4 違うんです
飲み会の席であなたは静かにお茶を飲んでいる。
私がお酒を飲んで甘えることを許してくれる。
知ってる。
相手にされていないんだって。
それでも、やっぱり好きだって思う。
大好きだって……。
ああ、私に希望はありますか?
いつまでこの距離を許してくれますか?
仕方なさげな苦笑と共にタクシーに同乗してくれる。
私は必要以上に酔ったフリ。ねぇ、心配してと甘えてる。
職場上司と部下。
酔うと少し使えない困ったさん。
そんな評価も甘んじて受けよう。
あなたがそっと囁く「大丈夫だよ」その言葉で、私は泣き出しそうになる。
酔ったふりで一歩踏み出そうか?
できない。
それはきっと自分をゆるせない。
もっと、自由になるべきなのか、より自分を律するべきなのかわからない。
心が不安で堪らない。
ぎゅっとあなたが私の手を握る。
なだめるような温もりが罪悪感をかきたてる。
「好きです」
感情が止められず思考の伴わない言葉を紡ぐ。本音が止まらない。
「もちろん好きだとも。ミキはかわいい部下だし、娘のようだよ」
違うんです。
ねぇ。
違うんですよ。
「苦しいなら泣きなさい。ちゃんと約束しよう。誰にも言わないと」
撫でられる背中。あなたのぬくもり。
私は、部下でも娘でもありたくないんです。
そして、今のあなたの視線を失いたくないんです。
本当に私は酷いだろう。
ナオを踏みにじって兄に心配させて死んだ弟をダシに使う。
雨じゃ流しきれない罪深さ。
それでもまだ、諦めきれないんだ。
正しいも間違ってるもわからない。ただただ『違うんです』と頭の中をリフレイン。
夢が終わるタイムリミットはきっともうじき。
だから、一歩を進めていかなきゃいけない。
でも、もう少し時間が欲しい。
弟が死んで、あなたの奥さんがいなくなってもう一年。
それは長く短い時間だから。
だって、私だったら辛い。
一年で他に心を移されたら辛いから。というか、いや。
「ミキ!」
実家そばの公園前でナオに呼び止められる。
彼女くらい作ったのかしら? 私、ちゃんと付き合えないって伝えてるわよね?
「最近はどうだ?」
「山葵粥作ったらセッちゃんに泣かれたかな?」
ユウが生意気だったわ。
「ねぇ、ナオ、私はひどい女だと思うわ」
「知ってるよ」
「最低。そんなことないって否定するところでしょう?」
ちょっと、ひどくない?
「惚れてると知ってるクセにそうふってくるのはひどいだろうが」
そう、私はひどいわよ? 知ってるでしょ。
「そうよ。フってるの。私がナオを選ぶことはないわ」
「ハハ。わかっててもキツイな。好物件だと思うのに」
自分で言っちゃう?
「ごめんナオ。兄弟の延長としか見れない。好きな人が、好きな人がいるの」
たとえ、望みが薄くても。
私はあの人がいいの。
翌朝、エントランスでかち合った。
通勤かばん以外にゆらりと掲げられた見覚えありすぎるきんちゃく袋。
「コレなんだ」
「おばさまのお弁当」
「一緒に駅まで行こうぜ。欲しいだろ?」
「それは卑怯だ!」
だって断りようがない。
自分たち兄妹には上手に出せない母の味。
ナオはフラれたのにいい人すぎるでしょ。
「風邪っぴきにでもなった時に差し入れ頼むって」
「いいけどさ」
「こっ酷くフラれた時に相手がまだなら慰めてやるよ」
それって酷くない?