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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
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act.3

 扉の先は妙な光――精霊の欠片みたいなものらしいが、日本人からするとどう見ても火の玉――の飛び交う緑豊かな森だった。山を抜けたらしい。

 高台に出て気付いたのだが、マップ情報からして先ほど追っ手を閉じ込めた正規ボス部屋の先からもこの場所に繋がっており、一段高いこちらへは登って来れない仕様のようだった。ゲームでよくある、道を間違えて進んだら目的地は見えているのに段差があってそのルートからはゴールにたどり着けないというやつだ。

 そして目的の一族が住んでいそうな怪しげな家が、一段低いあちらの道から繋がって見えた。

「……これさっきのボス部屋から行かなきゃ駄目なやつじゃねえか」

 あんな散々な思いをして無駄足とは、運が悪い。それもそのはず、裏ボスレベルの魔物を倒してやっと入手できる勇者の剣なんて序盤でどう手に入れろというのだろう。考えてみれば当然であった。

「あっちの家に行きたいの?」

「そうだな。今はおまえもいるし、正規ボス部屋の方に回るか」

「ここから飛び降りようよ」

「……は?」

 大丈夫、大丈夫とリュータに笑顔で手を引かれ、段差の近くまで歩み寄る。見下ろしたそれは崖のようだ。段差とはいえ、人が飛び降りて無事でいられる高さではない。

「いやおまえはひょっとしたら大丈夫かもしんねえけどオレは無理だから明らかに! レベル一だから!」

「ユウジに怪我はさせないよ」

 逃げ腰になったところを押さえられ、リュータに軽々と横抱きに抱え上げられた。頼むから待ってくれとの言葉も聞き入れられず、リュータが段差に足をかける。

 あっあっ待ってマジで? ちょっと。やめ。うわあああああああああああああああ。

 年上のせめてものプライドで悲鳴を噛み締める。中学生の腕の中、ジェットコースターかってくらいの風が頬を叩いていく。だん、とものすごい衝撃が腕から伝わって目を開けると、リュータの足が地面に着いていた。

「ね、大丈夫だっただろ」

 リュータの腕から解放される。たたらを踏みかけたがなんとか尻餅はつかずに済んだ。

「……すげえ着地だったけど、おまえ足は大丈夫なのかよ」

「うん、平気だよ」

 じゃあ行こうと言って、リュータが家の方向に歩き出した。足首にも異常は無さそうである。

 勇者は骨も丈夫なんだろうか。


 お邪魔した古家には老人が一人住んでいた。こちらを一瞥した途端、老人は「その時が来たか」と意味深な台詞を口にして杖で立ち上がった。イベントに突入したようである。

 もちろん今回はイベントに入る前に古家周辺を探索済である。庭には老人の手製なのか、菜園ができていた。こんな所に住むには確かに自給自足が必要だろうが、勇者判別アイテムを守っている一族に生活感が見て取れるとなんとも言いがたい気持ちになってくる。一人暮らしかな。

 老人から家の奥に案内され、地下に入っていく。ワインセラーっぽい石造りの階段を降りた先には、いかにもな祭壇に剣が刺さっていた。

 剣にも目が行きがちだが、祭壇には腕輪のようなものも嵌め込まれている。

「あれを抜けばイベントクリア? でいいの?」

「いいんじゃね。リュータ行ってこい、勇者専用スキルとか加わったら後でチェックな」

 はーいと間延びした返事でリュータが剣の柄に触れる。コンクリで固めたような密着具合だった祭壇と刀身が、えい、という声とともにするりと抜けた。お見事―、などと拍手で彼の元に歩み寄る。

「やっぱ勇者はおまえ、」

 と言いかけたところで、祭壇の腕輪が霊障よろしくカタカタと震えてこちらに飛んできた。

「えっ?」

「うおっ!」

 咄嗟に頭を庇った左手へ、腕輪ががっちりと取り付けられてしまう。呪いのアイテムかという強靭さで、引っ張ろうとも外れそうにない。

「……なにこれ」

「さあ……」

 地下には先ほどの老人は入ってきていない。腕輪について訊こうかと階段を登ると、そこに待機していたはずの老人は居なくなっていた。

「さっきのじーさん、ヒトじゃなかったりして」

「あ、精霊とかお化けとか?」

「貰って帰るか」

 まあ主人公が新たな力を手に入れた際に案内人が姿を消すのはわりとよくある話だ。念のため庭に出ていないかも確認してから、無人になってしまった古家を後にする。

 さて、行きはよいよい帰りはこわい。飛び降りてきた裏ボス部屋の扉は崖の上である。登るのは難しそうだ。

「表ボス部屋、ボス未踏破だし扉空いてねえかもな」

「え? 開いてるよ」

「マジか」

 追っ手が勝利して、扉を開けたということだろうか。恐る恐る中を覗きこんでみると、ボスらしき魔物の姿も追っ手の姿も消えていた。どちらが勝利するにせよ、残骸や戦闘の痕跡はあるはずだがそれも見当たらない。

