act.4
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最上級のもてなしなのであろう貢ぎ物を見下ろして、貰っても自分じゃ消費しないんだけどな、と思いながら訝しまれない程度に威厳を保つ。最初は、慣れないこの役回りに苦労してついつい外での作業を彼に任せがちになっていた。頼りっぱなしじゃだめだよなあ、と自分の引きこもり癖を省みる。
いってらっしゃい、と彼を見送ると、まず数年は帰ってこない。何か面白いことがあるとすぐにそっちに向かっていってしまう人だから、それは仕方ないのだけれど。自分のことなんて完全に忘れてるんだろうなあ。そう思うとちょっとだけ気分が降下する。
そんな中での今回の件である。やるべきことに変わりは無いが、少しばかり手荒になってしまったのは否めない。
「捕らえた者は今どこに?」
「……は、地下牢に放り込んでおります」
敬礼して答えた兵にありがとうと微笑んで、一歩前に出る。
「少し……話をしてきてもいいかな?」
「では、兵を数人お付けいたします」
「うん、よろしくね」
これも授けられた特殊能力なのかどうかは分からないが、笑顔を向けるとよほどレベル差が近くなければ確実におとなしく話を聞いてもらえるというのは正直ありがたい。原理はともかく効果は実証済みなのだから、使える場面では積極的に使っていくことにしている。
案内された地下牢は、洞窟内のダンジョンのようなじめじめとした空気で満ちていた。ここからは一人で大丈夫、と地下牢の入り口付近で兵を待たせて先へ進む。最奥の牢に、先日見かけた黒髪の青年が力なく座り込んでいる。
「君が、ユウジくんかな」
「……」
「隠さなくても、分かるさ。あの世界から君を選別したのは私だ」
安心してよ、君の名前を始めとする情報の全てはヴェルター達には教えてない。好きなだけ秘匿するといい。そう続けると、無関心を装っていた彼の表情が強いものに変わる。他人に睨み付けられるというのも久しぶりだ。
「君には、死んでもらうためにこちらに来てもらった。勇者の剣、君は手にできなかっただろう。あれは私の望む勇者にだけ受け継がれる剣だ」
できるだけ、威厳を保って、鼻につく感じで。昔どこかで見た記憶を参考に、それから傲慢な慈悲を込めた笑みを浮かべる。
「さあ、処刑や拷問が嫌なら、今ここで私の魔法で一思いに、でも構わないよ。選ぶといい」
「……やなこった」
初めて口を開いた彼が、ついでに舌をべっと出した。
「お偉いさんは必ず処刑の前にオレの顔確認しに来るはずだと践んで、あんたが情報提供してくれんのを待ってたんだよ。人間側の話を聞くのに丁度良かったからな。……あばよ」
彼の手首を繋いでいた手錠が光る。ほぼ同時に、かしゃんと音を立てて手錠が抜け落ちた。
そして彼の周囲を囲むように、大きく魔方陣が展開する。
光が目に付いたのか、入り口付近で待機していた兵士達が何事かと駆け寄ってくる。しかしその光景を兵士達が目撃する直前、牢の中に居たはずの青年は光に包まれてどこかに消えてしまった。
「……あの魔法は……」
間違いなく、あの人のオリジナルスペルだ。
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うおー! 成功した! 良かった!
あばよとかかっこつけて言い捨てといて魔法発動しなかったらどうしようかと思った!
