act.11
魔王は倒れた。やっと平和な暮らしに落ち着けるというのに、それからユウがこのまま魔王の城に住むと言い出したのには目を剥いた。
彼が言うには、レアな魔術書がこの城に山ほど眠っているかららしい。城内に魔物のうようよしている魔王城は外から魔法で爆破解体してしまった方が良いような気もするが、魔王城の魔術書全てに目を通したいと言い張った彼に仲間たちは根負けして、魔物はしっかり片付けてから魔術書発掘に専念するようにと言いつけて各々故郷に戻っていった。
もちろん魔王を倒してすぐは勇者の凱旋だとしてあちこちの町から祝福されたが、一通り魔王撃破の報告を済ませてしまうともう仲間同士で一緒に過ごす理由は無い。それでも自分は、ユウの側に残った。もとより、自分の帰りを待つような者はいないのだ。どこかの世界でまた自分の――天使の力が必要になるまで、天界へ呼び戻されることもない。
魔術書や魔法のアイテムがたくさんある城は、きっと彼にとって最高の研究施設になるだろう。それらを使って魔法の研究を続ければ、旅の夜以上の成果がきっと上げられる。ユウが取り戻したい大切な人のことも、救えるようになるかもしれない。
そんなことを考えながら、彼の研究を手伝うつもりでいた自分は、ユウが城の魔物を片付けて以降あちこちに出かけるようになって正直驚いていた。
彼なら寝る間も惜しんで城に入り浸り、魔法の研究を繰り返すだろうと思っていたのだ。しかし彼はその予想を裏切って、移動魔法で世界中の国々を回り始めた。
彼に出かける理由を尋ねると、他の国の王様と話をしてくるだけだ、と笑って誤魔化される。魔王が倒れたことは既に世界中に知れ渡っていて、凱旋の際に報告もできている。魔王城の魔物は片付けたから大丈夫だ、みたいな話をするにしても、帰ってくる彼が一瞬だけ見せて隠し切った険しい表情はその予想とはどうしてもかみ合わない。
何をしているのか気にならないわけではない。けれど各国への訪問について考えている彼の雰囲気は真剣そのもので、こういう時のユウは周知が必要だと結論付けてからでないと何一つ話してはくれないのだ。
ユウにとって、ダイゴさんの復活を後回しにしてでもやるべきことがあるのかもしれない。それが落ち着くまでは、きっと今までのようになんでもない話をしたり、おいしいものを食べに出かけたり、気ままな冒険の旅に出ることだってできないだろう。
ユウが頑張っているんだから、おれも頑張らなきゃ。
彼の役目がそこにあるとするなら、自分の役目の本質は人助けだ。これまでで既に野に放たれて野良化している魔物の討伐や、そういった被害に悩む人々のために力を貸していくことにした。
彼と同じに出かけて、帰ってくる自分をユウはどう思っただろう。何も言わず、ただ心配そうに見つめてくることはあったけれど。討伐依頼を受けたり、困っている人の話を聞きに行って力になったり、ユウが頑張っている間は同じように自分も動きたかったのだ。
けれど、そうそううまくいくものでもなかった。勇者の必要なくなった世界では、力なんて恐れられる要素でしかない。最初は喜んでくれていた人たちも、旅の終わりから何年も時間が過ぎると、強さに怯えるようになっていった。優しいひとたちの街では、遠巻きに作り笑いで感謝される。あまり他人と接触しない文化の国では、魔物と同じように怖がられてしまう。
一人だとやっぱり難しいんだなあ、と思った。これまでだって、旅をしていた頃だって、本当ならこうなる可能性なんていくらでもあったはずで。ただ、自分は子供だった。ユウや、仲間たちが、その全てから守ってくれていた。
失敗した。
いつものように人助けに飛び回った帰り道、額から流れ落ちる血を袖で拭う。
