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早起きは何円の得。

作者: 吉田瑞樹


 ひんやりとする透明な空気と、相反するあたたかな陽光が、世界で私だけを包んでいてくれているような、そんな気分にさせる。



 「おはよう!みどりちゃん。そうね、入学式だもん、早起きしちゃうわよねー」



 関西のおばちゃんのようなテンションだけれど、北関東生まれの飯田さんが私の世界を打ち破ることは

、なんとなく予想していたけれど、それでも私はちょっとだけむっとした。



 歩みを進めながら、私はおじいちゃんがよく言っていた早起きに関する諺を思い出している。



 『早起きは三文の得じゃ。だからみどりもたくさん早起きするんじゃよ』



 三文の得。



 三文の得だって言うけれど、私は今、まだ何も得をしていない。現金かな。そんなこと考えてちゃ。



 高校へ向かう坂道。これが今日から私が毎日通る路になると思うと、少し憂鬱になる。



 古い石段造り。ところどころ石がずれて、砂のような、さらさらとした土が見えている。



 見上げれば桜色の花。



 いや、桜。



 風もゆるやかで、どことなく気持ちよさそうだ。



 太陽の音かな。なんていうんだろう。木々から漏れてくる、遠く、遥か遠くから聞こえてくるさざ波のような音が。何故か私の心を締め付ける。


 泣きそうになる。

 

 

 苦しくなる。


 

 悲しいことなんかないのに。


 

 三文の得。



 三文って何円だっけ。



 階段を登り切ると、人一倍。木一倍、大きい桜の木が立っていた。


 

 桜を囲うように、半円にベンチが置いてある。ちょっと休もう。



 7時4分。目の前の時計台の指針は今の時刻を指している。



 少し肌寒い。マフラーをしてくればよかったかな。



 公園の中には誰もいない。普通誰かしら散歩とかしてると思うけれど、私だけしかいない。



 少し大人になったのかもしれない。だから心が悲しいんだ。誰もいないから、きっとさみしいんだと思う。



 子供の時は、居場所はもう誰かに用意されていたんだ。だから、さみしくない。怖くもない。



 だけどもう大人だ、だから居場所は自分で作らなきゃいけないんだ。知らなかったけれど、それが大人の世界なんだと思う。


 

 少し涙が出たけれど、誰かの足音が聞こえたから。あくびをしているふりをした。こうして少しずつ賢くなってゆくんだ。



 「お前、さっきから、なにしてんの?」



 ちょっと怪訝な表情で翔ちゃんが訊くけれど、何もしていない。

  

 翔ちゃんは、よくわかんねー。ってつぶやきながら、綺麗に折り目のついたブレザーのポケットから何かを取り出して、私に渡す。


 

 「ココア、そこの自販機の。きょう、まださっむいよなー」



 ココアを受け取って口をつける。自販機のホットドリンクは、そんなに温かくないから、私はあまり好きではなかった。



 けれど、口を通り、のどを通り、お腹にすいこまれてゆくココアはとても温かかった。



 どうしようもないくらい、温かかった。


 

 いつの間にか私の隣に座る翔ちゃんに、私は尋ねた。



 「これ……120円よりした?」


 

 翔ちゃんは変な奴だな、と苦笑いして、続ける。



 「120円だよ。今も昔もこれからも」



 120円。


 

 今日の三文は、120円よりもした気がする。

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