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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
6/26

act.6

「師匠さあ、補助系魔法って回復のほかに何かねえの、たとえば戦闘で死んだやつなら蘇生できる呪文とか」

「なくはねえな」

「それ教えてくれよ。オレが習得できるようになるまで見込みでどれくらいかかる?」

「いや、ありゃ魔力の消費が激しすぎる。今のおまえさんにゃ無理だな」

「使うには魔力値が足りないってことか」

「そういうことだ。一応教えてやってもいいが、魔力が適正値になるまで使うなよ」

 使えない、と言わず使うな、と表現した。発動自体はするということだろうか。

 中央都市にて宿を取り、久しぶりのベッドで眠りに就いたまでは良かった。あまりに夢見が悪く、眠気はあれど二度寝をする気になれなかった自分は、部屋に眠るリュータを残して宿の外に気分転換に出たのだ。

 夜の街を歩く者すら就寝している真夜中だったからか、腕輪からはすぐに師匠が顔を出してきた。眠れないから授業を頼むと冗談半分で持ちかけると、朝までみっちり教えてやると苦笑で返された。師匠の実際の年齢は知らないが、外見だけで言うなら二十五、六のように見える。外見どおりの年齢だったとするなら、自分と師匠はリュータと自分ほどの年の差がある。夢見が悪かったなんて話はしていないが、年上にはやはり見抜かれてしまうものなのかもしれない。

「じゃあ一応ってことでいい、教えてくれ」

 思えば、夢の中で夢を見るという体験をしたのは初めてだ。痛覚がある夢、夢だと分かっている夢、味のする夢、どの感覚も脳が司っている以上、脳によって作られている夢に再現できない感覚など無い。だからこのRPGのような妙な世界も、自分の夢の中の出来事だと思っている。目が覚めたら大学の一限にギリギリアウトな時間帯で、友人に代返しといてと連絡を取ってのんびり登校する。そんな朝がやってくる。

 けれど、夢の中の夢――先ほど眠っている間に見た夢は、たとえ自分の深層心理が作り出した映像だったとしても不快なものであることに変わりは無かった。

 傷だらけで倒れた彼を抱いて、動かなくなった心臓に額を寄せて絶望する夢。腕の中、事切れた瞬間に体が重くなる。あまりにリアルすぎる感触が今でも脳裏にこびりついていて、胸糞悪いなんてものじゃない。

「いいけどよ。使うんじゃねえぞ」

「分かってるって。どうせリュータが戦ってくれるたび自動レベルアップすんだから、無理して低レベルで使うつもりなんてねえよ」

 彼は強い。自分の倍以上の高レベルだ。彼が夢のような状況に陥ったとすれば、その時点で既に自分は敵にやられて戦闘不能になっている。自分だけ取り残されることは有り得ない。そうやって自身に言い聞かせてやっと保っているいつもの自分で、手のひらの上で目を細める師匠に笑みを見せる。

「ついでに、不肖の弟子にひとつ教えといてやる」

 師匠が明後日の方向を見つめて、ぽつぽつと言葉を紡いだ。

「常に最悪を考えて動け。リュータが頭使って戦えると思うか。おまえさんの役割は相棒にレベルで追いつくことでも、あいつみたいに力技で切り抜ける方法に慣れることでもねえ。失いたくねえなら、冷静に、あいつに足りない部分を補ってやれ。判断を下す時は感情も捨てていい。あいつを最優先にできるんなら、な」

 おまえさんがあいつの頭脳になってやるんだ。いつになく真剣なその声が、あの夢の映像と一緒にいつまでも耳に残った。


 中央都市は港町に比べて人間の人口が多い。翌朝買い出しのためリュータと外出し、既に活気付いている町並みの中を人にぶつからないよう間を縫うように歩く。

 ここまで、ろくに落ち着ける場所がなかった。自分は最初の鉱山の村人から貰った最低限の防具を私服の上に身につけているが、リュータは相変わらず真っ黒な学ランに白亜の剣のみなのである。装備の見直しと携帯食料の購入、それから指名手配事件のせいで買いそびれた荷物収納オーブも、この街で見つけられれば入手しておきたい。

 リュータには宿に留守番を頼もうとしたが、凄い剣幕で反対されてしまった。指名手配事件の際のトラウマなのか何なのか、自分は一人では買い物にも行かせてもらえないらしい。

 ならばと徹底的に荷物持ちをやらせているが、レベル補正なのか勇者補正なのか、中学生としては有り得ない腕力で難なく荷物を抱え込んでいる。横目に覗き見た額には汗ひとつない。

