マスクド・キッス
誰もいない教室。そこでスギナがキスをしようと言い出したのは、わたしたちが知り合ってからちょうど一年のことだった。
きっかけは高校一年の始業式が終わった帰りだった。スギナがわたしに声をかけ、それ以降、わたしたちは何となく一緒にいた。春は何となく一緒に桜を見に歩き、夏は何となく海で一緒に泳ぎ、秋はスギナが「食欲だ!」と叫ぶから何となくスイーツを食べ歩いて(その後、スギナに「スポーツだ!」と言われてダイエットに付き合わされた……)、冬は一緒にクリスマスパーティを開いて、スギナに「実はフーコのことが好きだったんだ」と今までにない真剣な顔で告白された。
スタートラインからキスにいたるまでが随分時間がかかったものだと思うが、わたしはキスを切り出す勇気もないわけだから文句は言えまい。それに二度目の始業式という結婚記念日ならぬ恋人記念日にファーストキスというのも何ともオツなものではないか。
迫ってきたのは、あの日声をかけたときと同様、スギナのほうからだった。わたしは瞳を閉じて待機。自分の唇が音を立てる勢いで細かく震えている。
いたいけな(自分で言うのもアレだが)乙女どうしのキス。シースルーのカーテンが柔らかく揺れ、窓の外では桜が流れるように舞い散っている。春の景色を美しく彩り、まるで神さえもわたしたちを祝福しているかのような雰囲気。
……いや、それはとんでもない錯覚だった。
異常を察してわたしは目を開けた。目の前にはまぶたを落として接近するスギナの顔がある。全身から緊張がほとばしっているのがわかりやすく、わたしとのファーストキスを最良のものにしたいという思いがヒシヒシと感じられる。やんちゃと無神経だけがオトモダチのような彼女がわたしにここまで気遣ってくれたと思うと「よくぞここまで」という親心で泣きなくなるのだが、今はそれどころではなかった。本当にそれどころではなかったのだ。
(お願い。スギナ、逃げて……ッ!)
鼻がムズムズし始めた瞬間から、わたしは必死でこのことをスギナに警告した。だが、表情で伝えるにも相手が目を閉じていれば無意味だし、言葉で伝えようとするも、その時点ですでに主砲に弾はこめられていた。
そして、何者でもない声によって
「準備完了、発射します」
と、告げられる。
「びゃくしょへッ!」
……次の瞬間、わたしとスギナは繋がった。わたしの鼻からほとばしった銀色の汁は汚らしい糸となってスギナの下顎に引っ付き、その繋がりは重力によって断ち切られ、わたしの前にみっともなく垂れ下がっている。
「…………………………」
さすがのスギナも目を見開いて、鼻汁と唾を飛ばしたわたしの顔を眺める。
「……………………」
奇妙な沈黙。
無言の重圧に耐えきれず、わたしの瞳には涙が盛り上がった。
キス、よりにもよって好きな人と人生最初のキス。
その直前にクシャミをぶっかけるなんて、有り得ない。
(スギナがせっかくキスしようと言ってきてくれたのに……!)
