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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
22/26

act.22

 大きく溜め息をついて、リュータが自分でシャツをはだけさせる。

「どれくらい脱げばいい? 何やるの?」

「ほんとはパーティーメンバー全員にやっておきたいんだけど、どうも複数人ってのは無理みたいだからな。はぐれると一番戦局変わりそうなおまえに印つけとこうと思って」

「しるし?」

 皆に配ったオリジナルスペルの転移スクロールは、個々人のMPに反応して座標を自動設定するような仕組みにしてある。こちらの方法の手間を考えるとスクロールを使うのが最も効率的だが、これまで何度も強制単独行動を取らされた身としてはスクロールが手元になくとも誰か一人でも迅速に合流できればリスクを最小限にできると思っている。

「術者と対象者、二人の身体のどこかに印をつけておくと、合流を強く願った時に自動で発動する転移魔法。お互いもう片方の現在地まですり抜け機能付きでワープできる」

 ワープというより原理は現在位置情報の書き換えにあたるのですり抜け機能もなにもないのだが、そこまで話したところで彼には伝わらないだろう。

「あれ、じゃあ服脱がなくても、手とかでいいんじゃ」

「術者が死んだら跡形無く消えるけど、皮膚には小さな魔法陣が刻印されるんだよ。目立って仕方ねえし、魔法陣に初期傷以外の傷が付くと傷跡が完治するまで無効化されちまう」

 後衛の自分はともかく、生傷の絶えない前衛の彼では手足の傷なんて日常茶飯事だ。どうせならめったに攻撃を食らわない――無意識に攻撃を避けるような急所に印をつけておくべきだろう。

「初期傷って?」

 だんだん説明するのが面倒になってきた。指先にオリジナルスペルを構成して、人差し指で彼の首筋をなぞる。彼が身を固くした。

 ちょっと痛いけど我慢な。そう前置いて触れた皮膚を食み、歯を立てた。滲み出る血液が滴らないよう、傷口を軽く舐める。

 赤い傷跡が小さな魔法陣に変わったのを確認して離れると、リュータが先ほどの姿勢のまま固まっていた。

「リュータ? おーい、大丈夫か。そんな痛かったか」

 何か失敗しただろうか。声を掛けてみる。

「う、ううん、だいじょうぶ、だいじょうぶじゃないけどだいじょうぶ」

 彼は首振り人形のようにかくかくと何度もぎこちなく頷いて、意味の通らない言葉を連ね始めた。説明抜きで行ったこともあって混乱しているのかもしれない。

「じゃあ次オレな」

 言ってリュータの首に触れた時のように指先で皮膚に下地を作る。それから首元を彼の前にさらけ出して、指した。

「ここ、噛んで」

「えっ? お、おれもやるの」

「師匠から貰った情報通りにやってるだけだ。代替できる部分があるかどうかもレベルの足りないオレには分かんねえよ。嫌かもしんねえけど我慢しろ」

 ほらここ。視線を泳がせる彼の頭を引き寄せる。ひっ、と小さく彼が息を呑んだのが肌で感じ取れた。やるまで逃げないように捕まえておいてやろう。リュータの頭を抱え込む。

 それからしばし逡巡して、温かい吐息が肩口にかかった。おずおずと口を開いた彼が遠慮がちに噛み付いてくる。

「傷作らないと魔法陣にならないぞ」

「うう、はい」

「もっと強く」

「はい……」

 耳元に聞こえる情けない声はすっかり試験勉強を監督してやっている時のそれだ。何度か齧られてようやく傷になったのを確認して、スマホのインカメラで傷の経過を見る。

「よっし、とりあえずそれっぽい魔法陣にはなったな。次は攻撃魔法の練習だ。まだ寝るには早いし、付き合ってくれるだろ?」

「うん、……えっと」

 リュータを誘って、脱ぎ捨てた服をさっさと身に付けてベッドから立ち上がる。スマホのステータスも確認してみたが、消費MPはやはりとんでもなかった。買い置きのMP回復薬を荷物からひとつ取り出して口に放る。

「なんだ?」

「その前に、ちょっとトイレ行っていい」

「おー? じゃあ先にオレ外出てるわ」

 トイレというわりに動こうとしない。何やらベッドの上で俯いて丸くなっている彼に、一人でやっておきたいことでもあるんだろうなとそっとしておくことにする。付き合ってくれるとの言質は取れたので、用が済めば外に出てきてくれるだろう。


