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第3章 刀匠『村正』-遺産 4-2

「ですが…どうなったんですか?」

 珠子が雪華の顔を覗き込もうとするが、陽炎の一言がそれを遮った。

『かいつまんで言えば、そんな噂が立ってしまった責任を取って四季咲の家はその領地を四つに別けられてしまったのじゃ。じゃが、領主がいなければ治めることもできんでの。経緯(いきさつ)はわからんが四人の娘がそれぞれ土地の領主になったのじゃ。その娘たちのために村正殿に頼んで四振りの刀を打ってもらったというわけじゃ』

 と説明されたわけだが、さすがに珠子にはそれだけではわからなかった。結局、華乃枝が守り刀として娘たちに持たせたいと頼んだことを雪華が補足することになった。

『もちろん、娘たちが心配だからということもありましたが、それよりも危惧(きぐ)していたことがあるのです』

 短く言葉を切ると、雪華は深く息を吸い込んで意を決したように話す。

『そも四季咲家は不思議な力をもって生まれてくる者ばかりでした。当時の当主である華乃枝殿は夢によって先見(さきみ)をする夢見(ゆめみ)の力を持っていました。今の言葉でいえば予知能力というところです。その華乃枝殿が自分の代で謀反の疑いがかけられること、それにより領地が分けられ娘たちがその領主となること。そこで四季咲の力が()()するのを防ぐために、あらかじめ村正殿には話をしていたのです。後々のために刀を打ってほしいと』

 『暴走』と雪華から穏やかならぬ言葉が発せられた。四季咲の人間は不思議な力をもって生まれてくるということは分かったし、昔に祖母からそんな話を聞いていたからなんとなく納得できた。しかし、暴走するとはどういうことなのか。

『四季咲の能力は、土地に息づくと昔から言い伝えがありました。そして事実、土地の外に行った者には時折いつも以上の能力の発現がありました。華乃枝殿も経験したことがあったそうで、その時には鉄の鳥が空を飛び、城よりも高い塔を見たと言います。まさに、今の時代のような』

 その時に一家離散同然の状況を見ることがあり、心配になった華乃枝は村正を訪ねたという。

「なんだか、暴走というより(かせ)が外れてしまった印象ですね。その土地の外に出ると能力が上がるんじゃなくて、身の内に宿した大きな力に自分自身が壊されてしまわないように自身に封印を施しているようです。…ということは、その土地自体が結界のようなものに包まれていたんでしょうか?」

 雪華たちは珠子の言葉に驚いた。語り聞かせた内容を自分の中で咀嚼(そしゃく)し、さらにその先を推測してほぼ正解というところまでたどり着いた。これが、珠子の受け継いだ血筋によるものなのだろうか。

『やはり、血は争えないようですね。珠子さんの推察通り、四季咲の力は土地によって封じられてきました。しかし、あくまでもその土地に縛られるのではなく土地の加護といった方がいいでしょう』

 陽炎はどこから取り出したのか小さな箱庭のような模型を置いた。

『よいか。土地の加護というのは地下に龍脈などの力の流れがあり、その力が地上にまで影響を与えているものじゃ。じゃが、四季咲に至っては話が違う。初代当主の力によりもたらされた祝福がその根源にある。加護があるのは領地の中のみで、領地が広がれば広がるだけ加護も広がっていく。逆に言えば四季咲の領地がなくなってしまえば、その力も及ばなくなるということ』

 ひときわ大きな屋敷を中心に一定の範囲が光の壁で覆われていく。それはきれいな円ではなく、川や山の境で曲がったり飛び出たりしている。この光で(かこ)まれた範囲が四季咲の領地ということなのだろう。その光の線がだんだんと大きくなったり小さくなったりして、最後には領地を縦横に四分割したかと思うと消えてしまった。

『今のがおよそ五十年分の時間を縮めて再現したものじゃ。そして、その後一族の加護は消えてしまった。とはいえ、特別な力を持った者は当時ほとんど残っておらんかった。華乃枝本人と直系である四人の娘くらいだったため、頼んだ刀も娘の分四振りだけだったそうじゃ』

