第5話 死霊の別荘
とりあえず別荘に戻り、軽く捻ってしまっていたアイリの左足首に湿布で手当てをすると、落ち着いて改めて部屋の中を調べることにした。
「リョウったらぁ、ひとりだけ助かろうとしてカギをかけてアイリを締めだしたのよぉ! 酷いと思わないー?」
プンプン怒るアイリと一緒に二階に上った。
ベッドルームのドアに鍵はかかっていなかった。
部屋の中ではリョウさんがグゥグゥと寝ていた。
「ねぇ、廊下に足跡が残っているんだけど……。もちろんアイリのだよね?」
足跡は、ベッドルームには戻って来ていなかった。反対側にある納戸のドアの前に来ていた。
「あれぇ? アイリったらぁ、慌ててお部屋を間違えちゃったぁー」
案の定、納戸のドアには鍵がかかっていた。念のために開けてみたが、使われていない家具や調度品がしまわれていただけだった。
死霊が出たという、問題のシャワールームに来た。
カランのハンドルを回すと、シャワーから真っ赤な色をしたお湯が出てきた。
「ひどいな……まるで血みたいだ。でもこれって赤錆じゃないのか? ほら、古い水道管が錆びてでたりする……」
「でもハルキ、この別荘はまだ新しいんだけど……」
「地下に埋まっている元の水道管のほうが古いと、ちょっと使わないだけで赤錆がたまったりするって聞いたことがある」
「えー、でもぉ、アイリがシャワーカーテンを開けたらぁ、ここでゾンビみたいな女の死霊が睨んでたんだもん!」
アイリが指さした先の壁には、全身が映るほどの大きな鏡が備え付けてあった。
「アイリったら……、言わなくても分かるわよね。それって、鏡に映ったアイリ自身じゃないッ!!」
「まあまあ、落ち着いてリオ。実は鏡に映った幽霊だった可能性もあるわけだし」
「そうよぉ、血まみれの美少女の霊が映ってたんだからぁー」
「いつの間に、ゾンビが美少女にかわったのよ。まったくアイリったら人騒がせなんだから……」
一階のお風呂に入りなおして着替えると、アイリは二階のベッドルームに戻って行った。
和室に敷いていた布団のひとつは、まるでおねしょでもしたようにアイリによって赤く湿らされてしまい、無事な布団はひとつしか残っていなかった。
「……どうする? 予備の布団って置いてないみたいだけど」
「もちろん、リオが使ってよ。俺は別に畳で構わないから」
まだ夏といえども、山の夜は肌寒くなってきていた。早朝はもっと冷え込むかもしれない。
「……風邪、ひいたら大変でしょ……」
リオはハルキの手をとると、思い切って布団に引き寄せた。
翌日。靄がかかった小道を抜けて、四人を乗せた車はのんびりと帰り道をドライブしていた。
「へー、俺が寝ている間にそんなことがあったのか。ぜひ参加したかった!」
「もぉー、リョウったらぁ。アイリのオプショナル・ツアーで特別料金とっちゃうんだからねーだ」
「あ、あそこに来た時に寄ったガソリンスタンドがあるよっ」
ハルキがスタンドに車を止めると、店員のお兄さんが勢いよく出てきた。
「いらっしゃいませー! 満タンですか? 添加剤いれましょうか? クリーンでスムーズになります!」
「あれっ? お爺さんは夜中だけなのかな?」
「いえ、ここは夕方は6時で閉店です! 山奥ですからねー、夜に開けてもお客さんが来ないんですよ!」
「えっ、でも、昨日……、隔離病棟の廃墟が取り壊されたって教えてもらったんだけど」
「あの心霊スポットですか? 昔はテレビで紹介されて人気があったんですけどね。今は忘れ去られて寂れてしまって、本当のお化け屋敷ですよ!」
「今もぉ、ホントにそれってあるんですかぁー?」
「え、お客さん、この先の脇道から出てきたんでしょ? 先の湖畔には、隔離病棟の廃墟しかありませんよ!」
「いやしかしだな、確かに俺たちは昨日、ここでガスを入れて別荘まで行ったわけだよ。なぁ、ハルキ」
「……それが先輩、メーター見てくださいよ。ほとんどガソリン、空になってます……」
「領収書は……って、アレッ? だれか昨日お金払ったっけ?」
「だからぁ、アイリは見たって言ったのにぃー!」
「まぁもういいじゃないですか! ちゃんと貸別荘で楽しめたんだから――」
「お客さん、貸別荘地は湖のちょうど反対側ですよ!」
「そんなっ! じゃあ、あの別荘はいったい何だったの!? そうだっ、リオのスマホナビで検索して確かめれば、…………………………!」
リオが検索した結果は、ガソリンスタンドのお兄さんの言った通りだった。
脇道の先には、隔離病棟跡の廃墟しかなかったのだ。
来る時に車の中で地図で場所を確かめたとはいえ、薄暗いルームランプの明かりだったから、地図を上下逆に見て勘違いしていたのかもしれない。
そもそも、まるで山荘のように立派な貸別荘など、学生の身では料金が高くて借りられるわけがなかった。
――だったら、あの泊まった別荘はいったい何だったんだろう? 誰かの別荘を勝手に間違って使っていたの? なぜ玄関の鍵が開いたの?
それにあの時、赤錆のシャワーにまみれてパニックをおこしたアイリ……。でも、ハルキはもちろん親友であるリオでさえも、あの時の彼女がアイリには見えなかった。
寂しげに泣きながら人を探してさ迷う、全身から血を流した赤毛の少女は、確かにアイリではなかった! リオはあまりに必死で悲しげな様子の少女を見ていられずに、思わず抱きしめてしまったんだ……。そうしたら、少女はアイリになっていたの……。
やっぱり、シャワールームでアイリが見たというのは、本物の死霊だったのかもしれない。霊感のあるアイリが憑りつかれてしまい、なにか影響を受けたのかも……。
もしかしたら、昔、出血熱で隔離病棟に連れてこられた富裕層生まれの赤毛の少女が、病院近くの別荘で特別に療養生活を送っていたのかもしれない。でも、病状が悪化するにしたがって、感染を恐れた親やメイドなど親しい人たちにも見捨てられ、置き去られるようにしてあの別荘でさびしく亡くなられたのではないのかな……。
「――隔離病棟の廃墟、本当にありましたね、先輩!」
「これは……。今度はぜひ廃墟探検をだなー」
「絶対いやぁー! 次は海にしよっ、ねっ、カワイイ水着をいっぱい見せてあげるからぁー。リオー! 早く帰ろうよぉー!」
こわごわと車の窓から顔を出すとアイリが声を上げた。
「お待たせっ。とりあえず、ミネラルウォーターとお菓子を供えてきたよ。ハルキいいよ、車出して」
リオたちは、隔離病棟廃墟の前で赤毛少女の冥福を祈った。
みんなで泊まったあの山荘風の白い別荘は、いくら探しても見つからなかった……。




