act.14
用意の良いことだ。そういうことなら頼む、とノアの方へ向き直って、ひとつ付け加える。
「あと、条件っていうか、頼みがあるんだが」
「なんなりと」
「大賢者様とかじゃなくて、名前で呼んでくれよ。オレはユウジ、だ。できれば敬語もやめてほしいけど、難しかったらそれは追々で」
どうも従者然として来られると、自分が彼の尊敬する大賢者本人ではないことに罪悪感を覚えてしまってよろしくない。だいいち自分のような一般市民的外見の男に美形が従っている様子など、街中では目立ってしょうがないだろう。
「承知しました。ユウジ様」
やはり敬語の改善はすぐには難しいようだ。大賢者様呼びでなくなっただけでも大分ましなので、とりあえずはこれでよしとする。
「今日は出発の準備でもして、明日発つんでいいか?」
「部下に話しておくこともある。明日になるなら、それで構わん」
「おれはいつでもいいよ」
「……それではそこの護衛の分も含めて、自分はお部屋の用意をいたします」
特に荷造りの必要のない自分達はすぐにでもここを発ってよかったのだが、出発を明日に延ばしたのには理由がある。あの部屋の蔵書をある程度チェックしておきたいのだ。
世界の呪いとやらが師匠の時代に既に存在していたのかどうかも気になるし、それに関する覚え書きでも見つかれば東国到着前にある程度の対策を練ることができる。
就寝ギリギリまではあの図書館もどきを調べておくつもりである。
「あっ、おれユウジの部屋じゃだめ?」
「ん? ああ、無駄にでかいベッドあるしな、おまえ一人くらいなら別に大丈夫だろ」
「うん! えっと、ノアさんだっけ。おれの部屋はいいよ」
ノアが小さく会釈して、その場を後にする。かすかに舌打ちが聞こえたような気がしたが、深く考えないことにした。
「リュータ、この世界の文字は読めるか?」
「難しいのは分からないけど、簡単な文章なら大丈夫」
「よしよし。この部屋から探してほしい本があるんだ、今から手伝え」
「はあい」
部屋に戻って早速、彼にも手伝わせて蔵書チェックを始めた。世界の呪いとやらがどんな症状を起こすのか、東国の使いとしてやってきた男におおまかに聞くことはできた――というより、実際に見せてもらった。男もまた呪いの発症者であり、ほんの小さな症状ではあったが、腕に巻かれた布の下には確かにそれがあった。
呪い、と称されたそれは、SFなんかでたまに見かけるものだった。人の体の一部がひび割れたように映り、割れ目はノイズが走ったようにゆらめいて、英単語――おそらく、プログラミング言語がノイズの中に見え隠れする。
たとえばこれが未来の世界で、登場人物はすべてホログラムとアンドロイドだったと言われればこの症状を「故障かバグだろう」と断言したに違いない。
そして不具合であれば、メンテナンスのスキルを持ったエンジニアが適切なプログラムの書き換えを行うことで解決する。しかし、この世界はアンドロイドどころか電気も電波もない世界なのだ。
文明レベルは中央都市の一部を除いてほとんど中世ヨーロッパである。もっと根本的な要因があって、そこへ土を被せた上に中世風の文明が勝手に築かれたと考えるべきか。
その手の創世系の話になってくるなら、世界の呪いという名称で呼ばれていなかったにしても師匠の時代にも確実に症例は存在していたはずなのだ。
言っても理解しないだろうリュータには「呪い」「異世界」「言語」に関する本があったら全部机に持ってこいとだけ告げて、選別は自分で行うことにした。
黙々と選別作業を行いながら、夜が更けていく。リュータが四冊、該当の書物を持ってこちらにやってきた。
「ユウジ、おれが見てた棚はこれだけだったよ」
「サンキュ。眠いならもう寝てていいぞ、オレもてきとーに休む」
「うん。無理はしないでね」
集めた本を机に置いて、リュータがベッドに潜り込む。言語を用いない魔法詠唱。呪術と魔法の対応関係。詠唱言語の地域差。会話で構成する魔術。彼の持ってきた本をチェックしていくが、欲しい情報は見あたらなかった。会話で構成する魔術ってすげえな。今回の件には関係なさそうだが、東までの旅に持って行って自主勉強することにしよう。