いつもは本気でやらないだけで、自分はやればできる男なのだ。そう言って普段の自分の怠惰っぷりを棚に上げるのは得意技である。宿を出た時はまだ午前中だったのが、ひと騒動終えて気付けば深夜。生活の灯りさえ消えうせた夜の静けさをそろりそろりと歩きながら、なるべく音を立てずに宿に戻る。
部屋をノックすると、中からリュータがドアを開けて出迎えてくれた。そそくさと部屋の中に入り、速やかに扉を閉める。
「おかえり、ユウジ。遅かったね。何かあったの?」
「あー、えっとだな」
「……なんで荷物まとめてるの?」
リュータの質問に言い訳を考えながら、荷物をまとめ始める。しかし、いくら考えても誤魔化せそうな作り話は浮かんでこない。何せ、買出しに行くと言っておきながら何も購入できていないのだ。
加えて、薄汚れてあちこち小さな傷を作っている。
「ねえ、何かあったの?」
「……うっかり指名手配されててな、処刑だなんだって騒ぎになって、脱獄してきた」
腹を括って、正直に打ち明けることにした。こういう時の彼は勘がいい。たとえうまい言い訳を考えても、どうせ直ぐに見抜かれてしまうだろう。
「その傷は?」
髪に血が固まっているのをめざとく見つけて、リュータがさらに訊ねてくる。
「えーっと、拷問、されかけ……? 的な?」
「……ゆるさない」
「お、おい、悪かったって。落ち着け」
「誰にやられた」
「いいんだよ、それよか早くここを出ようぜ。どのくらいの範囲で指名手配されてるか知らねえけど、別の町に移動した方がいい」
別人かというほどの低い声で、リュータが怒りを顕にしている。そんなことは後だ。宥めすかして、おまえも早く荷物まとめてくれと出立を促した。
夜の郊外を歩きながら、自分ひとりがぺらぺら喋らされるという少々寂しい罰をリュータから処された。
懐いていた兄貴分が知らないうちにうっかり殺されかけたとあって随分気が立っていたのだろう。捕縛されたあたりから脱出までの経緯を事細かに、何度も同じ話の説明を要求された。同じ話を何度もさせられるというのはそれはそれで警察に事情聴取されているような気分になるが、事情聴取は言ってみれば内容に矛盾がないかの確認作業なのだ。彼の場合は疑われているというより、無事に帰ってこれた事実を確認したいのだろう。可愛い弟分を不安にさせてしまった責任くらいは甘んじて負おうと思う。
「ユウジ」
「うん?」
「その、師匠って今会えるの?」
「あー、それがおまえと合流してから、呼んでも叩いても返事くれねえんだよな」
違う話題になったことにほっと息を吐く。姿を見せないどころか一切黙り込んでしまった魔法の先生は、住処である腕輪をつついてもうんともすんとも言わなくなってしまった。
脱出できたら魔法教えてくれるんじゃなかったのかよ。
「師匠さん、また出てきてくれるといいね。次は攻撃魔法とか、教えてくれるんだろ?」
「おう。今はぶっちゃけ逃げるための魔法しか習得できてねえし、しばらく戦闘はやっぱおまえ任せだわ。頼むぜ」
「それはいいんだ、ユウジがいてくれたらおれ負ける気しないし」
「まあ、おまえはめったなことじゃ負けねえだろうけど」
「負ける気しないのと負けないのとは違うよ。どこが違うって説明は……できないけど」
ああ、それにしても現時点敵前逃亡が十八番とは、情けないことこの上ない。
フィールドマップを信じると、ここから中央都市に向かうには田舎らしい山を越え、森を抜けた先の港町からしばらく船旅をする必要があるらしい。
何度か野宿をすることになるだろう。食料はあの騒ぎのせいで買い置きができなかったから、その場で調達になる。途中途中の道で食べられそうな果物や茸を採取しながら進み、川が見つかれば魚を釣ってみたりして食料を用意していた。
火の番は数時間おきの交代制だ。はじめはリュータが一晩中起きて見張っていると主張したが、肝心な時に体力不足で戦闘不能になられてはこちらが困るのである。説得は容易だった。
しぶしぶと眠りについたリュータを尻目に、左手首に装着されたままの師匠の腕輪に語りかける。
「おーい、師匠。リュータと会いたくないから出てこないんじゃねえの。あいつ寝たぜ、出てこいよ」
「……なんだ、察しの良い弟子だな、面白くねえ」
脱獄から音沙汰無しだったちいさいおっさん、もといお兄さんが、腕輪から飛び出して左手の甲に乗っかった。