「ユウジ、次は?」

 買い物メモをいつまで経っても電池の減らないスマホに記入していたのを知っているリュータが、抱えた荷物越しにこちらの手元を見ようと背伸びする。

 次は雑貨屋だ、と返そうとして、前方に知った顔を見つけて思わず足が止まる。

「げっ」

「なに?」

 こちらに合わせて歩みを止め、リュータは首を傾げた。

「ちょっとおまえ上着貸せ」

「え、いいけど、どうしたの」

 荷物を持ったままのリュータから上着を強奪しようとして、物理的に不可能であることにようやく気付いて諦める。せめてとばかりにリュータの後ろに屈んで隠れ、前方で部下に命令をしているらしいヤツをそろりと伺い見た。

「……会いたくない奴に会った」

 まだ状況を把握していないリュータが、次は反対側に首を傾げる。人ごみの中でも声が聞こえるほどの近い距離に、嫌な印象しかないヤツ――ヴェルターが居た。

「……神託者の言葉だそうだ。反社会組織を徹底的に撲滅する」

 神託者。反社会組織の撲滅。どうやら指名手配の自分を追ってきているのではないようである。ここまでの旅で特に指名手配犯として騒がれたことはなかったが、こちらは脱獄してきているのだ。気付かれないように、速やかにここから離れる必要がある。

「い、いいかリュータ、オレを完璧に隠しつつごく自然に踵を返せ」

「ええ?」

「頑張れおまえならできる、おまえの顔は知られてない」

「ねえ誰に気付かれないようにしてるの、ユウジ」

 事情は後で説明するから早く! と急かそうとしたが、既に手遅れだった。

「そこでこそこそと、何をしている?」

 部下を解散させたヴェルターが、呆れ顔でこちらに歩み寄ってきた。

「貴様は……」

「ぴゃっ! 人違いです!」

「安心しろ。既に指名手配は解除されている」

「へ?」

 リュータの足元で丸くなっていた自分に、ヤツはあろうことか手を差し伸べてきた。立てということだろうか、恐る恐る伸ばされた手に触れる。引かれるままその場に立つと、手を伸ばした時僅かに笑っていたように見えたヤツの表情はいつも通り仏頂面に戻っていた。

「ユウジ、知り合い?」

「あー……」

「以前こいつを捕縛した国の者だ」

「えっ!?」

 完全に油断しきっていたリュータが、今まで大事に抱えていた荷物をごっそり全て足元に落とした。

「て、敵!」

「待てリュータ、ひょっとすると今は敵じゃねえかも」

「そうなの?」

 こちらを向くリュータの目が、明らかに説明を求めている。今はそんな余裕もないので、アイコンタクトには気付かないふりをする。

「確か、ヴェルターだったな。オレを追う必要がねえなら、おまえ何でこんなとこまで来てるんだよ」

「別件の任務だ。ここへは応援要請を受けて派遣されている」

 任務の内容までは、まあ教えちゃくれないだろうな。

 ん? じゃあなんで今部下と一緒に行かなかった? 先ほどの命令からして、部下は解散させたのではなく何らかの作戦に向かわせたはずである。彼がこの場に残る意味が、

「貴様に会いたいという方がいらっしゃる。来い」

「いや行くわけねえだろ」

 やっぱりオレか。今度は何だとあからさまに顔をしかめると、リュータが間に割って入った。

「また無理矢理連れて行くつもりなら……おれが相手になるよ」

「……任意同行だ。神の声を民に届ける神託者から、以前指名手配されていた者を見かけたら連れてきて欲しいと言われている」

 任意同行っておまえ。

「何が目的だよ? まさか元被疑者とお茶したいから連れて来いなんて酔狂が居るわけねえし――」

「誰も直接お会いしたことのない非常に高貴なお方だ。勇者伝説の語り部とも言われている」

 小出しにされる情報に、うっかり心が揺れる。

「え、ユウジ」

 まさか行くのと肩越しに彼がこちらを伺う。好奇心と実利の両方が、頭の中で『昨日の敵は今日の友! 昨日の敵は今日の友!』と囁くどころかマイクとスピーカーで大合唱している。