八割方探し終えて、めぼしい本をまとめると全部で五冊になった。加えて先ほどの自主勉強用の本、計六冊を持参することにする。
オレも寝るか。ベッドの方を見ると、リュータが端に丸まって眠っていた。真ん中に大の字で寝られると困るが、それほど遠慮しなくても大人二人が余裕で就寝できる広さの寝台である。こいつ他人と寝るのとか気にする奴だったかな。苦笑で隣に入って、明かりを消した。
ずいぶん長い旅になってしまった。スマホの日付が一向に変わらないものだから、こちらの世界へ来てから何日が経過したのかも正確には分からないが、一ヶ月は確実に過ぎている。
最初にスマホのマップ機能を知らず、ダンジョン内をカメラ機能で撮影しながらマッピングをしていったこともあった。二週目向けのような隠しボスをリュータがあっという間に倒してしまって驚いたが、彼が本当に周回プレイヤーだったことを思うとあの結果は当然のことだろう。
あれこれ考え始めてしまうとなかなか睡魔がやってこない。意図的に何も考えないようにしていると、隣で寝ているリュータがもぞもぞと動いた。便所なら部屋を出て同じフロアにある。教えなくても分かるだろうと狸寝入りを決め込んで、……ふと、唇に何かが触れた。
吐息が鼻先を掠める。キスされた? 誰に。この場にいるのが彼だけであることに、鈍った思考がやっとたどり着く。
寝ぼけてんのかな。自分も半分意識を手放しかけていたからか、嫌悪感はない。ごめんね、とほとんど声になっていないリュータの言葉が耳に届いた。
「……好きだよ」
聞いてはいけないものを聞いてしまった、かもしれない。眠りかけていた頭は一気に覚醒するが、ここで身を起こしてしまったら面倒なことになりそうだ。
おまえ、「ユウ」のことそういう感情で、好きだったのか。オレ似てんのかな。……寝ぼけて間違えるくらい。
好きだとは、絶対に伝えられないのだと以前彼は言っていた。まるでその相手が今も生きているかのような口振りをしていたが、それはきっと自分に気を遣わせないためだった。想いも、謝罪も、もういなくなってしまった人になんて、伝えるすべはない。普通なら。
オレは、知っている。リュータが今も想っている相手の居場所を、伝えられる可能性のある手段を。
こうおせっかいを焼きたくなってしまうのは、自分にとっても彼が大切な弟分だからだろう。
彼はこれからも、恋心を宝物にして生きる。愛する誰かの面影を持った自分の隣で、ずっと。
どうしてか遣る瀬ない気持ちになって、瞼の裏が熱くなる。それは叶わない恋を何年も、何十年も、それ以上の長い間大事に抱え込んできた彼の思いを想像して、ではなかった。
ろくに眠れないまま朝が来た。リュータが少々挙動不審になっていたが、昨晩の行動から推察するに誰かさんの夢でも見たのだろう。夢の中だけが逢瀬の場だとするならそれは彼にとって良い夢のはずで、その影響で始終そわそわしているくらいなら気付かないふりをしてやるべきか。
荷造りを済ませて部屋を出る。別室で休んでいたヴェルターと合流して広間に向かうと、ノアは東国の使者とともに、既にその場に待機していた。
「おはようございます、ユウジ様。出発なさいますか」
「あ、ああ。よろしくな。ここからだと徒歩移動か?」
この拠点が位置しているのは、中央都市からかなり東に進んだ山岳である。国交のない国だとすると、商隊なんかの馬車もほとんど出てはいないだろう。
「さようでございますね。大賢者様であれば飛行呪文で移動もできましょうが、他の者はそうはいきますまい」
いやオレもできないけど。胸中ノアの過剰期待に突っ込みながら、スマホでフィールドマップを確認する。東のエリアへはまだ行ったことがないから、マップの東方地域はグレーアウトしていてあまりあてになりそうにない。運良く道中でマップの更新ポイントが見つかればいいが、そうでない場合はこの東国の使者に頼りきりになる。ペース配分が掴みにくそうだ。
大勢の見送りにひきつった笑みで手を振って拠点を後にする。ヴェルターが何か言いたさげだが、詰られるに決まっているのでそ知らぬふりである。