「どうかしたの?」

「いや、おまえと合流する前にオレを殺す勢いで追っかけてきた人間がいてな、このボス部屋に閉じ込めてやったんだけど」

「……え、えげつないことするね」

「うるせえ。……あいつらがボス倒したんならさっきの骨の飛竜みたいに残骸くらい残るはずだろ。逆にやられたならボスは生きてるはずだし、そもそもこの扉が開いてる意味もわからねえ」

「うーん……さっきのおじいさんのところでイベントクリアしたから、未回収フラグも全部一緒になかったことになってるとか?」

「それならいいんだが……」

「でも、もしそうだとしたら敵が鉱山内にまだいるかもしれないってことだろ。襲撃されてもおれが追い払うけど、気をつけて進もう」

「ああ」


 麓の村に戻ると、村長はじめとする村人たちにリュータと揃って勇者ご一行として歓迎された。鉱山内部にも追っ手らしき者は見当たらず、ボス二体も消えたことであの山は魔物一匹出現しない安全な鉱山になったはずと伝えたところ、さらに神を讃える勢いで感激されてしまい少々居心地が悪い。あれよと言う間に宴が始まり、逃げるに逃げられなくなった。

 開き直って、この村の所属する国についての話を聞くことにする。知りたい情報は、魔術書はどこで入手または閲覧できるのか。さしあたっての路銀を稼ぐ方法。そして魔王についての詳細だ。

 魔術書については、国立資料館が種類も揃っているらしい。国立資料館。スマホのメモアプリに打ち込んでいく。

 路銀については、ギルドにて討伐カウンターを利用するのがいいとのこと。討伐カウンターとは、それまでで討伐してきた魔物の数や種類をチェックし、討伐難易度に合わせて褒章金が支払われる窓口なのだという。リーダーが水晶に触れることでそのパーティの討伐履歴が記録されるようだ。魔物倒したら死骸の上に硬貨がチャリンチャリンなんてことにはならないと知って内心安堵する。

 そして最後に魔王について。こちらは知っている者が少なく、結局村長から聞けた話が一番情報量の多いものであった。

 魔王が、人間なのか他種族なのかは分からない。しかし、人間を祝福していることから人間に味方する者であるのは明らかであり、差別を作り出している元凶であるのに間違いはない。勇者が魔王を倒すことによって、身分差別の原因を取り除くことができるのではないかと期待の目を向けられた。

 人間と他種族の立場が入れ替わっただけで、その辺りは普通のRPGと大して変わりは無い。ひと昔、いやふた昔ほど前に流行ったゲームのテンプレ展開だ。

 だが、ここで得た情報を鵜呑みにするのも危険である。それこそひと昔前のゲームには、魔王を倒すことが解決なのではなく、それよりももっと根本的な元凶を取り除くことでゲームクリアになるストーリーも多かったのだから。

 なんにせよ、被差別側の視点による情報は得られた。あとは人間側の意見を聞いて、情報を整理する必要がある。ひとまずは人間の集まる、王都だ。


 翌朝、リュータとともに王都に向けて村を発つ。勇者の剣よりも白亜の剣の方が攻撃力が上だったこともあって、せっかく入手した勇者の剣はリュータに一度も装備すらされずただのお荷物だ。ドロップアイテムがシナリオ上の剣よりも強いとは、ひょっとしてあの裏ボス、実はやり込み勢向けのボスだったんだろうか。

 現状リュータしか戦闘要員が居ない二名パーティである。お荷物となった勇者の剣は自分が担いでいく他無い。勇者の剣を勇者ではない人間が紐で背中に吊るして、再び草原を進む。もしかしなくともお荷物は自分である。

