第3章 刀匠『村正』-遺産 2-2
意気込み、すぐにも扉を開けようとしている正幸を見て雅は声を上げた。
「ちょっと待った!」
出鼻を挫かれ、うなだれながら振り返る正幸。すると、雅はそれぞれの前におかれた食事を指差した。
「ちゃんとエネルギー補給してからね。この扉は一人で入らなくちゃいけないんだから、準備はしっかり整えていきましょう」
にっこりと笑顔で窘める。しかし、雅の言うことももっともだ。正幸は目の前に立ちはだかる試練を前にして先走ってしまったことを反省し、おとなしく雅に従うのだった。
「よし、ご飯も食べたし休養もしました。準備万端!いざ、試練の扉へ!」
珠子の元気な号令に従い、三人は歩き出した。あらかじめ打ち合わせていた通り最初が正幸、次に珠子、雅と言う順番で扉の前に立つ。
「それじゃ、行くぞ…!」
扉の前に立った正幸が扉に手をかける。特に変わったところもなく押し込むと素直に開いていく。油断せず警戒を続けるが何かが変わる様子もない。少々肩透かしをくった感はぬぐえないが、それでも十分に気を付けながら扉の中へ一歩を踏み出す。それを後ろから見守る二人の女性は、やはり不安そうな顔をしている。一歩一歩、扉の奥に進んでいく正幸が扉を完全にくぐったその瞬間、今まで見えていた後姿が突如として見えなくなった。扉の先が暗くて見えなくなったのではなく、完全に姿が目の前から消失してしまった。
「…ん?ちょっと待って、正幸はどこに行ったの?」
その異常に先に気が付いたのは雅のほうだった。あわてて扉の前に駆け寄ると、何もなかった空間から突然人の手をかたどった影が生えてきた。
「うひょわぁぁ!」
素っ頓狂な声を上げて後ずさる雅と、それを追いかけるように扉の中から次々に生えてくる影は扉の下を完全にくぐりきると突然はじけ、そのあとには間抜けな顔をした正幸が立っていた。
「ん?あれ…確かに扉をくぐったはずなのに…?」
目の前に座り込んだ雅とそれをかばうように前に出た珠子を見て不思議そうな顔をする。
「…はぁ、それはこっちのセリフよ。いったいどうなったの正幸君?扉をくぐったと思ったら、急に姿が見えなくなるんだもの。大丈夫?けがとかしてない?」
心配そうに正幸の顔を覗き込む珠子。やはりというか、彼女は何かに集中するとほかのことがおろそかになるようで。
「…近いって。別にけがもしてないし、意識もはっきりとしてる。強いて言うなら、扉をくぐった時の浮遊感とちょっとしためまいくらいか?」
すぐ目の前にあった珠子の顔を両手で挟んで引きはがすと、頭をぐりぐりとなでつけた。
「姉ちゃん、俺が中に入って出てくるまでどれくらい時間がかかった?」
頭上の手を抑えて嫌がる珠子をよそに、扉の周囲を調べていた雅に投げかける。雅は手を休めることなく「そうねぇ、十秒くらい?」と先ほどの状況を思い出しながら答えた。
「…十秒か。かなり時間差があるな」
「それ、どういうこと?」
調べていた扉から離れ、正幸の手からようやく逃れた珠子の髪を整えながらも、雅は小さなつぶやきを聞き逃さなかった。
「ん~、俺が扉の中に入ってから姉ちゃんたちの前に出てくるまでの体感時間がおよそ一分。それまで真っ暗な闇の中を歩いていたんだ。で、突然目の前が明るくなったと思ったら姉ちゃんたちがいた。で、その間の時間差がおよそ五十秒ほど。これはいったい何を意味するのか…」
腕組みをして考えを巡らせる。が、いくら考えようとそこに意味を見いだせない。状況だけではいかんともしがたいものがある。
「やっぱり強行突破しかないかしらね」
先ほどの休憩で打ち合わせた通りに事が運んでいるようだった。雅が調べた洞窟のことと、そこから導き出された結論はあながち間違っていなかったと言うことになる。
「…別に何も変わったところなんてないですけどねぇ」
雅と正幸が話しているあいだのちょっと目を離したすきに、珠子は扉の中を覗き込んでいた。枠に手をかけてそこから先には入らないようにと気を付けているんだろうが、頭を突っ込んだのではまるで意味がないではないか。
「…珠子ちゃん、大丈夫?それだと中に入っているのと一緒だから、変な感じとかしない?」
きょとんとした珠子はそれを聞いて気が付いたようで、はっとした表情をして急いで扉から離れた。しかし、扉にも珠子にも何の変化もなく静かなものだった。
