第1話 夕闇ドライブ
夏の夕闇が迫る中、リオたちは山奥の国道をポンコツの四駆で走っていた。ヘッドライトをつけているけど、黄色っぽい光線が暗くて前がよく見えない。
運転しているのはハルキ。リオの彼氏で大学1年生なんだ。
「違うんだよなー、コーナーってのはドリフトしてこそ男ってもんでしょ!」
後ろで缶ビールを飲みながら大きな声で喚いてるのはリョウさんといって、ハルキの先輩でとても面倒見がいい人なの。
「そんなのどうだっていいよぉ。ねぇ、リョウったらぁー、続きしよっ」
リョウさんに子猫みたいに甘えてキスしてるのが、リオのクラスメートで親友のアイリ。金髪ロングのハーフですごくかわいいコ。
助手席のリオは15歳の高1。リオは黒髪ショートのくせッ毛だからアイリに憧れちゃうな……。
古いカーステにカセットテープを入れると、こもった音でロックが鳴った。
ドラムがドンシャンドンシャンとノリがやけにいい曲だった。
「ねぇ、ハルキ。もっと速く走って! ドキドキさせてよッ」
「おっ、さすがリオちゃん、わかってるねぇー。ハルキ、彼女にいいとこみせるチャンスだぞ」
「先輩、そんなこと言ったって、結構スピードでてますよっ! これ以上なんてムリです!」
ハルキは運転しながら必死になって叫んでいた。
「はぁー、すまんリオちゃん。俺が先輩としての指導を間違ったばっかりに、こんなヘタレに育っちまって……」
「エッ、違うもんね。ハルキはやる時はやる男でしょ」
リオが励ますとハルキはいつも頑張ってくれるんだ。
「どうなっても知らないからなー!」
ハルキがギアをゴツンと入れてアクセルを踏み込むと、グオーンとエンジンがうなりをあげてスピードが上がった。車が路面の凹凸で小刻みに跳ねた。キュルルルルルッとタイヤが鳴って車が横に滑った。
「キャァァァァ――――――ッ!!」
リオとアイリは悲鳴をあげた。
ロックと合わさって、妙なノリでどんどんテンションが上がっていった。
これ、これいいよッ。お腹が熱くなってなにか湧き上がってくる感じ!
サイコーに気持ちいい。スカッとした! だからリオはハルキが大好きッ!
……ジリリリーン、ジリリリーン、ジリリリーン……ジリリリーン……
「はい、ハルキの携帯。香織さんから……」
「あぁ、リオわるい。バイト先の人だよ。ピッ――はい、えっ、明日はちょっと――、店長には言ってありますよ。いえ、そんなことないです、助かってますから。いつも連絡もらってすいません。はい、今ですか? 用事があって田舎の方に――」
ふぅ……、いいとこだったのにシラケちゃった……。バイト大変そう。
――車は途中で何回か曲がって狭い小道に入ると、どんどん山奥へと入って行った。
「あっ、ハルキ、あそこにガソリンスタンドがある」
「これから先はないかもしれないから、一応ここに寄っていこうか」
看板の富士山を囲むような赤丸マークの下にはSYOUWAと書いてあった。
壁の赤いペンキが剥げかけた、いかにも古くて色あせた昭和じみたこぢんまりとした店だった。
ハルキは車を給油スタンドの側に止めた。
青や紫の切れかかったネオンサインの明かりがチラチラする。蛍光管に虫が飛び込むとバシッと火花が飛んだ。
「なんだぁ~、だれもいねぇのか?」
「アイリ、なんかここヤダよぉー」
「すいませーん! お願いしまーす!」
ハルキがクルクルと車のドアのレバーを回して窓を開けると大きな声で言った。
しばらくすると、薄暗い店の裏から白髪にちょび髭を生やした60歳くらいのお爺さんが現れた。
アロハシャツに短パン、ビーチサンダルを履いていて、なんだか昔のサーファーみたいなファッションだ。でも、ここは湘南じゃなくて山奥なんだけど……。
「いらっしゃい。若者は楽しそうでいいねぇ……。もしかして廃墟探検にでも行くのかい?」
「いえ、別荘を借りたんで、みんなで泊まりにいくんですよ」
「おじさん、廃墟って、もしかして心霊スポットとか近くにあるんですか?」
「ちょっとぉ、リオ、変なこと聞かないでよぉー」
「いやね、この奥をしばらく行くと昔の隔離病棟の廃墟があったんだよ」
「へー、場所はどの辺なんだい?」
「もう、リョウったらぁー。アイリは霊感あるんだからぁ、絶対ヤダからねー!」
「安心しな、お嬢ちゃん。湖の畔にあったんだが、もう全部取り壊されちまったよ。無駄足にならないように教えているのさ」
「なーんだ、つまんないの」
肝試しでもやれば、リオだってハルキに堂々と甘えられるのになぁ……。ハルキったらいい人なんだけど、リオには奥手なんだもん!
ガソリンスタンドを出て、脇道をしばらく道なりに進んでから、細い林道へと入った。狭くてクネクネした急な上り坂を上って行く。アスファルトで舗装されていた道路がボロボロで、ところどころに削れて穴があいていた。ドタンバタンと大げさな音を出して跳ねながら、ポンコツ四駆はなんとか走り抜けていた。渓流にかかった古い木造の橋を渡ると、道路は舗装もされていなかった。周りの森から伸びた木の根っこを避けるようにして、小さな湖の畔まで着いた。
「この辺だと思うんだけど――、リオどう?」
「ちょっと待っててハルキ、スマホのナビで確かめるから……って、ここ圏外だよっ! アイリのは?」
「ダメぇー! アイリのはdoconoなのにつながらないよぉー?」
「そういうこともあろうかと思って持ってきた、この地図によるとだな――」
頼りになるリョウさんが、折りたたんであった大きな紙のマップを車内で広げだした。
ハルキがルームランプをつけると、身体をひねり後部座席の方をのぞきこむようにして、ふたりで貸別荘の場所を地図で確かめていた。
アイリはスマホを振ったり手を上げて掲げたりして電波の調子を見ている。
「エー、マジで圏外のままだよぉ。生きていけるのかなぁー」
アイリは顔が広いから大変かもしれない。情報は何も入ってこないし、メールやツイッターなど、何もできなくなってしまうから。
――でも、よく考えたら誰からも干渉されないってことだよね。もう、いいところで邪魔されたりしないんだ……。
だって、本人は全然気がついていないけど、ハルキには誘惑が多い。さっきの携帯みたいに……。香織って女の人は、バイトの先輩風ふかしたクマメイクのワンレンで、絶対ハルキを狙ってるのバレバレなんだもん。仕事の連絡のふりして、しょっちゅうアプローチしてくるんだから嫌んなっちゃう。
うかうかしてられないんだからっ! リオはシートで脚を組みなおすと決意を新たにした。