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お荷物くんの奮闘記  作者: seam
17/26

act.17

 先日師匠から引き継いだ記憶の補足事項として、勇者ダイゴの抱えていた疾患の話を聞いた。ダイゴはこれまでの情報からして、おそらくエンジニア職の社会人だったのだろう。それも、扱っていたプログラミング言語から考えて、十中八九ゲームプログラマーだ。

 こちらの世界の情報を一切知らない師匠は「世界の根幹に関わる法則をダイゴは自在に操っていた」と言うが、名前からして日本人と思われるゲームプログラマーのダイゴならばこの世界にやってきた時点で、この世界の“ゲームっぽさ”にいち早く気付いたはずである。

 師匠から引き継いだ記憶の中に、謎の文字列の飛び交う神殿で文字列を操作してトラップを解除したというものがあった。あの神殿の情報があったからこそ、東国に発生している世界の呪いがまるでSFの世界で起こるバグのようだとすぐに連想できたのだ。

 憶測ではあるが、「世界の根幹に関わる法則をダイゴは自在に操っていた」という点からして、この世界のどこかには文字通り世界の仕組みをそのままデバックできるポイントがあるのではないだろうか。奇しくもプログラミングの知識のあった勇者ダイゴは旅の途中で偶然そのデバックポイントにたどり着き、手を加えることで何かを変えようとして、奇病とも呪いとも取れるバグに感染してしまった……そう考えるのが自然な気がする。

 当時ただの魔法使いだった師匠には、その頃まだ魔法を作り出す能力などなかった。既存の蘇生魔法では蘇生できなかったというのも、おそらくは仕様外のゲームオーバーになってしまったがためだろう。

「何か思いついた顔してんな」

「いや、何の解決にもなりそうにないんだけどな」

 勇者ダイゴの感染について推察してみても、呪いの解呪自体にはほとんど役には立たない。推測通りデバックポイントがどこかにあったのだとしても、この広い大陸からそれを探し出すのは至難の業だろう。たどり着けたところで、プログラミング言語など自分は分からない。

「ってことは、解呪方法は師匠もわからないか」

「だな。しかし、国内に多発するノイズワープゾーンってのはまた別だ」

「違うのか?」

「オレが解決できなかったのは、呪いの完全無効化と呪いによって消滅した人間の蘇生だ。それ以外はなんとでもなる。ノイズワープゾーンはただの土地の病気みてーなもんだし、ちょっと座標をいじってやればいい」

 続けて、師匠がワープゾーンについての説明を始めた。術式じみた解説ではあったが、教えられるそれらはx軸y軸だのとまるで高校数学だ。一番最初に教わった、脱出魔法の座標設定と基本的に同じ仕組みのようである。自然発生したワープゾーンについてはまさしく「バグ」だったようだ。

「人体に移った呪いも、呪いの原因になっているそいつの記憶の一部分を隔離すれば解呪できる」

 死にさえしなけりゃな。彼が付け加えた。

「記憶の隔離はそん時またオレ様がどうにかしといてやるよ。座標修正は、ダイゴと同じ世界から来たおまえさんの方が向いてんだろ。修正できるとこまで導いてやるから自分でやってみろ」

「オレ、今初めて師匠のこと尊敬してる……」

「初めてっておまえな」

 東国の呪いを解く件についても、根本的な解決にはならないにしろ呪いを受けた人間を救うことと、国中に発生するワープゾーンの対処方法を得ることができた時点でほぼ達成も同然だ。それだけでも充分に恩は売れる。

 作戦会議はリュータが帰ってきたことによりいったん中断となった。起こした火を囲んで久しぶりに二人で食事をとる中、今後の流れについて彼におおまかに説明を済ませておくことにする。

「リュータ、今日はオレが火の番するから、おまえは寝ていいぞ。交代もなしだ」

「えっ、どうして?」

「東国の呪いを解く手段と、あっちまでひとっ飛びできる魔法が習得できそうなんだ。時間が惜しい。ていうか、今夜は邪魔すんなよ」

「……はあい。でも敵が来たらおれが戦うから、ちゃんと起こしてね」

「そこはおまえを頼るさ」

 すぐに感情が表情にでるリュータは、素直に頷いておきながら子供っぽく唇を尖らせている。

「リュータ」

「なに?」

「あ、……いや、えーと……なんでもない。風邪引かないようにあったかくして寝ろよ」

「え? うん……」

 いざ行動に移そうとしてみると、意外とかける言葉が思いつかないものだ。彼が会ってこのかた約十年、一度も風邪を引いたことがないのくらい知っている。そんな心配のされかたなど予想外だったのだろう、リュータも首を傾げた。