 大技の練習ができていなかったところにリュータが付き合ってくれたのはありがたかった。あらぬ方向へ飛んでいこうとする大火球や縦横無尽に降り注ぐ矢のような氷結魔法が屋外とはいえ町中に着弾するのは非常にまずい。着弾前に彼の剣によって斬り伏せてもらうことで、最小限の後始末で効率よく試し撃ちができたのだ。

 自分のレベルとMP量では、大技は全快状態で二発、そうでなければ一発が限界だ。買い貯めたMP回復薬が切れかかるまでその作業は続き、結局翌朝出立前に再度中央都市のギルドで買い足しが必要になってしまった。

 早めに出て座標設定を済ませておくつもりが、ギルドが開く時間を待っている内に待ち合わせ時間が来て、プロフェットを待たせながらの転送である。

「この国の外に出るなんてわくわくするね」

「ここがあんまり異色すぎるし、外はわりと普通なんじゃないか」

「中央都市がぼくの“普通”だったから、きっと何を見ても新鮮だよ」

 特に急ぎでもない構成をえっちらおっちら話しながら進めていく。スマホのフィールドマップからして、門前に飛ぶならこのあたりかな。

「装備品の品揃えもこっちのがいいよな」

「でも中央都市には荷物収納アイテムなかったね」

「あれだろ、序盤で必須アイテム入手しそびれると後半それ持ってる前提の作りになってるからどこ行っても買えないやつ」

 最初にヴェルターに指示を出して自分を捜していたあの金髪はおそらくシナリオ外の要素だったのだろう。まあ最初のボス部屋に追っ手を放り込んだ自分が原因なので仕方ない。と、そこまで考えてプロフェットの顔を改めて確認した。

「……あ」

「どうかした?」

 その顔のつくりをまじまじと見つめていると、プロフェットが小首を傾げる。彼が言うには、世界の王――カインは彼と外見が瓜二つだという話だ。あの時、牢にやってきて「死んでもらうためにこちらに来てもらった」「勇者の剣は私の望む勇者にだけ受け継がれる剣だ」と話していた貴族は確か、こんな顔をしていなかったか。

「いや……そういえばオレ、わりと序盤でカインと会ってたかもしれないと思ってな」

「カイン? ユウジ、それって」

 プロフェットとの話にリュータが反応する。彼が言葉を続けようとしたその時、構成中の転移魔法陣の真上に人が降ってきた。

「ヴェルター!」

 普段の重装備ではなく軽装に武器ひとつの状態でやってきた男の表情は、珍しく焦燥を浮かべていた。

 預けていた転移スクロールで飛んできたらしいヴェルターにその場で話を聞く。中央都市では神託者を通して、他国では王位を持つ者または統治者へ、大陸全土、人の支配する国へ世界の王から通告があったのだそうだ。

 アマキリュータという者と行動を共にしている仲間をすべて捕らえて差し出せ、と。

 魔法使い二人と戦士一人。生死は問わないものとして、一両日中に差し出さなければヒトへの祝福を取りやめ、魔もヒトもなく一様に滅ぼす。手始めに、ヴェルターが所属している王都に攻撃を仕掛けるとのことだった。神託者にはまあ、実際は留守にしているわけだからうまく伝わっていないだろうけれど。それで中央都市は静かだったのか、と納得する。

 王に忠実に従っていたはずの王都貴族と住民は震え上がり、身分差の問題で地位を得られない魔族は今回の件でついに本性を現しやがったなとばかりに世界の王への反感を口にしているようだ。

「その通告があったのはいつなんだ?」

「昨晩だ。魔法使い二人と戦士一人、らしいが指名まではされていない。影武者でも用意すれば済む話かもしれんが、そこのそいつと一緒に表を堂々歩かれてはかなわん。騒ぎが収まるまで出歩くな」

「いや――代役を立てても多分無理だ」

 魔法使い二人と戦士一人という指定があったのは、おそらく風雷の神殿でレツが戦闘メンバーを見ていたからである。戦士がヴェルター、魔法使い二人はノアと自分のことで間違いない。差し出せと言っているからには、その三人の身柄は死んでいようが生きていようが一度レツまたはカインのもとに引き渡される。顔を確認するためだろう。

「世界の王はオレたちの顔を知っている。特にオレに関しては、ごまかしは効かない」

 現代の話を持ち出されてうまく反応ができなければレツには見破られてしまうからである。似た顔の人間を殺してから引き渡せば誤魔化せるかもしれないが、たったそれだけのために誰かを身代わりに殺すなんて論外だ。しばし考えて、再び口を開く。

