表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お荷物くんの奮闘記  作者: seam
21/26

act.21


 プロフェットを連れて、空の塔の地下階段に進む。地下へはたまに暇潰しで降りたりするようで、詳しいプロフェットにそのまま案内してもらった。プロフェットの寄り代になっている魔法陣は塔の土地自体にかけられているだろうから、その範囲から出なければ上に行こうが下に行こうが問題ないらしい。

 ほどなくして記憶に違わぬ水雹の神殿の一部が目に入った。洞窟の中はあちこち土砂に埋もれかけていたりするというのに、神殿の扉は引き継いだ記憶そのものの状態で凍り付いている。

「わっ、なつかしい」

「リュータ、また火出すか?」

「や、やめとく……」

 苦笑いで辞退する彼にだろうなと肩を竦め、あまり得意ではない火属性魔法を構築する。ここにノアがいてくれれば、ミカエル戦で使っていたあの大火球を撃ってもらえるんだけど。今居ない仲間のことを考えても仕方ない。目測で扉大の火球を生成し、凍り付く扉の縁に当てた。

 師匠のようにいかにもファンタジーマンガな形の炎の竜が作れたらかっこいいが、形だけ真似ても威力が追いつかないだろう。あんな才能は自分にはないので大人しく現時点でもっとも効率的な形を取ることにする。

 熱された扉を足蹴に開く。神殿内部はこちらも変わらない構造のようである。左側の通路に進み、凍った滝があるのを確認した。

「あ、これ溶かすのはおれがやるよ」

「こっちは失敗しなかったもんな」

「うう……扉の方も失敗はしてないし」

 リュータが滝の凍結を溶かしている間、神殿内部まで引き続き同行しているプロフェットを振り返る。

「ここから先、魔物が出ると思うんだけど大丈夫か?」

「大丈夫。えっと、ぼく足手まといになるなら引き返すけど……少しくらいなら魔法も使えるはずだから」

 言われてスマホのステータスガジェットを開いてみた。臨時メンバーのはずのプロフェットはパーティーリストにしっかり加えられていて、そのレベルは五十だった。取得EXPもゼロのままなので、おそらく彼が造られた際に初期値で設定されたのがレベル五十のステータスだったのだろう。……レベル五十の影をも作り出せる、レツを従えた魔王。やっぱりあんまり交戦したくはない。

 ていうかプロフェットが足手まといになるなら自分のレベルは論外だろう。習得技リストからしても、回復補助系の魔法に関してはプロフェットが自分よりも上であることが分かる。申し訳程度の攻撃魔法が二、三ある程度で、完全な僧侶型だ。

「回復や補助系の魔法のスペシャリストだな。じゃあ、オレは攻撃魔法中心に行くから、援護頼むぜ」

「うん、ありがとう」

 リュータによって凍った水路が再び蘇る。遠くで水車が動き出し、中央にある扉の向こうから床のせり上がる音がした。

 中央の扉から奈落の間を通り抜け、次のフロアに移る。次の迷路は記憶通りであれば最短ルートを進めるのだが、なんとなく作りからして、ここから先は自動生成のような予感がする。

「まず扉が少ない左の部屋に進むんだったよね」

 言ってリュータが左を開けた。その先は記憶通りの魔物の部屋だったが、扉の数は全方位――つまり、四カ所になっていた。

「あれ?」

「嫌な予感が当たったか……ここから先の迷路、どうやら自動生成ダンジョンらしいな。記憶はあてになんねえ」

「攻略し直しかあ……」

「扉の数が少ない方に進むって攻略条件は自動生成ダンジョンでも同じだろ。とりあえず全部開けてどっち進むか決めようぜ」

 前方と右側の部屋を確認してみる。しかし、左右正面三カ所すべて、扉の数は四枚だった。おそらく次かその次の部屋で扉の枚数が減っていけば正解の道なのだろうが、どの方向に進むか、序盤で決められないのは痛い。

「確か、この部屋には魔物は出ないんだったよね?」

「そうだな。やっぱちまちましらみつぶしに探しにいくしか」

「おれ一人で行ってこようか」

 全部の部屋で戦わずに次の扉開けて、扉の数数えて戻ってくればいいんだよね。自動生成マップと知って現状を理解したリュータが、RPGではないからこそできる方法を提案してきた。リュータの実力なら、出てくる魔物がどの種類でも交戦せず逃げるを繰り返して様子見できるだろう。