 リュータが休んだのを確認して、念のため催眠魔法を彼に重ね掛けする。準備が整えば、次は師匠と脱出魔法改造の作業だ。

 ついでに使用済みコアスクロールと市販のスペルスクロールもいくつか用意して、大賢者オリジナルスペルスクロールの作成も提案してみることにする。

 がらくたに魔法を込めて生計を立てていた時期もあったらしい師匠はそのアイデアに乗ってくれた。言われる通りの魔法の構成を組みながら、手元からは視線を逸らさず隣で指示する師匠に声をかける。

「師匠さ」

「おう」

「その……ダイゴさんとはどういう関係?」

「直球だな。なんだ藪から棒に」

 この話を持ちかけることも、予定通りだ。師匠は術式の校正指摘を続けつつ、話半分に会話に答えてくれる。

「あそこまで先代勇者のこと聞かされりゃ気にもなるだろ。その……恋人とか、だったりする?」

「さあなあ……あいつがどういうつもりでオレに手出したのか、そういや結局聞かずじまいだわ」

「手」

「おい、そこ座標より先に読み込み開始の一文入れねえと動かないぞ」

「手、出し、たって」

「ああ? まあなんだ、そのへんは流石に教えてやんねえぞ。おまえさんも男同士のあれそれなんて詳しく聞きたかねえだろ」

「……一緒に暮らすって、まさか」

「んー、いつか帰っちまうの分かってる相手とする約束じゃあねえよなあ」

 あの頃はオレも若かったよ。彼が肩を竦める。

「んで、いつか手放すのが分かってる相手とする約束でもねえな」

 期待させればそのぶん、叶わなかった時のダメージでかいし。へらへら笑う彼を横目に、コアスクロールに魔法を込める作業の手は完全に止まってしまった。……正直、これは想像していなかった。

「今でも」

 計画が台無しになるかもしれない焦りと、少しの期待が入り交じる。

「好きなの、ダイゴさんのこと」

「……どうだろうな。ろくな人間じゃなかったオレを、ぎりぎりまともなとこまで引き戻してくれたのがダイゴだ。特別な感情がないわけじゃない。けど」

 よくよく見れば自分と似た顔をしている小さな手乗り師匠が、諦観じみた笑みを浮かべた。顔の作りは似ているかもしれないが、やっぱり別人だ。今の自分に、こんな表情ができるとは思えない。

「もういいんだよ、今更恋人ごっこしたって仕方ねえし。あいつを蘇らせたかったのも、単純にあいつに一言文句言って……気付かねえうちにオレたちが色々背負わせちまってた分から、解放してやりたかっただけだしな」

 別人なんだ。分かっていたその事実が、胸の内を抉っていく。

「……じゃあさ」

「へいへい、次はなんだ。手止まってるぞ」

「リュータ……あいつのことは」

「ん?」

「ウリエルのことは、どう思ってる?」

 本題を口にする。師匠は黙り込んで、手を動かせとも言わなくなってしまった。

「なあ師匠。あとひとつ、頼みがあるんだけど。……リュータと会ってやれないかな」

 彼は一度、この姿は他人には視認できないと言って他者と関わるのを拒んでいる。しかし、先ほど言質を取ったばかりだ。一人だけ、よりしろとして乗り移ることができる人物がいることを。

「オレの体使っていいから。リュータと話してやってくれよ」

「……いいんだな? 今度こそ、返さねえかも、しれねーぞ」

 黙りこくっていた師匠が口を開いて、告げたのは自分を思いとどまらせようとする言葉だった。それはもとより承知のうえでの頼みだ。

「ああ」

 おもしろくねー弟子だな。彼が吐き捨てる。

「分かった。それ終わったら、……交代だ」

 手元のコアスクロールを指して、スペルスクロールの束の上に立っていた師匠がこちらに歩み寄ってきた。

 リュータがオレじゃなくて、「ユウ」を望んでも。もしそれで、返してもらえなくなっても、別にいい。

 オレが「ユウ」として、あいつを幸せにできるなら。

 本当はとっくに気付いていた。その感情に名前をつけて認めてしまうのが恐ろしくて、結論をここまで先延ばしにしてきて。結局すべてをリュータに委ねる自分は、やっぱり卑怯者なんだろう。