「オレ様はおまえさんにだけ見えてりゃいいんだよ。で、呼び出したってことは魔法を教わりたいか?」
「当たり前だろ、待ちくたびれたわ」
学ぶことはさほど嫌いではない。ゲームの攻略と一緒で、仕様を覚えれば覚えるほどそれらを逆手に取った必勝法を編み出しやすくなる。瞬時の状況判断や反射神経を使うゲームの天才であるリュータについていくには、たとえゲームであってもそういった日々の工夫が必要不可欠だったのだ。
今回の異世界トリップの夢だって、自分が実体験の形で再生されているがRPGと大して変わりは無い。仕様を覚えれば、低いレベルであってもリュータに並ぶことは不可能ではないはずだ。
「おまえさん戦わなくても、あいつに任せておけば勝手に敵千切っては投げ千切っては投げしてくれるんでねえの?」
「ラクするのは好きだけど、年下にまかせっきりは精神衛生上よろしくないんでね。オレにもぼろ布くらいのプライドはある」
ふーん、と師匠が興味をなくしたかのような声で返した。
今回の講義は地水火風の四属性についてだ。どこぞのRPGの設定から引っ張ってきたような弱点属性、有利属性、相殺可能属性、そのあたりはさらっと聞き流す。
ここまでの話で、一度も精霊との契約がどうとかいう話が出てこない。出たら出たでその属性の魔法を使うには契約が必要なんて定番の話になっても面倒なのでそれは構わないが、どうも話を聞く限りだと、どこかにあるエネルギーを一度自分のところに一定量収集して、それを各属性に変換するという手順で魔法が成り立っているようである。
そのエネルギーの出所は、自分の魔力、いわゆるMPなのか、それとも別の場所――魔王の加護を受けている者のように供給源があるとか――なのかは分からない。師匠が言うには、自分には魔王の加護はやはり付与されていないらしい。強くなるには自力でどうにかしなければならないのだそうだ。
本日の講義の最後に教わった術は、地属性の重力操作魔法である。基本動作の『押しつぶす』力の操作方法しか習わなかったが、先日教わった脱出用の術に引き続き、攻撃魔法と呼べるか不明な足止め用魔法だ。しかし、脱出魔法と組み合わせれば攻撃用の技に転用可能かもしれない。牢の中で口をすっぱくして注意され続けた、『障害物をすり抜けるための術構成を忘れずに付与するように、でなければ屋内使用時天井に頭をぶつけることになるぞ』との言葉はアドバイスでもあるはずだ。たとえば重力操作で足止めし、脱出魔法を今やお荷物にしかなっていない勇者の剣に付加して障害物をすり抜ける構成を加えずに敵に向かって転移させれば貫通技になる可能性がある。こればかりは試してみなければ分からないが、リュータの前で必死に試行錯誤している姿を見せるのは癪だ。
試すだけならそこらに生えている木で試すのもアリだが、使用時の音までは防げない。それでリュータに気付かれては元も子もないのである。
消音できそうな魔法を教わった時に試すのが無難だろうか。音に関わりそうな属性は風だが、どういう順番で教わるかまでは師匠の都合だろう。
次の授業までに使いこなせるようになっておけよと言われたからには、リュータが寝ている間に重力操作魔法の練習をしておく必要がある。火から少し離れて小石を拾うと、地面の上で回転するように回しながら落とす。それを魔法で止める。そんな涙ぐましい地道な練習は、朝まで続いた。
日中は山を歩き、夜は先に休んで夜中にリュータと交代して師匠の講義を受ける。朝リュータが目覚めるまで復習する。睡眠時間半分かつ寝起きに受講と自習とは、大学受験の頃に戻ったような気分だ。昼間に登山が入るおかげで受験生当時よりも体力を消耗する。体が鍛えられそうだ。
疲労が溜まっているのが分かるのか、リュータは下りの山道で転びそうになるたび庇ってくれた。本当に転がり始めるとリュータの体格では自分は支えられない気もしたが、そこまで考えてそういえば先日平然と横抱きにされていたことを思い出す。大丈夫そうだ。
下りきってしまえば、次は山を囲む森を抜ける必要がある。まだまだ野宿は続くが、その分リュータには内密に使用可能魔法を着実に増やすことが出来ている。風の魔法も教わって、音の振動を限りなく中和して無音を作り出すことにも成功した。安全な火元で修行し放題である。
「もうちょっとで麓まで降りられるね。森の中だと魔物多そうだし、気をつけないと」
「そうだな」
