act.24
「そういや、この天使の宝玉。勝手に持ってって悪かったな。天使を召喚するアイテムがなけりゃ、天使の世界って本来おれらには一生縁の無い存在だからさ」
「待て、じゃあ、冥地の神殿で天使を召喚したのは」
「おれじゃねえな。カインだ。召喚アイテムなしでも天使を召喚するために、……この力を得るために、カインは願いを使ったんだ」
アクセスアイテムがなかったから、管理者登録まではできなかったけど。言われてふと、師匠の入っていた腕輪を思い出す。
「あいつは、おれの子供っぽい正義のために、その正義を守るために魔王になった。全部終わったら、奴隷でもペットでもない普通の人間として生活すんの、あいつの夢だったのに」
手元にスマホがないから分からないが、天使化がリュータのものと同じ仕様ならばレツも少なからずダメージを受けているはずだ。彼もそれを知っていて、短期決戦に持ち込むつもりでいる。
「最高の戦いを見せつけてやろうぜ。この世界の外側でただ眺めているだけの、神様に」
光の翼がいっそう輝き、閃光を放った。ミカエルの時と同じ技ならこれは固定ダメージだ。一度受け、同量のダメージをすぐに全体回復でなかったことにする。直後再び襲ってきた閃光に、また同じダメージを食らわされることになった。
戦いは避けられない。“レツ”は、敵だ。
----------
「……おれが、幸せにしてやりたかった。結局、最後の最後まで、泣かせてばっか、だったけど」
----------
最後の時が近付いてきているのを悟って、ここしばらくはレツが出かける頻度を減らして一緒に過ごしてくれるようになった。
これだけの長い間彼と時間を共にする権利を得たのだからそれ以上を望む気なんてさらさらなかったのだけれど、レツが何も言わずに側にいてくれるのは純粋に嬉しい。
結局、彼を彼女の元に返してあげることはできなかった。何千年も方法を模索して、正解にたどり着いた瞬間にこの世界の理の外にいる存在から妨害され続け、その存在が手を出してこない範囲内での抵抗しかできなかったのだ。
「カイン」
「なに」
ユウジを捕まえてきたレツが、身ぐるみ剥いで所持品を全部書斎に放り込んでいたのは知っている。その後しばらくこの部屋に戻ってこなかったということは、捕まえた彼にちょっかいでも出していたのかもしれない。それから戻ってくるなり抱きついてきた彼を支えきれず、床に二人で倒れ込んだ。
「ちゅーさせて」
「すればいいじゃないか。どうしたの」
こちらの問いはお構いなしで、まるで宝物を扱うかのようにそうっと唇が触れる。いつも無遠慮で乱暴な口付けをしてくる彼らしくないキスだ。
「ん。やっぱおまえのこと好きだなって思って」
彼が眉を下げて笑った。この表情も、彼らしくない。したい時はこちらが何の作業をしていようと、たとえ配下に指示を出している最中であっても有無を言わさずベッドに引きずり込んでいくくせに、こんな時だけちゃんと前置いて触れてくるなんて知らなかった。
長く一緒にいても、まだぼくの知らない君がいる。
「……そっか。もう、そろそろなんだ」
「ああ」
「あと、どれくらい?」
「もうすぐ、ここまで到達する」
こんな早くに来るなんて。スルドの影だけじゃ、やっぱりだめか。呼び寄せたのは自分だけれど、それでも名残惜しいものは名残惜しい。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「……いってらっしゃい」
いつもの外出の時のように、軽い口調でレツが離れた。“ちょっと”が数年になってばかりで、彼が帰ってくるまで拗ねていたのが本当に遠い昔のようだ。帰ってくると分かっているだけ、ずっと幸せだった。
「そうだ、カイン」
愛用の斧を肩に担いだ彼が、何気なく振り返る。
「明日あたり、西国まで海見に行こうぜ。おまえ結局魔王になってからこっち、ろくに外出ないままだったろ」
いつもおれが置いてってばっかだったし、小旅行みたいな感じでさ。勝手に約束を取り付けてようやく、レツは普段通りの笑顔を見せてくれた。
