「…………ケガか?」


 ごもっとも!でも違う!!


「もういい、ちょっと見せてみろ」

「えぇっ」


 止める間も無く、白い手袋に包まれた指が、頬を滑って耳に掛けられる。意外な程に優しい触り方だったので、背筋がぞわりとした。無意識に顔を背けるが、叱るように摘ままれる。思わずぎゅっと目を閉じた。けれど予想に反して、全く痛くない。逆にそれが、気恥ずかしさを膨れ上がらせた。


「感覚があるのか?」


 無いように見える、とでも言うのだろうか。星南は我慢して、耳に触る事を許した。しかし、すぐ耐えられなくなってくる。たかが耳だ。付け耳でないと分かって貰う事が、蛇人族ではない証明になる。


 なのに…………!


 羽でなぞるような優しい刺激が、耳の輪郭を確かめていく。沸き上がる羞恥に追い詰められて、顔に熱が集まってきた。たかが耳。言い聞かせて拳を握った時、スッと耳裏を撫で下ろされた。思わずひゅっと息を飲む。


 もう無理だ!!


 耐えかねて、フェルナンの腕にしがみ付く。


「本当に付け耳か?」


 呟きと共に指が離れた。ほっと安心したところで、髪を耳に掛けられる。油断していた星南は、小さな悲鳴と共にビクッと震え上がった。


「まっ、まだ疑ってるの!?」


 フェルナンを睨むように見上げると、彼は見た事が無いような、満面の笑みを浮かべていた。


「な、なに…………?」


 嫌な予感しかしない。こういうのを、イイ笑顔、と言うのでは無かったか。全然良くない意味合いで。


「次は、痛い方を試してみような?」

「痛い!?」

「“いたい”?」


 聞き返してくるくらいには冷静だったらしい。どのジェスチャーが通じるのかは分からないけれど、痛いのは遠慮したい。痛くない方も却下だ。耳はもう触って欲しくないと思った。どうしたら伝わるだろう。どうしたら回避できる?


 考えなきゃ、何かされる!


 面白い程必死な顔の星南を見下ろし、フェルナンは溜息をついた。本当は付け耳だなんて、最初から思っていないのだ。その辺のチェックは、本人が知らないだけで、とっくにエルネスにされている。


 ただ、このまま続けると面白そうだ、と思ってしまったのも事実だった。


 日頃の鬱憤とも相まって、少し苛めてやろうかと思った…………ぷるぷる震えながら我慢されたら、止めるという選択肢など出て来ない。それも獣人並みに敏感とくれば、尚更だ。


 今度馬鹿な事をしたら、これだな。


 そう思って溜飲を下げてやる。ろくに抵抗できない子どもを、容赦なくさいなんだりしたらエルネスと変わらない。彼は、ああなってはいけない、というお手本なのだ。仕方ないから、“いたい”の意味を考えて見逃してやろう。フェルナンは、その問題の男からの報告を思い出した。


「ケガの時は、“いたい”と“ちが”の二種類でしたよ。恐らく、痛い、手当てして、辺りでしょうね」


 本当にあの人は鬼だ。治療ではなく、情報を優先したのだから。色々考えると頭痛が再発しそうだった。かぶりを振って、微笑む男を頭から追い出す。直前までの会話は、耳と痛覚だった。ならば答えは一つしかない。


「痛い、か?」

「はい!」


 肯定の言葉を口にして、嬉しそうに小娘は笑った。その姿は実に無害で、痛々しい。セナは純潔の蛇人族では無い。混血の場合、黒点である可能性が高まるばかりだ。


 しかもエルネスは、特異言語セリュレオムの数字発音がおかしいかもしれない、と言っていた。


「もしかするとセーナは、蛇人族では無く、特異言語セリュレオムを話している訳でも無いかもしれません。青石の国(アジュール)ゆかりが無くても、保護を続けますか?」


 その問いにダヴィドは当然だ、と即答した。俺達が迷う暇も無いほど早く、保護を推したのだ。だからその後、誰も迷わなかった。セナは保護する。


 何者であっても。


 それがケジメの付け方だ。


「いいかセナ。よーく覚えておけよ。お前はそれでも、蛇人族にしか見えないんだ。絶対に耳と目は隠しておけ。それから、肌も、だ」

「…………はい」


 喜んだのも束の間だった。やっぱり、捕まると殺されるか、軟禁か、果ては後宮行きの蛇人族扱いらしい。そんな物騒な民族は嫌だ。他に無いのだろうか。耳と目って事は、顔が蛇顔だと言いたい訳?半身が蛇って、腰から上の話だった?


