1 ナオ
視線を感じて背中を向ける。
あの日交わした約束の条件は満たされることがない。
「セッちゃんとフミちゃんが大人になったらおつきあいしましょうね」
フミちゃんはもう、大人にならないから。
だから、私はナオを見ない。
近道を教えてもらったり追いかけっこをしたり。
他人が思う私たちはきっとかわいい恋人。
おともだちを少しこえた特別だった。
おつきあいをしてたのは中学のころ。なんとなくの自然消滅。
キスをしたのは友達だったはずの高校の時。
一線をこえたのは受験勉強のストレス。
だから私はナオに本気になる気はなくて、妹と弟を言い訳にした。
それでも親しい友人ではあり続けた。お互いにフリーな時もお互いに恋人の影がちらつく時期もあった。
「うまくいくおまじない」
耳にキスされて驚いていたら、私より早く兄さんが撲った。
ざまぁ!
それでも意外と効果はあったのかとんとん拍子に人生うまくいっていた。
大学も就職も不思議なくらい苦労せずに楽しく。
いや、苦労というか、すり合わせはあったけれど、乗り越えるのが楽しかったからそこはよし。
そして私はその最中にうまくいかない恋をしてた。
「結婚しよう」
いきなりのナオからのプロポーズ。空気読んでないにもほどがある。
ナオに絆は感じても「そういう」絆な気がしなくてね。
「ナオのことは好きだ」
「じゃあ……」
「だが、断る」
唖然としてるナオの表情がほんの少し私から罪悪感を引き出す。
好きだ。だからこそ答えよう。夫婦にはなれない。
納得のいっていないナオの頬に手を添えて私は笑う。
「好きだ。愛してる。しかし、これは家族への愛だ。喧嘩して嫌っても、きっとさいごには笑って手を伸ばせるだろう。でもな、コレは違うんだ」
きっと、この闇を伏せて頷くという返事をしてもうまく過ごしていけるだろう。
でも、それは違うんだ。
どう違うなんて答えられない。
それでも、きっと私はここで頷けば後悔するだろう。
違うと知りつつ、頷いた先にある罰は恐ろしく感じないか?
「分け合って協力して共にいければいいと思うんだ」
ああ、ナオ、おまえは優しい。でもな、
「遠回りでもいいんだ。私は後悔したくない。ナオを引きずり込めばきっと、後悔する」
「それでも、いいと思うくらい惚れてるんだけど?」
ナオがそんなことを言う。
バカだなぁ。
私は笑う。
私が後悔したくないんだよ。
「そばに居て気を使わないでいい女を見つけろよ」
傷ついた表情は図星なのか、思わぬことだからか。
「そこに居る。近場で済まそうって言うなら私を舐めてるにもほどがあるだろ?」
酷いであろう言葉に傷ついて離れればいい。
私は後悔したくない。
家族のように愛してる。
それでも、なにかが違うという違和感が消えないのだから。
木陰で日差しを避けながら弟達が遊ぶのを見守っていた。
男どもは兄弟のように仲がいい。
走り回ってなりきりごっこ。お姫様はセッちゃんか。
妹がハラハラした眼差しで見つめている。
転んでもぶつけても男の子たちなんだからそこまで心配しなくてイイと思う。
セッちゃんは自分が運動神経を母の中に忘れてきたよーな子だし、心配なんだろう。
ふと、本から目を上げると黒雲が見えた。夕立ちか。
男どもに声をかければ慌てて帰るモード。
ナオの弟、ユウがセッちゃんの手を取る。セッちゃんはにこっと笑って空いた手をフミに向ける。フミとユウとの視線の攻防にセッちゃんは気がつかない。