案内役の話によると、ここから東国までは休みながらの徒歩で二日ほど。途中で敵に遭遇するとさらに時間をロスするだろう。術者の一度行った場所であればノアが移動魔法陣でワープできるようだが――そしてそれを自慢げに話していたということは、おそらく大賢者のオリジナルスペル。自分が師匠であったなら同じく自分も使えたはずの魔法だが――あいにくこの場で東国に滞在したことのある者は案内役の男のみである。
自分が師匠だったら。先日からどうも、その詮無い仮定が頭から離れない。自分が大賢者……ユウであったなら、リュータはどうだったろう。
「ユウジ、どうしたの? 疲れてる?」
「ん? あーいや、昨日の夜面白い本見つけてな、つい読み込んでて寝不足なんだよ」
「……そっか。きつかったらおれ抱えて歩けるから、言ってね」
「さすがにそれは遠慮したい」
落ちたら死にそうな崖で中学生に横抱きにされ無理心中させられかけた恐怖体験を思い出して、思わず青ざめる。結果からしてあの程度の崖なら無事に着地できると確信しての行動だったのだろうことは分かったが、危険がどうこうではなく、四つ年下の弟分の腕の中という点だけでもなかなか情けない。
それにしても、元の世界に居た頃やこちらに来た当初と比べて過保護が増している気がする。確かに昔から心配性だなとは思っていたが、これまで寝不足程度で抱えて歩くなどと言い出したことはなかった。
海岸沿いになる東国への道は、基本的に平地の陸続きだ。東国の領土には小さな離島――東方諸島も含まれているらしく、そこまで足を運ぶとなると海を渡る手段が必要になるが今回はひとまず東の首都に向かうだけである。
湿地の多かった南方と比べて、こちらは荒野ばかり。海に近付くにつれ荒野の比率は低くなるとは思うが、万一トラブルがあって旅程が遅れる場合、食料調達は難しい気がする。持参した分だけで東国へ着けるように注意して動く必要があるだろう。
スマホの表示時刻はあてにならないのが分かっている。出発からタイマーを設定して時間を計算したところ、あの拠点を出てから既に四時間が経過しているようだ。
フィールドマップを確認すると、東国までの直線距離で今のところ六分の一の地点だ。順調に進んでいる。
ファンタジーにありがちなカタカナ名の付けられた平原にさしかかったあたりで、岩場から人型の魔物が襲いかかってきた。人の形に植物の蔓が凝縮されて二本足でのそのそ歩いているような、少々見た目の不気味な魔物だ。
「……物理攻撃の効かない魔物だな」
前衛は請け負うからダメージソースは任せたと言わんばかりにヴェルターがこちらへ告げてくる。リュータも無言で前に出て、白亜の剣を構えた。
ここまでリュータのレベルごり押しで進んできたから気にも留めていなかったが、こうもRPGの世界そのものだとやはり術攻撃しか効かない相手、物理しか効かない相手、さらに細かく分けると斬撃無効や打撃無効なんかの耐性持ち魔物も存在するのが当然だ。そういうことならと火属性魔法を構成しようとして、ノアに静かに制止される。
「大賢者様はお下がりください。この程度の相手など貴方のお手を煩わせるものでもない。私が出ましょう」
言い切って、彼が前衛すら押し退けた。前衛なしでどうやって魔法を構築するんだと突っ込む隙もなく、炎の魔力を手に纏わせて彼が腕を一振りする。炎の中から突如現れた赤い槍が、火炎の軌跡を描いて蔦の魔物を薙ぎ払った。
「大賢者様の片腕となるべく、魔法戦士としての修行を重ねてまいりました。魔力槍だけであれば全属性、生成が可能です」
蔦の魔物を焼き尽くし、振り返って実にさわやかな笑顔を見せてくる。見ればリュータもヴェルターも言葉をなくしていた。
「残党も全て私が始末いたします」
前衛がこなせて大賢者の魔法も使える実力者。こいつと正面衝突するはめにならなくて本当によかったと、改めて思う。
ノアの圧倒的な火力に助けられ、道中の魔物はほぼ瞬殺。魔物との遭遇はないものとして移動時間が短縮され、あっという間に東国付近まで到達してしまった。
