表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お荷物くんの奮闘記  作者: seam
18/26

act.18

 バグの原因になりかねないもの、ということは、勇者の遺志とはおそらく情報の塊だ。勇者の、と言うくらいだから歴代勇者の中の誰かによって残されたもので、そんな知恵なさそうなウリエルは除外。ウリエル暴走以前からあるとするなら、一番可能性が高いのはやはり、裏側を知り尽くして死んでいった勇者ダイゴか。勇者ダイゴによって残された情報。自分たちが入手できるならこれ以上の手がかりはない。

 そこでふと、疑問が浮かぶ。ダイゴが情報として残したのなら、その宛先は当時の彼にとって最も自分の遺志を継いでくれそうな相棒ユウだろう。彼に直接伝える術がなかった場合を考慮しての念のための保険だったのだろうか。

 念のための保険を管理させるために、バグを産み続ける情報の塊を一般人に管理させるか?

 世界の真理に関わることでバグに感染するというのは、おそらくほとんど間違いない。しかし、無関係の人間に同じ轍を踏ませないように、ある程度工夫を施している、もしくは同じ答えにたどり着くのが確実なヒントだけを残している、と考えるべきではないか。

 「勇者の遺志」自体はバグの原因ではない。だとするなら、ヴェルターたちに話せるような情報をろくに持たないにも関わらずバグに感染している人々は? ……できる限り「勇者の遺志」に触れる前に検討を付けておきたかったが、このままここで考え続けても結論は出なさそうだ。

「ヴェルターたちが準備できてるなら、今すぐにでも依頼主のところに行って話を聞きたい。どこに行けばいい?」

「門を抜けたすぐに、高台が見えただろう。その上に建っている屋敷が占い師一族の家だ」

 こちらが話を切り出してすぐ、ヴェルターが返してきた。ここまでの経緯を知っているリュータや過保護なノアは一晩休んだ方がいいんじゃないかと言ってきたが、この場所で迂闊に休んでまた方々に飛ばされるのは遠慮したい。

「そうだ、こっちに向かってる間にちまちまスクロール作ってたんだけど、とりあえず二枚ずつ渡しておくよ」

 それぞれに二枚ずつ手渡したことで、ノアも黙った。正確には、大賢者が手ずから作成したスペルスクロールに目を輝かせて見入ってしまったというべきか。師匠に指示を受けながらの製作で、自分の実力ではないので少々後ろめたいがノアが大人しくなった点に関してはよしとしよう。リュータは行くといえば基本的にはついてくるし、後でどうとでも言いくるめられる。

 あとは――感染の原因を取り除く手段も考えておくと師匠が言っていたが、ちゃんと必要な時に顔を出してくれるだろうか。


 訪問から応接室まで通されるのにそう時間はかからなかった。お茶を出され、ほどなくして使者を寄越してきた本人――占い師一族の後継者とやらが部屋に入ってくる。自分と同い年くらいの女性だ。

 なんか見覚えのある顔だな、と失礼にならない程度に顔立ちを伺う。

「あ! そうだ、お姉ちゃんにそっくり!」

 記憶の中から彼女を掘り起こそうとしていたところ、大人しく隣に座っていたリュータが声を上げた。

「お、おねえちゃん?」

 リュータの実家に女の子はいなかったはずである。従姉妹に範囲を広げても、確かいなかった。発言に面食らっていると、彼が補足する。

「えっと……ユウと旅してた頃、パーティメンバーだった女の人がいてね、お姉ちゃんって呼びなさいって」

「そ……そうか」

 自分は会ったことがないが、記憶のどこかに引っかかっていた理由はそれだったようだ。勇者ダイゴ一行のパーティメンバー、僧侶の女性。見れば見るほど瓜二つである。

 戸惑っている彼女にすみませんと笑う。

「あの、ひょっとしてあなたの家系って、どこかで勇者と一緒に旅をしたとかじゃないですか?」

「直系ではありませんが、仰る通り、勇者様にお仕えした僧侶の血が混じっております」

「どうりで……」

「大賢者様は必ず復活の手段を用意しているはずだから、困ったら頼りなさいというのも幼い頃からよく言い聞かされていました」

 ああうん、なかなかちゃっかりしてる感じの女の人だったもんなあの僧侶。本人は直接この家系には入っていないんだろうけど、たぶん子供たちに言って聞かせていたのが習慣づいてそのままこの家にも持ち込まれたんだろう。