この笑顔に何度も救われていた。彼が笑って大丈夫だと言うなら、どんな絶望的な状況でも絶対になんとかなると信じられた。そして彼の言葉を真実にするために、自分は戦局を支配することだってできた。
大丈夫だと一言、言ってくれれば。詮無い空想は瞼の奥を熱くする。
「おまえとまた二人で、冒険してえもん」
視界が滲んでいく。彼の手を取って、ただ一途に正義を信じていられたあの頃。何も知らずに冒険をしていた、毎日が心躍る冒険で溢れていた、本当の子供だった頃に戻れたら。あの希望の光に満ちた時間が戻ってくるなら、その時は。
「……ぼくも。だから……待ってるよ。君がまた、この部屋の扉を開けるのを」
次にこの扉を開けるのは、きっと彼ではない。これが最後の会話になるんだろうなと知りながら、けれど、今回の試みも失敗に終わればいいのにと、心のどこかで願ってしまった。
レツが倒れて動かなくなったのを確認し、全員でその部屋を後にする。ユウジとプロフェットの二人の回復とノアの援護射撃でどうにか押さえ込んだような勝利で、MP回復薬が切れたらその途端に保っていた拮抗が崩れるだろう戦闘だった。
もっぱら回復に回っていたプロフェットが、隙を見つけて氷結魔法をレツに撃ったのが彼の意表を突いたことで一気に攻め込むことができ、この世界で間違いなく最も強い戦士だろうレツを五人がかりで勝利した。きっと一対一で戦えば、自分は間違いなく天使化して、良くて共倒れだったはずだ。
彼の最後の言葉は、聞き取れなかった。倒れ伏したレツがプロフェットの顔を見て微笑んだようだったが、彼が死に際に何を思ったのかなど知る由もなければ自分たちにはその資格だってない。
今は、全員が生きてその部屋を突破できたことを喜ぶべきだろう。部屋を出てすぐの書斎で、取り上げられていたユウジの服やスマホを発見した。彼が着替えている間にスマホの画面を見せてもらったが、メンバーのHPは残量三分の二程度、MPは前衛後衛ともに枯渇状態だった。
ユウジが取り返した分のMP回復薬を使って、全員のMPを回復しておく。この後はカインと会うことになるのだ。できれば彼とは戦いたくないけれど、最悪の事態を考えろとのユウジの言葉で気を引き締める。
前準備を終えて最奥の扉に手を掛け、後続のメンバーを振り返る。
「開けるよ。……いい?」
「ああ。集中攻撃が来ないとは言い切れないから、気を付けろよ」
頷いて、扉を開けた。
「リュータ!」
扉が開いた瞬間、ユウジの焦燥の声に振り返る。自分以外の四人の足下には魔法陣が展開していて、くるくると床の上で回っていた。
「ユウジ!?」
魔法陣の光に包まれ、ノアの姿が忽然と消えた。次にヴェルター、それからプロフェットの魔法陣も光を放つ。
「転送トラップだ! ちくしょう、解除できねえ――何が何でも勇者を一人で行かせる気かよ……!」
プロフェットが魔法陣の内側から、HP回復薬の束をこちらに投げつけた。
「これを!」
直後、プロフェットの姿も掻き消える。彼の咄嗟の判断を見たユウジが、倣ってHP回復薬を渡してきた。
「おまえが死にそうになったら必ず駆けつける! だから、……オレが来るまでちゃんと生きてろ!」
それだけ叫んで、ユウジの姿も見えなくなってしまった。
たった今起こった出来事が理解できないまま、足下に転がった回復薬を拾う。
「いらっしゃい、リュータ」
開け放ったままの扉の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「……カイン」
最後の部屋に居たのは、あの優しい魔法使いだった。
「大丈夫、即死するような場所には飛ばしてないから。結界の張られたこの魔王城に入れなくなっただけで、皆無事なはずだよ。……ユウジがいると、心配で全力が出せないでしょ」
そのトラップ、できれば使いたくなかったんだけど。いつもいつも、レツの後始末はぼくの役目なんだもんなあ。レツ、と小さく呟いて、カインが小さく笑みを浮かべる。
「ねえ。リュータ。その血痕は、あのひとの返り血だね?」
「これは――」
