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第3章 刀匠『村正』-遺産 2-1

 洞窟に潜ってからはや2時間。くぐり抜けてきた試練の数はすでに15を超えていた。さすがに3人とも疲れてきているのでこのあたりで休憩にしようということになった。

「はい。簡単だけど食事の準備してきたから食べましょう」

 雅は背負っていたリュックからサンドイッチと水筒、紙コップを取り出すと、それぞれ二人に渡した。湯気の上がる紙コップの中には暖かいお茶が注がれている。

「わぁ、ありがとうございます。あったかいものは嬉しいです。奥に行くほどだんだん寒くなるなんて考えてませんでしたよ」

 珠子の言うとおり、水源があるわけでもないのに洞窟の奥には冷気が漂っている。奥に行くほどに地下へともぐっているのだから、温度が上がってもおかしくない。なのに、冷気どころかさっきの扉をくぐったあたりからだんだんと怪しい雰囲気が出てきている。まるで映画に出てくる遺跡のようだ。

「それにしても、なんだかおかしな風向きになってない?今までとまた違った雰囲気になってるように感じるわよ」

 珠子も同意するようにうんうん頷くと正幸のほうを見る。

「おそらくだけど、親父や爺さんが来れたのはここまでだろうな。ここから先は俺や姉ちゃんみたいに力の強いものだけが入れるんだろう。その証拠に…」

 正幸は腰のポーチから雪華を取り出すと、みんなに見えるように手のひらに乗せた。二人がそれを覗き込むと、突然ぐらぐらと揺れだした。

「「!!」」

 それを見た二人はぎょっとして後ずさる。その様子に正幸は肩をすくめると、ちょいちょいと二人を手招きする。恐る恐る近づいていく二人に対し、正幸は雪華を岩の上においてから雅に陽炎を出すように言った。

「…まさか、ねぇ」

 それに対し嫌な予感しかなかった雅だが、言われたとおりに陽炎を出すと雪華の隣に置いた。ほどなく雪華の時と同じように陽炎もカタカタ揺れたかと思うとすぐに動きを止めた。

「…やっぱり、ねぇ」

「うっそぅ…マジですか?」

 驚き方はそれぞれだが予想通りの展開に、二人とも面喰(めんくら)っているようだ。

「まぁ、それはそれとして。姉ちゃんにはたぶん聞こえてたよな、こいつらの声。ずいぶん好き勝手言ってくれてたみたいだけど」

 頭を掻きながら、雅はあいまいに頷く。

「あ~…まぁ、ねぇ。なんか変な声が頭に響いてきたときは、私がおかしくなったのかとびっくりもしたけど。あれってやっぱり、この二振りなわけ?今までこんなことなかったからよくわかんないのよ」

 二人の会話から置いてきぼりにされた珠子だったが、不思議と何かに納得しているようにうんうんと頷いていた。

「なぁ、姉ちゃん…椿さんの方が頭がおかしくなったか?なんか、妙に満足した顔でうなずいてるぞ」

「私がわかるわけないでしょ。と言うか、そもそもの話題を振ったのはあんたなんだから、何か心当たりはないの?」

 椿の様子を見て不審に思った正幸は、雅を近くに呼び寄せ珠子に聞こえないようにひそひそと耳打ちする。その様子を知ってか知らずか、珠子の方は雪華と陽炎の方へ近づいていく。

「あ、ちょっと待った!触っちゃだめだ!」

 珠子の動きに気付いた正幸が静止の声を上げるが、一歩遅かった。雪華に振れた指先から光がはじけ、それはまばたきをする間もなく一瞬で辺りを包んだ。


「ん~、やっぱり引き込まれた・・・か?」

 のんびりとした正幸の声があたりに響くと、珠子ははっと目を覚ました。途端に浮遊(ふゆう)感とそれによる船酔いのような気持ち悪さがこみあげてくる。

「珠子ちゃん、大丈夫?とりあえず、大きく深呼吸して。それで多少は楽になるから」

 言われた通りに深呼吸をするといつも吸っている空気とはまた違う、粘り気のあるしっとりとしたようなものが口の中へ流れ込んでいく。

「!? ごほっ…ごふっ……なんですかこれ?」

 驚いてむせる珠子に雅がゆっくりと呼吸をするように言い、説明をしていく。

「ここは…たぶん正幸と一緒に入った空間とよく似た場所だと思う。違うのはこの空間の密度かしらね」

 言われてみれば、前に正幸と入ったところに比べると、全体的に空気が重く周囲の色調も濃色が強いように見える。呼吸も落ち着いてきたので周囲を見回してみると、すぐそばに雅がいて少し離れたところで正幸が何かを調べているようだった。