「それが一番効率は良いと思うが、次のフロアでいきなりあの亀みたいな外れボス部屋来たら大変だろ」

「その時はユウジにもらったこれ使って戻ってくるから」

 言って見せられたのは、設定した相手の元に飛べるオリジナルスペルを詰めたスクロールだった。屋内向けには作っていない。

「そりゃ使えるだろうけど、それ部屋の中で使うと壁に衝突……」

「平気だよそれくらい」

 大丈夫そうな気がしてきた。そういえば東国のワープバグで遺跡に飛ばされた時、リュータは壁をぶち抜きながら転移スクロールを使ったのだったか。

「分かった。気をつけて行ってこい」

 頷くリュータに、持参したHP回復薬を持たせて送り出す。まず左から行ってくるね、と扉の向こうに彼が消え、さほど時間も経たないうちに再び扉が開かれた。

「ユウジ、こっちは次の部屋とその次の部屋まで扉四枚だったよ」

「さんきゅ。じゃああとは右と正面だな」

「正面行ってくるね」

 再び部屋からリュータが出て行く。扉が閉まったタイミングで、プロフェットがぼそりと呟く。

「天使様は、本当にここにいらっしゃるのかな」

「いると思うぜ。……レツに先越されてなけりゃな」

「レツ……? ユウジは、守護者とはもう会ったんだ?」

「ああ。だいぶ前に会ってたのに、気付いてなかった。リュータが珍しく人見知りしてたのにもうちょい気を付けてれば、もっとスマートにことを進められたんだろうけど」

 レツと初めて会った時、リュータは相手がユウの仇と知らないにも関わらず本能で警戒していた。あの時に逃げていれば……というのは流石に無理でも、せめてよけいな情報を口走ったりしていなければとどうしても考えてしまう。

「じゃあ、世界の王の方には接触した?」

「いや……ひょっとしたらこっちも、会ってて気付いてないだけかもしれないけどさ」

「カインって名前の、見た目十五歳の少年……っていう話はしたかな」

「名前までは聞いてなかったな。でもまあ、今まで会ったやつの中にカインなんて名前の男は居なかったし大丈夫だろ」

 ちょうど話し終えたところへ、リュータが戻ってくる。中央の扉の先に、扉の枚数が三枚になった部屋があったようだ。

 中央の扉を潜ってからは魔物がうようよ現れるようになる。魔物から逃れようと扉をてきとうに開け続けると外れボス部屋にたどり着いてしまいかねないため、ここから先は一部屋ごとにオリジナルスペルのスクロールを使うこととなった。

 重力操作魔法のスクロールである。部屋に入った直後にスクロールを使用し魔物の動きを一旦止め、効果が持続している間にすべての扉を確認し次へ進む。次の部屋に移ってからもまたスクロールを使い動きを止める。有り余るスクロールを消費することでMPの節約にもなり、前衛のリュータの体力も温存できる。前衛がリュータしかいないため、今回のダンジョン攻略はどうしてもリュータだけに負担をかけることになる。万一ガブリエルと戦闘になった時を考えれば、避けられる道中戦は少しでも避けておいた方がいい。

 スクロールを消費して進む攻略法は効果的だった。記憶よりずっと早く扉の迷路を抜け、氷の竜の居たフロアにたどり着く。

 氷の竜は案の定復活していない。何もいないボス部屋を素通りして、祭壇のある部屋に進んだ。

「プロフェットは後ろで待機な。リュータ、祭壇確認に行くぞ」

 話が通じなければ即戦闘開始なのだ。強力な回復技をいくつも所持しているプロフェットが真っ先に狙われないよう、フロアの隅で待っていてもらうことにする。

 リュータを連れて祭壇へ向かう。風雷の神殿と同じように腕輪をかざすと、祭壇の上空に氷か硝子細工のような羽根を持った天使が姿を現した。

「ガブリエルだ!」

「……ウリエルか」

 全体的に青白いカラーリングの天使が、リュータを見て呟く。喋った。ということは会話が可能なのか。隣でリュータが話し始める。

「ガブリエル、おれたちの仲間になって」

「勇者の素質を手にしているのか。代行か別の因果かは知らんが、おまえがこの世界の理に従って救済を与えるように、私にはこの場を守る義務がある。我らが“マム”の命を放棄するわけにはいかんな」