今日は、ユウが帰ってきてないといいけど。普段なら彼の帰りを今か今かと待ち望むのだが、今日ばかりはこの怪我を見られたくなかった。正式な勇者であれば基礎的な回復魔法を覚えられただろうが、自分は始めから代用品。回復手段を持たないから、誰かに治してもらうか回復アイテムを使うしかない。怪我をしたことを伏せておきたいユウには無論頼めず、出先で回復アイテムを購入することもできなかった。
魔王を倒したあの旅以降、“いつまでも見た目の変わらない”二代目勇者への周囲の目は、とっくに英雄を見るものではなくなっている。道具屋へ回復薬や止血剤を買いに行こうにも、店主が怯えるのが目に見えていて申し訳ない。天使が成長しないというわけではないが、老化速度は地上の生き物とは大幅に異なる。その法則を無視して肉体に変化をつけるには、一度マムの元へ還らなければならないのだ。
だから、今日出先で怪我をしたという事実を隠し通すためにはユウに気付かれないように城へ戻り、買い置きされているアイテムをこっそり使わせてもらうしかないのである。
それなのに、窓へ飛んでそっと中を覗くと、部屋の中で魔術書を眺めていたユウと目が合ってしまった。普段は帰ってきていたとしても疲れてさっさとベッドに倒れ込んでいる彼が、今日に限って読書とは。自分の運の悪さに顔を顰める。
「おい、ウリエル。その怪我」
帰り道をゆっくり歩いたおかげで、出血はとっくに止まっている。なるべく目立たないように血は拭ったつもりだったが、やはりばれてしまうものらしい。
「……何があったか教えろ」
彼に腕を掴まれて、部屋の中に引きずり込まれる。それからそうっと、彼が魔力を集めた右手を頭部に伸ばしてきた。一定時間の経過した傷を、痕を残さないように治癒するのは普段戦闘で用いるような回復魔法では難しいのだ。
回復魔法の淡い光に照らされたユウは、どう見ても怒っている。誤魔化せばさらに彼の機嫌を損ねそうで、嘘をつくのに自信が無い自分は正直に話すことにした。
自分が度々人助けのために出かけているということは、彼も分かっていたらしい。
今日は、純粋な人間の暮らす里に足を運んだ。この時期は竜種の繁殖期で、子供を産んだ飛竜が子のための食料を捕獲しに巣穴から出てくることが多いのだ。ここ数年で巣穴の近くに追いやられていた人間の集落に狙いをつけた飛竜によって、人攫いの被害が相次いでいたという話を聞いて、住民には何も告げずに討伐に赴いたのである。
業火の飛竜の撃破自体は何ということはなかった。一人で餌も取れない子供は捨て置いても構わないのだが、念のためと巣穴を覗いてみると飛竜に餌として攫われたらしい少女が、巣穴の端に身を隠して震えていた。
彼女の目の前で子竜を倒したのもまずかったかもしれない。少女を抱え、翼を広げて家まで送ってやると、少女の友人らしき少年から石を投げられた。
自分の脳が聞き取ろうとしなかったのか、少年からはどんなことを叫ばれたんだったかあまり覚えていない。
ただ、自分は赤い翼を出したままにしていたから、怖がらせてしまったに違いない。奇しくも倒してきた飛竜は赤い翼を持つ火属性の竜で、恐らく少年からすれば竜も自分も、同じに見えたんだろう。
そこまでを話し切ると、ユウが黙って髪を撫でてくれた。いつの間にか、傷は完全に塞がっている。血で濡れた髪は、彼がいつも言うように撫でやすい頭ではなかっただろう、そんなことを思いながら、ずっと考えていたことが口から零れた。
「おれは、人間でも魔族でもないから、みんなの仲間に入れてもらえないんだ」
時間が流れて、ヒトも町も変わっていく。けれど自分は変わらない。永遠にそのままではないにしても、ヒトにとって永遠と呼んでも差し支えないくらいの長い時間をかけなければ少しも変わることはできないのだ。
「おれが人間や魔族になれれば、地上の生き物になれたら、みんなに怖がられたり、嫌われたりしないんだよね」
今までみたいに、ユウに守ってもらうんじゃなくて。庇護対象ではなく、ちゃんと皆から認められる存在になって、そして彼と対等になりたかった。