「受けてやろうぜ、宣戦布告。誰も死なずに乗り切る手だてに、ひとつ心当たりがある」

「まさか本人が捕まりに行くなどとは言うまいな」

「なわけねえだろ。勝てるかどうかは分からないが、“絶対に負けない”方法なら見つけてやれるかもしれないんだ。まずヴェルター、この大陸の全体マップ――地図かなにかを国王あたりが保有してないか?」

 軍事機密だと言われてしまえばそれまでだが、それがあるとないとでは作業効率や精度がかなり変わってくる。

「民間人には提示不可だが、オレの部屋に写しが置いてある」

 地図の管理を任されるとは、思った以上にだいぶ偉い地位の騎士団長様だったようだ。

「貸してくれるか?」

「作戦の全貌を説明するならな」

 現時点できるかどうか分からない段階ですべてを話すのは少々居心地が悪いのだが、彼の言い分も理解できる。この場にいる全員にわかりやすいたとえに置き換えて、ざっと説明を始めた。

「……大賢者の魔法を使うことで、世界の王が一切干渉できない空間を作ることができるかもしれない。その干渉不可空間を、王都の城壁を取り囲むように輪状に発生させれば、王都全体で完全籠城が可能だ。その仕掛けを王都だけでなく、大陸中の狙われそうな集落すべてに施しておけば世界の王は一切侵略ができなくなる」

「集落の位置を確認するために地図が必要、ということか」

「ああ。そんで、皆には安全に籠城してもらってる間に、オレたちで今回の問題を解決する」

 ヴェルターが頷いたのを見て、ひとまず納得してもらえたことに胸をなで下ろす。

「ってことは、一回ヴェルターのところに行って、そこで魔法使って、そのあとおれたちだけ王都から出て魔王城に乗り込む? の?」

 難しい流れをどうにか飲み込もうとしているリュータに、だいたいあってるけど、と補足する。

「ただ、その作業をするにはまずオレが輝炎の神殿に居ないといけないんだ。だからヴェルターから地図を受け取ったらオレだけ神殿に向かって、他の皆はヴェルターと一緒に王都内で待機しておいてほしい。もしオレが失敗したら、その時の守りの要になってもらわないといけない」

 ノアにも連絡が付くようなら来ておいてもらったほうがいいかもしれない。作っておいた王都への転移魔法をそのまま展開させて、全員で王都へ向かいながら荷物の中のてるてる坊主――もとい、通信アイテムに手で触れてみる。

「城内は今混乱しきっている。へたに動いて刺激するわけにはいかん、部屋で詳細な段取りを聞こう」

 到着後は、言われるままヴェルターに割り当てられた部屋へ招かれた。質素な味気ない部屋に僅かながら生活感がある。実際西洋の騎士がどんな生活をしていたのかは知らないが、ヴェルターは登庸後も長くここに住んでいるようである。

 デスクの鍵を解錠して、引き出しから地図を取り出した。

「これが役に立つんだな?」

 ヴェルターから手渡されたそれにざっと目を通す。スマホのフィールドマップと比較して、全体の集落位置が把握できることを確認した。

「ああ、大丈夫そうだ。ちょっと机貸してくれ」

 ほとんど何も置かれていないヴェルターのデスクに地図を広げる。それから全体が写るようにカメラ機能で撮影した。あとはフィールドマップをスクリーンショットして、記録が住んでいる町を目印に縦横比を調節、上から画像を合成して正確な座標を出すだけである。ヴェルターに紙の地図を返却する。

「もういいのか」

「記録は済んだしな」

 それからノアに連絡を取って、都合がつくようなら手を貸してくれと伝えておいた。用意ができ次第すぐに参りますと話していたから、こちらも問題ないだろう。

 作戦というほど大それたものではないが、先ほど説明した内容をもう一度さらう。この後の流れとしては、自分が輝炎の神殿に赴き大賢者の魔法――と話しているが、実際には管理者登録を済ませてデバックポイントから操作するつもりだ――を発動させる。発動に成功すれば、大陸全土の町、村、集落はすべて不可侵の領域となる。これで、効果が解除されるまでは魔法による進入も物理的な進入も一切できない。ただし、全方位を不可侵にしてしまうと全員が行き来できなくなってしまうため、王都に関しては門の部分のみ魔法を限定解除しておく。狭い門を狙って魔王軍が押し寄せてくることが予想されるが、その狭い門一カ所だけであればレベルの高い前衛であるリュータとヴェルターが塞いで、安全な王都の範囲内から後衛であるプロフェットがアイテムでMP回復を行いつつ回復、ノアが援護射撃を行えば、アイテムが尽きない限りは負けることはない。プロフェットによる回復が追いつかないような事態になれば、一般市民やヴェルターの部下あたりに協力を仰いで市販の回復スクロールを交代で読み上げてもらってもいいのだ。

