act.7
最後に先ほどヴェルターが部下に話していた、反社会組織とやらについて訊ねようとしたところで、地上から大きな爆発音が聞こえた。
「なんだ?」
「……神の裁きだよ」
続けて、小爆発が立て続けに数回起きる。あちこちで悲鳴と警鐘と、混乱する人々の声が上まで届く。
「何を……」
「人間への加護が消えて、魔への加護が降る。災厄の雨と共に」
展望室のようにガラス張りになった最上階は、空も地上もどうしても目に入ってしまう。見下ろした街は爆発と炎上を繰り返し、賑わっていた街道には逃げ遅れた住民が血を流して倒れている。
「これも王の試みなのか、別の意図があるのかは分からない。ただ、このタイミングで裁きが下るのは予め決まっていたことだった」
「リュータ!」
プロフェットの言葉は気になったが、外に出た相棒のことが気がかりでそれどころではない。階下へ降りる階段に向かおうとしたところで、彼に腕を掴まれた。
「行かせるわけにはいかないよ」
「離せ。あいつは外にいるんだぞ」
「誰も助からない。無駄なんだ。神は絶対だ」
僕に今まで良くしてくれた街の皆が、地上で裁きを受けていても。
「君にも……僕にも、止めることなんて」
腕を掴んでいるプロフェットの手が、震える。彼に向き直って、その肩を叩いた。
「……オレはさ、なんの能力も持たずにいきなりここに放り出された。凡人だ。だから特別な立場ってのは分からねえし、分かってもやれない。けど……情けない思いも、悔しい思いも分かる」
彼も本当は、今すぐにでも地上に出て街の様子を見に行きたいはずだ。こんな遠い空からではなく。
「おまえがここを動かないことを責めるつもりはないさ。助けられない人が目の前に居ても、それは見殺しなんかじゃない」
勇気を武器に世界を変えられるのが勇者で、主人公なら、自分には最初からその資格なんてない。諦めるのも慣れっこで、勇気なんてのは状況に合わせて持ったり持たなかったりして処世するものだと思っている。
そんな自分にだって意地はある。安っぽいプライドもある。弟分に戦わせて自分だけ逃げようとか、自分だけ助かろうとか、そんなことはできない。
「何ができるっていうんだ」
「なんもできねえだろうな。ここに残る限りは」
笑いかける。力が抜け、かろうじて袖に絡んでいた彼の指をそっと解いた。
「オレは行きたいから行く。オレにおまえを責める権利がないように、おまえにオレを止める権利だってねえ」
踵を返して、階段へ走る。彼はもう止めなかった。
諦めて手放すことの方が多いけど。いっこだけ譲れないものがあるんだ。あいつの隣はオレだ。……あいつを、一人にはしない。
外に出てすぐ、塔の入り口付近に居たヴェルターと合流した。
「ヴェルター! これ、どういう状況だ? リュータは!?」
「貴様は何をやっている!」
彼に駆け寄ろうとすると、ヴェルターが手に持った槍を投げつけてきた。危うくそれを一歩下がって避ける。次の瞬間、自分が立っていた場所に火球が落下した。
「い、今のは……」
「貴様の仲間は上だ! 巻き添えを食らいたくなければ来い!」
槍を拾ったヴェルターが片手にこちらの手を掴んで、駆け出した。
「……なん、だ、あれ」
走りながら、言われるまま上空を見上げる。展望室では分からなかった高度の空中で、二つの影が攻防を繰り広げていた。
「オレにも分からん。突然上空に現れた仮面の男が、この街のギルドを光の雨で破壊した。人間で戦える者は残っていまい」
「どういう意味だ?」
「人間が王の加護を受けて特殊な力が使えるのは知っているだろう。奴の襲撃から、人間のその特殊な力が全て使えなくなった」
プロフェットが、『人間への加護が消えて、魔への加護が降る』と言っていたのを思い出す。
「人間の利用者が多い施設を壊して、仮面の男が魔の者に『祝福を与える』『長らく魔を見下してきた人間に報復せよ』と語りかけた。仮面の男に便乗するように魔の者による暴動も起きて、街中死体だらけだ」
流れ弾か光の雨か、破壊されめちゃくちゃになった石畳の街道を駆け抜ける。すぐ横に、先ほどの火球が再び着弾して家屋を燃やした。
「……貴様の仲間は、上空の仮面の男を見るなり激昂して斬りかかっていった。炎の翼で――空を飛ぶ魔法でも使っているんだろうが、街の被害などお構いなしだな」