「ユウ、おれ、ちょっと出かけてくるよ。……どうすれば天使をやめられるか、訊いてくる。おれ、これからもユウと一緒にいたいから」
髪に触れていた彼の手を両手でそっと外す。彼が目を細めた。
「どれくらいかかるか、分からないけど」
「……わかった。オレが爺になる前に帰ってこいよ」
「うん」
行き先までは告げなかったけれど、ユウは分かっていたはずだ。だから、自分が老いて先に行ってしまう前に、と約束を取り付けてきたんだろう。
「またな」
彼がそう言って、もう一度頭を撫でた。
約束したから、帰ってきた。
ヒトになる手段は、彼が一度否定した“転生”しか存在しない。翼を落としても、天に属する存在であることから追放されても、ヒトにはなれないのだ。
今度はちゃんとユウに打ち明けて、相談しよう。そうして降り立った地上は、何もかもが変わっていた。
自分が帰ってくるのが遅かったわけではない。ユウの種族の平均寿命をしっかり数えて、彼が言っていた期限までには帰ってきたつもりだった。
なのに少しの間彼と一緒に過ごした魔王城は、帰ってみれば跡形も無く消えていた。
城があった場所は地面に大きな亀裂が走っていて、魔王討伐によって栄華を取り戻したはずの魔の種族は忽然と姿を消し、世界の隅で細々と暮らしていた人間だけが、残って。
この世界は、本当に自分が、ユウと一緒に旅をした世界だろうか。
誤って別世界の地上に降りてしまった可能性を考えたかったが、地形が、上空から見た大陸の形が、ぽつんと残されていた輝炎の神殿が、その可能性を否定する。
上空で呆然と地上を見つめていると、飛竜を倒して少女を助けた、辺境の里が目に入る。何年も姿を消していたから、今更この姿で怯えられることはないだろう。状況を聞こうと里に降り立って、あの日業火の飛竜から助けた少女の家に向かう。
少女の家は取り壊されて、資料館ができていた。
資料館なら、ここ最近の時事も分かるはず。入館して知りたい情報の書かれた書物を探すと、再び現れた魔王を新たな勇者が討伐した、という記載を見つけた。
その、倒された、魔王の、名前は。
底のない怒りが全身を支配するという感覚を味わったことなど、生み出されて一度も無かった。悲しさよりも怒りと絶望が頭をいっぱいにして、気が付けば知ってしまった事実を抹消するかのように、手にした書物ごと資料館を焼き払っていた。
辺境の里もヒトも魔も勇者も魔王も、もうどうでもいい。
大切な人との待ち望んだ再会さえ後回しにして、世界のために奔走していた彼が、どうして、殺されなければならなかったのだろう。
彼を殺した勇者とやらが、今どこで何をしているのかは分からない。魔王城が跡形も無く消えてしまった理由も分からない。ただ、彼が正義の名の下に殺されて、その遺体が衆目に晒されたという事実だけは記録に残っていて。
自分に石を投げた少年も、彼を魔王呼ばわりした人間も、救われた事実を忘れた魔の種族も、ぜんぶ、ぜんぶ消えてしまえばいい。
彼を、救えなかった自分も。約束を守れなかった、自分も。
大陸中を焼き尽くしてなお消せなかった絶望の黒い火を抱えて、自分は何度も別の世界を渡るようになった。
どのみち、酷いことをしでかした自分が天界に戻れるわけがない。あんな世界を守らせようとした天界になんて、二度と戻りたくもないけれど。
彼の転生体を探した。世界中を探して、見つからなくて、別の世界に降りて。その繰り返しでやっと出会えたユウは、自分よりずっと小さな子供だった。
「ねえ、君の名前は?」
公園の広場で赤いボールを蹴っていた彼に、膝を折って話しかける。目線があの頃と逆になってしまったのが、なんだかおかしかった。
「おれ? わたなべゆうじ。すぐそこのようちえん、ももぐみ」
彼と出会った頃の自分よりももっと小さな子供が、彼と同じ目で、こちらの問いかけに答えてくれる。
話すの、いつぶりだろう。そう思うと目と鼻の奥がつんとして、視界が滲みそうになった。
