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第3章 刀匠『村正』-遺産 3-2

 地下に潜ってだいぶ()つだろう。太陽の光が射さないこの場所では時間の感覚が徐々にあいまいになっていく。珠子にはもう今の時間が体感できなくなっていた。その理由の一つに今潜っている迷宮があげられるだろう。

「どこまで続くの、この迷路~?」

 歩き疲れた雅が正幸に向かって文句を垂れる。しかし、みんな同じ気持ちであることは言うまでもない。先頭を歩いていた正幸が振り返ると、続く二人も自分と同じように疲れた顔をしていた。

「ちょっと休憩するか。あと三百メートルも行けば広場に出るから、そこで休もう」

 珠子も雅も頷くまでもなく賛成だった。2時間近く歩き通しだったので足が棒になっていた。休めると思って歩くと不思議と短く感じるもので、ほどなく広い空間に出る。

「ここなら座って休めるだろう。姉ちゃん、いつもの持ってきてる?」

 雅の方を見返せば同じことを考えていたのか、リュックから小さな鍋とそれをかける三脚のコンロを取り出す。そこに紅茶の茶葉を入れるとまとめて正幸に渡した。

「ん、ありがと」

 一言礼を言って、広場の中央に座ると雪華と陽炎を取り出した。最初に雪華を鍋の上にかざし、何かつぶやくと、雪華の先から水の(しずく)がしたたり落ちてきた。それはみるみるうちに量が増え、すぐに鍋を水で一杯にした。

「あとはコンロにかけて。陽炎、出番だ」

 雪華を岩の上に置き、今度は陽炎を取ると三脚の下の土に突き立てた。すると今度は大きな柏手《かしわで》を打ち、そのまま合掌の状態で呪文のようなものをつぶやいた。今度は陽炎の切っ先のあたりに小さな火がともった。正幸が続けて唱えると小さな火はだんだんと大きくなり、鍋を温めるのに十分な炎になった。

「ねぇ、正幸君・・・」

 すべての準備が整いあとは湯が沸くのを待つばかりになった時、珠子にはふとした疑問がわきあがってきた。

「今のって雪華と陽炎を水道とガス代わりにして準備したってことだよね……二人とも怒ってない?」

「二人とも……ねぇ。ふふ、あんた一族の人間(俺たち)と同じ捉え方をするんだな。確かに、あいつらは最初は怒ってたよ。でも、なんというか慣れたんだろうな。ぶつぶつ言いながらも助けてくれるよ」

 珠子が雪華と陽炎を人として扱ったことが嬉しかったのだろうか、わずかに微笑み言葉を返す。そして、岩の上から雪華を取ると反対側の先を珠子の方に向ける。

「?」

 何をすればいいのかわからない珠子に向かって雪華を振り、先をつかむように促す正幸。そして振り返ると雅に火の番を頼んで静かに目を閉じた。珠子もそれに倣うように先をチョンとつまむと目を閉じた。

『まったく困ったものよの。われらを便利道具か何かのように扱いおって』

 涼やかに響く透き通った声。いつか聞いたことのある声につられ(まぶた)を開くと、そこは虹色の光に包まれた、まだ見慣れない精神世界だった。

「あ……雪華さん?」

 珠子は思わず声をかけてしまったが、その隣にもう一人見たことのない人物が立っていることに気が付いた。その後ろ姿は着ているものや髪の長さこそ違えど、雪華とよく似ている。二人が振り返ると本当に瓜二つの顔が並んでいた。

『よくいらっしゃいました、椿さん。待ちかねました。ちょっと聞いてくださいまし、また正幸殿が……』

 雪華は口をとがらせて不満をつらつらと並べながら珠子に近づく。そしてそれを呆れた顔で見ながら後ろを付いてくるもう一人の活発そうな美女。その出で立ちはまるで神輿の担ぎ手という感じだ。腰上までの短い羽織と腰から太ももにかけてのきれいなラインを描く半股引(はんたこ)のようなパンツ。羽織の下にはタンクトップ状のインナーを身に着けている。そして、すべてに共通するのは炎をモチーフにした紋様だった。

