表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/26

第4章 刀匠『村正』-真実 2-1

 だんっっっ!

(いっけぇぇぇーーーーー!)

 力強く踏みしめた大地から、冷気が吹き上がった。そして、指向性をもった冷気は熱量の暴力を伴ってひた走る。目指す目的地は、洞窟の最奥。

「凍りつけ!」

 思わず雅は声を上げていた。冷気が走り抜けた後を示すように白い煙が一直線に伸び、視界を遮っていく。その後を追うようにわずかに遅れて地面が凍りついていった。

 ズドン

「きゃっ」

 突如として重量感のある音とともに地面が揺れた。雅は何とか踏みとどまったが、後方からは珠子の短い悲鳴。思わず振り返ったが、珠子はバランスを崩して尻餅をついていただけだった。ほっとしたのもつかの間、そこにいるはずの人物がいないことに気が付いた雅はきょろきょろと視線をさまよわせた。

「よそ見するな…!」

 背後から声。それに続き高い金属音がキンキンとおよそ十回ほど。そして足もとに突き刺さる黒い針のようなもの。一つ大きく深呼吸して声の主を確認する。

「ふぅ、ありがと。さすがに今のには驚いたわ。あたしじゃ防ぎきれなかった」

 確認するまでもなく、そこにいたのは正幸だった。先ほどと違うことと言えば、両手に短刀を携えていることと、肩まであった右手の籠手が両手の肘までの短いものになっていることだ。

「って、あんた二刀なんてできたっけ?しかもちょっと動きやすそうになってるし」

「俺にもよくわからん。なってるんだからできたんだろうし、陽炎が気を利かせてくれたんだろうさ」

 後ろへと答えながらも、視線を外すことはしない。正面には地面から突き上がった影の壁。これが岩ならまだ(くだ)きようもあるが、どうにも歯が立たないらしい。飛んできた針にすら傷の一つすらつけられなかった。その地面に突き立ったはずの針でさえ、どろりと形を崩すと壁の中に吸い込まれていく。

「やっぱりか。こっちの攻撃がないとあっちも攻撃をしない。どうにもやり(にく)いったらないね、まったく」

 右手の刀を肩にあてトントンと叩いていると、炎刃と呼ばれた刀は赤く発光し最初の長さに戻った。それに合わせて左手に握られていたもう一振りが消え、短かった籠手も右肩口まで伸び、左手には手甲(てっこう)のみ残った。

「ふ~ん、変幻自在ってわけなのかな?」

 籠手のほうをつんつんとつついてみても陽炎たちからの返答はない。これはあらかじめ聞いていたことなので、雅も返答を期待したものではなかった。雪華曰く、顕現中は会話することができなくなるとのこと。力のほぼすべてを解放するため余力がないからという理由らしい。

「詳しいことは後から聞けばいい。それで、首尾はどうよ?捕まえられたか」

 へへん、と腰に手を当て大きな胸をそらしてその存在感をアピール…しているわけではないが、雅は自信たっぷりに頷いた。

「ばっちりよ!壁がせりあがった時に左右の壁から冷気をぶつけてやったわ。あのタイミングなら守ることも(かわ)すこともできないはず。もっとも、あの台座から動けないならってことだけど」

 と、地面から這い上がった壁を見やれば地面に接したところからじわじわと凍り付いてきている。

「ほう、本体にはちゃんと当たってたみたいだな。でも、中途半端だ。ほら」

 正幸は地面にむけて炎刃をかざす。切先(きっさき)に火が灯り足元を明るく照らし出す。

「げ!?なにこれ、気持ち悪い」

 正幸が先ほど弾いた針がうようよとナメクジのように動いている。先ほどよりも動きは鈍くなっているものの、影に向かって確実に近付いている。

「…鉄槌」

 口からこぼれた呟きに反応して、炎刃と呼ばれた刀は形を変えた。それは、大きな金鎚(かなづち)だった。それこそ鍛冶に使うような道具なのだが、そのサイズが違う。柄は長さが約2メートル、太さは直径にして5センチはあるだろうか。そして、打ちつける頭部が異様だった。その大きさは普通の金鎚の数十倍以上はあるだろう。幅にして五十センチ、打撃面は二十五センチ角くらいはあるだろうか。それを、いともたやすく振り上げ、黒いナメクジめがけて叩きつける。

 ゴッ・・・ゥン

「…やっぱりそう簡単にはいかねえな。ほいっと」

 叩きつけたところを中心として、周囲を巻き込み深さにして十センチほどの半球状に陥没していた。振り下ろした金鎚を持ち上げると、そこには形をとどめたままの黒いナメクジが存在している。そして、影の壁から音もなく飛んできた飛んできた黒い針を、視線すら外さずこともなげに金鎚を振り叩き落とす。

