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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
23/26

act.23

「うっは、やっぱ来てた。カインの予想は当たるなあ」


 王都がユウジの魔法によって防御壁で覆われたのとほとんど同時に、鳥型の魔物が上空へ集まってきた。侵入を試みたものもいたようだが、既に完成していたドーム状の防御壁に阻まれて動けなくなっている。

 作戦は半分成功だ。あとは彼が帰ってくるまで門を守って、合流してから魔王城へ向かう。

 そのつもりだったのだが、通信アイテム越しに聞こえた彼ではない男の声で一気に不安が噴き出してきた。

「ユウジ? ユウジ、どうしたの? 何かあったの?」

 通信アイテムを握りしめて話しかけるが、アイテムの向こうから発されたのはユウジではなく今最も聞きたくない敵の声だった。

「よおリュータ、相変わらずべた惚れだなー」

「レツ……!」

 まさか、天使が居ないことは分かっているはずの輝炎の神殿にレツが乗り込んできたというのか。完全な近接戦闘タイプのレツと後衛型のユウジでは、レベル差を無視して考えても明らかに分が悪い。

「お、聞こえてるみてえだな。そんじゃ、ユウジはもらってくぜ。返してほしかったら城までおまえ一人で来いよ」

 おまえ待っても待っても来ねえんだもん、ラスボス放置してレベル上げでもしてんの。ユウジがこっちに居たら来る気になるだろ。レツは話すだけ話して、通信を一方的に切った。何度繋ぎ直そうとしても繋がらないことを思うと、アイテム自体が破壊されたのかもしれない。

「何かあったのか」

「術は、成功してるみたい。でも……ユウジが、魔法を使った直後に敵に捕まって」

 ヴェルターの問いに答える自分の言葉で、状況をやっと飲み込む。そうだ、転移魔法で今からでも彼を追いかければ。

 思い立った直後、門に向かって風の広範囲魔法が飛んできた。

「魔王軍だ!」

 魔法を放ったのは空を埋め尽くすハーピーはじめとする鳥型魔物たちではない。大群を率いて先頭を飛ぶ、鳥人の半魔族だった。

「おまえたちに恨みはないが……カインの願いを叶える。あの子にすべてを背負わせて死んでしまった、オレにできる罪滅ぼしだ」

 半魔族の言葉に覚えのある名前を聞いて、耳を疑う。

「カイン……?」

「皆さん、気をつけてください。やはり、彼は世界の王、カインの配下――飛空術士部隊です……!」

「カインって、まさか」

 あの時、雨の中で目を回していた自分を家に入れてくれた優しい魔法使いの少年。彼の名前もまた、「カイン」だった。

 同名の他人であることを願いたいが、ユウジが舌を巻いた移動魔法のオーブはそこらの駆け出し魔法使いには扱えない代物だったろうことは自分でも想像がつく。

 攻撃を仕掛けてきた半魔族の魔法を白亜の剣で斬り伏せる。次いで降るハーピーたちの初級魔法にHPを持って行かれたが、痛みを感じる前に後に控えたプロフェットの回復魔法が前衛を包んだ。

「大丈夫か」

 隣で槍を振るうヴェルターが、こちらに声を掛けてくる。動揺する出来事が二ついっぺんにやってきたが、今はここを切り抜けなければ先にも進めない。

「平気だよ。ユウジは、おれと違って約束破ったことない」

 信じろって言われたから。ここは任せたって言われたから。彼が自分にその役どころを求めるなら、自分の取る行動はひとつしかない。指し示された道ははじめから、ひとつだけだ。

「今、おれたちにできることをしよう」

「……荷が重いなら引き受けるが」

「重くていい。ユウジはおれの魔法使いなの」

「なら、次に捕まえたら目を離すな。奴は隙しかないぞ」

 先が思いやられる、と呟いたヴェルターの言葉は、誰に向けたものなのかがよく分からなかった。

「カインに話を聞きたいよ。どうしてこんなことをするのか。まるで進んでみんなに嫌われようとしてるみたいで、おかしいもの」

 脇をすり抜けるように一条の光が後ろから前方へ伸びていく。撃ち上げと同時に爆発を起こした光は、空に待機するハーピーたちをまとめて地上へ打ち落とした。ノアの攻撃魔法だ。