「娘さんの分だけ・・・ですか?」

 陽炎にも珠子の意図することがすぐにわかったようで、ひとつ大きく頷いた。

『そうじゃ。何せ華乃枝の坊の力は先見(ゆえ)な、そう危ないものではないのじゃ。それに比べれば娘たちが内包した力の方が危険じゃった』

 あとはおいおい話すとするかの、と雪華の方に振り返った陽炎。それに雪華も頷き珠子に歩み寄ると、『それでは、今のことは他言無用ですよ。話しても大丈夫と私たちが判断できれば、その時は直接二人に話します。それまではどうか内密にお願いします』

 そして、優雅に一礼して振り返ると一歩ずつ遠ざかっていく。陽炎もそれに合わせて歩き出すが、ふと思い出したように両手を頭の後ろに組み、珠子へ振り返った。

『表のあ奴らに伝えてはくれんか?この先は今までよりも過酷ゆえ、努々(ゆめゆめ)油断することのないようにと』

 それだけ言い残すと陽炎は軽く手を振り、雪華の後を追って行った。もう振り返ることもなく、二人の影を珠子はぼんやりと見送っていた。


「珠子ちゃん、大丈夫?」

 気が付くと雅の顔がすぐ目の前にあった。ぼんやりとした頭で周囲を見回すと、洞窟の中の広場だった。

(あぁ、そうか…)

 今まで雪華たちに会っていた時間が濃密であったために、そこから覚めてもまだどこかふわふわと夢の中にいるような感覚に襲われている。

「…はい、大丈夫です。ところで雅さん、どうして私は膝枕されて寝ているんですか?」

「あら、気持ち良くなかったかしら?えっとね、雪華を掴んで座ってたんだけど突然体勢を崩して倒れそうになったから、抱き留めてそのまま寝かせたの。で、頭の下に敷くような上着とか毛布とかなかったから私の膝で我慢してもらったの」

あぁ、そういうことかと呟きながらゆっくりと体を起こそうとする。すると、額からひんやりとしたタオルが滑り落ちてきた。

「?」

 それは固く絞ってあり、しかしふんわりと手触りがよかった。冷たいのに持ち上げた手のひらにはほとんど水滴がついていなかった。

「正幸の絞ったタオルよ。もちろん雪華に手伝ってもらったものだけど、気持ちいいでしょう?」

 そうだった。珠子が雪華たちと対話する直前に正幸は鍋でお湯を沸かしていたのを思い出した。つまり濡れタオルを作ることなど造作もなかったということだ。その正幸はこちらに背中を向けていたが、いい匂いがこちらへと漂ってきている。

 雅に支えられて、ようやく体を起こすとふわりと紅茶のいい香りが目の前に差し出された。

「はいよ、気分はどうだい?もう少し休んだら出発するから、準備してくれよ」

 正幸が差し出したカップを受け取ると、一口(ひとくち)コクリと飲むと不思議と体の奥から温かくなった。そして、ほぉーっと長い一息をついた。思いのほかやわらかい口当たりに程よい熱さ、鼻腔(びこう)をくすぐるかぐわしい香りに頭が冴えていった。

 もう一口とカップに口をつけようとしたとき、先ほどの雪華たちとの会話がよみがえりはっとして正幸と雅を見る。

「あの、雅さん。正幸君。今、雪華と陽炎さんから助言があったんですが。……」


「確かに!矢でも銃でも持って来いって言ったけどな!」

「あんたがそんなこと言ったからじゃないの!?この馬鹿正幸!」

 この喧噪の中でよくもまぁ会話が成り立つものだと感心している珠子だが、実のところ心臓がバクバクいって今にも失神しそうな状態だ。

(なんでこんなことになっているのよ~!)

