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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
13/93

1-13:溝

 エルネスは、本当にすぐ足を止めた。


 そこは何もない木の根の上で、振り返ればウスタージュが何処かに見えそうだ。星南は何とは無しに辺りを見回す。霧がほんわか満ちていて、暖かければバスルームを思わせた。お風呂に入りたいと思っているから、尚更そんな風に見えるのだろう。


「引き返しましょうか?」

「え?」


 前を見ていたエルネスが、こちらを向いて提案した。私が決めて、良いのだろうか?星南は首を傾げる。


「引き返しましょう」

「は、はい…………」


 一体どうしたのだろう。先程までは、それなりに歩かせる気でいた彼が、引き返す?手を引かれたので、一緒に戻るしかない。それでも何かが気になって、後ろを振り向いた。霧が包むその先は、白く煙るばかりだ。それに一抹の不安を覚える。


 明るくてもこの森は、何かが嫌だ。


 何時までも後ろを見ていると、エルネスはとうとう足を止めて振り返った。


「ギリギリまで、傍に行かせてあげようと思ったんですが…………少しトラブルが有ったようです」


 微笑みを浮かべたまま、彼はそう言った。すみませんセーナ、と申し訳なさそうに謝られると、訳が分からず首を傾げてしまう。それは本当に、うっかりとした行動だった。


「…………やはり、知りませんか」


 やはり――――?


 びくりと身体が強張った。見上げた先にある薄青い瞳は、何時から笑っていなかったのだろう。それが酷く恐ろしく思えた。


 きっと何かが不味かったんだ。


 その何かが分からない。彼はウスタージュみたいに、笑って流してはくれないだろう。ふと見てしまった、掴まれたままの右手首。それは振り払えそうでいて、無理だと思える絶妙な力が、戒めのようにかけられたままだった。


「セーナ」


 一度伏せた顔は、もう上げられそうにない。彼は何かに気が付いてしまったのだ。それを誤魔化すどころか、訂正も出来ない。恐ろしい迄に出来る事がないという、この現実。自分は絶対に蛇人族には見えない筈だ。それなのに、蛇人族として彼らは助けてくれた。


 そんな人達を欺いていたんだ。私は、あまりに卑怯だった。


「無理にとは言いません。何時か真実を教えて下さい」


 言われたのはそれだけで、再び手を引かれて来た道を引き返す。それでも心には大きな衝撃があって、とても平静ではいられなかった。


 きっと今まで、薄氷の上を歩いていたんだ。


 それに今更気付いても多分手遅れで、もう取り返しが付かない。そんな気がする。隠し事や、媚びる事。ましてや打算で生きるなんて、向いていないし、好きでもない。世渡りが上手ければ、きっと違う人生を歩んだだろう。何度も何度も、そう思ってきた。それが出来ないと嘆きながら、出来なくて良かった、と思っているのが私だった筈なのに。


 慣れない事は、するもんじゃないな。


 そう自嘲すると、ツーンと鼻の奥が痛くなってくる。悔しい。偽る事でしか生きていけないなんて、本当に情けない。


「私は、ただの人間なんです…………蛇人族なんかじゃないし、生まれも育ちも、地球の日本っていう島国なんです」


 言っても伝わらない。彼らの目にどんな風に映っているのだろう。それを今は、知りたくないと思った。


「家に、帰りたいだけなんです…………」


 騙したい訳じゃないし、付け入りたい訳でも無いのに。バカみたいだ。通じないから誤解されている。それを享受していた癖に。


 ――――自己満足でしかない。


 自分が満足しても、今は何も変えられない。どうして何も、出来ないのだろう。


 それは、何も努力をしなかったからだ。


「セーナ…………特異言語セリュレオムでは分かりませんよ。貴女は、それ以外の言葉を持っていませんね?」


 星南は重く頷いて、肯定を示した。

 

 

  

 霧の奥から戻って来たエルネスと星南に、ウスタージュは忘れ物でもしたのかと思った。荷馬の世話を中断して近寄ると、ナディーヌ号を走れるように、と指示される。


「走れるように?」


 意味は分かる。しかし、理由が分からなかった。荷馬の足は決して速く無い。けれど長い距離を止まらずに駆けてくれ、悪路に強い。走れるようにするという事は、荷物を背負わせなければ良いだけだ。


「おいセナ、何があったんだ?」


 何とはなしに状況を聞いた。けれど、赤いローブは沈黙を決め込んでいて答えがない。頭一つではきかない身長差で聞こえなかったのかと思い、少し屈んでもう一度尋ねてみる。


「ウスタージュ…………」


 彼女はボロボロに泣いていた。それにぎょっとして、エルネスと二人きりにさせた事を悔やんだ。


 隙あらば泣かしやがって…………


 その原因を探して周囲を窺うと、既に見当たらない。気配を追って感覚を広げてみても、捉える事が出来なかった。鬼の所業だ。泣かせた女の子を押し付けてどっか行くとか、マジであり得ないぞ。しかも二頭の馬は、咎めるようにこちらを見てくる始末だ。


「な、泣くなよ、な?」


 励ましてはみたが、効果はない。ウスタージュは触れる事を恐れて、即座にナディーヌ号をけしかけた。


「イタイ?」


 子どものような声が、心配そうに話しかけてくる。次いで、冷たい鼻ずらが頬に押し付けられた。灰色の毛並み、ナディーヌ号だ。


「痛く、ないよ」


 身体は。そう思いながら、堅い制服の袖に涙を押し付けた。誰かに縋らなければ生きていけないなんて、惨めだと思う。けれど、楽に生きていきたい、そう思っている自分が居るのも事実だった。