「そういうことなら、オレの目的もユウジ様の救出だ。一旦は、君について行こう。ひとまずの目標は魔王城でいいね?」

「ノア……うん。ありがとう」

 そうと決まればこの戦い、守りきるのではなく、敵の殲滅を主軸に考える必要がありそうだ。


 目を開けると、視界に広がったのは現代の子供部屋だった。

 天井には星のデザインがあしらわれた壁紙が貼られ、窓枠のカーテンも柄物のプリントがされてある。棚にはヒーローものや剣と盾のフィギュアなんかが飾られていて、部屋中にマンガの単行本、それから電源に繋がっていないテレビ、十年近く前に生産終了したテレビゲーム機本体も置いてある。

 自分はどうやら、まったく見覚えのないこの子供部屋のベッドに寝かされていたらしい。身体を起こそうとしてベッドのシーツが肌に擦れ、そこでようやく状況を理解する。明らかに十歳児が使用していそうなおもちゃの溢れる子供部屋で、なぜか自分は全裸だった。

 確認するまでもなく下着ひとつ身につけていない。部屋中を見渡してみても自分がつい先ほどまで着ていたはずの服はどこにも見あたらず、さらに言うと両手には手枷がかけられていた。枷はそのまま鎖でベッドの脚に繋がっている。

 現代風の作りの部屋で、しかし窓の向こうに見える景色は黒くよどんだ魔界っぽいファンタジー世界だ。これが夢でないことは分かる。

 輝炎の神殿で管理者登録を終えた後、リュータたちと連絡を取っているところで背後から攻撃を食らい意識を失ったまでの経緯は覚えている。つまりここは、自分を連れ去った誰かの部屋だろう。

 思い当たる人物など一人しかいない。

「おっはよー」

 予想通りの人物――レツが、部屋の扉を開けて軽い挨拶とともに中に入ってきた。

「……レツ。ここは」

「ここ? おれの部屋。日本のおれの部屋と同じ作りでカインに再現してもらったんだ」

 ロクヨンあるぜ、やる? そんな誘いとともにテレビには電源が入り、古いゲーム機が立ち上がった。ダイゴが残したテレビゲームの機種よりは十年分くらい新しい機種だが、現代ではとっくに次世代機――どころかさらにその次世代のマークツー的な機種が大活躍しているくらいである。自分の世代でギリギリ、プレイしたことがあるかどうか……という程だろう。リュータあたりは少なくとも触ったこともないはずだ。

「リュータが狙いなんじゃなかったのか? なんでオレを捕まえる必要がある」

「ん、餌になってもらおうと思って。ついでに楽しいこともしたいだろ」

 さらりと言い放つレツの言葉で、彼の視線が自分の顔ではなく身体に向いていることに気がついて寒気が走る。

 楽しいことって。まさか。

「あ、今期待した? 実はまだ手つけてねえんだよな。そっちやる?」

 意識を失っている間に何かされたわけではないらしい。内心安堵する暇も無く、ベッドの上に詰め寄ってくるレツから全力で逃げる。裸の背中が壁にぶつかった。

「てかさあ、ユウジおまえ首すげえ歯型」

 そっかそっか、リュータはヤる時噛み癖あんのか。爆笑を堪えようと頑張りつつ失敗しているレツが肩を震わせる。

「違うこれは」

「おっ、よく見たら噛み痕に混じって魔法陣発見。逃げられたら困るし潰しとくか」

 彼が遠慮なく口を開け、リュータにさせた時よりも大きく首筋に噛み付いてきた。人間とは思えないほど尖った犬歯が皮膚を貫く。いってえ。肉持ってかれそう。

 口の端に付いた血を舐める彼が、さすがに同じ味まではしねえか、と呟いた。

 その場で引き倒され、白いシーツに血が滲む。その瞬間、電源が入ったまま放置されていた古いテレビに映像が映った。

「リュータ……」

 映像には魔王城内部とおぼしきダンジョンに乗り込むリュータと、後に続くノア、プロフェット、ヴェルターの姿がある。身体の上に乗りあがっていたレツがあからさまに顔をしかめた。

「あーあ、結局全員で来ちまってるし」

 おまえ人質になんねえなあ、返してほしけりゃ一人で来いって言ったのに。レツが自分を連れ去ってリュータたちに求めた条件を聞いて、おそらくその時点では最良と思われる選択をしたリュータを褒めてやりたい。