「なくなよ、おとこだろ。どうかしたか?」
「ごめん。……またなって、別れたきり、会えなくなった人がいて。その人のこと、思い出してたんだ」
「にいちゃんまいご? こうばんいく?」
迷子、か。そうかもしれないなと思いながら、彼の心配そうな声に首を振る。子供は大人の真似をしてか大げさな溜め息をついて、ボールを足元に転がした。
「そのひと、またな、っていったんだろ。それは、またあおうっていみだぜ」
大丈夫、絶対また会えるから。彼が笑って、背伸びをする。それからあの日の彼と同じように、頭を撫でてくれた。
「あ、5じのチャイム。テレビみるから、じゃあにいちゃん、またな」
ボールを再び手に取って、彼が公園から出て行く。その背中を見送ってから、やっと言葉を紡ぐことができた。
「うん。……またね、ユウジ」
君は何も覚えていない。だから今自分が転生を選んでも、君が怒ったりはしない。
ヒトも魔もないこの世界で、君の側で、今度こそ、同じように。
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明らかに何者かの罠にはまっている。スマホの画面を再び点灯させフィールドマップを見ると、先程まで表示されていた場所から東に大きく離れた地点に現在位置マークが移動していた。
周囲にリュータやヴェルターが見あたらず、自分の現在位置が大幅に異なっていることから考えても、自分だけ別の場所に移されたと考えた方がいいだろう。
「師匠、出てこれるか?」
「おー、また厄介ごとに恵まれたか」
「それ恵まれたって言わない」
呼びかけると、腕輪からは普段通り師匠が顔を出した。ひとまず完全に一人にはならなかったことに安堵する。
「リュータたちと離されちまったみたいなんだけど、師匠これ何の魔法か分かるかい?」
知識の浅い自分より彼に訊ねた方が早い。師匠はしばし考える仕草を見せて、これは迷宮結界の魔法だなと呟いた。
「どうにかして破れねえかな」
「できないわけじゃないが、おまえさんが無理矢理破るには魔力キャパが足りねえな」
回復薬使う前にまた倒れることになるぞ、と続けられる。罠を打開したところにリュータたちが居れば倒れても問題ないだろうが、スマホのフィールドマップ上ではかなり遠くに現在地が表示されている以上、結界の先に仲間が居るとは思わない方がよさそうである。
むしろ、結界から出たら敵の包囲網の中でした、の可能性の方が高い。
「他に方法は?」
「単純。術者を追って妨害する」
「だろうと思ったよ……」
「オレ様が特定してやるから戦闘になったら頑張れよ、これが使えるってことは相手はかなりの実力者だ」
気楽な声で言われてしまったが、師匠にそう言わしめるだけの相手に、未だ一人で強敵と戦ったことのない自分が太刀打ちできるだろうか。気を引き締めて行こう、というところで、ふと彼の様子が気になった。
なんか今日はやけに師匠が優しい気がする。
普段の彼であれば、「探知方法は教えてやる。あとは自分でなんとかしろ」とか言ってくるはずだ。
「……おまえ今失礼なこと考えてるだろ」
「えっあいや別に」
不信感が表情に出ていたのか、指摘されて思わず声が裏返る。
「探知はな、まあ色々方法はあるが、オレがやる方が効率がいいんだ。魔力も要らねえ。構成を見るだけで、糸の先端を見つけるみたいに術者まで辿り着ける」
「オレにもできる?」
「無理だな。このやり方は魔法の考案者にしか使えねえ」
「……まさか師匠」
「ああ、これはオレ様の開発した魔法だからな」
なにやってんだよ師匠。腕輪の上で自慢げにふんぞり返る小さい先生に、溜め息がこぼれる。
「この魔法を選んだってことは、おまえさんだけを狙って仲間と隔離したいんだろうよ。術者に心当たりは?」
「あー、たぶんヴェルターが言ってた、反社会組織……歴史上の大賢者を信仰するやつらだろうと思う」