 普通の人間って、どうして分からないの?


「絶対に部屋から出るなよ。便所はそこの扉な。隣の部屋と共有だ」

「あの」

「また“アノ”か。それは何だ?」

「…………非常に説明し難いのですが、何かと何かのハイブリッドな言葉でして」

「何でそんなに長くなるんだ?もういい。全員揃うまで、ここに居ろ」


 フェルナンはくるりと背を向けた。長い襟足の髪がふわりと宙に舞う。星南は慌てて追いかけた。


「待って!何かやらせて!!」

「今度は何だ」

「何か…………そうだ、ナディーヌ号は?」

「ナディーヌ。あぁ、荷馬か。アイツらなら、うまやで伸び伸びしているさ。お前も休んどけよ。今夜は眠れないかもしれないぞ」

「は?」


 眠れないって、何?先程の事もあり、思わずフェルナンから距離を取る。


花冠はなかん月桂樹ローリエを戴く、エルネスさんの父君と通信を開く事になった。帝国で最も多い祝福印(メモワール)を受ける風の神人、その長だ」


 何を言われているのか、分から無くなってきた。きっと名詞が多いんだ。それと夜に眠れない話が繋がるのだろうか。少し不安になる。


「心配すんなって、多分お前とも話せる方だぞ」


 という事は、日本人?


 エルネスさんのお父さんは、日本人!?


 星南は、ぱぁっと喜色を浮かべた。なんと、異世界仲間を発見だ!流石、何処にでも流れて住み着く日本人!!


 フェルナンは重い溜息をついて、目の前の頭に手を置いた。その指に力を入れる。浮かれたチビ助が痛そうな声を上げたが、もう一度溜息で答えた。


「言っておくが、今の話しに喜ぶ要素は無かったからな?」

「何言ってるの!こんなところに日本人!!」

「お前、神人って方々の事、知らないだろう?」

「はいっ!」


 即答で肯定されると、ピキっと頭が痛くなる。コイツは暗緑シアンの森で、僅かに残っていた賢さを落として来たに違いない。馬鹿に拍車をかけてどうすんだ!


 神人を知らないなんて――――


「お前、流石に創造神話は知ってるな?」


 試しに言ったフェルナンに、星南はぶんぶん首を横に振って答えた。ついでに、この頭の上の手を振り落とせれば、二度おいしいというものだ。さぁ何でも教えて下さい。努力はセールにバーゲンです!


「…………手の付けようが無い」


 ぼそりとした呟きと共に、頭が無罪放免となる。


「ちょっと待ってろ。ウスタージュを連れてくる。好きなだけ聞け!」

「はい!」


 廊下で人払いの見張りに立っていた青年は、遂に生け贄として差し出される事になった。昼飯は運んでやる、と先輩に言われれば断る理由もない。


「創造神話が聞きたいって?」

「はい!」


 相変わらずの鎧姿のまま、ウスタージュは首を傾げた。創造神話はとても短いのだ。だから大抵、誰でも知っている。長くなるのは、その次の神代かみよの下りだ。


「創造神は此の世の元となる色をお創りになられ」


 ウスタージュは、スラスラとそらんじ始めた。


「大気にかえられた」


 そこで口を閉ざす。


「以上だ」

「えっ?」


 神様が大気に還った?


 星南は呆然とした。私に神様の特典が無かったのは、どうやらご不在が原因だったらしい。無条件に縋ってディスれる神様は、心の栄養的に必要だ。ともかく続きを、と思って首を傾げてみせる。


「ついでだから、神代の話も聞くか?」

「…………はい」

「まず、ご存命なのは――――」

「ちょっと待って!!」


 即座にストップをかけた。ご存命ってなに。この世界の神様は、亡くなるの?死んじゃう神様ってアリ?それは神様っていうの?星南は一気に混乱した。


 創造神は此の世の元となる色をお創りになられ、大気に還られた。


 つまり、神様は居ない?


 やっと状況を理解する。道理で大変な目に遭っている訳だ。地獄にも居るらしい神様が、この世界には居ないなんて。


 あんまりだ!


 神様、空気になってる場合じゃないです!

 今すぐ、凝固して下さい!!

 

 

 

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