「はいオレ行きます」

 寝返るスピードは速かった。

 大きな溜め息とともにリュータが肩を落として、おれも行っていいんだよね? とヴェルターに確認を取る。

「付き添いを連れてくるなとは言われていない」

 何も好奇心に忠実に従っただけではない。自分が相棒の頭脳になるなら、出来うる限り完璧を求めたい。彼を守るのに、情報はあって困らないものだ。

 ついてこいと案内を始めてくれようとしたヴェルターを静止して、その前にと地に散らばる荷物を指差す。

「荷物宿屋に置いてきたいんだけど」

 あっと声を上げて、リュータが慌てて荷物をかき集めた。


 中央都市の上空、空の塔の最上階に住んでいるという神託者には、名前が与えられていないらしい。

 神託者、プロフェットと呼ばれる彼は神の創造物であり、神の代弁者である任を全うするために生かされている。話では、プロフェットの役に就く者は定期的に廃棄処分・入れ替えをされているという噂もあるのだそうだ。

 旧東京の電波塔そっくりな空の塔に着くまで、ヴェルターには神託者についての客観的な話を聞いた。人間に祝福を与える神――おそらく、魔に属する者たちから魔王と呼ばれている存在のことだろう――からの言葉を聴き、空の塔から中央都市すべての民に語りかけるのだという。この街では神はただ崇められる存在ではなく、うまく付き合っていきさらなる文明の発展への足がかりとするものなのだそうだ。

 神託者を通じて神と対話が出来る街だからこそ、超越した存在をコントロールできるという考えに至っている。

 ……電波塔もとい空の塔は、やはり某電波塔と同じくらい高かった。

 自分の足で登らなきゃいけないんだろうな、と遠い目をしていると、自動昇降機があると魔方陣の描かれたエレベーターにしか見えない箱にリュータともども引きずり込まれる。

「え、エレベーターとかあったんだ……」

「ファンタジック異世界のくせして醤油とかあるしな。もう何が来ても驚かねえわオレ」

 空の塔なのに新しいほうの東京の電波塔デザインじゃないのも突っ込みどころだ。突っ込んだら負けなのかもしれない。

「案内できるのはここまでだ。最上階へはそこの階段を使って行くといい」

「ヴェルター、おまえは? オレらだけ行って神託者とやらは分かるのか」

「問題ないだろう」

 最上階のひとつ下の階で停止したエレベーターもどきを降りる。車椅子用だか子供用だか、開閉ボタンが通常位置と低位置の二箇所に付けられている。妙なところだけバリアフリーなのを見ると、異世界を行き来した人間がデザインの意図を分からないまま丸パクしたのかもしれない。

 そして、その推測が正しいならば、こちらの世界とあちらとで意図的に行き来する手段が存在するということでもある。

 最上階への階段は、エレベーターもどきの到着した場所から向かって左、すぐ見つけられる場所にあった。警戒しているのか、横に並んで階段を登るリュータが帯剣した柄に指先で触れている。

 階段を登りきると、円状のフロアの中心で神父のような格好をした男性がテーブルでお茶を飲んでいた。

「こんにちは。君を待っていたよ、ユウジ」

 こちらを見て自分の呼んだ相手だと分かったのか、彼が椅子から腰を上げて近くまで歩み寄ってくる。

「あんたが神託者さんか?」

「そうだね。わざわざ来てくれてありがとう。君と話がしたかったから、来てもらったんだ」

 ブロンドに青い目の、外見で言うなら高校生くらいの年齢に思える。この雰囲気の人物にどこかで会った気がしなくもないが、どうも思い出せない。

「そりゃいいや。オレもあんたに話が聞きたい」

「本当? じゃあ、しばらく話をしよう。お茶はここにもあるから、用意するね」

 これが少女であれば、大人の都合で幽閉されたいいとこのお嬢様と一発で表現できそうな雰囲気をしている。悪いドラゴンとかに攫われそうである。

 先ほど彼が居たテーブルまで案内され、リュータと並んで腰掛ける。攫われたお姫様を助ける役割の勇者様はというと、警戒していたぶん自分の隣で困惑しているようだった。

「僕がユウジに聴きたい話はほとんど世間話みたいなものだから、君の質問から先に聞こうか」

 果実の香りのする紅茶を三人分用意して、神託者――プロフェットが向かいの席に座る。

「わりと突っ込んだ話も聞くと思うけど」

「どうぞ」

「まずは、この街についてだ。他の街だと純粋な人間ほど外を出歩くことなく、仕事でも重役ばかりみたいだったが、この街は普通に人間が店頭販売をしたり、店先で商品を値切ったりしている。どういうことだ?」

 この世界では他種族の血が混じっていない純粋な人間が力を持つとされている。その法則が適用されない中央都市だ。日本のデパートで良く見かけるタイプの蛍光色で扉が塗られたエレベーター、日本食にしか使いそうにない調味料、ここに来て唐突に『感じなくなった』異世界という違和感が、逆に薄ら寒い。