徒歩で二日かかる距離を、一日で三分の二ほど進んだ。一晩野宿して、明日の正午には東国まで到着することだろう。
道すがらノアの魔力槍についてそれとなく聞いていたが、槍自体は彼のオリジナル形状らしい。元々は大賢者によって開発された魔法で、前衛を担えない後衛のための術というよりは前衛一人しか居ない状況でも物理攻撃無効の相手にダメージを与えるために作られたのだそうだ。
詳細を訊いてきた自分に対し、ノアは勝手に術を改造したことを咎められたのだと勘違いしかけて一騒動になった。どこまでもどん底へ落ち込みそうだった彼に、むしろどんどん改造して戦闘に役立ててくれとうっかり口にしてしまう。途端元気になったノアによって、昼間から今まで無双状態だったというわけだ。
魔力槍の構成はなんとなく、リュータが一度使ったきり忘れきっているであろうMP消費で武器生成する勇者特有スキルと近い気がする。というより、元々このスキルを研究して作ったものに違いない。
前衛一人しか居ない状況でも、物理攻撃無効の相手にダメージを与えるために作られた。師匠のやりそうなことである。きっとこの術は、リュータのために作られたのだろう。……自分が居なくなってしまっても、勇者が戦えるように。
どう考えても相思相愛だ。身内二人をこう表現すると少々微妙な気分になるが、お互いにお互いが自分のことをどう思っているのか、分からないまま終わってしまっている。それが無関係の自分にももどかしく感じて、それと同時に心の片隅、ほんの少しだけ安堵している。
あのめんどくさい師匠はともかくとして、リュータの恋が叶わないことを喜ぶなんて本当に最近の自分はどうかしている、とは思う。リュータのことばかり言ってはいられない。
魔力槍について、多分おまえも使えるようになる、とリュータに耳打ちしてやった。魔法はあんまり得意じゃないと以前話していたはずの彼は、しかし今回は嬉しそうにはにかんで礼を述べてきた。自分は単純にパーティ戦力の底上げ目的で術の研究に入るつもりだが、彼にとってはそれ以上の意味があるに違いない。課題は山積みだ。
日が落ちて野営の準備をすると、火の番を誰がするか――というより、自分を火の番から外してフルで休ませるか否か――で意見が割れた。ノアが大賢者様に火の番をさせるなど言語道断と宣言、リュータは休ませることに賛成、ヴェルターは興味がないらしく、多数決の結果自分は休むことになってしまった。いや意見割れてないな。自分だけだ反対したの。
ともあれ、今晩は他三名が交代で番をするようだ。目下一番役に立っていない自分が長めに番を請け負うべきだと思うが、それを説いたところで賛同してくれるのはヴェルターくらいのものだろう。無表情で面白がって、周囲と一緒に反対してくるかもしれないが。諦めて火の側に横になる。
最初の二時間はヴェルターが起きている。何度も寝返りをうっていると、火を挟んで反対側に座っていた彼が立ち上がってこちらまで歩み寄る。
「寝ないのか」
「寝ないっていうか寝れないっていうか、色々考えてるとな。……なんか悪いな、代わろうか」
「構わん」
彼が隣に腰を下ろす。つられて身を起こすと、ヴェルターが顔を覗き込んできた。
「憔悴しているようだが」
「そうか? 別にいつも通りだけど」
「……そこの、仲間が気になるか」
視線で指された先には、リュータが眠っている。そんなに分かりやすい動揺だったろうか、鈍感なリュータにばれていない程度で安心しきっていたのが間違いだった。彼がどこまでこちらの内情を推察してきているのか定かではないが、リュータのように何もわかっていないということはないのだろう。
「まあ、気になるっちゃ気になる。まだ全然、分からないことだらけだし……あれで、大切な幼馴染だからな」
「それだけか」
「当たり前だろ。てかそれ以外に何があるって――」
「なら、問題ないな」
だから何の話だ、と聞き返そうと彼の方を向いて、肩を引き寄せられた。顎を掴まれたかと思えば唇に噛み付かれ、言葉は吐息ごと呑み込まれてしまう。
ん? あれ、今オレ何されてる?