あれと戦っているのが、リュータだというのか。ヴェルターに引かれていた腕を振り払って、立ち止まる。
「おい、何をしている」
「悪い。おまえは先に行ってくれ」
彼の無事が分かった。そして、彼が今得体の知れない強敵と交戦中であるということも分かってしまった。それなら、自分の取る行動はひとつだ。
呼び止めようとしてくれたヴェルターの声にも耳は貸さず、リュータが戦っている場所の真下まで走る。その間にも流れ弾が襲ってきたが、最低限の回避で直撃さえ避ければ体勢を崩されることはない。普段の自分にはとうていできない動きだったかもしれないが、火事場の馬鹿力とも言う。たどり着くことだけに必死になっていたからこそ、神がかり的な回避行動ができたのだろう。
遥か上空で交戦していたリュータが、仮面の男の攻撃をまともに受けて地上すぐ近くまで吹き飛ばされた。
「リュータ!」
声も届くはずだったその距離で叫んだのに、彼は虚ろな目でただ仮面の男を見つめて、「かえせ」と呟いた。
「おれの魔法使いをかえせ」
彼の背に浮かんだ炎の翼のようなものが、オレンジ色に揺らめく。「かえせ」ともう一度呟いて、リュータはまた仮面の男に向かっていった。
完全に我を失っている。仮面の男に切りかかって、白亜の剣が弾き飛ばされた。落下したそれが足元に突き刺さる。リュータは、拾いに来るどころかそのまま拳で応戦し始めた。
彼が有利だとは思えない。スマホのステータス画面を開くと、大量にあったはずのリュータの体力・魔力値が秒読みで減少していくのを目にしてしまった。
回復のマジックスクロールは宿屋だ。自分の回復魔法も、対象のリュータがあれほど離れた場所で戦っているのでは届かない。空の塔からなら高度は近づけるかもしれないが、距離自体が離れてしまう。遠隔攻撃可能な魔法はまだ覚えていないし、脱出魔法は発動に時間がかかるため上空まで行ってリュータを捕まえることができたとしても地上まで無事に着地ができない。
「……師匠、頼む! 知恵を貸してくれ!」
「なんだよ」
焦りが思考を邪魔してくる。助けを呼ぶと、分かっていたのかほとんど同時に師が腕輪から出てきた。
「あいつを止めたい。リュータの体力も魔力も減りが早すぎる。このままじゃあいつ死んじまう」
「……無理だな」
腕輪の上で、師匠が視線を落とした。
「あれは、もう人間であることを捨てている」
「何言って……」
「元々、あいつは光なんだ」
師匠の言葉の直後、スマホのガジェットがバイブと一緒に通知音を鳴らす。
「人間じゃないんだよ、最初っからな。光を司る天使だった」
恐る恐る、ステータス画面を開き直す。リュータの職業欄は、見慣れた『パラディン』から、『ウリエル』に変わっていた。
「どういうわけだか人間に転生して、おまえさんのとこに居たようだが……こんな早く、こっちに帰ってきやがった」
「止められないって……ことかよ」
炎の翼を広げたリュータの右手が、仮面の男の胸を貫く。体内から宝玉らしきものを掴み出して彼が握り潰すと、男は傷口から色を失い、砂山のように崩れていった。
灰になり消えていく男とともに、力尽きた彼が地上へ向かって落ちてくる。
「リュータ!」
駆け寄って、落ちてくる身体を抱き締める。腕は悲鳴を上げたが、一緒に倒れ込んでも手は離せなかった。
彼に手を伸ばした際に石畳に転がったスマホが、また通知を鳴らす。
震える指で、通知を開く。ステータス画面のリュータの体力が、魔力値とともにゼロになっていた。
動かない心臓が、あの夢と重なる。
「……師匠、悪い、言いつけ破るわ」
魔力値を超えて魔法を使った場合術者はどうなるのか、レベルに見合わない魔法で失敗すればどうなるのか、そういえばまだ、習っていない。
けれど、ほんの少しでも可能性があるなら、縋らずにはいられない。
「おいユウジ待て! そいつは」
習ったばかりの蘇生魔法を構築して、彼を中心に展開した。
ゆっくりと意識が遠退いていく。まるで、眠りに就くまどろみの瞬間のように。
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「……この馬鹿弟子が。使うなって言ったそばから使いやがって」
この世界では、魔力値を超える術を発動させると、体力――生命力が魔力値として置き換えられて消費される。