結論から言えば、わたしはヒドい人間だ。わかっているからこそ、神様もこんな形で罰を与えたのかもしれないと後で思える。だが、このときのわたしは胸中に秘めた忠告を聞いてくれなかった友人に八つ当たりすることしか頭になかった。
「スギナのバカっ! もう知らないッ!」
「でえぇっ!? そっちのセリフ!?」
こうして、わたしたちの高校二年目の始業式は終わりを告げた……。
【マスクド・キッス】
そして、呪われたかのような始業式から一夜明けて……。
「なあ、フーコ。なんだよ。そのマスクは」
スギナの言うとおり、今のわたしはマスクをしている。だが「なんだよ」と言われるおぼえはない。これはスーパーで普通に売っている普通のマスクだ。
わたしは他の生徒たちに聞かれぬよう、小声で応えた。
「……もう、キスしないって決めたから」
「なんだよそれー」
不服そうに声を上げるスギナ。
「別にアタシは気にしてないって言ってるじゃん。むしろキス直前にクシャミ大爆発とか最高の笑いのネタいでででで」
「アラごめんなさい。鼻にカメムシついてたから」
勢いよくスギナの鼻をつまむわたし。カメムシのところは別にイモムシでもマムシでも問題ないのだが、なぜかとっさに出てきたのがコイツだった。
赤くなった鼻を押さえながらスギナがぼやく。
「カメムシがいるなら自分の鼻をつまめっての! ……ったく、被害受けたのはアタシだってのに何でアタシがフーコにバカバカって言われなきゃなんないのさー」
「だってバカじゃない。大声であの日のことを言うんだから。そんなだから周りから『おスギとフーコ』なんて呼ばれるのよ」
「それは絶対アタシのせいじゃないって~」
ケラケラと笑うスギナだが、わたしは内心、いつもどおりの日常に戻れたことにホッとしていた。そして、いつもどおりの会話をしてくれるスギナに感謝した。
最悪、このまま縁を切られてしまうことも覚悟していたからだ。
我ながらトンデモ神経質だと思うが、昨日のアレはそれくらい最悪だったのだ。穴があれば卒業までそこでやり過ごしたい気分ですらある。
それに、クシャミとは別件に真剣なスギナの顔を思い出すと、わたしの立ち振る舞いが今のままでよいのかと不安になってくる。普段はからかってもあっけらかんな態度を貫いていたが、真剣な顔は、どこかふとしたことで崩れそうなもろさを感じられる。普段はあまり気にする余裕はないが、ときおりあっちが本物なのでは……と考えることはある。
「フーコっ。眉間にハリガネムシがついてるぜー?」
「……と言いつつ、なんでマスクを引っ張るの。あ、今手を離したらぶん殴るから」
心配するこっちがバカみたいなノリで、スギナはわたしのマスクをつまんで後ろに引いている。手を出した時点でわたしが止めなかったのは、思考中、スギナの動きにまったく気づいていなかったからだ。
わたしは強制的にマスクを自分の口元に戻し、スギナを睨む。そのスギナはケロリとしたものだ。
「うん。やっぱりフーコは綺麗な口をしてるよ。マスクで隠すなんて勿体ない勿体ない」
「……口がいいんだから」
「お、うまいこと言うねー。外せば?」
「イヤ、絶対にいや」
わたしは子供じみたようすで首を振った。仮にスギナが許してくれたとしても、それだけではあまりにも軽すぎる。大事な場面で醜態をしでかしたという戒めとして、わたしは当分このマスクを外すつもりはなかった。
◆
一週間も過ぎると、さすがに周囲も風邪でもないのにマスクを付けていることを奇異に感じているようで、もうそろそろ外してもいいかな、とわたしは考えていた。
この日の二時限目の授業は体育だ。わたしは出るべきかどうかかなり迷った。マスクを付けている以上、わたしは体調不良として欠席すべきかもしれないし、周りに仮病と思われているのなら、欠席してしまうと何か言われそうだ。
こうなると、周りがどう思っているのかを確認できないのは痛い。それを訊くとなると、わたしがマスクを付けている理由まで話さなくてはならなくなるからだ。
結局、わたしは授業に参加する方を選んだ。周りが不思議がるも(その中にスギナはいない。わたしとスギナはクラスが離れているのだ)、わたしは「あくまで予防だから」と押し切り、マスクを机の上に置いて何事もないように体操着に着替えた。
だが、わたしはとんでもない大嘘を吐いてしまったかもしれない。
少なくとも周りはそう思っただろう。バレーボールに顔面を直撃したのは完全なわたしの油断であったが、心優しい何人かがわたしを病み上がりと決めつけて保健室への養生を命じたのだ。
余計な世話には違いないが、厚意を無下にするわけにもいかないので、わたしは一度教室に戻って汗を拭いてから保健室に向かうことにした。
何とも背徳的な気分で授業中の、誰もいない廊下を歩き、わたしはもぬけの殻となった教室の前まで辿り着く。
いや、もぬけの殻のはずであったのだが。
(誰かいる……?)