「この街は、種族で差別されない中立都市でもあるんだ」

 微笑を貼り付けて、プロフェットが口を開く。

「実力だけが評価されて、身分関係なくのし上がれる街。ヘイブンとも呼ばれている」

 楽園ではなく、安息の地という意味合いだろうか。

「ここで見てきた、特殊な文化も気になるのかな。この場所は、皆が神様と呼んでいる存在――世界の王の実験場でもあるんだよ。王様が思いついたもの、再現したいものをここでテスト運用して、うまく他地域の文化に馴染みそうなら技術を流通させる。難しければこの街だけにとどめておく。そのあたりの匙加減は、僕を通して街の皆に伝えられるんだ」

 なるほど、エレベーターや醤油、電子機器がないのだからほとんど意味を成さないこの電波塔はその世界の王とやらの思いつきで実装されているというわけだ。そしてこの街の住民はデバッカーの役割を担っている。世界の王とやらがこの世界のプログラマーであると考えるべきか。

 だとするなら、異世界を行き来する手段はその世界の王とやらが握っている可能性も出てくる。

「世界の王は、異世界出身だったりするか?」

「いや、この世界の人だよ。確か……元々は身分がとても低かったという話は聞いたな」

「そうか」

 行き来する手段を知っているだけで、日本出身ではないのだろうか。

「その世界の王に会う方法は?」

「北方山脈の方に行けば、会えるはずだよ」

 そんなことまで教えていいのか。

 教えたところで主人が危険に晒される心配はないと確信しているように思える。

「分かった、ありがとう。次は、勇者についてだが」

「僕が話せるのは、神の元に迎えられた勇者の話だけど」

「そりゃ死んだってことか」

「少し違うかな。ああ、見方によっては、そうかもしれない」

 どこから話そうか、と記憶を遡っているらしいプロフェットの言葉を待つ。

「まず、一万五千年前。今と同じような文明がこの地には築かれていた。その時代、人は魔に虐げられる弱い種族だった」

 寝物語の御伽噺のように、異世界からやってきた勇者が魔に打ち勝って、人の時代がやってきた。

 けれど平穏はほんの一時で、魔に打ち勝つという世界のバランスを欠く行為に神が怒り、人も魔も無差別に地上の全てが焼き尽くされた。

 それを哀れんだ勇者は、故郷である異世界へ戻らずにこの地の復興に力を貸して、勇者は神に認められた。

「そんな感じかな。君の求める答えになってた?」

 簡潔にまとめられて聞かされた話は、どこにでもありそうないかにもな勇者伝説だった。

「ああ。故郷には戻れなかったんじゃなく、戻らなかったってことか?」

「そう聞いているね」

「だとしたら、世界を行き来する手段は勇者も知っていると」

「君は……?」

「オレも、リュータも、その話に出てくる勇者のように異世界からやってきたんだ」

「そうだったんだね。どうりで、あの人が気にするわけだ」

 あの人、というのはおそらく彼と直接つながりのある、世界の王とやらのことだろう。神の元に迎えられた勇者が王の子飼いとなっているのか生贄だか人柱だかになったのかは分からないが、勇者と同じように異世界からやってきた旅人のことが耳に入れば、気にならないわけがない。