「弁明はしなくていいよ。ぼくらだって同罪だ。君の大切な人を、諸悪の根源として手にかけたのは、ぼくたちだ」
知らなかった、じゃ許されない。魔王を継ぐとね、前任者の記憶も流れてくるから、後になって全部知らされたよ。
「けれど、一番最初にぼくの大切な人をこんな世界に巻き込んだのは、リュータ、……ウリエル。紛れも無く君の言葉で。彼を殺したのも間違いなく君たちだ。手加減はしないよ」
「でもおれは、戦いたくないよ。カイン」
「ぼくには戦う理由がある。君はユウジのために、おとなしく殺されるわけにはいかない。好きな人との約束を選ぶなら、君は嫌でも、戦うしかなくなるね」
落ち着いた物腰で穏やかに語りかけるカインの目に、薄暗い怒りと悲しみの色を見てしまった。レツを殺したその瞬間に、交渉の余地なんてとっくになくなっていたのだ。分かっていたことだけれど、それでも、彼もただこの魔王継承システムに取り込まれただけの少年だと知っているから、別の道を一緒に探したかった。
「そろそろ、配役を決めようか。……悪者になるのは、戦いの敗者だ」
カインが右手を掲げた。その動きに共鳴するように、重い音を立ててフロアが分断され、この一室だけが空中にじわりと浮上し始める。
「ぼくがもし、勝ってしまったら、レツの居ない世界に生きてたって仕方ないから……昔の熾天使様と同じようにこの世界ごと消し飛ばそうかな」
転移先はプロフェットと同じく、最初に立ち寄った小さな魔族の村の前だった。ノアやヴェルターは違う場所に飛ばされたようだが、それぞれ預けていたスクロールがある。集合することはそう難しくないはずだ。
スクロールを持っていなかったプロフェットと同じ場所に飛べたのは不幸中の幸いだった。
「やっぱ駄目か……」
魔王城に座標を合わせて自分が転移しておけば、それに向かってノアやヴェルターも合流と同時に引き返すことができる。プロフェットが隣に居るのを確認してすぐにでも魔法を構成しようとしたが、何度発動させても何か別の判定に阻まれて特定の座標を組み込めないのである。縦座標にいたっては、上下すべてに設定ができなくなっている。
邪魔してくるのは判定なのだから何度か続ければ設定できるのかもしれないが、こんなことをしてくるのは間違いなくカインだ。そして魔王城が長らく彼の手にあったことを考えれば、魔王城の管理者権限は今カインのもの。変数・乱数の管理ができる――確定で奇跡を起こせる力を持った彼にリアルラックで挑もうとすれば確実に万、億の桁になるまで試行を続ける羽目になる。構成に時間がかかり、消費MPもそれなりな転移魔法でそれを行うのは現実的ではなかった。
「仕方ねえ、魔王城の近くまで飛んで、そこからは自力で戻るか」
プロフェットと二人で、設定できる座標のうちもっとも近い場所を選んで転移する。魔王城が目前に見える位置まで戻ってきて、そこでまた心を折られるような光景が視界に飛び込んできた。
「て……天空の城かよ……」
魔王城、正確には城の一部――おそらくカインが待機していたフロア――が、天高くに浮き上がっていたのである。とうに人の手の届く位置ではない。
呆然としているところへ、ノアとヴェルターがスクロールを使って合流してくる。どうあっても勇者以外を立ち入らせないつもりらしい。
レツがウリエル以外を全員始末してくればそれでよし、失敗するようならフロア前に仕掛けたトラップで全員を城から隔離して天使のみを城に閉じこめる予定だったのだろう。再び上ってこれないように――間違っても天使以外に引き継ぎを行わせないために。
回復した首の合流魔法陣が使えるかどうかはとっくに試している。発動はするのだが、やはり座標の書き換えは実行できなかった。
合流魔法陣は、最初のインプット時に大幅にMPを持って行かれたこともあって発動の消費MPが限りなく低い。MPが1でも残っていれば使用することができる。他に彼の元へ急ぐ方法を模索しながら、合流魔法陣を絶えず発動させ続ける。この魔法陣だと他のメンバーを一緒に連れて行くことができないが、もっとも恐ろしいのは「時間切れ」であって手数不足ではない。