 幼い頃、自分は魔法使いだった。

 小学校に上がったばかりのリュータは何をするにも自分のあとにくっついてきていて、そんな彼が昔から可愛くて仕方なかった。リュータを家に招いた時、母親が見栄を張って出したマロウブルーティーの色を変えるのを目の前で実演してみせたところ、目を丸くして歓声を上げた小さな弟分をもっと驚かせたくなった。知ったかぶりをするためだけに図書館に通って、本を読んで、父親のパソコンを使って調べたりもして、気付けばちょっとした雑学王になっていた。

 原理がわかっている者にとってはなんということはないものごとのすべて、年下のリュータには奇跡を起こしたように見えたことだろう。

 彼とよく一緒にゲームをするようになってからは、リュータの反射神経がおそろしく良いことや飲み込みが早い点に対抗できるように必ず攻略サイトを複数巡回し、プリントアウトして仕様を覚え込むことで彼よりも一歩先んじる努力をした。

 そんな地道な日々の努力をリュータは知らなかったことだろう。プレイデータを二人で分けてRPGのテレビゲームを進めている時、ふと彼から「魔法使い」だと称されたことがあった。操作キャラクターの名前を変更する時のことだ。

「デフォルトの名前でもいいけどさ、おまえのデータなんだから勇者の名前くらい「リュータ」にすれば?」

「そっか。セーブデータ読み込む時、ユウジのデータとわかんなくなっちゃうね」

「オレのは勇者「あたま」だけどな」

「なんであたま?」

「入力キーパッドがあ行、た行、ま行で並んでるだろ。てきとーに一列選択しただけ」

 ほれ、と彼のコントローラーを奪って、オプションで勇者のプレイヤー名を「リュータ」に変更してやった。その直後、一階の母親から呼ばれて一度席を外した。「買い物に行ってくるけど、竜太くんおやつ何が良いか訊いておいて。欲しいものがあったら携帯に連絡してね」とのことだ。

 戻ってくると再び戦闘に入っていたゲーム画面には、先ほど変えてやった勇者の名前――リュータと、魔法使いの名前が表示されていた。

「いや、なんでわざわざ魔法使いオレの名前に変えてんだよ。それこそデフォルトの「マルク」でいいじゃん」

 言いつつ隣に腰掛ける。一緒が良いとかいう理由なんだろうなとなんとなく推測してにやにやしながらからかい口調で指摘したはずが、リュータはその時だけ、見たこともない優しい目で笑って返したのだ。

「おれの魔法使いはユウジだよ。ずっと」

 小学生のその笑顔がどこか大人びて見えて、思わず目を逸らした。気恥ずかしくて見ていられなかった居心地の悪い感覚は今でも覚えている。

「もうそろそろ魔法使いはやめてくれよ。種明かしだってしてるだろ?」

「でも、ユウジ以外の魔法使いなんておれはいらない」

「まあゲームだし好きにすりゃいいけどさ」

 どうして今になって、こんなのを思い出すんだろう。彼が望む魔法使いは本当は自分ではなくて、自分の向こうにいる別の誰かで。彼の望む魔法は、自分なんかが起こせる程度の低い奇跡とはほど遠いものだったのに。

 気付いていなかったのは自分の方だった。ふいに大人びた笑顔のわけも、魔法使いに拘った理由も、今なら正解に手が届く。今さら、だ。

 師匠は――ユウは、もうリュータには会っただろうか。あれからどれくらいの時間が過ぎたのか、夢の中を漂うような中では見当も付かない。

 あれでリュータは疲れているだろうから、できればすぐにたたき起こすようなことはせず朝まで見守っておいてほしいものだが、この場所からでは口出しもできそうにない。自分のものだった手で、彼の頭を撫でて、話があるから起きろと声を掛けて。目を覚ますリュータは、それが今まで十年ぽっちを一緒に過ごしたユウジではないことにすぐに気付くだろうか。前世の記憶を思い出したのかと喜ぶに違いない。その代わりに現代での記憶が曖昧になったとかなんとかでうまいとこ誤魔化してくれればいいが、師匠のことだから何もかも打ち明けてしまいそうだ。