 話してみるとは言っていたが、リュータに高度な交渉を期待するのが間違っていたかもしれない。しかし、横から自分が入ってしまうとせっかく穏やかなガブリエルが豹変する可能性もある。ここは会話の成り行きを見守るしかない。

「少しの間だけでもいいんだ。ラファエルが倒されてしまうような相手にミカエルの宝玉も奪われて、もうおれたちだけじゃ勝てないかもしれない」

「倒される……か。なるほどな」

 考えてくれる気になったか、と安堵したのも束の間、ガブリエルが氷魔法を構築し始めたのが分かってぎょっとなる。

「では、おまえもこの場で私を倒し、宝玉に変えて持ち出せばよかろう」

 交渉決裂だ。ガブリエルによって生み出された吹雪がフロア中に吹き荒ぶ。触れるものを一定確率で凍結する効果でもありそうな吹雪攻撃は、予めサポート術を用意してくれていたらしいプロフェットの防御壁によって防ぐことができた。リュータが白亜の剣を抜き、次の魔法を撃ち出そうとしていたガブリエルに切りかかる。ガブリエルは氷の刃を生成し、切り結んだ。

「なんで戦う必要があるんだよ! おれはただ、仲間になってほしいだけなのに……!」

「マムに背き、人の身を得たおまえは違うのだろうが……天使とは本来、精神生命体のようなもの。マムによって設定された場所以外では息さえできぬ」

「なら、もっと別の方法だって……! ユウの頃に呼び出されて、ガブリエルもせっかく安定してきたのに」

「これがおまえの言う、別の方法というものだ」

 剣戟の合間、交わされる二人の言葉でガブリエルがミカエルと違って意志疎通ができる存在だった謎に手が届いた。ユウの来訪で一度こちらの世界に召喚され、全く異なる言語が基準になっていた天使たちの世界からこの世界に侵食されていったのだ。リュータはそれを安定と呼んだが、師匠によって実際に書き文字の認識力と外国語知識の欠落で身をもって経験した自分からするとまかり間違っても安定とは表現できない。わざわざ口にするつもりなどないが、たかだか十数年を過ごした現代とこの世界ではどちらがリュータにとっての基準になっているかなど明らかだ。

「案ずるな、私が死んでも次のガブリエルが再び“構築”される。易々と殺されてはやらんがな」

 ガブリエルの台詞に既視感を覚える。リュータが叫んだ。

「次のガブリエルは……、それはもう、おまえじゃないんだぞ!」

 それはかつて、ウリエルとユウが交わした言葉だった。

「理解に苦しむ。再び構築されたガブリエルが自分であるかそうでないか、そこに意味はあるのか? マムの指示通りに動き、命令を遂行する。それが“ガブリエル”だ。それ以上に重要なことなどなかろう」

 価値観が違いすぎる。その事実を、リュータは忘れてしまっているのだ。ウリエルにとってのユウのように、ガブリエルには自己の存在意義を教えてくれる人物がいなかったのだろう。今目の前でリュータと交戦しているのは、ユウと出会うことのなかったウリエルだ。