「自慢の相棒だからな」

「つまんねえ。じゃあユウジは起爆剤に使うか」

「起爆剤?」

「おれは正直あんまり乗り気じゃねえんだけど。カインの目的は、天使化したリュータ――ウリエルに、魔王カインを倒させることだ」

 耳を疑う。倒されることを望んでいる魔王がいるというのか。カインからするとこの状況、勇者の仲間はとりあえず地上で捕縛なり殺すなりで動けない状態にしておいて、誰か一人餌を城に持って帰って、そこに勇者をおびき寄せたところで餌を人質に勇者を始末――という思惑なのだろうと考えていたが、そうなってくると話が変わる。

「倒したその場で引き継ぎは行われる。その場に他の仲間がいなければ、一人で倒したとみなされて選択権なく勇者本人に直接継承だ。けど、天使は魔王継承システムからは除外される。この矛盾がシステムを壊す鍵になるんじゃないかって、カインは話してる」

 魔王も、このやっかいな持ち回り制のラスボス制度に疑問を覚えて、変えたいと願っていた。それなら、互いの手札をすべて晒し合って協力体制を取ることだってできるんじゃないのか。予想外の希望が見えた時にも戦慄というのは走るものなのだと、この歳になって知った。

「他の仲間が来ちまったもんは仕方ねえや。全員始末して――リュータだけになったら目の前でユウジを殺す。天使様にはもう一回、暴走してもらうぜ」

「……レツ、おまえはそれでいいのか」

「よくねえし。でも、王の座を手にしているのはカインで、おれはその守護者だ。王の決定はおれには覆せない」

「オレたちもそうなんだ。この魔王継承システムを壊すために――例外を作るために何かできないかって思ってた」

 魔王城の管理者登録と、冥地の神殿の復旧ができれば戦わずに状況を打破できるかもしれない。こちらの持つ情報の一部を明け渡す。

「協力、できないか。おまえだって、カインのことが好きなんだろ。好きなやつ見殺しにするなんて、本当は嫌なんじゃないのか」

 レツは一瞬視線を落として、それからいつもの明るい笑顔を見せた。

「魔王城の管理者は、魔王だけだ。管理者登録がしたいなら、殺し合うしか方法はないんだよ。それに……そういう事情なら別に、おまえらを倒しておれたちがデバックに携わったって同じ結果になるよなあ?」

 まあ、ユウジがおれのものになるなら、考えてやってもいいけど。こちらの誘いをふいにされたことで、冗談混じりのレツの言葉にも反応してしまう。

「それは、どういう」

「あいつらのこと全部忘れて、おれらと組めよ。あっちの方はたいして上手くなさそーだけど、ユウジの着眼点は嫌いじゃねえし」

 気が向いたらおれの相手も。続けられる言葉を聞きながら、自分の処遇以外は一見こちらの持ちかけとほとんど相違ないその条件が引っかかる。

「……リュータのことは、裏切れねえ」

「んー? 一番無難な手段だと思うけどな。ハッピーエンドじゃん。おまえ以外は」

「リュータは、永遠の勇者だ。オレ一人が従えばいいって取引なら喜んで応じるけど、……おまえが、魔王を殺せる資格を持ったリュータを見逃すとは思えない」

 他の仲間のことは全部忘れて、という一言が、飛びつきそうになった自分を押さえ込んだ。ほら、やっぱりな。レツが皮肉げに笑みを浮かべる。

「交渉決裂だな。お互い、口約束できるほど信頼に足る人物じゃなかったってこった」

 リュータが来たって話、カインにしてこねえと。ベッドから離れて、彼がテレビの電源を切った。

「じゃーな、限られたMPで頑張って抜け出してみろよ。レベル三十の大賢者様」

 ひらひらと手を振って、レツが部屋から出て行く。しっかり施錠される音まで聞こえてしまった。内側から見るに外から鍵を掛けられる扉にはなっていないところを考えると、外に南京錠でも付けられていそうである。解錠の術は使えるだろうか。

