act.1
大学に入って時間も融通きくようになったことだし、都合はおまえに合わせてやるよ。
そんなことを言って、受験生である四つ年下の幼馴染が指定してきた日に食事を奢る。そしてゲーセンに連れ回して、家に帰す。彼と同じ小学校に通っていた頃はほとんど毎日一緒に居たが、彼よりも年上の自分は中学高校と綺麗にすれ違い続け、月に2、3日遊べればいい程度だった。
今年中三になる年下の彼、天城竜太は昔から運動能力と反射神経に優れていた。おまえどこの戦場からやってきたんだというほどである。シューティング系はどこのゲーセンに行っても店の最高記録を塗り替えて行くし、夏祭りで千円持たせると射的や輪投げに金魚すくいで大量の獲物を抱えて戻ってくる。
そうしてじっとこちらを上目遣いに見つめてきたら、すげえなと褒めてやるのだ。自分の才能に興味の無い彼はそこでやっと誇らしげに笑みを浮かべる。かわいい弟分なのである。
そのかわいいリュータが、行方不明だ。
「……なんだこれ」
だだっ広い草原の中心でぽつんと立ち尽くす。もしかしなくても、行方不明は自分の方である。
オレ何かしたっけ。
ここまでを振り返ってみる。朝、8時半に家を出て、大学の一限を受けた。木曜日はそれ以降の受講は無いため、十時五十分頃に電車に乗り、古書店に向かった。
何故古書店なのか。単純に、リュータと小学生の頃に一緒に漫画喫茶で読んだ本をもう一度読みたくなったからだ。
あの漫喫はもう閉店してしまって、読むなら隣町のレンタルショップまで赴くか、中古で購入するしかない。もう十年近く前に完結済なのにいつまでも新刊が置いてあるわけがないのだ。
そして古書店で目的の漫画を探してみたが、全巻セットはもちろんのことバラ売りでさえ全冊入手はできなかった。十巻と十二巻、二十五巻と二十八巻が無いのである。そうと分かると途端購入する気が失せて、店内を何の気なしにざっと見て回った。その時、ちょうど昼休みの時間帯に入ったらしいリュータから携帯にメッセージが飛んできた。
『ユウジ今どこにいる?』
すぐに、おまえの中学ん近くの中古本屋だ、と返した。中学生が授業を抜けてくるのは難しいだろうが、この辺りで彼の授業が終わるまで待っていてもいい。
『おれも今行くから店出て待ってて』
行くって、こっち来るのか。昼休み抜けれんのおまえんとこ。よく分からないが、最近はゆるいのかもしれない。
言われるまま古書店を出て、店の横にある駐車場で待った。ほどなくしてリュータが走ってやってきて、ユウジ、とこちらの腕を掴む。どうしたそんなに慌てて。茶化そうとした瞬間、周囲が暗転したのだ。
気付けば一人で草原にいた。ほんの数分前まで街中だったとは思えない大自然が視界いっぱいに広がって、電柱ひとつ見当たらない。
草が足元で青々と風に揺れているが、伏せたところで人が隠れられる丈ではない。近くにリュータが倒れているということはないだろう。
自分だけここに飛んできた可能性もなきにしもあらず。白昼夢か、今朝家を出てきた時点で既に夢の中で、目が覚めればまだ自宅に居ると考えるのが有力か。
考えてみればあの辺りでこんな大自然なんて見られるはずがないし、これは夢だな。夢の中にまでリュータが出てくるとは。目が覚めたら電話でもしよう。
さて、結論にたどり着いたところですぐに起床できるほど自分は器用ではない。夢を見ているということは眠りは浅いだろうが、一人暮らしの自分には声を掛けて起こしてくれる同居人などいないのである。
いつまでも大自然の中でぽつんと立っているのも面白くない。太陽の傾いている方向に歩き始める。
携帯は、ポケットの中に入っているようだ。サイフも一緒に突っ込んでいたはずだが、夢の中でそこまで細かく再現されても意味は無い。歩を進めながらスマートフォンを確認する。電波圏外、電池残量九十八、時刻は十二時四十分。真上に晴れ渡る青空からしても昼だ。
圏外表示ならここがどこなのかも分からないな。十九年生きてきた中で、こんな場所に旅行したことなどない。夢のご都合展開でネット繋がらないかなと念のため確認してみるも、やはりオフライン表示である。
そこでふと、アプリ一覧に見慣れないガジェットが加わっていることに気が付いた。
「……渡部勇次、職業研究者、体力35、魔力5……ステータス画面か?」
渡部勇次は自分の名前である。だが、この携帯に自分の氏名を入力した覚えは無いし、ガジェットをインストールした記憶も無い。というかどう考えても職業体力魔力ってRPGの世界だ。
どうやらこれは、RPGの世界に入る夢のようだ。俄然楽しくなってきた。
職業研究者って、大学生だから研究者なんだろうか。ガジェットをタップすると、詳細画面が表示される。まるっきりゲームのステータス画面だ。体力や魔力、レベルの他に装備品欄や状態欄もある。おそらく状態異常、毒や麻痺、呪いなんかにかかるとこの欄に何かしら表示されるのだろう。
さらにフリックで編成項目に移る。そこには戦闘に自分の名前が「ユウジ」と表示され、二番目以降が七マス分空欄になっていた。
「パーティメンバー自分含めて八人編成できんのか」
八人といっても、戦闘によっては四人でないと動きづらい場面もあるだろう。ガジェットのUI上八人分まとめて表示されたと考える方が正解のような気がする。
こうなってくると、ますますリュータがここに居ないことが悔やまれる。彼が一緒にいるなら、二人でパーティを組んで面白おかしくゲームスタートできたはずだ。
いや待てよ。この草原シーンになる直前まで、リュータは夢に出演していた。脳に彼がいないものと扱われるならともかく、先ほどまで出ていたなら彼が再登場する可能性は高い。
せっかくのRPGワールドだ。このまま寝過ごすと一限に間に合わなくなるかもしれないが、どう考えても一限の授業より夢の方が面白い。今日は遅刻して行くことにして、しばらく夢の世界観を楽しんでみるのもアリだろう。
スマートフォンを弄りながらのんびりと歩く。建物どころかひとっこひとり見当たらないこの世界で、携帯をしながら歩いたところで誰に迷惑がかかるわけでもない。むしろぶつかれる誰かカモン。そろそろ自分以外の登場人物が恋しい。
そんな自分の願いが眠る脳みそに届いたのか、ふと顔を上げると前方に小さな村が見えてきた。その背後には大きな鉱山がそびえている。こちらから見ても田舎町っぽさが滲んで見えるが、この世界の住民と話が出来る絶好のチャンスだ。立ち寄るに決まっている。
何かしらイベントが発生するのを期待しつつ、鉱山麓の町に向かって足を速めた。