第3章 刀匠『村正』-遺産 4-1
「……や、やっと着いた……」
長い長い迷路を抜けてようやく目的地にたどり着いた正幸たち一行だが、すでに精も根も尽きかけようとしていた。目の前には何も書いていない扉があり、その一帯が少し大きな広場になっていた。
「あんなに長い迷路になってるとは思わなかったわ…」
「ほんとですよ~……長いだけじゃなくて、あんなに罠があるなんて。疲れた~」
雅と珠子は互いに背を預けあって座り込んでしまっている。しかしそれも仕方のないことだろう。あの休憩の後には誰も、全く想像もしていなかった光景が繰り広げられたのだった。
さかのぼることおよそ3時間前。休憩中に珠子が雪華と陽炎と邂逅したすぐ後のことだった。
「あの、雅さん。正幸君。今、雪華と陽炎さんから助言があったんですが。…知っていますか?この広場の先には…」
「あぁ、なんかやばそうなのが山盛りっぽいな。いやな気配がプンプンする」
「そうね、陽炎からも今までとは違う緊張が伝わってくる。なんだか私たちのことを心配しているような、そんな気配が」
二人は、それぞれの感覚でこの先にある危険を察知しているようだった。正幸は剣技とともに鍛えられたその鋭敏な感覚で。雅は生来持ちうる特殊な力で手中の陽炎の感覚を知覚していた。
「・・・ですよね~。雪華さんと陽炎さんもそう言ってましたし」
当然ながら、二振りも知っている。正幸も雅も、ただの人間ではない。一族に歴々と受け継がれている力を宿すものであると。だから、あえて珠子にこう言ったのだ。
『あの二人が疲れて見落としていない限りは大丈夫だろうが…』
そう前置きして色々と説明してくれていた。この先は、一族の秘密が眠る最深部であること。休む暇がなくなるであろうこと。そして、ここからは死すら覚悟しなければならないことを。
そのことを二人に話すと正幸は不敵に、雅は優しく笑った。
「望むところ、矢でも銃でも持って来いってもんだ!」
「大丈夫、珠子ちゃんは私がちゃんと守るからね」
そう言って正幸は両拳を打ち合わせ、雅は珠子を優しく包み込む。二人の姿を頼もしく思いながらも、一抹の不安が珠子の胸をよぎる。
(ほんとに内緒にしてて大丈夫なのかな・・・)
「えっ! この奥に四宝刀の残り二つがある!?それすごいことじゃないですか、なんで二人に教えちゃだめなんですか?」
陽炎が語ったのは、この先の罠などの危険だけではなかった。最奥まで到達できたとき、そこには残りの四宝刀とそれによって封印されたある刀の眠る祠があること。そして、それは一族の者には話してはいけないこと。
『なぜかと言いますと、封印されているのは村正殿の残した最後の宝刀ですゆえ。ほかのどの刀よりも村正殿の情念が宿っております。それゆえ、人の気配に敏感に反応します。変に情報を与えて意識させてしまうとかえって危ないことになりかねません。緊張や、気負いが死の危険すら呼び込むことになりかねないのです』
そして、雪華の言葉尻を陽炎が引き継ぎもう一つの理由を語った。今回は過去のどんな状況よりも条件がそろっているということ。
『今回は、あの封印を解くことができるかもしれん。一族の者が二人いて、お主もいる。椿に連なるお主がな』
きょとんとして、陽炎を見る。そして、頭の上に?を浮かべながら自分を指さす。それに雪華と陽炎は珠子を指さしてうなずく。
「・・・えええぇぇぇぇ!」
大仰な驚き方であるが、珠子の正直な気持ちが表れていた。どうして自分がそこに出てくるのかということに驚き、そして”椿”の名に何の関係があるのか。そもそも椿の家とはなんなのだろうか。考えれば考えるほどに頭の中を情報がぐるぐると渦巻き、ついにはガクリと頭を落とした。
「・・・・・・一つだけ、いいですか?」
息も絶え絶えにかすれた声で尋ねたのは、二人も予想だにしていなかったことだった。
「そもそも、四宝刀は妖怪退治のために打たれたんですよね。いったい何がどうなると二本で一本の刀を封印することになるんですか?」