 レツも似たようなことを言っていたが、何の対策も講じず易々と殺されるような素直な人間じゃないと思われていたようである。

「本当に困っている人を見たら助けずにはいられないお人柄だからと」

 なんだ師匠、他の仲間からもわりと信頼されてるんじゃないか。

 話を聞いたところ、神の怒りからの避難で勇者の遺志に触れた子供が居たこと、それから一般人にも少しずつ呪いが蔓延していったこと等、ヴェルターたちが聞いていた経緯には間違いはないようだ。子供が大人になってから国外に出て、再び帰ってきた時にはすでに感染していたらしいという点も否定はされなかった。

「管理していたのは占部一族の分家――私の先祖でもあります。彼は、神の怒りによって故郷が一瞬にして更地になってしまったことを嘆いていたのでしょう。勇者の遺志に触れたことで自分が特別であると錯覚し、世界を変えるのは自分だと話していたらしいことは聞いていました」

 おおむね推測通りだ。勇者の遺志に具体的に何が残されているのかは分からないが、そこにはおそらくゲームプログラマーの視点で考えられたこの世界の「裏側」と、その改善策が記述されている。この世界の住民が読んでも扱うことなどできないだろうが、扱えなかったからバグに感染して帰ってきたと考えるのが自然だろう。

 ここまで事情が分かれば、あとは勇者の遺志を確認してそこからバグの解消方法を……、と、そこまで考えていたところに予想外の言葉が続けられた。

「この国の近くに、勇者の神殿があります。彼はそこに足を運び、勇者を継ごうとして失敗した、という話が広まっていますが、少しだけ事実と異なっていて」

「え?」

 神殿に出た悪魔がどうとかいう話の方だろうか。それはてっきり噂にくっついた尾鰭背鰭だと思っていたが、そうでもないらしい。

「神殿に向かった時、彼が途中魔物に遭遇したところを助けた少年が居たのだそうです。年の頃はそう、そちらにいらっしゃる大賢者様のお付きの方くらいで」

 リュータの方に視線が集まる。おれじゃないよ、知らないよとばかりに彼が大きく首を振った。いや、タイミング的におまえじゃないのは分かってるから。おまえその頃たぶん泣きながら全宇宙旅してたから。

「その圧倒的な強さに、少年を勇者の再来だと確信した彼は今こそ遺志を伝える時だと、勇者の遺志に触れて知ったことをすべて話してしまったのだそうです。……その少年は話を聞いてすぐに神殿へ向かい、閉ざされた神殿をこじ開けて「天使」様を呼び出し――」

 天使、というと、ウリエルの仲間みたいなああいう。師匠から引き継いだ記憶の中にある、水雹の神殿に出てきた無表情のやたらめったら強そうなあれ。呼び出すというのは、きっと水雹の神殿で偶然降りてきたああいうのを意図的に召喚する的な。

「彼の目の前で天使様を喰らったと、伝え聞いております」

 それを食べたと。……ん?

「喰らった? 文字通り?」

「そこまでは私の方でも、詳細は……。ただ、あれは勇者などではなく、悪魔だったのだと」

 隣のリュータが、ひえっ、と息を呑んで身震いした。彼の頭の中では今、少年の皮をかぶった悪魔が口を大きく開けてリュータを頭からがぶりと食べようとする光景が浮かんでいることだろう。

「それからこの国では、研究職以外の者にも呪いが降りかかるようになりました。これは来るべき時、必要な人へ「情報」を渡すようにという約束を守ることができなかった一族、ならびに東国への勇者様からの天罰なのだと、皆助かる道を探そうとすらせず……」

 彼女が視線を落とした。貴族は事態の深刻化と同時に軒並み国外へ逃げてしまっているようだし、残された数少ない国民を守れるのは彼女くらいのものなのだ。

「その、勇者の遺志っていうのは、勇者が居れば見せてもらえるのか?」

「もちろんです。私の技量が足りずあまり正確な占いはできませんでしたが、この大陸に新たな勇者様が降りられていることは存じております。だから……勇者様がこちらへお越しになる時のためにも、私はこの国を守りたい」

 目を瞬かせて、リュータがこちらを見た。視線がかち合う。

「ここにいるよ。次代の勇者様」

 勇者の剣はつい宿屋に置いてきてしまったが、勇者特有スキルのアレがあれば充分だろう。リュータをその場に立たせ、耳打ちする。

「あれやってみせろ。MP消費して剣出すやつ」

 リュータが頷いて、片手を掲げた。わずかな魔力が光に変換され、彼の手の中に久方ぶりに見るなんのへんてつも面白みもない剣が生まれた。

 師匠とノアによって一部汎用化されかけているが、このスキルは師匠からの情報と照らし合わせてみるに基本的には勇者固有スキルとして世間に知れ渡っている。知らない者も居るだろうが、勇者を待ち望む人間がこれを扱える意味を知らないはずがない。