リュータが一人で敵を倒しても、パーティと認識されていれば経験値自体は普通に加算されるシステムなのはありがたい。彼は元のレベルが高くレベルアップまでの必要経験値が大きいためほとんど変わりは無いが、こちらは元がレベル一だったこともありレベルアップ祭りである。レベル二十三になって、スマホのステータスガジェットには体力68、魔力34と表示されるようになった。各属性の基礎攻撃魔法が一発につき魔力3消費なので、詠唱する時間を稼ぐ方法が見つかりさえすれば自分ひとりでもそれなりに戦闘は可能だ。
といっても、リュータとかたくなに顔を合わせたくないらしい師匠に口止めされているおかげでここ数日で使える魔法の種類が増えたとはまだ打ち明けられていない。相変わらず自分が攻撃手段を持たないと思い込んでいるリュータは、戦闘時も常に過保護だった。
どうにかして、自力で魔法を研究したってスタンスで説明するしかねえかな。
なんと説明したものか、悩みながらの下山は足元が疎かになりやすかった。
「あ」
転がっている石に足を取られ、下山の勢いもあって大きく前に倒れ込む。カーブだったこともあり、転んだ先は崖だ。
「ユウジ!」
「うおっ、とあぶねー」
「え?」
カーブの先、岩陰から出てきた手に引っ張られて抱き寄せられる。リュータが血相を変えて駆けてくる、ということは、自分を今抱いているのは彼ではない。咄嗟に助けられたその人物は、
「落っこちるとこだったなー、大丈夫か?」
またしても十五歳くらいの少年だった。
少年の名はレツというらしい。世界中をあちこち見て回るため一人旅をしていると朗らかに笑う少年は、リュータと並ぶと身長も体格もほとんど同じだ。
このあたりに町はないか探していると言うレツにスマホのフィールドマップを見せてやると、目を輝かせて旅に同行したいと言ってきた。リュータは少々むくれていたが、パーティメンバーが増えるのは良いことである。
「じゃあレツ、ひとまず港町までの臨時パーティってことで」
「おう。ユウジだっけ、よろしくな!」
犬っぽいとはいえ比較的大人しいタイプのリュータとは違って、レツはどちらかというとガキ大将っぽい印象を受ける。しかし彼の背に乗っかっている武器は間違いなく大斧で、戦闘時はあれを振り回すんだろうなと思うと末恐ろしいガキ大将だ。持ち運ぶだけならともかく、自分ではあんなものを振り回して戦えそうにない。
「……ユウジ」
鼻歌交じりに先頭を歩くレツから少しだけ距離を置いて、リュータが耳打ちしてきた。
「レツだけど……黒髪に黒目って、この世界で珍しいよね」
名前も日本人にありそうだし。他人を疑うことに罪悪感を感じているのか、リュータが後ろめたそうに続ける。
「あいつが日本人かもしれないって?」
「うん。そりゃ、西洋人にだって黒髪の人くらいいるし、思い過ごしならいいんだけど」
確かに、彼が疑いの目を向けるのも分からなくはない。レツが日本人だと仮定するなら、『リュータ』と『ユウジ』などといういかにも日本人な名前に黒髪黒目の二人組を目にした上でスマホを見せられれば、遠い異世界、日本出身であることを打ち明けて故郷の話のひとつでもしたくなるはずだ。
レツがこちらにやってきたのが物心つかない頃だったとするなら話は別だが、何かしら裏があると考えておくのも間違いではない。
「まあ、あいつがどこ出身だろうと、ここで同行を拒否したって悪意があるなら後つけられるだけだ。一緒に戦ってもらって、戦闘力を見ながらもしもの事態に備えるくらいのつもりで居てもいいんじゃねえか」
「……そうだね。気は抜かないことにする」
とはいえ何かしら策を弄することができるほどレツの頭の出来がいいとは思えない。裏表のなさそうな少年だ。大丈夫だろう、というのが個人的な意見である。
「おーい! ウサギ狩ったからメシこれ食おうぜー!」
話しているうちに随分遠くまで進んでしまっていたらしいレツが、体長一メートルはありそうな巨大なウサギの耳を掴んで振り回していた。いつの間に狩ったのか、レツの待つ平地まで急ぐ。
「オレ、ウサギ捌いたことねえわ」
「そうかあ? じゃあおれが切るから火起こしてくれよ。ユウジおまえ武器装備してねえし、魔法使いなんだろ?」
「そうだけどよ」
「あっ、あのねレツ、ユウジは、今ちょっと攻撃魔法が使えないんだ。ね、ユウジ」
「あー、いや……火くらいなら起こせるようになった」