『まったく困った娘さんですね』

 突然響き渡った声は鈴が転がるような、それでいて深い(いつく)しみを含んだ女性の声だった。そして、言葉の後にはくすくすといういたずらっぽい笑みがこぼれた。

「雪華なのか?」

 その声の主に対して発した問いには意外にも返答があった。

『左様にございます。我が銘は雪華。ようこそ主殿(あるじどの)いうべきでしょうか、我々(・・)の空間へ』

 頭を掻きながら「やっぱりなぁ」とつぶやく正幸に対し、珠子は状況がさっぱりわからずにいた。

「ほら、覚えてる?さっき珠子ちゃんが雪華に触れたとき。光が爆発したみたいになったの」

 あぁ、とおぼろげな記憶をなんとなく思い出しながら考えを巡らせていた珠子だが、ひとつの可能性にいたり油の切れた機械のような動きで雅に向き直る。

「…私、またやっちゃいました…?」

 それに頬を掻きながら苦笑を浮かべる雅だが、珠子は頭を抱えてしまった。

「別に大丈夫よ。正幸が何とかしてくれるから…たぶん。それに、ここにいるのは精神だけみたいだからすぐに戻れるわよ」

 あっけらかんとして言い放つ雅に頼もしさを感じながら、しかし罪悪感はぬぐえない。自分にも何かできることはないか考えを巡らせていると頭の上から声がふってきた。

『ところで、そこお嬢さん。あなたは村正の者ではありませんね?不思議なことにあなたにもわたくしたちの声が聞こえていたようですが』

 その一言で正幸と雅は合点(がてん)がいった。妙に珠子が納得していたのはこのせいだったのかと。珠子は最初、雪華が自分のことを言っているとは思わずきょとんとしていたが、雅の手振りで気が付き、急いで返答した。

「は、はい!私は椿。椿珠子といいます。今回は正幸君たちに同行させてもらいました」

 落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回しながら、声の(ぬし)を探るがどこにも見当たらない。しかし、こちらの様子は筒抜けのようで。

『そんなに見回しても、わたくしの姿を見ることはかないませんよ。…そうですね、姿があったほうが話もしやすいでしょうか。なれば、久方ぶりに顕現(けんげん)してみましょう』

 そう声が響くと彼女らの正面に人間大のもやが現れ、それがだんだん人の形に集まっていく。ほどなくしてそれは一人の女性の姿へと変貌を遂げた。古風ではあるが仕立ての良い着物を羽織り、柄は雪の結晶を用いている。長い黒髪を赤いビロードの玉の付いた(かんざし)で一つにまとめていて、一言で表せば大和撫子(やまとなでしこ)と表現するのがしっくりくる美女である。

 だが、驚くべきところは別にあった。彼女を見た正幸と雅は目を疑い、そして珠子と雪華であろう人物の間を視線が行ったり来たりする。

『ん?どうしました、主殿。わたくしとその娘に何かありますか?』

 口調から察するに雪華であることは間違いないだろうその女性、珠子とうり二つな顔をしていた。当の珠子は口をパクパクとさせるばかりでまるで幽霊でも見たような顔をしている。

「珠子ちゃん大丈夫?顔が青ざめてるけど、気持ち悪かったりしない」

「な、何とか大丈夫ですけど…あの人『雪華』さんなんですよね。前に見せてもらったおばあちゃんの昔の写真にそっくりで、びっくりして心臓が止まるかと思いました」

 そんな様子をみて雪華は着物の袖を口元に充てて優雅に笑う。

『それはそうでしょう。何せわたくしはあなたの祖先と浅からぬ(えにし)がございます。まぁ、それはさておき…』

 さらっと大事なことを言った気がするが、三人はその前からの混乱でそれどころではなかった。しかも『それはさておき』などと、いかにも他愛ない話だと言わんばかりの雪華についつい流してしまった。

『ここから先は、一人ずつ扉をくぐっていただきます。正幸殿の読み通りここから先は能力(ちから)のある者しか先に進めません。それぞれの力量を測らねばなりませんゆえ』

 雪華の言葉には先ほどまでのからかうような遊びを含んだものはなかった。忠告するような、推し量るような。そんな思いが感じられる。

『まぁ、とりあえずは扉が開くかです。正満も正伸も結局扉を開く事かないませんでした。心して臨みください』

 最後にそう告げると、雪華の姿が音もなく薄れあっという間に消えてしまった。と同時に周囲も明るさを失い暗転した。


 気が付くと、目の前には雪華と陽炎が置かれた岩。その雪華にわずかに指が触れている自分がいた。あわてて手を引っ込め周囲を見回すと、正幸と雅が自分を制止しようとしたそのままの姿勢で目をしばたたかせていた。

「えと…戻ってきたんですよね?」

 珠子の問いに、居住まいを直した正幸が頷く。雅は珠子のそばに寄って額に手を当てたり、手首から脈を測ったりしている。

「雅さん、もう大丈夫ですよ。御心配おかけしました」

 珠子がそう言っても、雅はしばらく体のあちこちを診ていた。そして外傷その他がないとわかると、ほっと一安心して珠子に抱きついた。

「お姉さん心配したわよ、もし珠子ちゃんに何かあったらって思うと…」

 雅の目じりから一筋の涙がこぼれた。よほど心配したのか、しばらく離れなかったほどだ。すぐ目の前にある黒髪をやさしくなでながら、珠子は尋ねた。

「正幸君、ここからが本番なんですね?」

 頷き、立ち上がる正幸の背中には少年のような好奇心と大人の冷静さが同居しているような不思議な雰囲気が漂っていた。

「ようやく面白くなってきた。その試練とやら拝ませてもらおうか!」

 正幸は気合いを入れるように右こぶしを左手に叩きつけ扉を見つめるのだった。

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