第3話 赤い血
もう、夜も更けてきた。リオとアイリがキッチンでお皿洗いを簡単に済ませる間、ハルキとリョウさんはバーベキューの火の始末と後片付けをしていた。
部屋割りは、リオとハルキは一階の和室を、アイリとリョウさんは二階のクィーンベッドの部屋を使うことになった。
もともと、リョウさんのツテでこの別荘を借りれたんだし、本当はアイリとリョウさんふたりだけで来てもよかったはずなのに、親友のアイリがなかなか進展しないリオとハルキの仲を心配して、わざわざ誘ってくれたんだ。
なにやら目でガンバレと合図してきたアイリと一緒にリョウさんが荷物を持って二階に上っていくと、リオとハルキはふたりだけになった。和室に布団をピタリと寄せて敷いた。
「よろしく」
ハルキが言う。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
はひゃー、リオったらいきなり何言ってるの?
ハルキはハッとしたような顔をすると、
「こっちこそ、いろいろ至らないかもしれないけどね」と、笑った。
コクリとノドが鳴ったけど、口の中はカラカラだった。身体がカッと燃えるように熱かった。
「え、えっと、……そうだ。お茶でもいれるね。さっきアイリが変なの見たとか脅かすから、喉が乾いちゃった」
リオは急いで和室を出ると、気分を落ち着かせるためにキッチンに一時退却した。
ダメだ、全然ダメ……。せっかく誘ってくれたのにごめん、アイリ。リオは勇気が出ないよ。
備え付けのキッチンにあった急須にお茶葉とお湯を入れて湯呑と一緒にお盆にのせると、気を落ち着かせてから和室に戻った。
ちゃぶ台でハルキにお茶を入れる。
「なんかこういうのっていいね」
「え? そうかな……。ハルキは山が好きなの?」
「いや、なんていうか、リオがお茶をいれてくれるってのが……」
「ヤダ、リオはちゃんと家事できるよ。さっきだってアイリとお皿洗ったんだから」
「うん、ごくろうさま」
ハルキは湯呑でお茶を飲んだ。
「なんだ? こりゃ!?」
ハルキがしきりに口の中から何かをティッシュに吐き出した。
「ちょっと、ハルキったら大丈夫なのっ?」
見ると赤っぽい色の細くて長い糸のようなものだった。
「えっ、ハルキ、もしかしてこれってリオの髪の毛かも!?」
「うわっ、湯呑にも入ってるぞ。急須の中にも入ってる!」
「ご、ごめんなさいっ! リオがちゃんと見なかったから――」
なんでこんな時に髪の毛が入っちゃうのよ。リオは泣き出したくなった。
「いや……、これは赤毛だからリオの髪じゃないだろ。リオは黒髪でショートだし、アイリさんはブロンドなんだから……。気にするなよ」
「でも、リオがもっと注意していれば……」
「別にいいよ。せっかくの楽しい一日をこんな些細なことで台無しにすることないからさ」
しょんぼりとしたリオをハルキは抱き寄せると、頭を優しく撫でてくれた。
ああ、なんて優しいんだろう。こうしてるだけでもいいな……。
――不安げな目で見つめてくるリオを励ますように目配せしてから、アイリは二階へと上った。
「リオったら、上手くやってるかなぁー」
アイリは窓から湖を眺めようとしたが、雨粒がポツリポツリと落ちはじめていて、月明かりもなく真っ暗で何も見えなかった。
「お互いお守り役はこれくらいにして、俺たちも息抜きをしないとな、ここに来た意味がない――」
リョウはクィーンベッドに腰掛けながら缶ビールを飲んでいた。
「あぁん、もう、リョウったらぁー。大人でカッコいいんだからぁー!」
アイリは金髪をなびかせて向き直ると、リョウに向かって跳びかかった。興奮したように抱き付いていた。ギシギシと大きなベッドが揺れる。
「おいおい、そんなことしたらベッドにこぼれちまうよ」
「いやぁん! こぼさないように、また、口移しで飲ませて欲しいのぉ? いいよぉ、それくらい……」
スレンダーなアイリの身体がリョウにまとわりついていた。
アイリの匂いがした。そういえば、まだ風呂も入っていなかった。アイリは少し汗ばんでいた。
リョウはアイリの大きな胸に顔を押し当てるようにして、思いっきり息を吸い込むと、アイリのフェロモンを堪能した。
すると、アイリは、アァーッ! と変な叫び声をあげて、とたんに腕でリョウの胸板をつくようにすると、のけぞるようにして身体を離した。
「もう、ダ、ダメよぉー! 絶対ダメェ。ちゃんとぉ、シャワー浴びてきてからねー」
アイリはベッドから降りると、支度をして部屋から出て行った。
「あーあ、石鹸の香りなんかよりもアイリの匂いの方が断然好みなのに、もったいねぇなぁ」
リョウは大きなあくびをすると、ベッドに横になった。
別荘の二階にはシャワールームが備わっていた。
アイリはワンピースを脱ぐと、シャワーカーテンを閉めた。
「ふう、危なかったぁ。アイリったら雰囲気に流されて、汗臭い女って嫌われちゃうところだったんだからぁー」
カランを回してお湯を出す。外からボイラーの動く音がする。でも、しばらくは冷たい水がでるだけだ。距離があるのか時間が多少かかった。
やっと温かいお湯が出てきたので、すぐにシャワーに切り替えた。
いきなり頭からシャワーをかぶる。あんまりのんびりとお風呂に時間を使う気はさらさらなかった。だって、早くリョウと一緒に楽しみたかったから。
アイリはハンドルを回してシャワーの勢いを増した。
ふと気がつくと、足元のタイルに血のような赤いものが流れていた。
あれぇ、どこもケガなんてしてないしぃ……。まさかの姫日かなぁと思って確かめたけどやっぱり違った。
変なのと思って、仕切りのシャワーカーテンを開ける。
――そこには、全身血まみれの裸の赤毛少女が立っていた。細く艶めかしい身体、しかし、胸は程よく膨らんでいた。緋色の目をカッと見開くと、血の涙を流しながらアイリを睨んでいた――。
「キャァァァァ――――ッ!! イヤッ! イヤァァァァ――――ッ!」
アイリはドンッと扉を両手で突き飛ばすようにして押し開けると、着替えを掴んで廊下を駆けて逃げた。
「リョウっ!! リョウったらぁ! アイリだよぉー! 開けてよぉ! お化けが出たよぉー。イヤァ、見捨てないでぇ……」
ベッドルームのドアノブをガチャガチャ回すが、ドアは開かなかった。しっかりと鍵がかけられていたのだ。
……さっき外で見ちゃったから……。きっと……、アイリが、死霊に憑りつかれちゃったんだよぉ……。
慌てて捻ったのか左の足首が痛かった。アイリはべそをかきながら、足を引きずるようにしてフラフラと階段を下りて行った。
「ううっ……で、でた……よぉー。グスッ……怖いよぅ、リオぅ……し、親友だよねぇ、リオぉ……。アイリを助けてよぉ……」