『いい加減にせんか、(せつ)の字。驚うておるではないか』

 雪華のことをいさめるその声には聴き覚えがあった。しかも、ついさっきのことだ。だが珠子が声をかけようとしたその時、雪華が勢いよく振り向く。握った両の手を天に向け突き上げると、もう一人に向かって抗議の声を上げる。

『陽炎はまたわたくしのことをそんな名前で呼びますか!いい加減に統一してくださいまし。雪華だったり、雪の字だったり、(せつ)だったりと。さすがにわたくしも怒りますよ!?』

 相当ご立腹の雪華は置いておいて、やはりもう一人の女性は陽炎で間違いないようだ。そして、またしてもと言うか珠子とうり二つの顔をしている。髪が短かったり赤かったりするので雰囲気は全然違うが、二人並べれば万人すべてがそっくりだと言うだろう。

「えーと、いいですか?陽炎…さんですよね。初めまして、椿珠子と申します」

 雪華の話が途切れるのを待って、恐る恐る珠子が訪ねる。そこでようやく思い出したのか、雪華がコホンと咳払いを一つつくと珠子に向かって紹介した。

『こちら四宝刀(しほうとう)が一振り、炎気(えんき)を操る陽炎です。そして、改めまして四宝刀が一振りにして水気(すいき)を操る雪華にございます。以後お見知りおきを』

『紹介に預かった陽炎じゃ。名前にもある通り炎を使う。よろしく頼むぞ、わっはっは』

 顔立ちはそっくりなのだが、何とも対照的な二人だった。雪華の方は礼儀正しくお辞儀をするのに対して、陽炎は腰に手を当て豊満な胸をそらして豪快に笑う。それを見て、頭をあげた雪華が陽炎の脇腹を小突く。

『おぉ、すまんすまん。じゃが、我は元来(がんらい)こんなでの。許せ、珠子とやら』

 珠子はその仕草や話し方を見ると、ついつい正満を思い出していた。豪放磊落(ごうほうらいらく)というか、裏表のない性格のようだ。

「それで、やっぱり雪華さんたちは正幸君に怒ってたりするんですか?さっきはそのことで話しかけられたようにも見えましたが…」

 話の切れたタイミングで意を決して本題を切り出す珠子。その問いに雪華と陽炎は顔を見合わせると、困ったような嬉しいような顔をする。

『正直に言えば、我らをここまで使いこなすようなったことが嬉しくもあり…』

『そして、便利に使われてしまうのが少々腹立たしくもあるのです。でも、小さいころから見てきたこともあるからでしょうか。成長していく姿はやはり嬉しい…と感じます。親心というものなんでしょうね』

 陽炎も雪華も、先ほどまでの表情からはうかがい知ることのできなかった慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。まさに親が子供のことを(いと)おしく語る、そのものずばりだと珠子は思った。

「それじゃ、怒っているわけではないんですね?」

『いや、そういうわけでもないのだが…まぁ、事態が事態ゆえ致し方ないとも思うのでな』

 雪華もうんうんと頷く。その後は正幸とどういうわけか雅の愚痴ばかりになった。しかも、話を聞いている限り正幸はそれほどひどい扱いをしているわけではなく、どうしてもというときしか使わないらしい。むしろひどいのは雅で、何もなくとも神楽舞(かぐらまい)の練習にかこつけては正幸に炎で灯りをつけさせたり冷気でスモークをたかせたりするらしい。

「なんだか雅さんの方がひどい人に見えてきました。正幸君はどっちかと言うと被害者って感じですね」

 虹色の光から透けて見える正面の正幸を見て、次いでその陰にいる雅を見るとひとつため息をついた。

『まぁ、雅殿もあの性分ですから。我々は彼女のことも幼少から見ていますので、仕方ないと思います。あれで、ものすごい寂しがり屋なんです。酔うと正幸殿の寝床にまで入るほどで…淑女としてはいただけないんですけどね』