この学校での着替えは更衣室でなく教室で行われるため、セキュリティという概念などかけらも存在していない。物盗りには絶好の環境だ。大人たちは生徒の良識とやらに期待しすぎだろう。
そんなことを考えながら、わたしはドアの隙間から教室の中をうかがい――
「…………!」
そして、目を疑った。
教室に忍び込んでいたのはスギナだった。わたしの机の前で、わたしのマスクを手にとっている。
何をする気かという疑問は当然あったが、それ以上にスギナの横顔に浮かぶ表情のほうがわたしは気になっていた。
こんな切ない表情をしたスギナをわたしは見たことがない。今にも泣き出しそうな目でマスクを見つめており、そして……。
――れろっ。
わたしよりも遙かに背徳的な行為にはげんでいた。
『れろっ』という効果音は、わたしがスギナの行動を見て勝手につけたものだ。舌をちろりと出して、わたしが口を当てた部分を執拗に何度も舐めたと思えば、マスクに口をうずめ、遠目からでもハッキリわかる勢いで口を動かしている。口づけをしていると言うより、マスクにしゃぶりついているような印象だ。
いたって普通の白いマスクだが、遠目から見ると純白の下穿きに顔をうずめているように見えなくもない。危険な妄想だ。今でさえ危険なのに。
わたしは自らの気の迷いを打ち払い、スギナの奇行を注視する。
「んっ……ふうっ……フーコっ、ふーこぉ……」
頬を赤らめながらスギナはわたしの名前を呼ぶ。甘い声やら、切ない声やら、色んな形容詞が頭をよぎってきたが、一番ふさわしい言葉はやはり『エロい』だろう。色気のかけらも見せつけなかったスギナがこんな声を出せるとは思わなかった。
わたしは動けなかった。思いつめたようなスギナの動きと声に、すっかり身体の自由を奪われてしまったのだ。このままスギナがスカートに手を突っ込むのではないかとひやひやしたものだが、本当に焦るべきなのは、このような発想が出てきてしまうわたし自身だろう。わたしはスギナにいったい何を期待していたのだ。
(だって仕方ないじゃない。フーコがそう思わせるような行動をするんだから……)
そう、責任転嫁をする。
もはやドアの隙間に映るスギナと、その声だけがわたしにとっての世界と化していたが、その世界は案外あっさりとやぶられた。
いつの間にか、教室の廊下からカツカツと足音が響いていたのだ。
(やばっ……!)
余計なことを思う間もなく、わたしは良識ある生徒を辛うじて維持しようと室内への逃亡をはかった。わたしの登場に、わたしの名を呼んでいたスギナが文字通り飛び上がる。
「フーコ!? どうしてここに……!?」
「こらアッ! 授業中に何してる!?」
スギナの問いかけは、廊下から響いた教師の怒声にかき消された。
わたしは諦めの溜息をつきながら、教師の叫んだ言葉をそのままスギナに対してぶつけてやろうと心に決めていた。
◆
「さて、それじゃあどういうことか説明してもらおうじゃない」
両手を腰に当てて詰問するわたしに、スギナは気まずそうに目を逸らす。別に本気で怒っているわけではないが、スギナにもさすがに罪の意識があるようで、それが彼女を必要以上に萎縮させているようだ。
ちなみに今はお昼休みの時間。わたしは人気のないところへスギナを呼び出し『あのこと』について問いただしている。授業授業の間の休み時間ではたぶん話しきれないと思ったし、そもそも普段はしょっちゅう顔を出しているスギナがあれ以降、教室を訪ねてこなかったのだ。
「まず、スギナがどうやって教室を抜け出したか聞こうじゃない。確か、あんたはそのとき現国の授業じゃなかったの?」
「……トイレに行くって言った」
「ああ、なるほどね。じゃあ、わたしの教室がトイレじゃないことぐらいはわかる?」