 自分のものだった口で声で、何を話すだろう。すれ違ったまま長い時間を後悔とともに過ごしてきた二人は、次に会う日が来るのなら話したいこと、訊きたいこと、来ないと諦めながらきっと山ほど用意していた。満足のいくまで言葉を交わして、そうしてひょっとしたらそのまま、互いに触れ合うのかもしれない。

 リュータ。今はちゃんと笑えてるか。あんな、絶望でぐちゃぐちゃになった上で遠くを見つめるみたいな、寂しい笑顔なんかじゃなくて。

 二人並んでテレビゲームに熱中する、過去の記憶に意識が重なる。

「おまえの魔法使いは、ユウジじゃないだろ」

 夢の中みたいなものだからだろう。あの頃小学生だったリュータに、中学に上がったばかりの自分として言葉を紡ぐことができた。

「「ユウ」に、しなくていいのか」

 リュータが目を見開いた。けれどすぐに表情は和らいで、彼は小さく首を振る。

「ユウじゃないよ」

 記憶の中に、こんなシーンはなかった。自分の脳みそが勝手に生成しているのであろう九歳のリュータは、コントローラーから手を離してそっとこちらの手に右手を重ねてきた。

「ユウジ、でいいんだ。……ううん、ユウジがいい」

「……深層心理って怖えな」

 妄想の産物でしかない九歳児相手に微笑まれただけで、たまらなくなる。胸が痛むのは十中八九罪悪感が原因だ。ユウじゃなくて、ユウジがいい。――選ばれる自信も根拠もどこにも見あたらないから、彼に言ってみてほしかっただけだ。

「ユウジ」

「ん」

「おれはリュータだよ」

「知ってる」

「ウリエルじゃないよ」

「……知ってる」

 ウリエルは、ユウのものだ。どうあがいても自分の入り込む隙などない。だからこうして未練がましく夢で描いているのは思い出の中の「リュータ」で。

「ユウジも、ユウじゃないよ」

「それを、……おまえが言うのか」

 言わせているのは自分の深層心理。分かっていて彼を責めるような口振りになってしまう。

「帰ろう。一緒に。おれ、このゲームの続きが知りたいよ」

「リュータ?」

「結局、魔王は倒さないままだったよね。ユウジのデータも、おれのデータも。……帰ったら三スロット目のセーブデータ使って、最初から始めよう」

「帰るって」

「おれね。旅も、ゲームも、ユウジと一緒じゃなきゃやだよ」

 霞がかっていた思考がクリアになっていく。ホワイトアウトした視界が再び機能するようになった時、目の前にあったのはリュータの肩だった。

「……ん?」

「おはよう、ユウジ。ここどこだか分かる?」

「分かるか」

「東国の門前だよ。移動魔法使ってここまで戻って来れたんだ」

「あー?」

 寝起きの低血圧に揺り起こされているような心地だ。実際は揺り起こされているのではなく、リュータに背負われているようだが。

 そこでやっと、何が起こったのかを理解した。どういうつもりだかは知らないが、彼はユウではなく、自分を選んだのだ。

「……会ったんだろ」

「うん」

「なに、話した」

「約束守れなくてごめんねって言って、ユウもおあいこだって言って、それだけ」

「それだけって」

 あとはユウと二人で移動魔法を使ってここに飛び、ユウジと入れ替わるために意識を手放した身体を荷物と一緒に門の中まで運んでいるということだ。経緯も確かに気になりはしたが、そんなものは後回しでいい。彼の肩に額を預けたまま、耳元に呟く。

「おまえ……それで、よかったのかよ」

 ずっと待ち望んでいた人との再会だ。かんたんに手放してしまうなど、考えもしなかった。

「うん。だってユウジが言ったんだよ。おれはおれだからって。ウリエルはもういないんだ。おれはリュータで――ウリエルならユウを選ぶかもしれないけど、天城竜太は、渡部勇次を選ぶよ」

「ほんとおまえは……」

「うん」

 せっかく会わせてくれたのにごめんね。リュータが肩越しに少し振り向いて、笑う。

「ユウジ。これからも、よろしくね」


 入れ替わり騒動と改造魔法でMPを使い切っていたからか、身体がやけにだるかった。普段ならさっさと降ろせとリュータの背中から飛び降りていたところだが、今回はヴェルター達との合流まで彼に甘えようと思う。それ以上の意味はない。断じてない。