「……リュータ、どうした?」

 隣に目を向けると、リュータが紅茶の湯気をぼんやりと見つめていた。

「あ、ううん、なんでもない。少し眠気が」

「そういや、難しい話聞くと眠くなるんだったな」

 授業中はしょっちゅう寝ているらしい。本人の話によると、真面目に受けるつもりはあっても逆らえない睡魔が襲ってくるのだとか。

「あはは。ちょっと降りて眠気覚ましに外の空気吸ってくるよ」

「そうか」

「すぐに戻るから」

 ここを離れたということは、このフロアに武器や魔法のトラップなど危険な仕掛けはないと判断したのだろう。席を立つリュータを見送って、話に戻る。

「後で、君の故郷の話も聞きたいな。リュータが戻ってくるまでの間だけでも、聞かせてくれないかな」

「いいけど、何から話しゃいいんだ」

「この世界と、君の故郷との違いとか」

 異文化交流ってやつだよ、とプロフェットが一度紅茶を口にした。

「僕は、作られて以来ずっとここから出たことがない」

 不満はないよ。あの人の言葉を伝える、それが僕の存在意義だから。急に始まった身の上話で、リュータが席を外すのがイベントフラグだったのかもしれないと内心考える。

「どうもね、ここから出てしまうと、僕みたいにあの人に作られたものは溶けてしまうらしいんだ。氷雪のように」

 話を聞く限りだと、この塔に直接王の魔力がかけられているのかもしれない。彼を作り出す魔法が建物由来のものである以上、外に連れ出すのは根本的に不可能だろう。

 おそらく王は、そうすることで情報を管理している。

「でも、この街の人は僕と話をする時に、よく街のおいしいものとか、おもしろいものとか持ってきてくれるから、寂しくもないし、満足してるっていうか」

「おまえ、ちゃんと温かいじゃん」

「え?」

 テーブルに身を乗り出して、向かいの彼の頬を触る。人形だと話しているが、体温はある。紅茶も飲んでいた。

「誰かに作られてても、今生きてるんなら一緒だろ。街のうまいもの食べて、おいしかったんだろ」

「うん」

「オレもきっと美味いって感じると思う。同じだ」

 人間駄目になるときは、食事が喉を通らないものだ。言い換えれば、食べるものをおいしいと感じられているうちは大丈夫。自分の感覚で、感動できるのだから。

「ここから出られないんだとしても、感情が凍っていないなら、おまえは人形じゃない」

 人形じゃない。触れられた頬を片手で確かめるように、プロフェットが口の中で、ちいさく言葉を反芻した。


----------


「で、君はぼくの言ったことも忘れて、人助けして帰ってきたと?」

 また服こんなに汚して、繕うの大変なんだからね。主婦みたいな小言をぶつぶつと口にする彼は、誰がどう見ても同い年の少年だ。

「あの辺の町でトカゲ被害に困ってるって聞いてなんか可哀想でさー。あ、でもな、おまえに土産があるんだぜ」

「紅茶は、確かに嬉しいけど」

「そっちもだけど、そっちだけじゃなくてな! おまえが喜びそうな話」

「なに?」

「魔王が二人だったとしたら、おまえどうする?」

「……道草については不問にするよ。詳しく教えて」

 やりぃ。心の中でガッツポーズだ。泥だらけで抱きついて彼の服までべとべとにしてしまったことについては、おそらくこれでチャラにしてもらえるだろう。

「でも、ちょうど良かった。実はね、今から世界を震撼させる大事件を起こすつもりだったんだ」

「大事件って……核戦争とかか? またおれの記憶から何か作んの?」

 違うよ、と彼が首を振る。

「安息の地、中央都市が神から見捨てられる瞬間を演じるんだ。魔が一時的に加護を受け、人の加護が消える。プロフェットの動きと彼ら、うまくかみ合ってくれてよかったよ」

 彼が、打ち滅ぼした先代の魔王の骸を、氷結の魔法で保存していたのは知っていた。それを使って、魔への供給を行ったのだろう。

「……魔王が二人いたらさあ」

「うん?」

「かたっぽが人間を祝福して、もうかたっぽが魔を祝福して、平等になんねえかな」

「そうしたら、元々の気性が荒くてつい最近まで虐げられてきた魔の方が一方的に戦いを仕掛けてくるね。そうでなくとも、それを危惧した臆病な人間が打って出るだろう。どのみち全面戦争の始まりだ」

 表情ひとつ変えずに自分と同じ人間を殺し、理想のための計画を遂行しようとする冷血な神。

 ほんとは泣き虫で、すぐ転ぶしすぐ拗ねる。引きこもりだし、人付き合いだってあんまり得意じゃなくて、そんで、笑うのがへたくそ。

「そっかあ。じゃあやっぱ、全部混ぜちまうのがいいのかな」

「……その前に君を解放する方法も、ちゃんと探すよ」

「そんなのいらねえって言ってるだろ。まだ言うか。今のおれの一番はカイン、おまえだ。もしあっちに行くんなら、おまえも一緒だぜ」

 おれの代わりに世界を支配する、新たな魔王。

 全部おれのためで、全部おれの一番好きなカインだ。

「ありがとう。……ごめんね、レツ」

 自分を打ち倒す勇者が現れるその時まで、いつか終わりが来るその日まで、彼には誰も手出しさせない。

「そういやさ、今のプロフェット、また棄てんの?」

「そうだね、人形として運用できなくなったら、処分するつもりだけど」

「おまえから作ったんだろ。こないだ見に行ったけど、あいつ雰囲気カインそっくりだったもん」

「だって君みたいなタイプか、ぼくみたいなタイプしか作れないし……君みたいなの作ったら、ぼく棄てられなくなっちゃうし」

「もったいねえなあ、モデルおまえならおれ気に入るに決まってんのに」

 もうずっと遠い昔のことだ。

 彼が自分の一番になったのは。

 ……おれが、選んだんだ。それでいい。

 この思いが仕組まれた運命だったのだとしても、それすらずっと、ずっと昔の話。


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