「おれが勇者……になったみたいなんだ。えっと、その勇者の石? っていうの、お姉ちゃ――じゃなくて、見てもいいなら、案内してほしいんだけど」

 見た目の神々しさに呆然としている彼女に水を差すのはよろしくないだろう。「イシ」のイントネーション違うぞ、という突っ込みはしないでおく。賢者の石かよ。

 伝説の勇者様補正で、アホ具合はフィルタリングされたようだ。彼女がリュータの言葉に、はい、と頷いた。

「大賢者様は、また、勇者様とお会いになったんですね」

 何気ない彼女の言葉には、それ以上の意味はない。


 屋敷の地下にあるらしい勇者の遺志を確認すべく、暗い階段を五人で降りていく。いくつかの南京錠を解錠して行き着いたその場所に安置されていたのは、テレビゲームだった。

「ユウジ、あれ」

「……スーファミ、の、もういっちょ古いやつだな。ファミコン……っぽいけど」

 ご丁寧に古いパソコンのような四角い箱型テレビも置いてある。薄型テレビに慣れ切った平成生まれのリュータと二人、顔を見合わせる。

「電源とかなさそうなんだけど、動くのかこれ」

「ダイゴさんがあっちから持ってきたのかな……」

「テレビゲームをテレビごと一式持ってくるとかさすがに無理があんだろ」

 ついてきているヴェルターはじめとする三人は、この機械類がいったい何に使われているものなのか分からないに違いない。こんな場所でお目にかかったのでなければ、ちょっとやってみたい気はしなくもないのだが。

「あれ、でもランプ光ってるよ?」

「嘘だろ」

 目の前で異様な存在感を放っている機体を覗き込んでみる。どこにもランプなど見当たらない。

「そっちじゃなくて、テレビの方」

 言ってリュータが黒い箱に近付く。ボタンがありすぎて暗がりではどれが電源なのかいまいち分からなかったが、彼は勘なのか一発で電源ボタンを探し当てて、電源を入れた。画面下ではなく上部にあったようだ。

 しばしの沈黙ののち、どこにもコードの繋がっていないテレビに静電気音が走る。一拍遅れて、画面が点灯した。

「そういえば、魔法仕掛けのエレベーターとか醤油もどきとか、世界観ぶち壊しなやつ色々あったな……」

 あんまりこの世界の中世っぽさとサバイバル生活に慣れてしまっていたおかげで驚いたが、作り方はともかく存在していて不自然というわけではないのだ。きっとエレベーターと同じく、動力源が魔法だからコンセントの必要がないのだろう。

 画面には黒いメッセージボードが表示され、ゲームスタート時のモノローグのような雰囲気で白いテキストが流れ始めた。テキストはこの世界の言語だ。

 誰かから誰かへ宛てたメッセージというより、まるきりRPGの語り口である。テキストは四行ほど表示された状態で止まり、文末に逆三角のアイコンがちかちかと点滅する。コントローラーで操作をしなければ先が読めないらしい。

 勇者よ目覚めよ的な、ひと昔どころかふた昔くらい古いお決まりのフレーズが一行目。それから二行目以降は、この世界の置かれている危機についての説明だ。四行目から、その危機の回避方法について触れ始めている。

 コントローラーを拾い上げて、画面の前に座り込む。リュータが隣に膝をついた。右手親指のあたりに位置するボタンを押すと、メッセージが進行する。この世界を救うために必要なアセンブラ呪文は、きっと君には全てを理解できないだろう。その一文が一行目にやってきた。

「これはありがたいな」

「なにが?」

「プログラミング言語なんてその手の学科専攻じゃなきゃ資料無しに使えるほど覚え込んでる奴は居ないだろ。オレもさっぱりだ。だから正直、世界の呪いやら何やらの根本解決にプログラミングスキルが必要になったら手詰まりだなって思ってたんだよな」