さすがに雪華たちは目を見合わせた。互いに目を丸くしている様子を確認すると、思わず吹き出してしまった。雪華でさえ、大きく口を開けて声を上げて笑っている。
「え? 私、変なこと言いました?」
その様子に、ヒートしそうな頭が冷えたのかきょとんとした表情で小首をかしげている。もちろん頭の上には疑問符がいくつも浮かんでいるのは言うまでもない。
『ふふっ、すまんすまん。今までの話を一足飛びにして、物事の本質に迫るあたりはさすが血筋だと思うてな。初代当主の冬子にそっくりじゃ』
陽炎はしみじみとつぶやくと、昔を思い出すように振り仰いだ。
「初代当主って、女性だったんですか?そもそも、うちの家ってなにか特別な家系だったりするんですか?」
珠子は回想しているであろう陽炎は放っておいて、雪華に尋ねた。珠子自身は祖父母や両親に家のことについて何かを聞いたということはない。ただ、家宝としてあの小刀を受け継いでいるという事実だけ。
そして、その守り刀を見た時の正幸の反応。刀身を引き抜いたときにわずかに歪んだ表情を珠子は覚えていた。
『そうですか、あなたは何も知らされていないのですね。いいでしょう、語り聞かせましょう。ただし、これも他の者に聞かせてはいけませんよ。約束できますか?』
先ほどより雪華の口調が崩れていた。珠子の家系とはやはり何かのつながりがあるだろう。雪華自身もそのことに気付かぬまま、正面に座る珠子に問いかける。そしてコクリとうなずくのを見て、雪華はゆっくりと話し始めた。過去の出来事を慈しむように。
『まずはあなたの家系のことからです。珠子さんは四季咲と言う名前をご存知ですか?』
フルフルと首を横に振るのを見ると、ニコリと微笑み『ではそこからですね』と先を続けた。
『あれは、私たち四宝刀が打ち鍛えられたすぐ後のことでした。初代の村正殿はあなたの祖先にあたる、四季咲家八代目当主「四季咲華乃枝」殿に乞われ四振りの刀を譲り渡したのです。一振りは大太刀で斬撃に特化したもの。一振りは細い太刀で刺突に特化したもの。一振りは短刀で連撃に特化したもの。そして最後の一振り。椿さん、あなたがお持ちになっているその小太刀こそ守防に特化した一振りなのですよ』
珠子は瞬きも忘れ、話に聞き入っている。雪華は構わずになおも続けた。
『四振りの刀にはそれぞれ銘がありました。葵日向の大太刀、小菊の太刀、桜花の短刀、椿の小太刀。なぜ四季咲殿が四振りの刀を求めたのか、そこには彼の子供たちが関係していたのです。彼には四人のかわいらしい娘がいました。それぞれに個性があり、男勝りで勝気な娘としっかり者で小さなことにも気配りのできる気立てのいい娘。わがままですが愛くるしく皆に好かれる娘、気が小さく引っ込み思案ですが誰よりも思いやりのある娘。この娘たちそれぞれに一振りずつ分け与えるためでした。それと言うのも…』
その昔、四季咲家は一万石の大名家だったという。そして、七代目の時から村正とは親交があり懇意にしていた。その縁で村正は四季咲の家臣にたびたび刀を打っていたという話だった。その当時から”刀匠村正”の名は有名で他の大名家からも一目置かれる存在だったという。
だが村正は変わり者としても有名で、大名から刀を打ってほしいという依頼が来ても門前払いにしていたそうだ。そんな村正が刀を四季咲家のために鍛えているという話を聞きつけた大名の使者が、華乃枝のもとにやってきて村正に取次ぎを頼んできた。
「なんとか村正殿にあってもらえるよう頼んではもらえないだろうか。礼ならいくらでも用意する。この通りだ」
そういって頭を下げた使者に対し、華乃枝は快く引き受けた。そして程なくして村正に会いに行ったのだが当の村正は乗り気ではなかった。
「華乃枝殿、貴殿がそういうからには会ってやらんこともないが。その大名、名はなんと申したか?」
華乃枝の口から出た名前にしかめ面をすると、頭を振ってこう言い放った。
「あの家はダメだ。家臣にしても当主にしてもろくな剣士がそろっておらん。そのような者どもの扱える刀など、この村正打った覚えはない」