 苦笑を噛み殺しながら雪華が言うが、珠子にはとても信じられなかった。あの社交的で快活な雅が寂しがり屋だなんて。だが、酒に酔った時のことを考えればそう思えなくもない。あの時は酔って布団にもぐりこんだだけだと思っていたが、心のどこかに秘めた思いがあったのかもしれない。

『今でこそあんなだが昔は人見知りが激しくて、よく正伸の後ろに隠れていたものよ。人間というものはあっという間に成長するものよの。ちと、さびしくもあるがな』

 遠くを見て語る陽炎を見ていると、彼女らが本当に人間であるかのように錯覚してしまう。いや、心だけならば人間に劣らないだろう。考えてみれば長い時間をかけて村田の一族を見てきたのだから、正満よりも人間味にあふれていてもおかしくない。

「お二人とも、皆さんのことをよく御存じなんですね。…そういえば、正幸君と雅さん以外でお二人と話ができる人はいるんですか?」

『一昔前まではわたくしたちと話のできる者たちばかりだったんですよ。ここ百年くらいでしょうか、一族全体の能力(ちから)が衰退してきたのは。正幸殿たちのように強い力を持つ者も今までに生まれてはきましたが、我々と同調して話ができた一族の人間はおりませんでした』

 遠い過去を振り返る雪華の表情は、憂いとさみしさが入り混じり哀愁が漂っている。

『まぁ、そんなわけでな。あれら(・・・)は貴重な我らの話し相手というわけよ。もっとも、今日が初めてじゃがの。あ奴らと話をしたのは』

 陽炎はからからと笑いながら、それでも二人を。一族の人間を大切に思っているのが言葉尻ににじんでいる気がする。

「そうですか。それじゃ、私が頑張って二人を助けないといけませんね」

 ”ん?”という顔で二振りの刀は珠子と顔を見合わせる。つられて珠子も”ん?”と笑顔で首をかしげる。

『何を言っておる椿の。今の”あれら”にはお前さんも含んでおるんじゃ』

『そうですよ。無理だけはしないでくださいね。せっかくできた一族以外の話し相手なのですから』

 二振り(ふたり)はにこやかにほほ笑むと、珠子の手を握った。雪華のほうは少々冷たく、しかし滑らかで気持ちがいい。陽炎のほうは人肌よりも熱く、だが柔らかく心地よい。そして二人とも大事なものを包むように、力強く。そして優しく珠子の手を包む。

「はい、またお二人に会いに来ますね!」

 珠子は二人の気持ちに応えるべく、元気いっぱいに応えた。それに満足したようで、どちらともなく手を放すと陽炎は珠子の頭をやさしくなで、雪華は体を抱きしめた。いつか昔に祖母がしてくれたような、懐かしさを感じながら珠子は眼を閉じる。

『お、そうじゃ。椿のまだ帰るには早いぞ』

 ふぇ?と陽炎の声に目を開く珠子。そして、自分の体が透けかけていることに気付く。

『あら?陽炎いいのですか、言ってしまって。今回は手を貸さないと言っていませんでしたか?』

 雪華が珠子を抱いたまま首だけを後ろに回す。珠子もそれに倣って陽炎のほうを見上げた。

『よい。というかこの娘を危険に巻き込むのは気が引けるでな。ちょっとした助言じゃ、手は貸したことになるまい。そういうことでじゃ、椿の。いや、珠子よ。ここからは今まで以上に気を引き締める必要がある。そこの二人にもよく聞かせておいてくれ。この先に潜むのは…』

 陽炎が語るその内容は、これから挑まなければならない試練が過酷であることを物語っていた。そして、一族の言い伝えを根底から覆すことであった。

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