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第3章 刀匠『村正』-遺産 3-1

 洞窟の奥へ奥へと進むほど、試練は今までとは違った様相(ようそう)を呈してきた。今までは小手調べだと言わんばかりに、一族に関することが次々と出題されてきたのである。

 『一族の祖は刀匠“村正派”の一人である』だとか、『家宝はすべて合わせると(みっ)つある』だとか。簡単なものから正幸たちの知らないことまで織り交ぜてある。もちろん、村田の一族は分家とはいえ村正直系なので先の問いは間違いである。

「家宝は三つって…違うよな。言い伝えでは四つだ。姉ちゃんは、なんか知ってる?」

 妙に新しい感じのする壁に書かれた文字を見て、雅は指を顎に当て視線を上向(うわむ)ける。何もない洞窟の天井にしばらく視線をさまよわせた後、おもむろに正幸のほうへ振り返る。

「私が調べたところでも、家宝は(よっ)つあったらしいわ。そのあとにもいろいろ記述はあったけど、もしかすると本当はもう一つあるかもしれないのよね。ただ、古文書ではそれを家宝として記述していなかったのが気になるけど…」

「へ~、そうなのか?でもまぁ、とりあえずここの問いは『誤』の方だな」

 腕組みして唸る雅はそっちのけで、正幸は先への扉を開く。それにしても、先ほどから奥に進めば進むほど壁に書いてある言葉が時代を逆行していく。だが、不思議と進むほどに壁に書いてある問いの文字がくっきりとし、入り口に比べて色が()せていないことに気が付く。洞窟に入って最初の扉では横書きで書体も現代のものだったが、壁が風化(ふうか)し、年代が感じられた。外気と触れている分多少なりとも空気の動きがあるからだろうか。それによって腐食が進んだのならば、奥に進むほど洞窟内がきれいに見えるのも納得がいく。扉で区切られ空気の動きの少ない深部では、老朽化が少ないのだろう。

「ん、間違いないみたいだ。特に罠もないしこのまま先に進もう」

 振り返り後ろの二人を見やれば、片やいまだにうんうん唸っている。もう片方はといえば、壁に書いてある問題の意味も内容もよくわからなくなってきたのだろう。通路に彫られた彫刻を見ては感嘆のため息を漏らしていた。

「ねぇねぇ、正幸君。あの扉からここまで、あちこちにこんな彫刻が彫ってあるのはいったい何のためなの?」

 ちょこちょこと珠子が寄ってきて尋ねる。しかし、明確な答えを持っているわけではない正幸にはすぐに答えることができず、珠子と一緒に壁の彫刻を見ていく。彫られているのは、おそらく鍛冶場と刀を打つ風景。そして、四人の剣客が刀を構えて獣のような影と対峙する姿だった。と、ある一角に小さく文字が彫られているのを見つけた。そこにはこう書いてある。

『刀匠村正 異形の(あやかし)打倒(うちたお)さんがため四振(しふ)りの宝刀を打ち鍛えん』

 つまりは、村正が妖怪を倒すために刀を打った図が描かれているようだった。

「ん?何を見てるんですか、正幸君。……はぁ、そういう絵だったんですか。納得です」

 珠子は正幸が何かを見ていることに気が付き、視線の先を追ってみた。すると、つまりはそう言うことだ。

「なかなか親切だな。こういうところは、一族の血と言えるのかもしれない。うちの家族、特に爺ちゃんと親父は生真面目だからな」

(それは正幸君と雅さんも同じだと思うけどな)

 口に出しそうになったが、正幸のはにかむような笑みを見て心の中でそうつぶやくに留めた。今まで見たことのない正幸の表情に、珠子は胸のあたりがキュッと締め付けられるような感覚を覚える。

「どうした椿さん。ちょっと顔が赤いぞ?」

「! だ、大丈夫だよ。ちょっと感動してただけ!」

 正幸にのぞきこまれて、ドキッとしながらもあわててごまかす。まさか、正幸の顔に見惚れていたとは口が裂けても言えない。

(・・・見惚れていた(・・・・・・)・・・?)