「ほいっと…じゃないわよ!いきなり何してくれちゃってんの、心臓飛び出すかと思ったわ!せめてひとこと言ってから行動しなさいよね。もぅ~~~」

 よほどびっくりしたのかこぶしを握り、地団太(じだんだ)を踏んでいる。そして目じりには涙をにじませ、キッと正幸を睨みつける。

「はいはい、悪かったって。それはともかくとして、どう見る?…あれ以上、氷結が進まないみたいだけど?」

 金鎚から刀へと戻った炎刃を油断なく、中段に構えながらも視線で黒い壁のほうを示す。地面から生えている部分からおよそ一メートル。立ち上がったその部分までは凍り付いているが、そのあとがどうにも進まない。凍らないわけではない。凍る端から溶解していく、まるで春の日差しに融けゆく雪のように。

「あらあ~?これはしくじったかな、ごめんね。てへぺろ」

 おどけたように右手で自分の頭を軽く小突くと、舌をペロリと出してあらぬ方を視線を飛ばす。その間も壁に変化がないか観察していた正幸は、嘆息のため息とともに雅にチョップした。

「あたっ」

 叩かれたところをさすりながらぶつぶつと口をとがらせていたが、しっしっと邪魔者を除けるように振られた手を睨み、正幸に向かってイーッと口を横に引っ張りながらうなりをあげると珠子の横まで戻ってきた。帰りの足音がどすどすと聞こえた気がしたのは珠子の心の中だけにひっそりとしまわれた。

「まったく、あんなことしなくてもいいじゃないの!ね~ぇ、珠子ちゃんもそう思わない?」

 帰ってくるなり珠子にしなだれかかる雅。珠子は困った顔を浮かべながらよしよしと頭をなでて慰める。もっとも、頭を覆う冠があるため頭の後ろの方を髪を()くようにではあったが。

(それにしても…)

 女の自分から見ても雅の纏う衣には目のやり場に困ってしまう。袴に大きく開いたスリットから見えるのは、しなやかに伸びた脚線美。巫女服に包まれた豊かな胸。きゅっとくびれた腰。動きやすいように、あちらこちらに切れ目が入って、最低限崩れないように太いひもでつながれているだけだった。

「ん、どうしたの?」

 珠子の視線に気が付いたのだろう。首に回した手はそのままに胸にうずめていた顔をあげる。うるんだ瞳に見上げられ、赤面してしまった。ぶんぶんと、頭を振ると「いえ、何でも」と小さく苦笑した。

(まったく、この女性(ひと)は・・・)

 同性の自分から見てもすごく魅力的であり、嫉妬を飛び越して憧憬(どうけい)すら感じてしまう。素直で明るくて、美人なのにそれを鼻にかけることもせず・・・

 ドコッ

(どこっ?って)

  髪を梳くことに夢中になって、自分の世界に飛び込んでいたようだ。珠子が音のした方に視線を向けると正幸が黒い壁に向かって足を投げ出していた。性格に言えば蹴りつけた後、そのまま足蹴(あしげ)にしている。

「なにやってるの正幸君!?そんなことしたらまた!」

 影に攻撃される。と思ったのだが、正幸に変わった様子はない。そして、蹴りつけられた壁も微動だにしていない。そう、微動だにしていない(・・・・・・・・・)。蹴りつけた、つまり敵対行動をしたというのに反撃を受けていないということだ。

「ふむ、凍り付いているところを蹴っても攻撃されたと認識できていないのか?感覚が鈍っているのか、直接の攻撃でないと反撃しないのか。でもそれだと、近づいたときや光や炎の熱に対しての…いや、それも直接か…」

 ぶつぶつとつぶやきながら壁をよくよく観察する。その間も氷結と融解が地面から一メートルくらいの一線上で繰り返されている。しばらく悩んでいた正幸だが、ふっと肩の力を抜くと一息の()に壁を回り込んだ。

「おいおい、これは。…やっぱりそういうことかよ」

 台座の上には、凍り付いた球体が浮かんでいた。不気味に黒い光を発しながら、ゆらゆらと上下に揺れている。

「あれだけの芸当ができるんだから、これで終わりってことはないと思っていたが。こうなると、手も足も出ないようだな。まぁ、一思いに終わらせてしまおうか」

 炎刃を上段に構え、息を整える。正面に黒い光を放つ氷塊、視線を定め薄く息を吸い込む。

「ふっ!」

 裂帛(れっぱく)の気合とともに一気に振り下ろされた炎刃が触れた瞬間、爆発したように周囲に黒い光が満ちあふれ、あたりは闇に飲まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