「そうなの? いつの間に」
「えーとほら、野宿のたびおまえに火点けさせるのもあれだし、おまえが寝てる間にちょろっと。戦える人間は戦闘のためにMP温存しとくべきだろ」
話の流れでさらっと、火属性の魔法が使えるという説明をすることはできた。後ろで意気揚々とウサギを捌いているレツに感謝だ。火属性と自分は相性が悪いのか、実は全く「ちょろっと」ではない努力をしたのだが口にするつもりはない。すごい、と頬を紅潮させるリュータの羨望のまなざしを裏切るわけにはいかないのである。
「ちょっと応用すればまともな魔法にはなると思うぜ」
「……おれ、ほんとは魔法苦手なんだ。ただ火起こして敵に投げつけるだけっていうか……あんまり上手くないから、ユウジみたいに自分で工夫するっていいなあ」
頭も悪いから工夫の仕方だって分からないんだけどね。リュータが頬を掻く。見た目が良くて素直で優しく、運動神経も抜群とくればそれでもう充分な気がする。そのうえ知恵までつけられたら完璧すぎて心が折れそうだ。どうかおまえはそのままでいてくれよ、と苦笑に込めた。
リュータの集めてきた枝に火を落とす。レツが余った枝にウサギ肉を刺して焼き始めるのを横目に、食べ盛り伸び盛りの少年二人がいるのだからあの量の肉でも足りないだろうと荷物の中から集めていた果実や木の実を出した。もう森に入るのだから、食料を心配する必要もないだろう。
レツのことを警戒していたリュータだったが、食事の席で彼以上に人懐っこく話を振ってくるレツとやりとりをしている間に打ち解けてきている気がする。勇者の剣を抜いたとか、討伐カウンターでさんざんな目に遭ったとか、そんな話題を中学生らしい会話で繰り広げている。楽しそうだな、と彼らを微笑ましく見つめていると、リュータがこちらを見て不自然に身を硬くした。顔が赤く見えるが、火の照り返しだろうか。
レツがリュータの肩をつついて、人の悪い笑みを浮かべる。
「……リュータさあ、おまえ、ひょっとしてユウジのこと」
「なっ! ……んでもない。それ以上言ったら怒るよ」
「ははは、なるほどなー。勇者様にはとっくに好きなやつ」
「怒るって言っただろ!」
同い年くらいなら気も合うことだろう。あれほど声を荒らげるリュータというのもあまり見ない。珍しいなと驚きながら、ちょっと寂しいなどと思ってしまうのは、普段彼に懐かれすぎだからだろうか。自分とリュータの年が離れているのは今更のことで、嘆いてもどうしようもないのだが。
「ま、なんにせよ勇者様には時間はたっぷりあるだろうからな。ゆっくり口説いてけばいいんじゃねえ?」
「くど……か、考えてないよ、そんなこと」
「リュータなら大丈夫だって。ぜってーおまえの思う通りになるからよ。な、ユウジ!」
「ん? あ、ああ、そうだな」
話題はどうやら好きな子の話になっているらしい。がきんちょにしか見えなくとも、十五歳ともなれば同級生には彼氏彼女を持つクラスメイトもいることだろう。
特定の異性に気があるようなそぶりはなかった、というより時間があれば必ずユウジに会いたいと連絡してきていたこともあって今まで知りもしなかったが、リュータにも気になる異性がいるということか。いつまでもこのままつるんでいるわけにはいかないんだろうなと、少しばかり手放しがたい思いにかられる。リュータが恨みがましい目を向けてきた。
「もう、てきとうに頷いてるだけだろユウジ……」
「バレたか。あ、オレ先に休んでいいか?」
「うん。疲れてるよね。いつもの時間になったら起こすから、おやすみ」
火の番をする時間を単純にレツ含めて三分割にしようとしない辺り、まだ少しはレツを疑っているのかもしれない。単純ですぐに人を信用してしまう彼らしくないが、ここまでの旅で自分が戦えなかったがために一人で戦闘をこなして気が張っているのだろう。
火に背を向けて横になる。彼らの楽しげな会話を背中に聞きながら、子供に親離れされる心境ってこんな感じなんだろうか、と胸の底にわだかまるもやっとした感情に溜め息を零した。
思えば長く一緒にいられたのは小学生の頃だけで、四年という微妙な年齢差のおかげでリュータとはすれ違ってばかりだった。
いつでも一緒にいたわけじゃない。今更彼に自分以外の親しい人ができたとしても、彼との関係は今までとほとんど変わらないはずだ。
……分かっちゃいるんだけど。感情の方は、うまくついていってくれないらしい。