 説得できる相手ではない。火属性の攻撃魔法を編もうとして、後方からプロフェットが前に歩み出た。

「……天使様は、ぼくと、同じなんですね」

 彼の言葉に、ガブリエルは一瞬隙を見せた。リュータが鍔迫り合いを押し負かす。

「創造主の意向に従う、それだけが存在理由。それだけが自分の存在価値。そのことに疑問さえ抱かない」

 後退りながら、たった今まで戦っていたリュータの方へは見向きもしなくなった。そうだ、誰かに作られた存在という意味では、プロフェットは天使と同じ境遇にいたのだ。

「疑問を抱くことは許されない。それは自分が作られた意味を否定することになりかねないから」

 後衛が出てはいけないラインまで、彼が前に踏み込んだ。三秒もあれば態勢を整えたガブリエルによって攻撃を食らうだろう距離から、さらに前に足を進める。

「ぼくも、創造主の意向によってここから出られない。けれどあなたの、話し相手くらいにはなれるのではと思うのです」

 宙に静止するガブリエルの足下までプロフェットが近付いても、攻撃が再開されることはなかった。

「ぼくでは、いけませんか」

 あなたの存在を形成する理由のほんの片隅に、ぼくを。

「神託者よ」

 言葉をなくしていたガブリエルが、プロフェットの声に口を開く。

「おまえは、これで八代目だな」

「……はい。意志を持ち逆らって還った者、不要になり棄てられた者、すべて“プロフェット”でした」

「もう七度、死と再生を繰り返したか」

 思い直してくれたのか、ガブリエルの手元から氷の刃が消える。次いで天使が氷魔法で氷柱を生成した。身構える間もなく、氷柱はガブリエル自身を貫く。

「なにを……!」

「神託者よ。おまえの力のより所を、魔王ではなく、このガブリエルの石にするがいい。これでおまえは、ここに縛られることはなくなるだろう」

 いつかの竜の番人のように、天使はその身を氷塊に変えて崩れ去っていった。後に残った青色の宝玉が、ひとりでに宙を滑りプロフェットの掌へ転がる。

「……ガブリエルのわからずや」

「わかっておられたのかもしれません。……今まで、この場所でずっと」

 プロフェットが石を両手で包み、リュータの呟きに首を振る。

 ガブリエルは、プロフェットが自由への羨望を押さえ込んで王に従っていたのを、今まで地下で感じ取っていたのかもしれない。それこそ、彼が彼でなかった頃から。

「使ってみろよ、プロフェット」

 俯いたプロフェットの肩を叩いた。どのみち戦闘になっていたのだから、勝っていたなら結果は同じだった。彼が気に病む必要はない。

「でも、これは君たちが探していた宝玉では」

「オレたちは世界の王に対抗するために、天使に匹敵する強さの仲間を探してただけだ」

「それなら尚更、王に作られているぼくが手にするべきじゃないよ」

「だから、プロフェットは今から王の力に頼らなくても存在を維持できるようになるんだろ。あいつの話だと」

「……いいの、君たちと一緒に行っても」

「歓迎するさ」

 戦力は一人でも多い方がいい。プロフェットが宝玉を抱き、祈るように手を組むのをリュータと二人で見つめる。冷たい風が彼と自分たちの間に吹き抜けて、プロフェットの背にガブリエルと同じ氷の羽根が広がった。

 羽根が生えたのは一瞬だ。すぐに視認できなくなって、風が収まる。

「プロフェット、大丈夫か」

「うん。……あの人との繋がりが切れてる。もう王の意向を知ることも、できないみたいだ」

「じゃあ、外に出てみようよ。今日はぽかぽかしてて良い天気だし、酒場の向かいにある店のお好み焼き、おいしかったよ」

 プロフェットにもガブリエルにも、知ってもらいたいし。そう続けて、リュータがプロフェットの手を引いた。

 お好み焼きって。いやここは中央都市、世界観についてはもう何も突っ込むまい。それよりおまえ情報収集っていうより食べ歩きしてただろリュータ。


 特にバグ修正などはないが、管理者登録のために一度祭壇の内部へ入った。これで二カ所の神殿を押さえ、天使も二人だ。できれば崩壊してしまった冥地の神殿も押さえて天使と会っておきたかったが、デバックポイントで仕様を確認したところ、たとえ冥地の神殿を建て直したところで天使の再召喚はできないようである。生産には少々時間がかかり、さらに同じ名を持つ天使は同じ世界へは二人降りることができないらしい。正確には、再召喚できたとしても「上書き保存しかできない」というところか。保存場所であるレツの体内に同じ内容として上書き保存されるだけである。パワーアップもパワーダウンも相殺もない。

 つまり、レツが冥地の神殿の宝玉を手放すか、レツを倒さなければ天使は呼べない。レツに対抗するためと考えるなら本末転倒だ。

 しかし、神殿の管理者登録については、冥地の神殿ひとつが崩壊した程度であれば魔王城で代替処理がきくらしいというのはありがたい。魔王城さえ攻略できれば現代には帰れる――いやこっちもあまり意味はなかった。魔王城攻略ってことは魔王と戦って勝つわけで、そこで王権を受け取り拒否すれば管理者登録などしなくとも現代には戻れる。

 どうしたって旅の終わりに立ちふさがる世界の王とその守護者に軽い頭痛さえ覚える。一旦考えるのを放棄して、お好み焼きのトッピングメニューについて楽しげに語っているリュータとそれに真面目に頷くプロフェットを後ろから眺めた。