「カッコ悪いな…………」


 こんなんじゃ、何も出来っこない。何とかなるには、何かを、していなければいけないのだ。


「ウスタージュ。貴方達は、ここに、何しに来ていいるの?」


 星南はウスタージュを見上げた。泣いた後とは思えない、覇気のある灰色の瞳。標的にされた青年は、一緒になって視線を向けてくる二頭の馬に気圧されて、うっと言葉に詰まる。特異言語セリュレオムは分からない。そして、荷馬の行動が少し怖かった。


「共通語しか分からないぞ、俺は」


 それは昨晩、嫌という程確認した筈だ。


「ウスタージュ、ここは、どういう、場所?」


 地面を一生懸命に指さす姿に、うーん、と首を捻った。地面と泣いた理由、又は、地面と戻って来た理由、どちらだろうか。全然結びつきそうにない。それとも地面が嫌なのか。それだと完全にお手上げだ。


「セーナ、すまん。俺には理解できそうにない」


 溜息交じりにそう言ったウスタージュは、フェルさんが戻って来てるから、と馬の荷支度に取り掛かってしまった。要するに逃げたのだ。向けられた銀色の背中には、諦めムードが漂っている。気安い彼がこれでは、他のメンバーだと更に望みが薄いだろう。どうしたら良いのか。


 もう、自分に嫌悪するのは嫌だ。


 星南はめげずに声を掛ける。そうしてフェルナンがやってくる頃、二人は昨夜の光景を見事に再現していた。


「あれは何だ!?」

「木ですっ!木っ!!」

「”キー”じゃない、木だ」

「木ーっ!!」

「何やってんだ、お前ら――――」

「フェルさん、助けて下さい!」


 そういう事をやっていたと聞いてはいたが、実際に見てみると凄まじくシビアだ。フェルナンは速攻で溜息を吐いた。セナの耳はおかしいに違いない。若いのに哀れだ。ともかくコイツらに付き合っていると、疲れる事になる。面倒事ばかり押し付けやがって!


 ギロリと騒がしい二人を睨みつけると、やっと静かになった。


「俺とセナは撤退する。ウスタージュ、お前は?」

「俺?」


 フェルナンは、不思議そうにしている青年に冷たい視線を向けた。


「パーティーが三分割なんて構成は有り得ねぇよ。お前は何を学んで来たんだ――――むざむざ泣かせやがって」


 途中ですれ違ったエルネスが、泣かせたままにして来ました、と笑顔で言っていた。長い付き合いだからこそ、それが優しさだと分かる。あんな見た目の男に本気で慰められた日には、一撃陥落は免れない。パーティーとしてやって行くには、恋情など不都合だ。


 あの人、基本的に優しくないしな。


 増えた仕事に頭を痛めて戻ってみれば、泣きはらした顔の星南は、何故か前より生き生きとしている。頭痛薬をくれ。この馬酔いするチビ助を乗せて、半日走らなきゃならないなんて、地獄じゃないか。どうして弱っていないんだ!


「…………それで、どうすんだ?」


 溜息で気を紛らわせるしかない。そして道連れ、もとい生け贄が必要だ。


「一緒に撤退して、いいっスか」

「荷物を分割して準備しろ。あの人達は、荷馬が無くても死にやしない」

「了解です!」


 コイツの根性なしも偶には役に立つ。フェルナンは更に溜息をついて星南の方を見た。円滑な旅の為には、こっちのフォローもしておかねばならない。


「エルネスさんにイジメられたのか?」


 尋ねてみると、ゆるゆると首を横に振って否定された。そして何かを、一生懸命話し始める。悪いと思うが溜息しか出ない。痛む額を押さえていると、それでも何かを言い募ってきた。


「もういい。望みは筆談に賭ける」

「筆談…………」


 そこで星南は、更に悪い事を思い出した。文字が読めると思われている筈だ。


「身からこんなに錆が出るなんて」


 まだ二日も経っていない。

 自分で自分にがっかりだ。


「いいか、俺達以外の前で喋るなよ」

「…………はい」


 どうしたら意思疎通が叶うのだろう。あのミミズみたいな文字を学ぶしかない?そんな頭が、私にあるのだろうか。無くても努力はするけれど…………発音できない文字を、学ぶ事など出来るのか。


「フェルナン、あの…………」

「…………お前さ。何で名前は、ちゃんと発音出来てんだ?」

「名詞だから、だと思うよ?」


 星南の言葉に、フェルナンは溜息で応えた。本人すら訳の分からない状態に見える。どうして疑問に疑問で返すんだ?本当に、こっちの言葉を理解しているのだろうか。


「何か無いのか、知ってる単語は?」

「えっ、えーと」


 フェルナンの態度は呆れに近い。バカにしてと怒りたいけれど、怒っても何も始まらない事は分かっている。私は歳上だ。せめてその矜持だけは維持したい。


「えーと、みよぞ、てぃす?」

「…………よりによって、神代古語かよ」

「しんだい、こご?」

「よりに、よって」

「そっちじゃなくて…………」

「何で、さっきと違うんだ…………」


 この溝、本当に埋まるんでしょうか。

 

 

 

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