浮上している魔王城最終フロアの天井部分が爆発とともに破壊される。吹き上がる瓦礫の中から、遠目に黒い学生服姿とおぼしき影を見つけてしまった。赤い光が空に煌めく。
リュータはもう既に天使化を余儀なくされている。HP回復薬をありったけ手渡していたから、タイムリミットを遅らせることはできるが、それも気休め程度にしかなりはしない。スマホのステータスガジェットが、リュータのMPとHPが天使化によって減っていくのをリアルタイムで表示していた。MPが尽きればHP、HPが尽きれば時間切れ。それまでに自分でもプロフェットでも、蘇生・回復のできる仲間が彼の元にたどり着かなければならない。強力な回復魔法や蘇生魔法は、至近距離からでないと効果がないのだ。
変数と乱数――つまりラック部分を操作できる魔王が、しかしながら歴代の勇者に倒され続けてきている理由。それは、勧善懲悪のシステムだけは乱数調整では覆せないからだ。だからどうやっても、勇者に倒される運命だけは変えられない。
だが、ここでいう「ラック」とはステータス上のものである。この世界をゲームにたとえると、幸運度にあたる部分と乱数から算出される数値が運命を決めていることになる。
「……だったら、異世界人は異世界人らしく、リアルラックで勝負するまでだ」
合流魔法陣の消費MPは1。念じればそれだけで発動する、構成の必要のない魔法だ。手持ちのMP回復薬をすべて取り出して、ソシャゲのガチャよりも絶望的な確率との戦いを覚悟した。
発動は失敗に終わり続ける。見る間にMPが減り、回復薬をひとつ口に放り込む。噛み砕いた。再び魔法陣を発動させる。地味で途方もない試みを繰り返す。手持ちのMP回復薬はあっという間に残り一つになってしまった。
そこで攻撃魔法の衝撃音が響いていた魔王城が、急に静かになった。戦いが終わったのかもしれない。どちらが倒れたにしろ、今ここでリュータの元に転移できなければすべてが終わる。
何百回目かの発動が、ふとその時遮るものなくすんなり通った。行ける。目を閉じて、リュータの居る魔王城最終フロアをイメージした。再び目を開ければ、そこは崩れかけた天空の城だった。
床に倒れているのはカインだ。朦朧とした意識の中、彼が笑う。
「これで、魔王は、……ぼくが最後」
自分がこの場所に潜り込んできたことにも、もう気付いていない。
「レツ、ごめんね。……君の好きな子よりも、家族や、帰る家よりも、ぼくを選んでくれて……ほんとは、嬉しかったよ」
大好きだよ。あの日からずっと、今でも。そう言って静かに目を閉じた人間の魔法使いの少年を、リュータが開けた吹き抜けの上空で見下ろしている。
「リュータ、降りてこい」
手元にひとつだけ残ったMP回復薬を口に放り込んで、彼に手招きする。いつ時間切れが来てもおかしくない状態だ。今すぐにでも回復魔法を使ってやりたい。
「ユウジ」
「……リュータ?」
「おれ、は」
滞空していた彼が、ゆっくりと仰向けに倒れていく。リュータは崩れかけたフロアの床の上ではなく、地上へと力なく落下し始めた。
蘇生魔法を構築しながら、切り離された床を蹴る。彼を追って宙へ身を投げた。
HPもMPもとっくに底を尽きていたのだ。底を尽きてなお気力でか、あるいは別の何かの力によってか敵を倒すまで戦い続け、勝利を手にした瞬間に意識を失った。
ほんの少し先を落ちていく彼を、背に燃える炎の翼が包み込んでいく。命綱なしのスカイダイビングよりも、その現象の既視感に背筋が凍った。
ミカエルやガブリエルを倒した時と同じだ。それぞれが司る神殿の属性にもっとも近い自然現象によって、身体を少しずつ分解していき無に還る。ミカエルは風塵に、ガブリエルは氷の粒に。ウリエルが死ぬのなら、その時はきっと炎の中だ。あの炎が燃え落ちると同時に、赤い宝玉とともに新たなウリエルが再生するのだろう。けれど、それなら、リュータは。
間に合え。間に合ってくれ。ただそれだけを何よりも願って、強い風の中でリュータに手を伸ばす。あと少し。落ちていく彼の力ない左足首に、やっと指先が届いた。