 無意識の自分の考えを思い返して、珠子は今度こそゆであがったタコのように真っ赤になってしまった。さすがにおかしく思ったのか、また覗き込もうとする正幸を遮るように雅が間に滑り込む。

「こ~ら、あんまり女の子の顔を覗き込むもんじゃないの!デリカシーにかける男はモテないわよ」

 見るに見かねてと言ったところだろう、最初はにやにやしながら遠巻きに見守っていたのだが、いよいよもって珠子のの言動が怪しくなったので助け舟を出したようだ。

「ほら、先への道が開いたんでしょ。男ならさっさと偵察に行ってきなさい!」

 それが役割だというように扉の先へと追いやる。正幸も最初からそのつもりだったのか、心配しつつも珠子を雅に任せ先へと進んでいった。

  ドサッ

「ふぅぅぅぅぅぅぅ・・・」

 緊張の糸が解けたようにその場に座り込む珠子。その背中をゆっくりとさすり乱れた呼吸が整うのを手伝う雅は、母親のような笑みを浮かべている。かと思えば、扉の方を見て呆れた顔を見せたりもする。

「ありがとうございます、雅さん」

 まだ顔を上気させてはいるが、雅の方を見る余裕はできたようだった。そうして礼を言った珠子を今度はぎゅっと抱きしめてゆっくりと頭をなでる。ちょっと驚いたが、そうしてされるがまま甘えることにしたようだ。

「まったく、あの正幸(ばか)はもうちょっと乙女心…というか他人の気持ちを考えることはできないのかしら。本当に鈍いんだから!珠子ちゃんがこんなに思いを寄せてるっていうのに、(こた)えるそぶりすらないのはあんまりよねぇ」

 そこまで口にしたところで雅の手の下でまたもや珠子は顔を真っ赤にしていた。自分の気持ちが筒抜けだったことや、それを正幸も知っているような雅の口ぶりではそれも仕方のないことではある。あまりの恥ずかしさに雅の豊満な胸に顔をうずめて、恐る恐る問いかける。

「…そんなにバレバレですか、私の気持ち。と言うか、自分の気持ちをはっきりと自覚したのはついさっきなんですけど…」

 雅は少し考えるふり(・・)をして間を開けると、きっぱりと言い切った。

「…ものすごくバレバレだったわよ。たぶん、気が付いてなかったのは珠子ちゃんだけじゃないかしら」

 珠子はがっくりと肩を落とした。自分の気持ちがダダ漏れだったということ以前に、自分の(にぶ)さに(あき)れていた。自覚したのはつい先ほどだったものの、それまでの行動にはしっかりとあらわれていたらしい。

「……それじゃ、もしかして。ちょっと前くらいから私と正幸君が二人で行動することが多かったのって」

「もちろん、気を利かせてあげたつもりだったんだけど……。その感じじゃちょっとタイミングが早かったみたいね。てっきりアピールのつもりで正幸のこと追っかけてたと思ってたんだけど」

 珠子を抱きしめていた手を緩め、正面から向き合うとチョロッと舌を出していたずらっぽい笑みを浮かべる。

(この女性(ひと)は本当にこういう仕草がよく似合う。美人なのにこんな幼い仕草も様になるなんて……人生って不公平だ)

 などと心の中で思いながらも、嫌な気分ではなかった。その笑みは不思議と他人も笑顔にする力があるようだ。と、二人で笑い合っていると扉の向こうから足音が響いてくる。振り返れば、先行偵察に行った正幸が戻ってきたところだった。