蘇生を終えたリュータの体の上で、意識を失った不肖の弟子を見下ろした。
このままほっときゃリュータは完全な熾天使に戻れたのに、人の身に押し戻してどうする気なんだ。
「まあ、後始末くらいはしといてやるか」
一応、オレの体使われて起きた事件だし。リュータのおかげでコアを壊され見事に灰になった自分の骸の最後を思い返し、肩を竦める。
気絶しているユウジの額の上に乗る。手を着くと、するりと内側に進入できた。やはり、弟子の体は適合率が高い。
弟子が体のあちこちに勝手に作った傷のせいで身体中痛むが、動けないほどではない。ユウジの体で立ち上がり、飛行魔法で上空へ飛び上がった。街で触発された魔の者は、未だ好き勝手暴れているようだ。
「……大賢者の力はおまえらに分配したって意味なんかねえんだよ。加護なわけがあるか」
こちらから呼びかけるだけで、魔力は本来の持ち主――大賢者の下に簡単に集った。吸収して、一時的に魔力値に変える。
「返してもらうぜ。わざわざオレの死体から抽出してくれた残りっかすの力」
集めた魔力で、復元魔法に水属性を付加して融合魔法を作り出す。
破壊されつくした街と、倒れて動かなくなった人々を包むように魔力の込められた雨が降り始めた。
雨が止む頃には、この事件で失われた全てはリセットされ元に戻っていることだろう。『大賢者』の意思以外の全てと引き換えに。
「……このまま、オレがこの体から出ていかなかったら、あいつは」
いっそこの弟子と意識の奥底で全て混ざりきってしまえば、もう一度彼に触れられただろうか。
「あー、何考えてんだろうな。オレはもう居ない。今更会ったって戻れるわけじゃねえ……オレはオレなんだ。そうだろ、ウリエル。……いや、リュータ」
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目が覚めるとそこは空の塔最上階で、身体中傷だらけだった自分もリュータも回復魔法を施されていた。部屋の隅でこちらを見ているヴェルターの足元に、リュータの剣や外された自分の防具がまとめて置いてある。回復をプロフェットがやったのかどうかは分からないが、ここまで運んできたのはヴェルターのようだ。身を起こした際にばっちり目が合って、彼が歩み寄ってくる。
「気が付いたか」
「ヴェルター、オレ達をここに運んできたのって」
「オレだ」
「そうか。助かった、ありがとう」
リュータはというと、まだ隣で眠っている。
「これは?」
「あ、スマホ。ありがとう、落としたまんまだったわ」
ヴェルターが拾っておいてくれたらしい。差し出されたスマホは雨が降ったのか、カバーが少し濡れていたが画面は問題なく起動した。
リュータのステータスに、体力が通常通り全回復で表示されているのを確認する。ひとまずスマホの方では、リュータは無事だと認識しているようだ。
「この機械の光は、魔法か?」
「いや、電池……エネルギーを貯めたものをこの機械の中に埋め込んで、それを動力源に動いてる。簡単に言うと、ガラス基板の下に光源があって、ガラスを通った光が色付け層を通ってカラー画像を再現してる感じ」
「中央都市でも見かけない機械だが」
「オレの、……故郷では一般人も持ってるもんだよ」
やはりスマートフォンのような機械はこちらでは珍品なのか、ヴェルターがこちらの手元を覗き込んで難しい顔をしている。
「それより、街は? 暴徒化した連中はどうなった?」
「与えられた分の能力を失い、鎮静している。……貴様がやったのを覚えていないのか」
「え? あ、あー……問題ないならいいや」
どうやら、よくある『気絶中に内なる力が解放されて一時的にチートモード』のような状態になっていたらしい。内なる力的なものがあるとも思えないし、あったとしたらスマホのステータス画面になにかしら表記が加わっているはずだ。もちろんステータス画面はいつも通りだった。ここに来てようやくオレにもチート能力が開花か! などと喜んでもいられない。本当に内なる力ならいいのだが、そうでない場合この魔物が闊歩し剣も魔法もあるファンタジー世界で記憶障害は危険である。
「プロフェットは?」
「一つ下の階のはずだ。呼んでこよう」