 そこで、服を全部奪われた理由に思い至った。レツはステータス管理ができる便利アイテムでもあるスマホを自分が持っていることを事前接触で知っていた。服の内側にスクロールなどのアイテムを仕込まれていないかの確認もかねて、身ぐるみ丸ごと剥いでスマホも所持していた回復薬の類もすべて没収したのだろう。ついでに服を取り上げておけば逃げ出そうと考えるまでの時間稼ぎにもなると思ったのかもしれない。

 ここから脱出した後で、服やアイテムを取り返すまでの間に敵と遭遇することになるならMPはできる限り使いたくない。合流できれば少なからず回復薬は持参しているだろうが、この後の戦いを思えば無駄に使わせるわけにもいかない。首の傷も治しておきたいが、回復量を考えればもう少しダメージを食らってからの方が良さそうだ。

 傷が付いてしまった以上、回復魔法を使うまでは合流の魔法陣は使えない。脱出魔法、解錠魔法なしでこの場を切り抜けるには。部屋の中にあるものを、もう一度ざっと見回してみた。

 まったく、自分はどこまでお荷物なんだろう。笑いがこみ上げてくる。今この時にも、リュータたちはレツと戦闘を始めている可能性だってある。自分が行っても役に立つかは甚だ疑問だが、どのみちこのままここに残っていれば、最終決戦で見せしめに殺されて悪手になるだけである。

 まあ、帰るって約束したしな。

 ベッドから降りて、ベッドの脚に繋がった鎖を確認する。鎖の方は取れそうにないが、それならベッドを分解するだけである。棚に置かれたフィギュアスタンドの中から手頃なサイズの金属製パーツを拝借する。パーツの先端を使って下に回り、現代の組立ベッドが“正確”に再現されていることを確認した。ありがとう魔王の万能創造能力。フィギュアの金属パーツをドライバー代わりに、ネジ部分を外していけばこの場を離れることはできる。

 ひとつずつ丁寧に分解していき、レツの部屋のベッドは哀れバラバラ遺体となった。次はドアノブの南京錠だが、真面目にドアから出てやる必要はない。分解したベッドの一部を窓に放り投げ、鍵のかけられていた窓ごと叩き割る。割れ損ねたガラス片はシーツを被って安全を確保し、布越しに持ったベッドの一部でごつごつ割っていく。

 牢じゃなくてふつうの部屋に閉じこめたおまえが悪いんだからなレツ。ベッドマットから外したシーツを一部裂いて身体に巻き付け、残りを繋げて縄代わりに使うことにする。ドアノブを通してフィギュア棚からテレビに巻き付け重石を確保し、命綱が安定したことを確かめて窓の外に垂らした。かろうじて、落ちても怪我はしないだろう高さのところまではシーツを伝って降りることができそうだ。

 気分は漫画の主人公である。そろりそろりと降りた先は魔王城の中庭にあたる部分のようで、先ほど上の部屋から確認した限りでは中庭を東方向に突っ切っていけば屋内に移れるはずだ。裸足で屋内に駆け込んで、内装を見る。リュータたちの映像がテレビに写った時の内装に近い。このまま南に向かうと入り口に進むことになりそうだ。北方向へ移動して、何度か扉を潜った先で剣戟の音が耳に入った。この扉の先だ。

 最後の扉を開けると、そこには斧を振り回すレツと剣を交えるリュータ、ヴェルター、部屋の端から補助するノアとプロフェットの姿があった。

「リュータ!」

 こちらに気付いた彼が、レツから一度距離を取って視線を寄越す。

「ユウジ! ……え、その格好」

 リュータだけでなくヴェルターもノアもプロフェットも、シーツを巻いただけのひどい格好に目を丸くしている。レツはその隙に攻撃を再開するでもなく、同じくこちらのなりを見てとうとう大爆笑した。

「ユウジ……おまえすげーカッコで来たな」

「おまえのせいだろうが! 全部ひん剥きやがって、服返せあとスマホも」

 こちらは必死だったのだ。笑われる筋合いはない。

「えっ、えっユウジそれどういうこと」

「わははは。おれがお持ち帰りして脱がした」

「……目が覚めたらすっ裸でレツのベッドに縛られてたのは確かだけど」

 そこでプロフェットたちが明後日の方向へさっと目を逸らす。笑いの収まらないレツと気まずい自分の間で、リュータが無表情になった。

「おいリュータ勘繰るなよ。何もなかったって」

「その首の傷」

「げっ、忘れてた」

 肩まで隠しておくべきだったかもしれない。それはそれで動きづらそうだが、色んな痕やら傷やらが集中している首もととこの格好ではなにもなかったと考える方が難しいだろう。