そう言って虫でも追い払うように手をひらひらとさせていた。そして、
「四季咲殿にならどのような刀でも、お譲りするのだがな。貴殿も、そして家臣たちもなかなかの手練れだ。……そういった”剣士”にこそ、我が刀を使ってもらいたいものだ」
そう最後に付け加えると、村正はしばらく待つように残すと鍛冶場に戻っていった。華乃枝は相変わらずと肩をすくめ出された茶を啜るのだった。
しばらくして、奥から弟子のひとりが出てくると村正から伝言だと言って簡単な書状を渡した。
「これを大名の使者に渡すようにとのことでした」
そこに書かれたものは取次ぎを頼んだ大名家への断り状であった。これまた村正らしく簡潔に、
『我が刀は使うものを選ぶ。御身にその実力はあり申されるか?』
とだけ書いてあった。
『そんなことがありまして、華乃枝殿はその書状を使者の方に渡したそうです。ですが、その大名はさぞお怒りになったのでしょうね。そのような書状を出してきた四季咲の家を取り潰すため、ありもしないでたらめをお上に訴え出たそうです。お家転覆を狙って下剋上の準備をしていると』
『まったく、逆恨みもいいところじゃ』
陽炎は当時を思い返すようにうんうんと頷くと、いい迷惑だと付け加えた。実のところ、書状を受け取った大名は華乃枝が村正を紹介したくないばかりにこんな書をしたためたのではないかと考えていた。そこで、あらぬ疑いがかけられれば村正を紹介してくれるのではないかと一計を案じたのだ。まずは噂だけを流し華乃枝の、四季咲家の出方をうかがった。しかし、待てど暮らせど村正への取り次ぎの打診はなく、とうとう頭にきた大名は本当にお上に訴えたのだった。
「どうしてそこまでしてその大名は村正の刀を求めたんでしょうかね?」
刀に関わる者ならば、どうしてそんな質問をと首をかしげるところだろう。村正と言えば名声悪声は様々あるだろうが、有名には違いない。特筆すべきはその切れ味であり、それゆえに使い手を選ぶ。しかし、一度でもその刀通りを味わってしまうと魅力に取りつかれてしまうとまで言われていた。
『そうですね、一言で表せば虜になってしまったということなのでしょうね』
雪華はそう説明するが珠子はよくわかっていなかった。
『つまりだ、うまいものを食べるとまた食べたくなるであろう。それと同じで一度でもその刀を振るってしまったら、剣客はたまらなくその刀をほしくなってしまうということじゃ』
陽炎が補足すると、ようやく珠子は納得したようだ。うんうんとうなずいていたが、そこでまた疑問が浮かんできた。
「そこまでして刀が欲しかったのなら、それこそ華乃枝さんに譲ってもらうように話はできなかったんでしょうかね?そこで譲ることができればお家取り潰しなんて物騒な話にもならなかったんじゃないですか」
『それができなかったんですよ』
雪華は質問の内容がすでに分かっていたかのように、間を開けずに答えた。
『華乃枝の坊と言うより、四季咲の家は不思議でな。腕の立つ侍は身内にも家臣にもいたのに村正の刀に揺れるものはなかったと聞く。それゆえ、それぞれ手になじんだ刀を使うことが一番だといって一振りも持たなかったのじゃ』
『ですので譲ることもかなわず、とうとう役人が四季咲の家にやってきたのです。華乃枝殿は役人を家にあげ、問われることすべてに答え、道場や厠に至るまで案内したといいます。そこで、下剋上の意思がないことを役人が理解したのです』
陽炎の後を雪華が引き継いで説明する。だが、その表情は暗く言葉尻に『ですが…』と残して口をつぐんでしまった。
お待たせしました!(と言えるほど楽しみにしてくれる方がいたらうれしいな)
先月はついに更新することができず、今月ももう半ば過ぎてしまいましたがどうにかあげることができました。
次回は2月中に更新できればいいな~(←すでに希望的観測になりつつある)
とりあえず、この話の後半にはもう取り掛かっていますので頑張って早く書けるようにしたいですね。
休みのたびに家族総出で雪片付けなので思うようにかけないのが痛い(><)