「けど、ユウジ。王都はそれでいいとしても、他の集落は魔法でいきなり外に出られなくなったりしたら驚くんじゃないかい」

 プロフェットの言葉に、それなんだけどさ、と続ける。

「プロフェット。中央都市では、世界の王から受けた言葉はどうやって皆に伝えてたんだ?」

「皆の前で大々的に口にすることもあったし、広範囲魔法で念を送ることもあったね。……あ、そうか」

「その魔法、今も使えるな?」

「うん。大陸全土に念を送るんだね。さしずめ、この人類の危機に立ち上がった勇者様を加護する天使からの天啓……ってところかな?」

「さっすが、分かってんじゃん。なるべく神々しい感じで頼むぜ」

「あはは。十八番だよ、任せて」

 一般人向けの筋書きとしては、こうだ。ついに世界の王が乱心し魔王となり、大陸全土に宣戦布告。勇者を無力化するために仲間をすべて捕らえろと脅してきているが、勇者もこの時に向けて力を蓄えていた。今こそ決戦の時、勇者は魔王軍との対決に赴く。勇者が全力で戦うために、その間各集落の者は勇者を加護している天使の力で守られた結界から外に出ないように。

 聞こえますか私は今あなたの心に直接語りかけています、ってやつである。プロフェットがこの手の魔法を使えなかった場合は、時間の流れが非常に遅い輝炎の神殿の管理パネル内部でそれに一番近いオリジナルスペルをじっくり考えるつもりだったが、その必要はなかったようだ。

 それからしばらくして、ノアが四十名近くの大賢者ファンクラブ会員全員を連れてヴェルターの部屋まで転移してきた。あっという間にすし詰め状態になった部屋から一旦出て、ヴェルターに状況説明を頼んでおく。まさかノアがファンクラブ全員を連れてくるとは思ってもいなかったが、回復・後衛補助要員が増えるのは純粋にありがたい。

 プロフェットに大賢者のオリジナルスペル――一般魔法と構成の異なる蘇生魔法も念のため以前師匠に教わった通りにそのままレクチャーしておいた。この過剰戦力ならリュータは天使化することもないだろうが、万一天使化してしまった場合に一般魔法の蘇生術で回復できなかったとしたら彼を前衛に据えた判断を後悔することになる。一般魔法で効果がない場合に試してくれと言い置いて、その場を離れた。

「じゃ、後はしばらく任せたぜ。オレは輝炎の神殿に行ってくる」

「気をつけて、ユウジ」

 プロフェットたちに見送られてヴェルターの部屋の前を後にする。外に出て、さて転移魔法で移動できるところまでショートカットするかと座標設定を始めようとしたところで、すぐに後ろから追いかけてくる足音が響いた。

