表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

接近戦


「岸谷くん、ここ分かる?」


灯はどぎまぎしながら数学のノートを隣の無口な彼に突き出してみた。

ドキドキし過ぎて目が開けられない。


「…。」


返事がないのでそっと目を開けると、なんともぽかんとした顔をして岸谷くんが灯を見ていた。


あ、やってしまったかな…。


しかしすぐに低い声で


「…どこ?」


とノートが引っ張られていったので、とりあえず灯はホッとした。


“触れ合い第一段階”成功。


心の中で「お姉ちゃんやったよ!」と叫びながら灯はノートに書き込んである問題文を指差す。


「これ。」


「…。」


「…。」


「…。」


岸谷くんはしばらく問題文と格闘したすえ、ガバッとその鋭い視線を上げた。


「井上。」


「はい。」


「これどこのページの問題?」


灯は目をぱちくりとさせる。


「教科書の124ページの。宿題で出てた。」


それを聞いて岸谷くんは自分の机から教科書を取り出し、パラパラと124ページを開けた。


「ん。」


岸谷くんはノートの問題文の一部に消しゴムを走らせ、正しい式を書き足す。


「あ!ごめん!写し間違いっ。」


灯は慌てた。


勉強教えてもらって岸谷くんをもっと知ろう大作戦が凡ミスでいきなりつまずくなんて。

あわわわと手足をバタバタさせ焦る灯に岸谷くんがポトンと落とすように口から言葉を出す。



「大丈夫。」



はた…と、わたわたしていた灯が動きを止めた。


“大丈夫。”



低くてとても安定した声。


重くて、そしてほのかに優しい声。


「…あれ。」


落ち着きと同時にやってきたこのバクバクする動悸はいったいなんなのだろうか。


「ここがマイナスになると…」


ノートに落とされたままの瞳にドキドキしながら、灯は岸谷くんの解説に耳を傾けた。



…困った事が起こった。


灯が怖がらずに岸谷くんに勉強を教えて貰っているのを見て、徐々に二人から三人、四人と人数が増えていき、数学の後に軽く勉強会みたいな状況が生まれてしまっていた。


「ここが…こう。」


「へーっ!」


しかも意外と教えるのが上手い。


そして、


「岸谷くーん、ここはぁ?」


何故か集まってくる面子が7·3の割合で女子の方が多かった。



「なんでだろう…って、そりゃぁ岸谷くんがちょっと格好いいからじゃない?」


「え!」


志織がポッキーを頬張りながらもぐもぐ答えた。


「元からこっそり人気あったのよ。でも喋らないし睨むし不機嫌だし、今まで怖くて喋れなかったんじゃないの?」


全然喋らない時と無愛想ながらも親切に勉強を教えてくれる時のギャップがまた拍車をかけたらしい。


「…。」


「…なに。それであんたがなんか困ることでもあるの?」


不思議そうに訪ねてくる志織に灯は腕組みをしながら固まってしまった。



困ること。


困ること。


…うーん。


なんとなく「困ったな」と思っていたのだが、なんでだろう。

そこまで深く考えていなかった。



物理の時間、灯はいつものノートを開けながら考えた。

トントントンとシャーペンの先を無造作にノートの端に当てる。


岸谷くん。


岸谷くんかぁ。


灯はただただ岸谷くんの事を考える。


休み時間、パンを豪快に頬張る岸谷くん。


授業中、先生に当てられると一気に眉間のシワが増える岸谷くん。


友達と話しながらちょっとだけ下手くそに笑う岸谷くん。


勉強会、教え方が上手いと褒められて、また眉間にシワを寄せる岸谷くん。


どうやら照れているらしい岸谷くん。


照れると怖い顔になる岸谷くん。


…可愛い。


「…上、井上!!」


「…は、はい!」


ヤバい。


ぼーっとしていて先生の話を聞いていなかった。

物理の隅田が冷たい顔をして睨んでいる。


「どうした、読め。」


読め…って、教科書?

灯は焦った。

教科書すら開いていない。


いったい何ページ…っ?


ひぃぃーっ!


当然ながら隅田にそんな事聞ける空気ではない。

結構キツい先生なのだ。


「(どうしようどうしようどうしよう…)」


突然。


突っ立ったまま固まってしまった灯に、無造作にぬっと腕が伸ばされた。


「(え、)」


長い腕。


大きな手の平。


机にちょこんと置かれたノートの切れ端に“92ページから”とあの独特の字が走り書きされている。

灯は慌てて教科書をめくり、朗読した。


助かった…。


無事に読み終わり、ホッと席に着いた。


助かった。本当に助かった。


隅セン本当に怖いんだよなぁと思いながら灯は自分もノートを切り、ありがとうと走り書きをする。


「(岸谷くんってよくよく考えたら、いつも助けてくれるよね…。)」


優しいなぁと思いながら、灯はそのノートの切れ端を隣の岸谷くんの机の端に置いた。


ありがとう、岸谷くん。


そう口パクをすると、いつものように彼の眉間にグワッとシワが寄る。


それを見ながら灯は手で自分の顔を隠し、こっそり笑った。


彼は今照れている。


それが何故かすごく嬉しい。


可愛いなぁ。


可愛いなぁ。


あんな怖い顔してるのに可愛いなぁ。


なんか、



好きだなぁ。



「(あ?)」


自然に出て来たその感情に、灯は顔を隠したまま、固まる。


あ、…そーなんだ。


だから女の子に囲まれてキャッキャッ言われてる岸谷くんを見ているとなんだか困ってしまうのか。

いろんな事に納得しながら灯はいつものノートに小さい小さい文字で書き加えた。



“私、岸谷くんが好きなのかもしれない。”



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