 中学の三年間使い古された黒い学ランは、襟元が擦り切れている。今は見えないが袖口も。自分の知らない「学校での」リュータとずっと一緒だった制服は彼のにおいがして、なんとなく頬を寄せたくなった。目を閉じればまたそのまま眠ってしまいそうだ。ここはきっと、世界一安全な場所。彼の太刀打ちできない敵がやってくるなら、それは世界の終わりを意味するだろう。どこに逃げても仕方ない。

 絶対的な安全が約束されている場所ってこんな眠くなるものなのか。落ちる瞼に小さく笑う。

「腑抜けた顔だな」

「うおっ!?」

 突如頭上に降ってきた第三者の声に思わず退けぞった。背中から落ちかけて、リュータの腕によって頭からの落下はどうにか阻止される。笑いを堪えるヴェルターの顔で、完全に目は覚めた。

「あ、ユウジ。合流できたよ」

「もっと早く言え」

 合流してから言うな。待っている二人が見えてきたら声くらい掛けろよ恥ずかしい。うわ今めっちゃうっとりしてた気がするやめろ忘れろ。

 リュータの背中から降ろしてもらっても、何故急に自分が不機嫌になったのか彼は分からなかったらしい。首を傾げている。本人に見られなかったのは不幸中の幸いである。

「ユウジ様、よくご無事で!」

 駆け寄ってきたノアに曖昧に笑みを返す。ノアには見られていなかったようだ。セーフセーフ。あとは見られたヴェルターからどう記憶を奪うか。後頭部殴るか。勇者の剣で。

「貴様らが居ない間にあらかたこの国の内情は調べておいたが、オレやこいつではお手上げだったな」

 こちらの殺気をスルーして、ヴェルターがノアを指す。自分たちが北へ飛ばされていた間、追いかけねばと慌てふためくノアをうまく言いくるめて先に国内の調査を始めたのは彼の判断によるものだったようだ。後頭部殴るのはよしておこう。

「宿にも従業員がいない状態だ。町にいるのは呪いとやらを受けて余命いくばくかの者か、国外に逃れられない事情のある者だけ。貴族はほとんど国を捨てて逃げているな。使者を送ってきた王家直属の占い師一族には、「大賢者」が不在だったからな。まだ話は聞けていない」

 つまり、一番最初に話を聞くべき相手とはまだ接触していないということか。ここまで道案内をしてくれた使者はといえば、先にそちらに戻っているようである。

 扉の開け放たれたまま誰もいなくなっている宿の一室を拝借して、先に荷を解いていた二人とは反対側のベッドの上で荷物を下ろした。

「だが、呪いの元凶らしい情報なら聞いたな」

「原因特定できたってことか?」

「いや……真偽は分からん」

 ヴェルターの話によると、東国に呪いが蔓延しているのは天罰なのだとまことしやかに伝わっているらしい。

 東国には「神の怒り」によって世界が焼き尽くされる以前から、国を救った勇者との約束事が取り決められていた。「勇者の遺志」と呼ばれる封印されたそれを、来るべき時まで守り、必要な人へ明け渡すようにというもの。しかし、「神の怒り」から避難すべく勇者の遺志の封印されたシェルターの中に語部一族が避難した際、勇者の遺志に一部触れてしまった子供がいたのだそうだ。

 子供は遺志に触れたことを話すことなく成長し、青年になった頃、突然自分が勇者を継ぐのだと言って外に飛び出していった。その後青年がどのような経緯を辿ったかまでは現時点では分からないが、青年が国に戻った時、付近の神殿に出た悪魔の話をして呪われ、命を落とした。呪いが国内に多発するようになったのはその頃からだという。

 一般人から聞いた話だとずいぶんファンタジックな表現になってしまっているが、神の怒りというのはおそらくリュータ……ウリエルの暴走だ。ウリエルによって大陸が焼き払われた際、勇者の遺志とやらの保管された場所を避難所に使ったことで子供がそれに接触。勇者の遺志に触れることによって得られた何かしらの情報の一部を外に持ち出し、どこかでバグを発生させるような世界の真理にあたる部分にたどり着いてしまった。そしてバグを持ったまま帰国しこの国に広まった、というところだろう。なんというか、うちの子が大変ご迷惑をおかけしておりますな気分だ。神の怒りがどうこうと表現されたおかげでリュータはその天災が過去の自分の行動を言われているのだということには気付いていない。うっかり気付かれたら罪悪感で塞ぎ込んでしばらく使い物にならなくなりそうなので、ひとまずは気付かないままでいてくれるとありがたい。

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