「大丈…夫みたいね。何で珠子ちゃんは正幸みたいにならないのかしら…?」
腕を組みながら考えていた雅だが、何を思ったのか正幸の腕をつかむと扉の前に立たせた。
「正幸、ちょっと手を突っ込んでみなさい。ただし手だけね」
正幸も雅の考えていることが分かったのか、なるほどと手を打とうとしたがそこで一つの疑問に行き当った。
「…別にそれはいいけどさ、なんで俺だよ。姉ちゃんでもいいんじゃねぇの?」
「つべこべ言わずさっさとやる!」
ここは年長者の言うことに従うべきだろうか。こういう時の雅はてこでも動かないことを知っている正幸にとってこれ以上は無駄な時間になると思った。無駄に時間と体力を使うこともないと自分に言い聞かせ、あきらめて言われたとおりにしてみる。
「…別に変わらないな。どういうことだ?姉ちゃんも試してみろよ」
何の異常もないことを確認した正幸は雅にも同じことをするよう促す。恐る恐るであったが、雅も扉の先に手を突き入れてみる。
「ん~、私も別に変ったところはないわね。でも、扉の先へ手を入れようとすると、不思議な反発感は感じたわね」
正幸には反発感などわずかに感じられた程度だったが、意外なことに珠子が同意した。
「あ、それ私も思いました。反発感というか圧迫感というか…。何か押し返されるような?」
やはり、結界のようなものがあるのだろうか。感応の差こそあれ、それぞれが何かを感じているようだ。
「…考えてもらちが明かないな。扉は開いたってことだから、この先に進む方法は必ずあるはず。ものは試しだ、ちょっと考えがある」
そう言って、腰のポーチから雪華を取り出すと体の前にかざし目を閉じる。呼吸を整え自然体で立つと、ゆっくりと目を開き扉に向かって歩いていく。その足取りは緩やかだが、力強さも感じられる。
パチパチ…
正幸が扉に近づくにつれてどこからか火花が散るような音が聞こえる。それは次第に大きくなり扉の前まで行くと大きな音とともにはじける光が見てきた。
「……大丈夫なんですか、雅さん。何かものすごいことになってるみたいなんですけど…?」
目の前の光景に思わず雅にしがみつく珠子。しかし雅は正幸から視線を外すことなく、珠子の手に自分の手を重ねた。
「大丈夫よ、たぶんね。正幸が能力を発現させたから結界の反発が見えるようになっただけだと思うわ。おそらくここを抜けるには、正幸がやっているように力づくで進むか、結界を無効化するかのどちらかなのよ」
今まで神社で修行していたといこともあり、不思議な事象には詳しいのだろうか。珠子は尊敬の眼差しを雅に向けるとテンション高く声を上げた。
「見ただけで判るなんてすごいですね!やっぱり神社で仕事をしていると、そういうものがわかるようになるものですか?」
「…えーと…あの……その」
雅は視線をあらぬ方向にそらす。そして、小さな声で。
「…こ…ょに書…てあ……」
「え?なんですか?」
正幸のほうから聞こえてくる破裂音にかき消され、よく聞こえなかった様子の珠子がいつもの調子で“ずいっ”と雅の眼前に迫る。
「だから…古文書に書いてあったの!」
もうやけくそだったようで、珠子に負けじと雅も顔を突き出し声も枯れよとばかりに叫ぶ。とたんに、今まで響いていたバチバチという音が消え、静けさが周囲に戻った。
「…えっ?…」
「…あら?…」
突然の静寂に珠子たちはキンキンという耳鳴りに襲われた。扉のほうへ振り返ってみればいつの間にか正幸が扉をくぐっていた。大きく深呼吸をし額に浮かんだ汗をぬぐうと、雅たちの方へと振り返った。
「なかなか手ごわいぞ、姉ちゃん。…でも、俺より力が強いんだからどうってことないか」
ところが、声をかけた二人はきょとんとして正幸を見ている。自分たちが見ていなかったわずか数秒のうちに扉を通り抜けたという事実に驚いているのか、それともいまだに耳鳴りが抜けていないのか。しかし、それを知る由もなく正幸もつられてきょとんとしてしまった。
「いや、だから。姉ちゃんならたいして苦労しないだろうって言ってんの」
扉の向こうにいる雅と珠子は顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。いったいどうなってしまったのか?