リュータの元に向かう前、神託者が引きとめようと話していたことも気になる。王の試み、実行のタイミングが決められていたという話だったように思う。今回の件も、何か知っているだろう。
取捨選択をしておく必要がある。情報も、仲間も。HPがゼロになったリュータを抱きかかえたあの瞬間の恐怖を思い出す。
あんなの、駄目だ。この世界が夢だったのだとしても、失う恐怖は心臓に悪すぎる。
「待ってくれ。……ヴェルター、もう少し、このまま二人で話がしたい」
「……何だ」
「なんでオレのこと、助けた?」
最初にここへ連れてきた時は、プロフェットの頼みだったから案内しただけだった。元々おまえはこの中央都市所属の人間じゃない。この空の塔の客人だとしても、勝手に安全な場所から地上へ降りてきた馬鹿を助ける義理なんてないはずだろ。
そこまでを無表情に聞いていたヴェルターが、視線を明後日の方向に投げて口を開いた。
「気に入ったからだ」
「オレを?」
「それ以外に何がある」
「あ、はい」
彼がすぐ近くまで距離を詰めて、笑みを浮かべる。
「狡猾な人間は好きだ。だが、冷静さを欠いて仲間の元に走っていった貴様のことも、どうしてかは分からんが、好ましく思っている」
それはつまり、オレが頭脳キャラポジっぽいのに要所要所で詰めが甘い――アホなのが面白いということだろうか。褒められているとは思えないその評価に、しかし満足げに笑みを崩さない彼に何と言っていいかもわからない。
だが、少なくとも敵意はないように思う。
「ヴェルター、頼みがある」
水槽の脳、という論理学や哲学の分野で良く例えに使われる仮説がある。普段生きている世界は、パソコン等の電子機器類が脳に繋げられ、電極によって脳波を操作されて見ている夢の世界であり実際は自分の手足などは既になく、とっくに脳だけの存在になっているというものだ。
三十年以上前に哲学者によって定式化されたが、残念なことに、今の人類では自分が生きている世界を現実であると証明するに足る学問には辿りつけない。夢の世界と、現実の世界、どちらが本来の自分が居た世界なのか、一度混乱してしまうと戻れなくなる。
この世界は夢だと思っている。そう思いたいという希望が多分に含まれている。だが、この世界で直面した『死』は、脳みそではないもっと奥深くへ恐怖を植えつけてくれた。常に最悪を考えるなら、そう思いたいなどとは言っていられないのだ。
「オレに出来ることなら、なんでもする。おまえと、持っている情報を共有させてほしい」
「たとえば?」
「おまえがここに来た当初の目的――反社会勢力について。最初にオレを指名手配しろと言ったあの男について。他にも北に住む人知を超えた存在に関して、何か分かっていることがあるなら知りたい」
ふむ、と彼が考えるそぶりを見せる。彼にとっては万一があれば地位を危うくする頼みごとだ。ダメ元のつもりで持ちかけたそれを一考してもらえるというだけでもありがたい。
「見返りには何を望んでもいいと?」
「え、あ、ええと、命とか要求されると流石に困るけど」
半身を起こしていたところに彼が膝をつく。両肩を強く押され、気付けばその場に押し倒されていた。
「こういうことを望んでも、異論はないんだな」
ああこの体勢でこいつのこと見上げるの二回目だ。言われている意味が分かってしまって、つい現実逃避したくなる。
「……い、ま、ここで?」
自分が童貞非処女になれば取引成立。まさかこいつ相手にそんな方向に進むとは思ってもいなかった。隣でのんきに寝息を立てているリュータをちらと見る。
声が震えているのに気付かれたのだろう、ヴェルターが吹き出した。
「冗談だ。……おまえが知りたいというのなら、オレと来ればいい。仕事の手伝いくらいはできるだろう」
じょうだん? あっ、冗談! よかった冗談か。からかわれただけか。そりゃそうだ。考えてみれば、ヴェルターはなかなかの強面だが美形の部類には入る。男、それも美少女っぽかったりも筋肉質だったりもしないどこにでもいそうな外見をしている自分に対し、ああいうことを要求しなければならないほど女に不自由はしていないだろう。
ヴェルターは笑いながら、その場を離れていく。
「対価については、考えておく」
「……じゃあ、」
「ユウジ、だったな。話はそいつが目を覚ましてからでいいだろう」
「ああ。……あれ?」
「どうした」
「いや」