「ユウジ!」

 リュータだ。MP回復薬はいくつか持ったし、スマホも腕輪もある。何か忘れ物でもしただろうか、足を止めて振り返る。彼が眉根をよせて、詰め寄った。

「おれも行く」

 忘れ物などではなく、いつもの心配性だったようである。だめだ、と左手を振る。

「おまえは残れ。一番レベル高いし、おまえが居てくれたらもしオレが失敗しても取り戻せる」

「でも、ユウジ一人行かせるなんて」

「輝炎の神殿は魔物がちろっと出るくらいで、天使なんて来ねえだろ」

「そうだけど、ユウジだけ魔王軍の居る危険な外に」

「だから、さくっと行って帰ってくるって。おまえがちゃんと結界無効範囲の門前に居てくれれば、その穴めがけて転移魔法使うことだってできるんだしさ」

 そのためのコレだろ。自分の首筋を指して笑ってみせる。

「必ずおまえのところに戻ってくる。約束するよ」

 自分が心配なままでは、戦闘でも集中力に欠けることだろう。できる限り不安を取り除いてやりたいが、だからといって連れて行くわけにもいかない。

「……手の届かないところで失うなんて、絶対にいやだ」

 リュータが視線を落とした。おれは、と少し震えた声で、彼が続ける。

「おれは、ユウジが好きだよ」

 好きなんだ。誰よりも。言うつもりなんてほんとはなかったけど、嫌われる方が失うよりずっといいから。

「ユウジだけ居てくれたら、世界なんてとっくにどうでもいいんだ」

 無意識に人助けに走っているような天性の勇者でお人好しの彼が、そのどれよりも優先したいこととして自分を挙げているのが不思議な心地になる。

「だから、一人でおれの前からいなくならないで」

 涙声になっているリュータの髪を、撫でつける。

「なあ、リュータ」

「説得なんて聞かない。おれも行く」

「さっきの告白。ユウじゃなくて、オレ宛てで、いいのか」

「……うん」

「オレのことを、好きだって言ってくれてる?」

「そう、だよ。ユウジのことが好きだ。応えてほしいなんて思わない。でも、おれを選んでくれなくてもいいから、置いて行かないで。せめて、一緒に行かせて」

 ――今、オレは無敵になれた気がする。

 鼻水を啜りながらの彼のみっともない泣き顔が、最高の万能感を与えてくれた。きっと今ならなんでもできる。魔王を出し抜くことも、現代へ戻る方法を探し出すことも、この世界を変えることだって。

「ほんとおまえは馬鹿だな」

 涙で濡れたリュータの頬を、両手で思いっきり押しつぶした。すげえぶちゃいく。けれど、誰よりも一番可愛い相棒だ。

「オレのことを好きだって言うなら、“ユウ”と混同するなよ」

 彼の額に唇で触れる。言葉をなくしたリュータが、触れた場所を指で確かめた。

「おまえを一人にしたりしない。“オレ”は、おまえとの約束を破ったことはあるか」

「……ううん」

「だろ。だから信じろ。何があっても、這ってでも、ちゃんと帰ってくるから」


 フィールドマップで座標の確認ができる地点までは転移魔法で移動し、そこからはひたすら徒歩だ。門前に待機するリュータたちのところへ、例の通信アイテムをひとつノアに出しておいてもらってこちらと会話しながらの輝炎の神殿である。

 あちらは今のところ、門に近付いてくる魔物や軍勢などはいないようだ。プロフェット並のレベルの影を作成・運用できる魔王の手勢がどういったものなのか推測が難しいこともあって、できる限り早めに輝炎の神殿で操作できる仕様部分を把握したい。

 輝炎の神殿のトラップを継いだ記憶の通りに解除していき、祭壇の間まで進む。やはりウリエルは現れず、祭壇の奥からはデバックポイントに繋がっていた。

 着いたからちょっと切るな、と通信アイテムの通話を切って、管理フロアに入る。基盤を開いてみると、そこに並んでいたのは地形の管理画面だった。

「ビンゴ」

 今までの神殿の管理権限を思い起こしてみると、風雷の神殿が人物・生命体の当たり判定管理と配置情報管理、水雹の神殿は魔物やアイテム、武器装備品の管理ポイントだった。魔王城は、世界の王が天災をも操る神だという噂話を真に受けるならばおそらく「変数管理」。ならば、冥地の神殿か輝炎の神殿のどちらかが「魔法、ステータス管理」で、どちらかが「マップ・地形の管理」であるはずだと践んだのである。

 確率は二分の一。もし輝炎の神殿が「魔法・ステータス管理」だった場合は一時的に全国民のステータスを十倍などに設定して耐えてもらう予定だったが、今回はうまいこと地形管理の方を引き当てることができた。

 大陸全土の人里を覆うように進入不可のブランクゾーンをいったん作っておき、王都の門の部分だけあけた状態にしておく。そうすることで、城壁がいかに脆かろうがどれほど強い敵がやってこようが門の死守だけで防衛ラインは保つことができる。門前に一番強い駒――リュータたちが陣取ってくれていればこちらの敗北はない。

 進入不可のブランクゾーンというのは、ダイゴのメッセージに情報があったわけではなく自分の完全なオリジナルだ。正確に設定する必要はない。単純に、ブランクゾーンに敵が突っ込むとそこから抜けられなくなるバグ、いわゆる「一度ハマると脱出不可の画面外めり込み」を敢えて広めに作ればいいだけである。

 思った通りに各集落をバグで囲めたのを確認して、祭壇フロアに再び上がっていく。一度切った通信アイテムを再度繋げ、王都の特性防御シェルターが完成したことをリュータたちに報告した。

「こっちは終わったぜ」

「ユウジ! あのね今ね、鳥型の魔物がいっぱいやってきて、なんか城壁を越えようとして動かなくなったんだけど」

「よしよし、成功してるみたいだな。そりゃあれだ、バグ結界。うっかり突っ込んだらおまえらも脱出不可だから気をつけろな」

「何もない空中でドーム状にハーピーがめり込んでてすごいもがいてるよ。あれ外れたりしないの?」

「バグ解除しない限りは外れねえよ。安心して門だけ守ってろ」

 今から帰るわ。通話を続けながら、管理者登録を終えた輝炎の神殿を後にしようとしたところで背後から第三者の声がした。


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