「・・・・・・・・・、・・・・。…・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
扉をくぐって先へ進んだ正幸は、こちらを振り返って何か言っている。しかし、なぜか声が届かなかった。いったいどうしたことか。二人がきょとんとしていると、また正幸が口を開いた。
「・・、・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、またしても声が届くことはなかった。何がどうなっているのかわからない二人は顔を見合わせると、どうしたものかと腕組みをした。
「…とりあえず、こっちからも声をかけてみますか?」
すぐに名案が浮かぶわけもなく、まずは状況確認と珠子は提案する。
「それもそうね。姿は見えてるわけだから、ダメなら紙に書いて伝えればいいんだしね」
雅はさっそく扉の向こうに声をかけてみる。
「何を言ってるのか全然聞こえないわよ。こっちの声は聞こえてるの?」
その声が聞こえているのかわからなかったが、腕組みをして難しい顔をする正幸。だが、意外なことに頷く仕草をして見せる。どうやら聞こえていないのは向こうの声だけのようだ。正確には扉一枚分の空間を隔てた先の音が一切聞こえてこない。天井から落ちるしずくの音や正幸が動くたびに起きる衣擦れの音など、何も音がしない。
「そっちの音だけがこっちに聞こえてこないってことね。……正直面倒だわ。 正幸、私たちもそっちに行くからそれから話しましょ。ちょっと離れてて」
正幸もわかったようで、了解の意味を込め手を挙げると三メートルほど後ろにさがった。
「それじゃ行くわよ、珠子ちゃん」
珠子に向かって手を差し出す。それを見て一瞬戸惑った珠子だが、意を決して手を取ると雅に向かってしっかりと頷いた。
「OK!それじゃ、しっかりと気を抜いてね。私の場合は無効化してすり抜けるから、力んじゃ駄目よ。リラックスして平常心ね!」
気分を和らげるようににこやかに笑うと、ひとつ深呼吸をして扉に向かって歩き出す。先ほどの正幸の時とは違い扉に近づいても変化は起きない。先ほどは感じた圧迫感も嘘のように感じなくなっていた。
(これが、結界の無効化…か)
あらかじめ説明を受けてはいたが、信じられない光景だった。先ほどの結界の反発を見ていただけに驚きを隠せない。しかし、それでも感情の揺らぎは最小限に留めておく。それが雅との約束だった。
「いいかしら、珠子ちゃん。扉をくぐる時は私と手をつないで一緒にね。たぶん、それで通れると思うから。ただし、約束して。感情を強く出さないこと、私とつないだ手に感覚を集中すること。それから、扉をくぐり抜けるまでは私語厳禁。わかった?」
珠子は驚きながらも頷いた。先ほど雪華から扉をくぐる時は『一人ずつ』と忠告されていたのだが、雅はそれを否定した。これはいわゆる裏技と言うやつだろう。古文書にあった記述から推測したらしい。
「たぶんあの扉には、その人間の総合的な力量に反応する結界があるんだと思う。潜在力ではなく今の総合力をね。だから、一人ずつくぐるようには言われた。けど続けて入っちゃいけないとは言ってなかった。だから、手をつないだ状態でも私と珠子ちゃんがそれぞれ扉をくぐった時に反応するはず。だとすれば、別に手をつないでいようが二人一緒に入ろうが問題ないわよ」
これが先ほど食事をしていた時に雅から説明されたことだった。そのあと簡単に他にも結界らしきものの記述が古文書に書いてあったことと、突破するための方法が擦れていて読めなかったことを伝えると正幸と雅はそれぞれの考えでアプローチすることを確認したのだった。
「もういいわよ珠子ちゃん」
雅の声で気が付くと、そこは正幸のいる扉の先だった。食事の時のことを思い返しているうちに先へと進むことができたようだ。きょろきょろと周囲を見回す珠子に呆れている正幸。
「また考え事でもしてたのか?…まぁ、変に力が入ってるよりはいいんだろうけどな」
などと言っている後ろでは雅がにやにやと正幸を見ていた。顔には出していないが、心配して雪華を握る手に知らず力が入っていたのをしっかりと見ていた。
(まったく、素直じゃないというか。姉としてはちょっと心配よね)
「それにしても、姉ちゃんは知ってたんだな。ここの抜け方」
振り向いた正幸の問いにぎくりとして、視線をそらす雅。実際のところ知っていたのではなく、擦れた文字の読めたところから推測したものだったので確証があったものではない。そう説明すると、渋々ながらに頷いた。納得はしていなかったようだが。
ともあれ、各人の思惑はともかくとして、とりあえずの関門は突破した。やいやいと会話を交えながら小休止をはさみ、一行は次の試練に向かって洞窟の奥へと足を進めるのだった。
校正をかけてだいぶ良くなったと思います。
少しずつ前の章も見直して手直ししていきたいです。
やっぱり見返すって何回やっても足りないみたいです(>人<;)