「わかるに決まってるだろ! フーコの教室に忍び込むための口実に使ったんだよ! なにさ、先公のようにネチネチ言いやがって!」
そうだった。教師が駆けつけたとき、スギナはものすごく怒られていたっけ。わたしは教室に戻った理由を正直に話し、クラスメイトの言質もあったから、大して怒られずに済んだのだが。こういうとき、日ごろの行いが物を言うものだ。
「それじゃ、サッパリ聞かせてもらうけど、スギナはなんでわたしのマスクにしゃぶりついたの?」
「……………………」
「答えられないなら質問を変えるわ。わたしがもしマスクを持ち出していたら、スギナは何してたの?」
「……フーコの制服の匂いを嗅いでた」
マスクを置いていったのがファインプレーと呼べるか極めて疑わしいところではある。
わたしはため息とともに盛大に嘆いた。
「何考えてるのよスギナ。これじゃ本当に本物の変態じゃない」
「だってフーコがキスしてくれないからじゃないか!」
泣き出す寸前の声でスギナが叫んだ。その勢いにわたしは息を呑んだ。
スギナはまっすぐわたしを睨みつけてくる。
「アタシはあのときのことを気にしてないって言ったじゃん! なのにフーコは勝手に気に病んで、マスクまでして逃げ出してさあ! なにさ、そんなアタシとキスするのが嫌だっての!? じゃあもういいよ! フーコなんか大っ嫌いッ!」
たまりに溜まった鬱憤が爆発したらしく、スギナは両目から涙を流した。背中を向けた際、その雫がわたしの頬まで飛び散り、その生ぬるい水温がわたしの心を極限まで凍らせる。
だが、凍死している余裕なんてない。わたしは手遅れになる前に、スギナの背中に向かって声を張り上げた。
「ちょっと待ちなさいよッ!!」
声量のかいもあり、スギナは待ってくれたようだ。振り返ってはくれなかったが、それに構わずわたしは静かに言った。
「……嫌いなんて。そんなこと、あるわけないじゃない」
「じゃあ、どうして!」
「だって!」
スギナに負けない悲痛な声でわたしは反撃を試みた。
「あんなことをして、平然とやり直せると思ってるの!? スギナは気にしないって言っても、わたしはわたしのことが許せない。せっかく、スギナがキスしたいと言ってくれたのに、それを台無しにしちゃって……」
滲んだ視界の中、何とか友人の華奢な背中に焦点を合わせると、そのスギナが肩越しで視線を送り返してくれた。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
「……わからない」
正直な感想だった。強いて言うなら解決するのは時間だと思われるが、そのような不確定なものをスギナは許してくれないだろう。
だがスギナは「わかった」と完全に振り返ると、いきなりわたしの両頬を押さえて、
「…………ンちゅッ」
問答無用でキスをしてきた。
わたしは頭がついていけなかった。どうしてここで口づけなんだと脈絡を提示してもらいたかったが、確かに不意打ちでもしない限り、スギナは今のわたしとキスはできないだろう。
唇が離れると、憎まれ口を叩く気力がわたしに蘇った。
「……わたしのことは大っ嫌いじゃなかったの?」
「だからだよ。大っ嫌いのフーコにさらに嫌われてやろうと、最悪のシチュでキスをしてやったわけ」
言葉と表情が一致していない。してやったりの笑顔を浮かべて見つめるスギナに、わたしはあたたかいものが一気にこみ上げられるのを感じた。
押さえつけてきたスギナの身体を今度はこちからからきゅっと抱きしめ、掠れた声で軽口を叩いた。
「……ばかばかしい。わたしはスギナのようなふざけた真似はできないわ」
「じゃあ、どうするっての?」
初めてスギナのことが物わかりのよい親友と思った。親友同様、言葉と表情を一致させなかったわたしは、誘うように突き出されたスギナの唇にわたしのそれを重ねた。