「ユウジ、今マップどのあたり?」

「フィールドマップ上では、今半分の地点だな」

 スマホの機能に頼りっぱなしのナビゲーター役ではあるが、いつまでもこのままで居るつもりは無い。使えるものは全て使って一刻も早く戦闘要員に加わる。年上の意地である。

「そういえば、村で面白い話聞いたぞ」

「面白い話? おれ難しいのはわかんないよ」

「今から行く南の王都には、聖教会っていうのがあるらしいんだが」

 隣を歩くリュータは早速難しい顔で首を傾げている。

「そこで伝えられている話だと、世界は大昔、神の使いによって作り変えられたんだと。一度全てを無にしてそこに理想の世界を作り上げたとかなんとか」

「……いかにもファンタジーな話だね」

「どこまで事実かは知らねえけどな。現実世界でも歴史は繰り返されているとか、大昔の核戦争とか、諸説あるし」

 魔王を倒してはいエンディング、というシナリオをいまいち信じきれないのもこの話を聞いたがためである。だいいち、勇者の剣が存在するならそれを作り出した誰かもまた存在するはずで、作り出した理由が付随する。つまり、勇者の剣を作った当時もまた、勇者が必要とされていた世界だったということだ。勇者の剣が新品ならばあのような辺境で封印されているはずがない。

 リュータの前に、少なくとももう一人は勇者が存在した。それは自分の中で、可能性の話ではなくほぼ事実として確定付けられている。

 先代勇者がどこから来て、何を成し遂げて去ったのか。先代の勇者の目的が同じく魔王退治だったなら、封印されていた魔王が再びこの時代に復活して……という前書きが村人の話のどこかで加えられているはずである。


 道中それなりに魔物に遭遇しつつ、全てリュータが一撃で葬ってきたため無傷で王都に到着した。無論、詳細マップ拡張用のメモリーポイントは見つけ次第スマホに加えている。

 RPGでおなじみの城壁に囲まれた城下町、マップ化しやすそうな作りの区分け。探索の順番はゲーム基準でいいだろう。イベントの進行しそうな物を避け、リュータとともに街中を歩き回る。花壇や樽、看板などをチェックして回る二人組というのは明らかに怪しいが、これもゲーマーの性である。

 次に、無一文同然の現状を打破すべくギルドへ向かう。依頼を介さない討伐カウンターは一般開放されており、ギルドメンバーでなくとも利用できるそうだ。ギルドメンバーに登録しようにも、異世界からやってきた自分たちには記入できる住所や連絡先も何も無い。それ以前に、こちらの世界の書き文字が分からない。

 ここまでで魔物を倒してきたのはリュータの方だ。受付の女性が営業スマイルを浮かべている方に、行ってこいと促す。

「こんにちはー、お姉さん、討伐カウンターってここでいいですか?」

「さようでございます。ご用件は討伐チェックでよろしいですか?」

「お願いしまーす」

 受付の女性が水晶玉をカウンターに乗せる。手をかざすように指示されたリュータが、言われるままに右手を伸ばした。

 水晶が点滅する。

 ぱりーん。リュータの手の下で、水晶玉は砕け散った。

 いやそこパリーンするとこじゃねえだろ。あいつの何を感じ取ったんだよ水晶は。

「わっ、あ、あの……すみません」

「……ああ、いえ、お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。その、水晶、壊してごめんなさい」

「いいんですよ、予備がございますので」

 引きつった笑みになっていたのに気付かないリュータが、心底ほっとした様子でこちらに駆けてきた。

「ユウジ、怒られなかった!」

「うん……よかったな……」

 リュータの代わりに話を聞くと、どうやら遡って記録可能な魔物の数を上回っていたがためにショートしたらしい。結局、割れる直前までで読み取れた分の報奨金を受け取るということで話はまとまった。

 そういえば、この世界で自分と再会する前のリュータがどこで何をしていたのか、全く聞いていない。

 後で聞いてみよう、とカウンターで用意される報奨金を待つ。しばらくののち、カウンターの空のトレイにカジノ漫画のような山積みの硬貨が用意された。

 待てあの量を持って歩くのか。

 青褪めていると、隣でリュータも眉を下げて心配そうな顔でこちらを見上げてきた。

「お待たせしました。報奨金がこちらになります」

 他のギルドメンバーの分かもしれないという淡い期待は打ち砕かれた。

「えっ……どうしよう、ユウジ」

「あー、まとめて一番大きい額の硬貨に全部換えてください」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 さらに待たされて数分。山積みからは幾ばくか減ったが、それでも持ち歩ける量ではない。

