3 おかあさん
鍵をかける。
嫉妬する感情を、恨む感情を、すべて押し込んで鍵をかけよう。
笑顔で、明るい自分をペタペタと貼り重ねていこう。
本当とか、本物とかワカラナイくらい貼り重ねてハリボテハリボテ。
塗りこめて蓋をして、とざしていこう。
鍵をかけて投げ捨てる。
人生ってそんなもんだ。
『ありがとう。そこに居てくれて』
そう言ったのはあなた。
私はあなたの役に立ちたい。
そして、あなたの眼差しは今、心配そうな色をたたえて見える。
役立たずでありたくないのに動けなくなりそうな自分が怖いの。
何もできない非力で無力な子供でいられる歳でもないことくらいわかってる。あなたが関わるとどうしてこんなに無力を突き付けられる。
ドス黒い感情は鍵をかけて塗り込めたのにどうすればいいの?
じわり染み出す錯覚が怖いの。
怖いの。
どうしておけばいい?
ねぇ、お母さん。
あなたがいないことへの怒りがやるせなさが溢れてくるの。
子供じゃない。守るべき者もある。
それなのにままならないの。
心が凍てついていく。無力だ。悔しいと感じるのはままならない感情が自身で制御できないからだ。
「母さんが恋しいのか?」
唐突にかけられた兄の言葉に首を傾げる。
「寝言で、な」
双子の兄の困った笑顔。困らせたくはないのに。
「……そうね。恋しいのよ。泣いて、怒って、セッちゃんを泣かせてあげなかったのにね。ズルいわよね。先に泣かれれば泣けなかったでしょう」
酷い姉だわ。
妹より先に泣いてしまったんだから。
「傷ついたのは、哀しいのは。遺された者が持つどうしようもない傷だ。時間が癒すものだろ」
兄の言葉がひどく痛い。
ぽんと頭を撫でられる。
マンションの人たちにも助けられたけど、お前が一緒に頑張ってくれただろう?」
そんなことは当たり前だ。
「タカ兄」
ぐっと兄の言葉に目頭が熱くなる。
「ミキが、親戚に連絡入れてくれてどれほど助かったか」
ぱっと笑って兄が続けた言葉に高揚したあたたかい気分が急速冷却される。
「緊急時の連絡網ぐらいわかってなさい! バカタカ!」
兄が楽しげに手を叩いてる。ああ、もう! わざと怒らせたんだろう。
「ナオが心配してる」
そう告げた兄の声は真剣な色が強かった。
ごめんなさい。
きっとちゃんと言葉にして伝えなければいけないのだろう。
ナオのアドレスを選んで通話を選ぶ。
行為は簡単だ。
いつものように。
それなのに、触れる指先が震える。
いつものように心を立たせればいい。
ナオは、ただの幼馴染みだ。
私にとってはそれだけだ。
「やめた」
セっちゃんはユウが支えてくれる。
きっと確認しなくても大丈夫。
少しずつナオから距離をとろう。
それが兄妹と距離をとることでも。