 スマホで調べようにも電波入らねえし。訊ねてきたリュータの方には目を向けず、画面を凝視したまま言い放つ。

 必要と思しきコマンド自体は全て、このゲームソフトに一通り入力済みである旨のメッセージが三行目以降に記載されている。

 とはいえこんな大きなものを持ち運んで旅などできようはずもない。読んで覚えていられなさそうなところだけスマホで写メっとこう、とスマホをポケットから出したその時、アプリ通知のバイブ音が鳴った。久しぶりのステータスガジェットからのお知らせだ。ステータスガジェットの画面最下部に、ゲームスタートのボタンが表示されている。もしやマップの自動読み込みと同じ感じでこのゲームもアプリゲーっぽく読み込んで変換してくれたのか。早速ボタンをタップした。

「ほ……」

「ほ?」

「hogehogeQuest……」

「ほげ……?」

 なんだよhogeって。何の専門用語なんだよ。プログラマーの常識わかんねえよ。響きの間抜けさに頬が引きつる。

 画面いっぱいに表示されたタイトルロゴ。手抜きタイトルがでかでかと真ん中に陣取り、STARTの文字とCONTINUEの文字がフッターに並んでいる。試しにSTARTを押してみると、たった今箱型テレビで見ていたものと同じプロローグが一文目から始まった。問題なく起動することを確認して、アプリを終了する。

「もうちょっと読み込んでおきたいところはあるけど、だいたい分かった。それより、早めにこの東国領内にある神殿を見たい」

 テレビゲームの方の電源も落として腰を上げ、三人を振り返る。占い師の女性が、私がご案内しますと頷いた。リュータが遅れて立ち上がり、全員で地下室を後にした。

 バグの直接的な原因にならないように何かしらの細工はしてあるだろうと思っていたが、まさかゲームソフトにして置いてあるとは予想だにしていなかった。凝り性なのか、そのわりにタイトルはてきとうだったし、ダイゴの思考がいまいち理解できない。

 タイトル画面がなくいきなりプロローグになっていたが、ひょっとして電源は入りっぱなしの状態だったのだろうか。何百年前だか知らないが、ウリエル暴走直後の子供がこれを触って中を覗き見てしまったという話はきっと、タイトル画面を目にした子供が使い方も分からず偶然触れたコントローラーでSTARTを押してしまい最初の四行が表示されたのを読んだというところだろう。勇者を継ぐとかいう話も、一行目にそれっぽい演出のために書かれた勇者よ目覚めよ的なフレーズを真に受けたに違いない。凝ったの裏目に出てんじゃんダイゴさん。不思議パワーでテレビが作れるならビデオレターでもよかったろうに。

 そして、最初の一ページ目には危機の回避方法――つまり、「デバックポイントでの操作」に関することがファンタジックな比喩表現で表されていた。この部分を一部だけ覚えていた青年が、「悪魔」と呼ばれるほどの強さを誇る少年に情報を洩らしたというところか。

 意訳してみると、簡単にはこう記載されていた。

 この世界はプログラミング言語に近いもので構成・管理されており、基本的には内側からの操作は不可。ただし、勇者パーティを支援するために出現する四箇所の神殿と魔王城に限ってはダンジョン内の一部が開発者向けのデバックポイントになっており、内側からも操作ができるようになっている。

 操作するためには、「この世界のシステム外にいる天使」を召喚して倒すことが必須条件。――召喚というより、正確にはデバックポイントと「システム外」とを繋いだその入り口を塞ぐ役割を担っているようだが――システム外の存在は、それだけで内部の住民と比べ圧倒的優位に立っているため、この世界の住民では倒すことは本来不可能。つまりシステム外……おそらく、日本から召喚された勇者とその一行だけが行えるデバックなのだ。

 だとすれば、天使を食らったとする悪魔の少年の正体は。

「大賢者様」

「え、あ、はい」

 屋敷を出て、ここから最も近い神殿へ案内してもらう道すがら。占い師の女性が俯いて話しかけてきた。

「やはり、これは私たち東国民が出過ぎた真似をしたことに対する、報いの呪いなのでしょうか」

 ただのバグですよと話して通じる相手なら、これほど悲痛な表情で思い悩んだりはしない。自分たちのこれまでの何らかの行動が神によって罰される時が来た、そんな仮説が最有力だと思い込んでしまうような相手に、どう説明すれば不安を取り除けるだろう。

 少し逡巡して、口を開く。

「大丈夫。呪いなんかじゃありません」

 バグ、不具合、プログラムエラー、そういった言葉の代わりになる比喩としては何が適切か。足りない語彙力を笑顔で誤魔化す。

「これは伝染病みたいなもの。この世界、特にこの国には元々、こういう病が流行る可能性がありました。先代勇者はその病の原因を根絶するため、「勇者の遺志」を残したんです」