「えー……えーっと、じゃあ、このギルドで消耗品買います。ちょっと預かってもらってていいですか」

 幸いにも、回復薬や戦闘補助アイテムが隣の受付で販売されていた。

 魔力のない者でも魔法を一度だけ使用できるマジックスクロールと回復薬一式を買い占め、所持金はどうにか持てる量にはなった。とはいえ、殴れば人が殺せそうな重たさの硬貨袋が出来上がってしまっている。紙幣はねえのかよ紙幣は。

「……金くっそ重てえ」

「ご、ごめん……。おれ、持とうか」

「おまえは戦闘。オレが戦えるようになったら半分ずつな。どのみち外じゃおまえ手空いてねえとやばいんだから、今だけ持ったって一緒だろ」

「うん……」

 回復薬が瓶詰めではなく粉薬タイプでよかった。購入した商品の方が硬貨よりかさばるのでは意味が無い。

「とりあえず次は宿借りて荷物置く。装備品もちゃんと見ておいた方がいいだろ」

「そうだね」

 宿の場所も先に確認済みである。ツインの部屋でチェックインを済ませ、荷物と硬貨入れを放り投げた。

「リュータ、おまえはここに残ってろ。金七割くらい置いてくから見とけ」

「えっ、おれも」

「おまえのデータはスマホに入ってるし、適当に装備見繕っとくよ。留守番頼んだぞ」

「……はーい。気をつけてね」

「街中で魔物なんて出るわけねえし、大丈夫だろ」

 などと言ってしまうのがフラグであると気付いたのは、ことが起こってからなのである。

 宿を出て、防具屋をチェックする。武器屋の方は、資料館の後だ。自分の戦闘スタイルが何になるかはまだ分からないし、剣もおそらくレアアイテムの白亜の剣に勝る武器はこの国では手に入らないだろう。

 防具屋は便利アイテムも販売しているようだ。店内の便利アイテムコーナーを見ていくと、旅の荷物をコンパクトにまとめる空間圧縮魔法の組み込まれたオーブを発見した。このオーブひとつを持っておけば、装備品以外のすべての持ち物がまとめてオーブの中に収納できるもののようだ。端書で、ただし金銭は収納不可とある。偽造防止の仕掛けが、オーブの魔法と反発するのかもしれない。

 これは買いだな。オーブに伸ばした手が、横から掴まれた。

「あ?」

 腕の主を辿る。厳つい顔に甲冑の兵士が、こちらを睨み付けていた。

「……何だよ、いきなり」

「……見つけたぞ」

 見つけた? 男の握力の強さに頭の中で警鐘が鳴る。その場を動けずにいると、部下らしき兵士達が数人店の中に駆け込んできた。

「ヴェルター様、間違いありません。手配書の男はこいつです」

 手配書? いきなり指名手配されてんのオレ。ヴェルターと呼ばれた厳つい男が、そうか、と一言告げて――、

 首の根元に手刀が叩き込まれた。


 意識が沈んで、再び目を開けるとそこは自分の部屋――ではなく、薄暗い牢の中だった。

 ヴェルターなる男に漫画チックな手法で気絶させられたのだ。よかった生きてた。首トンはガチでやると死ぬし脳障害を起こす可能性もある、気絶させるためだけに使うには危険すぎる技である。あいつ容赦なくやりやがった。

 牢は鉄格子で閉じられており、脱出は困難だろうに手まで拘束されている。床に埋め込まれた鎖に手錠が繋げられているおかげで牢の中でさえ満足に動けない。

 オレが何したっていうんだ。この世界に来てまだほぼ何もしていない自分が指名手配とは、身に覚えがなさすぎる。

 手錠ではなく縄で拘束されていたなら、ネットで昔面白半分に調べた縄抜けの方法が試せたかもしれないのだが、惜しんでも仕方ない。

 人違いで拘束されたのか、それとも濡れ衣か、第三者がこの牢の前にやってくるまでは見当がつかない。最悪の事態に備えて脱出の手段だけでも考えておこうというところで、地下にあるのだろう牢獄に足音が響いた。

「目が覚めたようだな」

 やってきた第三者は、先ほど何気なく殺しかけてくれたヴェルター本人だった。ほんの少しリュータが来てくれるのを期待していたが、彼は今頃言いつけを守っておとなしく宿で待機していることだろう。馬鹿正直で素直なやつなのだ。