「ほら、次に会ったら味見の続きなって約束したろ?」

「レツは黙れ。してねえよそんな約束」

 一方的に取り付けられただけの話など、こちらが構ってやる義理はない。リュータがこちらに近付いて、学ランの上着を肩にかけてくれた。いやまあ、これはこれでちょっとあれな気がしなくもないけど。ほんとに暴漢に襲われて服だめにされた女子みたいじゃんオレ。一応気遣いはありがたく受け取っておく。

「ほんっとおまえらおもしれーよな。さあて、いい感じにリュータもやる気になってくれたことだし。……再開すっか」

 ひとしきり笑ったレツが、すっと表情を変えた。

 斧を振り上げる彼の直線上から右に回避する。斧は翠風をまとって衝撃波を飛ばし、後衛の自分やプロフェットたちの元まで届いた。

 距離がある程度離れていれば、後衛の身体能力でもこの手のソニックブーム的な攻撃は見切ることができる。リュータとヴェルターが二人がかりでレツに攻撃を仕掛けたが、斧の柄でヴェルターの槍をいなし、刃でリュータの剣を受け止めた。

「なあ、今日本って西暦何年?」

 攻撃を受け流しては反撃に繋げ、その反撃を後衛による魔法で防がれ、という拮抗した戦闘を続けながら、レツが世間話でもするような口調で話しかけてきた。

 突然の問いに混乱しながら、リュータが西暦を答える。

「えっ、二〇一六年、だけど、なに」

「そっか、もうそんなに経ったんだ。恐怖の大王来た? 烈火まだやってる? 続き、どうなった?」

 ノアの氷魔法がレツに降り注ぐ。ぎりぎりまで引きつけて一歩立ち位置を変え、レツは軽々と追尾機能付きの魔法をノーダメージで受け流した。

「ロクヨンのカセット、おもしれーの出た?」

 レツの問いかけに答える者はもういない。ヴェルターの槍が弾かれ、後方に飛んでくる。得物が手元になくなった彼を次の攻撃から庇うため、プロフェットが単体結界――いわゆるバリアーをヴェルターの周囲に展開した。

「あいつ、げんきかな」

 その直後、いつかのトカゲ退治の時のように正確に首を狙った一閃が彼を襲う。斧はバリアーを壊すが、反動によって狙いが逸れヴェルターは直撃を免れる。

「おれにとっては何千年、何万年も昔の話なんだけど。幼馴染がいたんだ。三十路になってもお互いフリーだったらおれたちで結婚しようかってゆるい約束しててさ」

 ヴェルターに攻撃の矛先が向いたことで、リュータがレツの近くまで飛び込むことができた。白亜の剣の切っ先が、彼の頬を掠めていく。

「もうあいつ結婚したかな。子供いんのかな。今二〇一六年なら、とっくに三十路だもんな」

 次に放たれたのはノアによる大火球だった。回避直後に足下で爆発し、床の破片がレツを襲う。

 レツが、まるで遠くを見つめるように目を細めた。寂寥にも似たその表情に、参戦のため魔法の構成をしていた手が止まる。

「……レツ」

「けど、おれが決めたんだ。何もかも全部捨てて、ここに残るって」

 彼の黒い瞳が、少しずつ色を変えていく。

「おれの守るものは今、カインだけだ。王の守護者として、……いや、あいつを傷つけるやつは、おれが許さねえ」

 彼の斧が光を放ち、雷を纏った。斧の一振りで繰り出された雷撃は回避できず、全体ダメージを食らってしまう。構成し掛けていた魔法を慌てて回復魔法に転向し、プロフェットの本回復が来るまでの繋ぎで軽い全体回復を施す。

 回復魔法が重ね掛けされる感覚の中で再びレツに視線を移す。瞳が翡翠色に染まり、彼の背中には閃光の翼が浮き上がっている。淡い緑色のその光は、ミカエルのものであろうことは察しがついた。やはり、ミカエルの力を吸収したのはレツだったのだ。

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