「……だいすきよ。そして、ごめんなさい……」
きっと、わたしはこのことをずっと言いたかったのだろう。
それを口にしたとたん、わたしの何かが急激に緩み、一度は引っ込んだ涙が一気に奔流し、『きゅっ』から『ぎゅっ』と抱きしめたわたしの背中をスギナは優しく撫でてくれた。
だが、この言葉は少々性急だったかもしれない……。
「ふぁっ!?」
ふいにスギナが奇声を上げて、わたしが彼女の顔を覗き込んだ。次の瞬間である。
「ぶしゅへッ!」
……避ける余裕など、あるはずもなかった。唾を大量に吹き付けられ、ご丁寧に鼻水まで頬に引っかけられるという始末。
わたしはすごい複雑な目で親友を見ていたことだろう。飛ばした鼻水を勢いよく引っ込めたスギナは苦笑し、同時にきわめて気まずそうに視線を逸らした。
「こういうとき、アタシも『バカ、もう知らないッ』と言うべきかな?」
「……スギナったら、ずるい」
本当にずるい。文句を言う気力を残らず削がれたわたしは代わりに盛大に笑い、その笑い声にスギナの笑い声が重なった。
◆
次の日、スギナは本当に風邪を引いて学校を休んでしまった。
バカでも風邪を引くのかと、スギナを知っている人物は誰もが噂をしたものだ。仮病ではないかという話も出ていたが、たとえバカでもずる休みをするような不真面目な少女でないことはわたしが一番よく知っていた。それにしても、バカのスギナが風邪を引き、くしゃみをぶっかけられたわたしがピンピンしているというのは一体どういうことだろうか。
複雑な思いを胸中に抱きながら、放課後、わたしは単身、スギナの家に見舞いに訪れた。
クリーム色のパジャマ姿で出迎えてくれたスギナは弱ってはいたが、わたしを見てぱあっと顔を明るくさせた。
「うちの親、夜まで帰ってこないんだ。おかゆを作って話し相手になってよ」
家の中へ押し込むなり、和が友人は図々しい命令を下してくる。まあ、それはいいのだが、問題はわたしがおかゆを作っている間、スギナがダイニングから離れようとしないのだ。
わたしは冷ややかな顔で毒づいた。
「どうせ、ほっとけば風邪は治るでしょうけど、せめてうつさないようにマスクぐらいはしなさいよ」
「フーコが口つけたやつならいいよ」
「変態」
一語で切り捨て、わたしは火にかけた土鍋に視線を落とす。
わたしのつれない態度お気に召さないのか、スギナがふて腐れたような声を上げる。
「だいたいさ。アタシがぶっ倒れたのはフーコに風邪をうつされたせいだろ? なら、もうちょっと償いの意味をこめて優しくしてくれたっていいんじゃないかな~?」
「風邪なんて引いてないわよ」
「思いっきりマスクしてたくせに」
「あれは仮病です。それにもし、始業式のくしゃみのことを突っ込むつもりなら風邪を引くまで時間がかかりすぎてるって話よ」
「ほら、筋肉痛だって遅れてくるって言うじゃんか」
「中年オヤジよりタチが悪いわね……」
わたしはぼやきながら、出来上がったおかゆをスギナによそおった。味のほうは、正直言って自信がない。家庭科の成績が並というのが現状のわたしのステイタスだが、スギナは喜色満面でおかゆをかき込んでくれた。だが、素直に喜びを出すのに抵抗のあるわたしは「どうせ他の料理でも同じことを言うんでしょ」と内心ひねくれていたが、スギナはご飯粒をつけた顔を上げてわたしにこう言った。
「……だいすき、フーコ。来てくれてありがと」
スギナ並にわたしも現金な女なのかもしれない。
その言葉でわたしの虚栄心はあっけなく氷解したのである。
口元が緩むのを何とか抑えて、言った。
「……やっぱり、スギナってばずるい」
わたしの心もスギナの顔に負けないくらい熱に冒されている。それは決して、仮病なんかではなかった。