「貴様の名は何という?」

 おまえ名前も知らずに捕まえたのかよ。どんな誘導尋問にかかるかも知れない。無言で睨み返していると、ヴェルターが笑った。

「答える気はない、か。だが、こちらにも都合というものがある。処刑される者の名が分からないことには、処刑の触書も出せん」

 処刑。ものすごい早さで最悪の事態が迫ってきた。未だ脱出の手筈も浮かんでいないというのに、罪状の詳細も弁明の余地も与えられないらしい。

 腰に下げていた鍵で牢の扉を開け、ヴェルターが中に入ってくる。もし今拘束から抜け出していたとしても、やつを横切って牢から逃亡しようとすれば再び手刀の餌食になりそうだ。

 ヴェルターが屈んで、身体に乗り上げる形で髪を掴み上げる。

「答えれば、痛い思いをせずに済むぞ」

 どうしたって殺す気じゃねえか。無言を貫く。答える気がないのを読み取ったヴェルターが頭から手を離し、肩を踏みつけてくる。

「貴様が鉱山の中に閉じ込めた五人を覚えているか」

 あっ。そういうことか。

 全く身に覚えがなかったが、話に出されてようやく思い出す。

「その中に魔導師として、高貴なお方がおられた。閉じ込めたおまえを見つけ出し処刑せよとのことだ」

 ボス部屋から忽然と消えた、ボスと五人組。鉱山を出るまでは五人組が生きている可能性が高いと見ていたのに、とんだドジを踏んだものだ。

「……どうやら、痛い目を見なければ自分の名前も思い出せないようだな」

 腹部を蹴られ、床の上を転がりかける。繋がった手錠で反動も殺せず咳き込んでいると、ヴェルターが牢を出て歩き去って行った。拷問の準備でもしに行ったんだろうか、鍵はしっかり施錠されたようだ。

 痛む腹部と手首を庇いながら半身を起こして、手錠を見た。取れる気がしない。手首にくっきりと痣ができている。

 取れる気がしないといえば、左手首に収まったままの妙な腕輪もそのままだ。現代の服の構造が分からなかったのか、服装検査もろくにされていない。手が束ねられているのが少々不便だったが、スマホも取り上げられていないのを確認する。

 ああ、何か不思議パワーで脱出できたりしねえかな。この妙な腕輪から魔法のランプの精みたいなのが出てきたりとか。

「ふふーん、困ってるみてえだな。オレ様が助けてやっていいぜ」

 手のひらサイズの男が、妄想の通りに腕輪からふんぞり返ったポーズで現れた。

「……出た」

「あ? 何の話だ?」

 そうだ。リアルに痛みもあるわ腹は減るわで忘れていたが、ここは自分の夢の世界。理不尽展開にはご都合展開で対抗することも可能なのだ。たぶん。

「まあいい。おいおまえ、オレ様のことは大賢者様と呼べ」

「嫌です」

 大賢者を自称するちいさいおっさん――おっさんと呼ぶには若いのでちいさいお兄さんだろうか――のあまりの天狗っぷりに思わず脊髄反射で返事をしてしまう。

「てめ、折角脱出手段を教えてやろうってのに」

「えっマジ? なんか魔法のランプ的なやつで願いが叶ったりする?」

「オレ様は手段を提示するだけだ。自分でなんとかしろ」

 また中途半端なご都合展開である。めんどくせえなと自分の眠る脳みそに対して内心毒づく。

「手段って?」

「おまえさんに大賢者様直々に魔法を教えてやる」

「そりゃありがたいけど、今はそれどころじゃ」

「解錠の術と、離脱の術だけ今から必死で覚えろ。さっきの男が帰ってくるまでの時間でな」

 どうやら、この腕輪はどこかの魔法使いの思念だかデータだかが組み込まれたオートモード魔術書のようなものと考えていいようだ。無事に脱出できたら他の魔法も教えてやるよ。自信ありげにそう加える魔法使いの言葉は正直ありがたい。

 どのみち、リュータの助けは見込めそうにないのだ。やれるだけやってみてもいいだろう。

「……うっす。頼むぜ、師匠」

 お、師匠って呼ばれ方もなかなかいいな。そんなことを呟いてにんまりと笑うちいさい先生を、早く教えてくれと早速急かした。

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