これまで人に、貴様が、なんて不遜な話し方で接してきていた男に急に名前を呼ばれるというのも妙な心地だ。
「名前、呼んでくれると思わなかったからさ」
階下へ向かっていた彼が一度足を止めたが、何も返さずに階段を降りていった。
ヴェルターが退室した直後、眠っていたリュータがもぞもぞと動いた。
「リュータ、大丈夫か?」
「……ユウジ」
目を開けた彼が、勢い良く起き上がってこちらに飛びついてくる。
「よかった、ちゃんと成功したんだな、蘇生魔法」
抱きつかれたまま、うー、と言葉になっていない呻き声が耳元に聞こえる。リュータに聞きたいことは山ほどあった。師匠が話していた、熾天使のこと、人に転生したという話。こちらへ来た当初からレベルが高く魔物の累計討伐数が多かった理由。彼がもともとこちら側の存在だったなら、もし戻る手段が見つかったとしてもあちらへは帰らないかもしれない。彼がどちらを選ぶのかも、知りたい。けれど。
「ユウジ」
「ん?」
「おれの側からいなくならないで」
「勝手にいなくなろうとしたのはおまえの方だろ、馬鹿」
「でも、ユウジはだめ、死んだらだめだ」
「オレが魔法使って倒れたの、知ってたのか」
「蘇生された時、おれ一瞬だけ目が覚めて、ユウジが倒れたのに何もできなくて」
涙を堪えているのだろう彼の声は、か細かった。勇者でも天使でもなく、自分の良く知っている十五歳のリュータだ。
背中に手を回して、軽くぽんぽんと叩いてやった。赤く燃えていたあの翼は、もうどこにもない。
「オレは、おまえを一人にさせるつもりはねえよ」
大丈夫。きっと全部うまくいく方向に、オレが連れてってやる。
リュータが落ち着いたのを見計らったかのように、プロフェットとヴェルターが部屋に戻ってきた。というより入口付近で待ってくれていたのかもしれない。最初にプロフェットとお茶をしたテーブルに四人で集まって、全てを話すと言った彼が口を開くのを待つ。
「まず、ユウジ。僕は君の足止めをするために――中央都市の破滅に君たちを巻き込まないように、ここへ呼び寄せるように言付かった」
「それは、北の方にいるっていう世界の王からか」
「あの人は、君の動向を知っているようだったよ。この時期にこちらへ来るのが分かっていたから、最初は保護するようにと言われていた」
「最初は?」
「うん。今回の件、目的は僕が知っている限りでは二つ。一つは擬似魔王の実験。もう一つは、天使の召喚だ」
天使の召喚。我を失ってほとんど暴走するような形で、リュータが熾天使として戦っていたのを思い返す。
「仮面の男が、おそらくは擬似魔王として僕のように作られた存在なんだと思う。それからしばらくして、天使の召喚を試みるから保護するのはユウジだけにしてくれとも頼まれた」
祝福と称して魔の者に加護を与えていたことからしても、仮面の男が擬似魔王で間違いないだろう。天使の召喚にあたって自分だけを隔離するように言われたということは、リュータが天使と何らかの関係を持っていると推測していたに違いない。
「仮面の男が街に現れれば、リュータ、君を外に誘導できる。だからリュータのことは引き止めず、ユウジだけをここに留めるようにと言われたんだ」
結局、リュータは話の途中で眠くなってしまい異変が起こる前に外の空気を吸いに行ってしまったのだが、どちらにせよ同じことだ。
「多分、どこかのタイミングでリュータが天使だとあの人は気付いたんだと思う。ああいう結果になるということも」
「……仮面の、あれはね」
話を遮らないように黙っていたリュータが、ぼそりと呟いた。
「あれは、おれの……昔死んだ知り合いの、身体を使って作られてたんだ」
「アンデッドってことか?」
「とっくに意思なんてなかった。話しかけても答えてくれなかったし、何より、街にあんな酷いことする人じゃなかったもの」
リュータの言う『昔』がいつを指すのかは分からないが、それで彼が激昂した理由に見当が付いた。彼は故人を冒涜する行為に怒り、解放のために動いたのだろう。
「死人に魔王をやらせるつもりだった? ……何のために」
「あの人の真意までは、流石に僕にも分からないけど……」
プロフェットが視線を落とす。リュータがあっと声を上げて、笑みを作った。
「でも、もう魔力の残滓も感じられなくなったから、擬似魔王については大丈夫だと思う」