「戻ったぞ。……ん?なんだ、俺の顔に何かついてるか?」

「別に~。強いて言うなら目が二つと鼻と口がひとつずつかしら」

「そうか、それはよかった。それがなかったら俺は見ることも話すこともできないのっぺらぼうってわけだ」

 姉弟は慣れた様子で掛け合いをしていた。それを見ながら珠子は改めて思っていた。家族っていいな、と。


 先行した正幸の話では次の扉まではまだ到達できなかったということだった。どうやら、迷路のように地下通路があちこちに伸びているらしい。そこで、いよいよ雪華(せっか)陽炎(ようえん)の力を借りようということで戻ってきたらしい。

「雪華と陽炎の力を借りるって、どういうことです?」

 話の見えない珠子は、二人に疑問をぶつける。

「そうねぇ・・・・・・うん。私に説明は無理!正幸、よろしく」

 と、ほぼ考えることもせずに丸投げした雅だが正幸にもそのことは予想できていたらしい。そちらを見ようともせず、珠子にしゃがむように促すと自分も同じように腰を落とした。

「まず、今まで(もぐ)ってきてわかってると思うけど、この洞窟は湿度が高い。天井からしずくが垂れてくるほどに。そして、雪華は水や冷気。つまりは水分を使って様々な事象・現象を起こすことができる。そして俺は、特定範囲内の水分分布を読み取るという離れ業ができたりする」

 ここまで言って少し得意げな顔になった。本人は気付いてないかもしれないが、自分にしかできないということもあって自慢なのだろう。ちょっとかわいいと珠子は心が温かくなるのを感じた。

「・・・でも、それでどうやって迷路の出口を見つけるの?どこに水があるのかわかるだけでしょう」

「どこに水があるのかわかるってことは、そこは通路である可能性が高いってことだ。この山は鉱石が採れる岩山だからな。水分を含まないところは岩盤である可能性が高い。移動しながら水分の分布を辿って行けば、扉のある広間を見つけることもできるって寸法だ」

『もっとも、深いところに行けば地下水の通る岩盤もあるだろうから絶対じゃないけど』、と付け加えた。そして立ち上がると、存在を無視されてふてくされる雅と一言二言の言葉を交わすと、足元にあった雅の荷物の中からきれいに折りたたまれた和紙を取り出した。

「これは?」

「まぁ、見てなって」

 珠子の問いに短く返すと正幸は大きめの岩の上に紙を広げ、先ほど一緒に荷物から取り出した陽炎をその上にかざした。

「まずは、炎の風(ホノカ)!水分を飛ばせ」

 発した言葉に呼応するように、陽炎から熱風が吹きだす。しかし、熱さを感じたのはただひと時だった。その風は岩に広げられた和紙の表面をなでるように吹きすさび、洞窟の空気でわずかに含んだ湿気を見事に飛ばしていた。

「次、雪華! 共鳴、水標(みずしるし)

 今度は和紙の上に黒い点が打たれた。と思ったら点はすごい勢いで紙全体に広がっていく。色の薄いところ、濃いところの差はあるがよくよく見ると今まで通ってきた道順に見える。

「うし、こんなところだろう! 姉ちゃん、写真よろしく」

「ハイハイ、撮るわよ」

 カシャッと電子的な機械音が響く、どこから取り出したのか雅はデジカメを構え、和紙がすべて収まる位置から撮影していた。

「・・・ものすごく、いい連携ですね」

「あら、褒められちゃった」

 珠子は半ばあきれて思わず口から出た言葉ではあったが、さすがに雅は聞き逃さなかった。その一言で小躍りしそうなほどに喜んでいる。だが、その相棒たる正幸は険しい顔をして和紙に浮かび上がった地図を凝視していた。

「…なぁ、姉ちゃん。ちょっと見てくれねぇか、ここ」

 その言葉が含んだ緊張を読み取ったのか、二人とも正幸のもとに駆け寄り地図を覗き込む。

「! これって、一体…なんなの?」

 珠子にはよくわからなかったが、おそらくは洞窟の最深部らしきところが空白になっており、そこは真円にくりぬかれている。

「これはちょっとまずいことになってるかも」

 雅の呟きに含まれた緊張から只ならぬことが起こっているような、そんな不安に珠子は包まれたのだった。

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