 あれからその場を後にして、プロフェットはおそるおそる外へ一歩踏み出した。何事もなく日の光を浴びることができた彼は、これでようやく魔王の支配下から逃れたのだ。

 プロフェットが正式にパーティーメンバーに加わって、改めてステータスを確認する。天使化していないからかレベルや役職は普段通りだが、天使の宝玉を得たことで、習得魔法一覧には僧侶系の魔法に加え氷系の攻撃魔法、補助魔法が加わり合計で数ページに渡って増えていた。増えすぎだろ天使すげえな。あああこれ自分完全に要らない子になっちゃった。自分がこのゲームのプレイヤーなら間違いなく「ユウジ」をパーティーメンバーから外す自信がある。お荷物に逆戻りである。アイテムと勇者の剣の管理は任せろ。

「皆でお好み焼き食べて、ユウジそれからどうする?」

「そうだな……ヴェルターんとこ顔出すついでに荷物収納オーブ探して、輝炎の神殿にも一応行っておくか」

「なんで?」

「保存先から考えてウリエルは来ないだろうけど、管理者登録だけは済ませておいた方がいいしな」

 管理者登録の意味が理解できないらしい彼には苦笑で流しておく。よくわかんないけど輝炎の神殿だね、と繰り返したので、次の目的地は把握できただろう。上書き保存の仕組みからすると、輝炎の神殿にも自分たちが訪れる前――ウリエルがリュータとして現代に転生していた頃には次代のウリエルが居たのかもしれないが、リュータがこの世界に召喚されたと同時にリュータの中に上書き保存されたのだろう。普通の中学生だったはずのリュータがこの世界にやってきて突然高レベルの勇者になった理屈も、ひょっとしたらそのあたりにあるのかもしれない。彼が現代で魔法などの不思議な力を上手く隠し通せていたとはどうにも考えられないのだ。

 プロフェットは旅に同行するにあたり、空の塔をしばらく不在にしても気付かれないように細工をしてくると話していた。食事を済ませて一旦解散し、休息もかねて明日の朝、再度中央都市の門前で集合することになった。

 荷物をまとめたら待ち合わせの時間よりも少し早めに出て、門前でヴェルターの居る王都までの転移用座標を設定しておいた方がスムーズだろう。構成が終わったところで一時中断し、集合を待つつもりだ。

 買うだけ買って宿屋に放置していたアイテムの類も整理して、それから時間が許すようならオリジナルスペルの詰め込み作業も非常時に備えておくべきだろうか。プロフェットと別れてリュータと二人で宿に戻りながら、夜までの数時間の予定を考える。

 いや、それよりも最優先にすべきことがあった。

「リュータ、ちょっといいか」

「なに?」

「おまえ今夜は何も予定ないよな?」

「そりゃあ、ないけど……」

 取っていた宿の部屋に二人で戻って、ベッドに腰掛ける。隣をぽんぽんと叩くと、彼が倣って腰を下ろした。

「よし、服脱げ」

「え」

 きょとんと目を瞬かせた彼が理解するまで待てず、自分から先に上着を脱いだ。それから邪魔になるトップスにも手をかけようとしたところで、リュータがわああ、と声を上げる。

「待って、ちょっと待って、ぬ、脱ぐって、なに」

「痕目立ったら面倒だし、普段は服で隠れるようなとこがいいだろ」

 こちらの世界でも一向に着崩される気配のないリュータの学ランにも手を伸ばし、ボタンをぶつぶつ外していく。落ちにくい血なんかでシャツを汚すのもまずいだろう。彼のシャツの胸元に触れると、リュータが両手で腕を掴んできた。

「ねえユウジなにするの」

「練習させてくれよ」

「だっ、だから、何の練習」

 一緒に風呂に入ったことも海で泳いだこともある仲で何を今更慌てているのか。自分の中学生の頃と違ってしっかりした彼の体つきは、どう考えても恥じるような体格ではない。むしろ羨ましい類である。

「何って、魔法の」

「……へ?」

 答えてやると、リュータの抵抗がぴたりと止んだ。

「転移魔法のもういっちょ改良版。師匠から知識だけ貰ったはいいけど、練習してねえんじゃ使えねえし、土壇場でやったってMP足りなくなるだけだろ。せっかく屋根とベッドと風呂のある環境なんだ、疲れてぶっ倒れても問題ない今のうちにいくらかモノにしといた方が良い」

 術者の血を使うものもあるから服はなるべく汚さないようにと思ってな。続けると、彼の口から乾いた笑いが洩れ出した。

「あ、あはは……そ、だね……うん……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