「リュータ! 起きろ!」
彼を掴む手を炎が侵し始めるが、多少の火傷など構っていられない。発動させた蘇生魔法が、目を閉じたリュータの炎を押し戻していく。
「ユウジ」
リュータを包んでいた炎が、完全に収まった。うすく瞼を上げた彼が、こちらの姿を認識するや否や目を見開く。
「なんで……!」
「つい、体が動いてな」
追ってきた自分を責めるように睨みつける彼に、胸をなで下ろす。“リュータ”が、ちゃんと帰ってこれた。珍しく本気で怒っているらしい彼をたぐり寄せて、抱き込んだ。充分だ。
「ていうかMPからっぽでオレどうしようもねえわ。悪い」
完全に無策で来てしまった。ジェット機の窓から眺める景色よりは高度は高くなさそうだが、明らかに落ちたら即死である。
「なんで追ってきたんだよ! ユウジまで死ぬことないのに」
「何も考えてなかったんだから仕方ないだろ。なんとかしろよ」
「そんなこと……!」
我ながらだいぶ無茶振りをしている。それは分かっているから、首を振る彼に笑みを見せた。
「おまえでもこの高度から落ちたらさすがに無理か。じゃあ仕方ねえ、一緒に死ぬか。……おまえとなら、オレは別にそれでもいいぞ」
好きなやつと死ねるなんて、かっこいいよな。ロマンチックっていうか。ゼロ距離で呟いたその言葉に、リュータが反応する。
「好きな、」
「ああ、おまえと心中してもいいくらいには。好きだよ。リュータ」
死んでもいいなんて壮大な愛の告白を、まさか彼相手にすることになるとは思いもしなかった。けれど、これがどうやら自分の中では真実らしい。
抱き締められるだけだったリュータが、おそるおそる、腕を背に回してくる。
「……おれ」
「ん」
「おれ、ユウジといきたい」
確かに。強い意思が、その言葉の中心にあった。
「そうこなきゃな」
彼が諦めないなら、選択肢はひとつではなくなる。頷いて、現在地から地上までの距離を目測で測る。
「リュータ、火属性魔法は使えるな? 一番でかいやつ圧縮しろ。一度蘇生してるからMPちょっとは回復してるはずだぜ」
いつだったか魔法が苦手だと言っていたリュータだったが、こちらの要求に渋ることはなかった。
「……できるか分からないから、ユウジ、見てて」
「おう。……オレが今だって言ったら、地面に向かってぶっぱなせ」
「うん」
彼が地上に向かって片手を突き出す。手のひらに集められた魔力が炎の属性へと変換されるのを間近で感じながら、ちらと視線を送る彼に目で肯定する。変換された力を中心に集中させ続けることで、初級魔法でも圧縮のぶん高威力が出せるようになる。
「今だ!」
向かう風を受けながら、声を上げた。リュータの放った炎の魔法は自分たちの落下速度よりもいっそう早く地面へ突き進み、地上に着弾。爆発が巻き起こった。
次いで爆風が吹き上がる。熱い風に煽られて、二人はほんの少しだけ上空に引き戻された。
この高さからの落下なら、致命傷は負わないはずだ。来る衝撃に覚悟を決めたところで、リュータが自分を庇うように直前で自ら身体の位置を変えた。一緒に地面に転がっていく。
「リュータ……」
「……あはは、結構、痛かった、ね」
「おまえ、最初からこうするつもりだったな?」
もしあの瞬間、魔法を使わずにそのまま落ちていったとしても、彼は寸前で自分を庇おうとしたのだろう。それがほとんど意味のない行為であっても。
今度はこちらが責める番だった。しかし彼はいつになく幸せそうな表情で、ただ笑うばかりである。
「でも、生きてるよ」
「……だな」
リュータが自分の下で、こちらの頬に手を伸ばしてきた。誘われるように身を寄せて、顔を近付ける。
重なった唇はお互いかさついていて、あまり心地良いものではなかった。
折り重なって倒れ気を失っていた自分たちを、ヴェルターとノアが助け起こしに来てくれた。
プロフェットもまた爆発を見て駆けつけて、彼の強力な回復魔法で満身創痍の体は見る間に全快した。二人で分けて所持していたMP回復薬のうちいくつかを、プロフェットから受け取って使用する。
「ちょっと行ってくるわ」
「え?」