「大賢者を信仰?」
「あれ、師匠聞いてねえの?」
いつも自分の腕輪に居るものだから、てっきり会話はすべて聞かれているものだと思っていた。加えると彼は、最近どうも眠くてな、とはぐらかしてくる。会話の盗み聞きができるか否かについては否定しないらしい。わりとプライバシーの侵害だと思うんだけど。てかこの腕輪いつ外れるんだ。
「大賢者を名乗る人間を探し出しては本物かどうか判別して偽物だったら制裁を下すみたいな連中でさ、拉致被害も出てて迷惑だから全員捕まえろっていうヴェルターの仕事に付き合ってここにきたんだよ」
「……ほー、そら大層なことで。で、今まさに拉致られかけてるってことか」
「いや、流石にそれはないって師匠。駆け出しのぺーぺーだぜ、大賢者なんて名乗ったこと一度もねえし」
この世界の滞在中に、自分がそんな大層な肩書きを入手できるとは到底思えない。
そこでふと、レツに「大賢者を名乗る師匠がいるなら中央都市では気をつけろ」と言われていたことを思い出した。
「……そういや師匠、会った頃大賢者と呼べとかなんとか言ってなかったっけ」
「そりゃそうだろ。大賢者の肩書きはまだ誰にも譲ってねえ、オレ様の代名詞だからな」
「へー……、……え、まじ?」
「……話半分に聞いてたなてめー」
何も聞いていなかったというわけではないが、どうにも胡散臭さが拭えないこの小さな師匠の言動は魔法講座の際を除いて大ボラかだいぶ誇張した話として頭にとどめているのだ。それを一般的には話半分と言うのかもしれないが。
「オリジナルで魔法を作れんのは大賢者だけだ。この世界には存在しない理を生み出し可能性を創造する、それがオレなんだよ」
なにやらものすごくチートなお人だったらしい。さすがは勇者の剣と一緒に安置されていた腕輪の住民である。
「喜べ。おまえさんは大賢者様に師事して、直々にオリジナルスペルを教わってきてんだぜ」
そこまで聞いて、なんとなくその言葉に引っかかる。
「敵は師匠のオリジナルスペルでこの迷いの森を作ってて、大賢者を信仰してて……?」
「オリジナルスペルは基本公開してねえし、信仰対象はまあ、オレ様だろうな」
大賢者のオリジナルスペル。大賢者だけが知りうるオリジナルの魔法を。
うん?
「……あれ、この状況ほぼ師匠のせいじゃね」
「バレたか」
「バレるわ」
「察しのいい弟子だな」
「舌打ちした今」
ここまでくると流石に、何故自分が仲間たちから隔離されたのかの見当もついてしまう。今まで師匠から習ってきた魔法のうち、スマホのステータスガジェットに表示されない魔法はほぼすべて師匠のオリジナル――ゲームでいうところの裏コマンドだったというわけだ。
敵が本当に師匠のことを大賢者として信仰しているのだとしたら、師匠の編み出したオリジナルスペルのことなど把握済みだろう。そうと知らずにオリジナルスペルを堂々と使いまくる自分。リュータの蘇生にあたり、中央都市でも使った覚えがある。いつどこで見られていてもおかしくない。
言っておいてくれよせめてその辺の事情。実際に魔法を教えてほしいと頼んだのは自分だが、そこは棚に上げておく。
「つまり、オレは師匠本人だと勘違いされてるか、師匠の秘伝の技を盗んだ似非大賢者だと思われているってとこか……」
「だろうな。まあ頑張れ」
「いっそ師匠が出てって説得してくれよ、あっちからすりゃ神様じゃん」
面倒な事態だが、そもそも師匠が出ていって直接説明なり神託を演じるなりしてくれれば戦闘なしで解決するだろう問題のような気がしてきた。しかし、それには師匠が首を振る。
「いや、そりゃ無理だ」
「なんで?」
「オレのことはユウジ、今んとこ、おまえさんにしか見えてねえ」
例外はあるが、この腕輪を装備してるおまえ以外で普通の人間にオレを視認できるやつはいないだろうな。続けられた言葉によって淡い期待が打ち砕かれた。