 病気ってことにしてしまえ、で落ちついた。

「しかし「勇者の遺志」は、その通りに実行できる者が現れない限り効果を発揮しません。だからこの国に伝染病が持ち込まれた際に、この国で爆発的に広まっただけだ」

 よしよし良い感じにまとめられた。内心満足していると、一歩後ろをついてきていたリュータが声を上げる。

「持ち込まれた? え、でもユウジ」

 一緒にゲーム画面を確認しておそらく内容を理解しているであろう彼の口を手で塞ぐ。余計なことを言われる前に、耳打ちした。

「勇者の遺志が、勇者ダイゴが残した「バグの解消法」だったことは分かってるな? その道のプロの仕事だぜ、それが原因でバグを生むなんてアホらしいことはしないはずだ。万一誰かが序盤のプロローグを読んじまっても問題が起きないように配慮してある」

 リュータが小さく相槌する。

「バグの原因には、さっき言われてた「少年の姿をした悪魔」が絡んでる。……たぶんそいつは、レツだ」


 前時代に僧侶が試練を受けた場所である冥地の神殿は、師匠から受け取った記憶とは違って崩れかけた廃墟のようになっていた。

「あのゲームの話じゃ、神殿の奥にある祭壇が外にアクセスできるポイントになっているらしいが……」

「これじゃあ入れないね」

 神殿のアクセスポイントを塞ぐ役目を担っている天使が少年によって倒されたのなら、アクセスポイントは今剥き出しの状態だろうと考えていたのだが、ここまで破壊されていては調査は不可能だ。悪魔と呼ばれた少年が意図的にこの神殿を潰したのだろうことが分かる。

「別の神殿を当たるか。ここからだと確か少し南下したあたりに、風雷の神殿がなかったか?」

 冥地の神殿は師匠から引き継いだ記憶と同じ場所に出現したままになっていた。神殿の発生地点に変化がないのであれば、スマホのフィールドマップには未だ表示がなくとも神殿まで自力で移動できるはずだ。

「古い遺跡があるのは確かだが、徒歩では少なくとも丸一日かかるぞ」

 ヴェルターの言葉は正しいのだろうが、どこかでアクセスポイントを見つけないことには記憶操作というその場しのぎの解呪しかできない。東国にはバグで今にも消滅しかけている住民が山といる。一刻をあらそう事態で、その場しのぎもこうなってくると本当に効くのか疑わしいほどである。

「オレが移動魔法でさくっと行ってくるさ。何かあったらスクロールで合流ってことにしようぜ。一枚につき一回限りだけど、四人のMPに紐付けできてるから誰の元にも飛べる」

 行ったことはなくとも座標さえ正確に出せれば術の構成自体は可能だ。皆はとりあえず屋敷に戻って、と誘導しようとしたところで、リュータが腕を掴んできた。

「待って。神殿に行くって、天使を召喚するってこと?」

「ん? ああ、そうなるな」

「おれも行く。……ユウの記憶、ちょっとでも覚えてるなら分かるよね。「天使」が一撃でレベル八十の前衛のHPを全部削りきるだけの技を使ってくることくらい」

 水雹の神殿でおまえ一撃ノックアウトだったもんな。とは言わない。彼があれの攻撃を食らった原因はもとをただせば「ユウ」を庇ったからだ。今思えば、属性の得手不得手もあるのかもしれない。

「おまえは……置いてっても、スクロールでついて来るか」

「スクロールがなくても、自力で追いかけるよ。ユウジを一人で行かせるなんて絶対いやだ」

 仕方ねえな、と苦笑で彼の髪を撫でる。同族と戦わせることになるかもしれないという申し訳なさと、水雹の神殿の二の舞になりはしないかという不安が先立ってリュータを置いていきたかったが、それはこちらの都合だ。彼にとっては手も足も出せない遠い場所でただ待つだけの方が毒になるのだろう。

「じゃあ、オレとリュータで行ってくる」

「強敵なんだろう。オレも手を貸そう」

「無論、私もお供します。ユウジ様」

 リュータに続いて、ヴェルターとノアまで名乗りを上げた。

「あ、ありがたいけど、誰か残って東国の様子見ておける奴いないと……」

「なら、これを彼女に使っていただきましょう」

 言ってノアが占い師の女性に視線を送る。ノアの懐から出てきたのは、布切れで作られた丸いものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