 嬉しさと気恥ずかしさが四分の一ずつ。あとの半分は恐怖で占められていた。というのも今の状況によるところが大きい。何せ、背後には鉄球!左右の壁からは銃弾の嵐!さらには足元にはところどころに落とし穴があり、その中には鋭い竹やりがびっしり!極めつけは鋭い針付きの天井が次々に落ちてくる始末!

(正幸君に抱えてもらえたのはいいけど、猫のように丸くなってるしか邪魔にならない方法はないよね~)

 普段から鍛えている正幸や、舞踊の稽古をつけている雅は当然ながら身が軽い。だが、都会のジャングルで生きてきた珠子にとっての運動と言えば、通勤の時の自転車と週二日通っているジムでのトレーニングだけ。とても実践的な動きなどできるはずもなく、こうして抱えられて今に至る。心臓の鼓動は衰えることを知らずいつまでたっても収まる気配はないが、どうにも冷静でいられるのは頭上で同行者二人が喧々囂々とわめいているのが多分に影響しているせいだろう。

「三十メートル先、(ふた)また!珠子ちゃん次はどっち!」

「えーと、次を左。十メートルほど直進して(みつ)またを真ん中です~」

 冷静さをどうとらえられたのか、正幸に先ほど作った地図を渡されナビ扱いされている。

(何もしないよりははるかにいいけどね~)

「姉ちゃん、パス!」

 不意に珠子を襲う浮遊感。気が付いた時には正幸の掛け声とともに放り投げられていた。

「!?」

 目を疑う行動だった。このトラップの嵐の中を右から左へと言葉のごとくパスされたのだ。思わず目をつぶってしまった珠子だが、しっかりと体を抱きとめられる感触に恐る恐る目を開く。

「珠子ちゃん、次!右と左どっち!」

 雅の表情には余裕が全くなかった。汗が額から流れ、頬を伝ったと思ったらすぐに後ろへと飛び散っていく。その光景に一瞬きれいだと見とれてしまったが、あわてて地図を見て指示を出す。

「次は右です!しばらくは道なり三百メートル先を今度は左できゃぁぁぁ!」

 指示を出している間にも正幸と雅の間を二往復する珠子。目が回ってもうナビをするどころの騒ぎではない。

(いったい私たちどうなっちゃうの~!?)

 この後、実に三十分に及び罠の中を潜り抜けた三人が目的の扉の前に到着した頃にはくたくたになってしまっていたのは言うまでもないことだった。


 と、そんなことがあった後では息が絶え絶えになってしまうのも仕方がないというものだ。ようやく落ち着いた頃には十分(じゅっぷん)が経過していた。

「さてと、それじゃ行くか」

 正幸が立ち上がって二人に声をかける。雅も珠子も少し辛そうにしながらも気丈に立ち上がった。

「行きましょう!この先に何があるのかを確かめないと」

 この中では一番関わりが薄そうな珠子が顔をぺちぺちと叩きながら、自分を奮い立たせるように気合を入れる。それを見て、負けてられないというように雅もパンと頬を叩いた。

「よし、何があっても先に進んでやるんだから!矢でも鉄砲でも…」

「姉ちゃん、それやめとこうぜ。さっき本当に矢とか銃弾とか飛んできたんだから」

 そうね、とくぐり抜けてきた罠の数々を思い出して身を縮め珠子の陰に隠れてしまう。呆れた顔をしていた正幸だが、ため息とともに気分を入れ替える。

 扉に向かい大きな取っ手をつかんで後ろを振り返る。雅と珠子が準備万端というように頷いた。それを確認し頷き返した正幸は手に力を込めて扉を開いていく。ギギギ…と大きな音を立てて開いていく扉の隙間から光が差し込みあたりを白く染め上げていく。扉をすべて開き切った時、周囲からすべての色が消えた。そして三人は白一色の世界に飲み込まれるのだった。

間が空きましたが、第3章4-2更新です。

次は、5月の連休前にはあげられるように頑張ります!

次話はついに第4章に突入です。

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