2 好きです
彼との身長差はほんの少し。
私が選ぶ靴はローヒール。
彼との差を縮めていたい。そんなこと彼は気にしてないって知ってるけどね。
彼は私と同じ干支で。
「最近の話題を教えてくれるかい?」って聞いてくるような人。
照れたような困ったような表情が好きです。
彼はオシャレな帽子コレクター。
「直射日光が毛根を痛めつけてる気がしてね」と照れくさそう。
奥さんと山に登るのだと写真をよく見せてくれた。
「君くらいの娘がいたらかわいいだろうなぁ」とあなたは笑う。
私はあなたが好きです。
言葉にも態度にも出さない。
親子というか親戚のおじと姪のような空気で私は振る舞えばあなたが嬉しそうで。
フミが亡くなったころに奥さんが亡くなった。
そっとフミが連れて行ってくれたみたいなんて考えて、すごく後悔した。
私は一体なにを望んだんだろう。
自分の醜悪さが嫌だった。
仲間内で行った誰かの結婚祝いのサプライズパーティー。
「こういう時はもう少し高いと嬉しいねぇ」と周りを見回す。
身長差を気にしないのに自身の背の低さはコンプレックスなのだろう。
だって笑って「背が高いのはかっこいいじゃないか」と口にする。
それなのに、「きっともう少し踵が高い靴を履けば、凄く似合うと思うんだよ」ナイショだよ。セクハラと言われそうだからねともあなたは笑う。
あなたに魅力的に見てほしい。
それでも私はあなたとの身長差を広げたくないと思う。
ささやかなジレンマ。
すぐ隣で食事するあなたを横目に見ながら飲んだ果汁たっぷりのお酒は甘酸っぱい恋の味。
ビールを飲めるようになったけど、やはり苦手は避けたくて果汁多めやや甘めを選んでしまう。醜態は見せたくないから程々に酔ったフリ。
あなたのそばに酔いました。
簡単に「好きだ」なんて伝えるのは寝言くさくて言い難い。
そばにいるのがあたたかい。
そんな寝言を繰り返すのがナオだけど。
セッちゃんは大人になるけど、フミちゃんはもう大人にならない。
「好きだ」と告げられる心に「好きよ」と寝言を返す。
その言葉に温もりと絆を感じてるなら、弄んでいるのは私。
どんどん私の心が冷えていく。
まっすぐに好きと伝えられてもそーいう意味ではナオはタイプじゃないのよ。
そっと断られてるのを理解して。
懐かしいフミちゃんの写真。
きっと言い訳に使ってるって知ったら怒るわね。
でもその怒りは私には届かない。そんな哀しい距離感。哀しい心を打ち払うにはまだ時間が足りないの。
それでもいない時間が普通になっていく。
当たり前になっていく。
ナオが好き。
きっとそれでいたら普通に素敵な恋人になれるでしょう。
支え合って愛し合って喧嘩して仲直り。
それでも、大切なラインをこえる想像ができないの。
いてくれてありがとう。
あなたの存在に救われる。
でも、それだけ。
私はどこまでひどいのかしら?
「好きです」
声に出さずそっと伝えたあなたの背中。
あなたの中で私はきっとどこまでも未熟な雛鳥。
あなたの元に羽ばたきたいのに私の翼はそこまでたどり着けない。
ムスメのようだ。なんて笑わないで。
私はあなたの娘じゃない。
どうか、私を女として見て。
ああ、ただの背伸びじゃ子供扱い。
イイ女ってなんなのかしら?
誰に聞いたらわかるのかしら?
月が綺麗な夜だった。
どうして、車をここに走らせたのか。
痕跡ひとつありはしない。
「ねぇ。フミちゃんは苦しくなかった? 痛くなかった?」
ココで終わった。
事故だったはずだけど、バタバタしたその時の情報は曖昧に交錯してる。きっと覚えてたくなかったんだ。
なんでこんなに弱いんだろう?
「父さん、母さん。会えなくてさびしいわ。ちゃんとやってるけどね」
会えない懐かしい人達。
一番きっと近い場所。
まだ、ここに居るなら帰りましょうと手を出したい。
そんなことできないけどね。
マンションに帰って髪をほどく。
わけのわからない涙が込み上げる。
どうしよう。
私が見つからない。
淋しい哀しい。情緒不安定。
『スキだよ。ミキ』
ナオの声が柔らかな誘惑。
眠ってしまいたい。
堕ちてしまいたい。
きっと恨んでられるわ。
全部、全部ナオのセイ。
笑っちゃう。
そんなことあり得ないってわかってるわ。
「あなたが好き」
ねぇ、それは本当?
淋しいだけじゃない?
自分の心が迷子なの。
「ただいま」
ドアの開く音を聞きそびれたわ。
「おかえりなさい。兄さん」
私は立ち上がって微笑む。
私は大丈夫。
まだ笑えるもの。