停止しかけた思考を引き戻すように、上唇に舌が触れた。口内に侵入してきたそれが、歯列に割り入って口蓋から上顎をなぞっていく。驚きに身体が跳ねたが、肩を抱く腕の強さから逃れられない。
奥に引いていた舌が絡め取られ、きつく吸い上げられる。相手の意図が読み取れず、抵抗する機会を逸してされるがままだ。
長らく口腔を蹂躙してくれた舌が出ていって、やっと解放されたかと目を合わせれば、息の触れ合う距離に居る彼はいつものからかうような笑みを浮かべていた。
「先日の、見返りの件がまだだったろう。これで、取引完了だ」
「……え、あ、はい」
いや、その、言いだしっぺはこっちだな。怒るに怒れない。あーオレのファーストキス、ってわけでもなかったそういえば。二夜連続で男に唇を奪われる状況というのもなかなかできない体験のような気がする。知りたくもなかったが。
あまりの衝撃に、先ほどまでうだうだ考えていたことが頭からすっぽ抜けてしまった。ヴェルターはこちらの反応など気にも留めずに立ち上がり、元居た定位置に戻っていく。これ以上話すつもりはないらしい。こんなことをした後で話す内容も恐怖なのでそれはそれでありがたいけれども。
うん、寝よう。再び横になろうとして、手元に先ほどまでなかったものが置いてあることに気がついた。ホットミルクのようだ。乳製品の入手経路はおそらく、出発前に部下に今後の指示を出していたあの時だろう。こちらが眠れていないのを見て、わざわざ作ってくれたんだろうか。あの男が。
ひょっとして、さっきの流れはこっちがメインか。これを渡すために敢えて? 取引の話無駄にして? いやいや無い。そうだとしてももうちょっと何かやりようがあるだろう。キスまでする必要はない。
悪いやつじゃ、ないんだろうけど。真意の分からないまま口にしたホットミルクは、なんとなく甘かった。
大賢者様、とノアの声で起こされてみれば既に朝食の用意がなされていた。この中で一番頑丈――変則的な睡眠を取ってもある程度なら耐えられそうだ――と思われるリュータが中番で、最後をノアが担当していたのだから彼に起こされるのはまあわからなくもないが、まさか食事の用意まで済ませてあるとは思ってもいなかった。
起きてみればヴェルターもリュータもとっくに起床していて、自分ばかり長時間爆睡していたらしい。
「魚捕ってきたんだ。……いつもユウジに食料調達してもらってたから、木の実や果物はどれが食べれてどれが食べれないのかよくわかんなくて」
「魚の毒の有無については私が確認済です。ご安心ください」
「あ、ありがとう」
海岸は目と鼻の先のようだ。少し海側へ歩いて渓谷を迂回し、東国へはあと数時間もかからないだろう。
「過保護すぎやしないか」
諸手を挙げて賛同したいヴェルターの突っ込みにはリュータがきょとんと瞼を瞬かせ、ノアはまるで聞こえていないかのように綺麗にスルーする。
促されるまま火を囲むと、リュータが隣に移動してきて焼き魚を手渡してくれた。
「食べたら火を埋めて出発?」
「だな。ああリュータ、昨日の話だけど、東国を出る頃には教えてやれそうだ」
「ほんと? ありがとう。でもおれはいつでもいいよ。無理はしないでね」
昨日も聞いたような言葉で締めくくられるそれには、曖昧に頷いておく。サバイバルじみた旅生活もだいぶ慣れたなと思いながら魚を齧っていると、ノアが声を掛けてくる。
「大賢者様。ここから先はどうやら呪いの作動範囲に差し掛かるようです」
「ノア、戻ってるぞ呼び方」
「あっ! 大変失礼いたしました。……ユウジ様、」
「できれば様付けもやめてほしいんだけど」
「それは……ぜ、善処いたします」
敬語もやめろというのはまだまだ難しいようだ。
それはともかく、ここから先どうしたものか。呪いが有効になると言われても、実際にどういう特性がある呪術なのかが分からないことには対策のしようがない。知りすぎることで感染するという話だが、知らないことには解呪も不可能である。
使いの者を見る限りでは、感染から発症まではタイムラグがあるように思える。そして発症してからもしばらくは普段通り動けるようだ。
それなら最悪誰かが感染しても、致死レベルの侵食率になる前に解呪方法が見つかれば問題ない。
荒事になった場合に戦力になる三人には詳細な調査は任せずに、リスクは基本自分が負うとして、自分が呪いによって動けなくなった際に備えて、師匠が単独行動できるような手段を調査と同時に考えておく必要がある。
「感染の条件も分かってるわけだし、進むだけならまあ問題ないだろ」
腕輪に住んでいる師匠が元々まともな人間だったのは分かった。先日のアレで死に様まで把握してしまったわけだが、おかげで師匠の状態がファンタジーによくある思念体か、霊体のどちらかであることははっきりした。どちらにせよ、依り代を用意すればたとえ短時間でも動くことは可能なはずだ。
野営跡の始末を終え、再び東国に向かって歩き出す。先頭を歩く使者は体調が優れなさそうだ。彼には申し訳ないが、東国の出発時に感染したと仮定すると少なくとも感染から四日は通常通り動けるという事実の証明になってくれている。




