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第3章 刀匠『村正』-遺産 1-2

 扉の向こうにあったのはふたつの扉だった。今度は大きくマルとバツが書いてある。そして正面には大きな石板が埋め込まれていた。

「んー、これが最初の試練?ただの一問一答じゃないの」

 石板に刻まれた文字を読みながら雅はそう分析する。珠子も顔を近づけて確かめるが、確かにただの石板のようである。そこにはこう書いてある。

『刀とは 武器である』

 読んで字のごとく、当たり前のことが書いてある。しかし、現代においては武器と言うよりも芸術として分類されることも多い刀においてはどう答えるべきか。

「・・・・・・」

 先ほど扉を開いてから一言も口を開かなかった正幸がおもむろにマルの書かれた扉を開けて進んでいく。その姿はまるで何かに操られるように、答えをすでに知っているような力強い足取りだった。

「ちょ、正幸?」

 石板をためつすがめつしていた雅と珠子は、突然の行動に置いてきぼりを喰ってしまった。

「雅さん、今の正幸君ちょっと変じゃありませんでした?」

「やっぱりそう思う?」

 珠子と雅は同じことを感じていたのか、頷きあうと正幸の後を追って行った。すぐに追いつきはしたのだが、今度は腕を組み仁王立ちしている。

「正幸君、どうしたの?」

 扉の向こうには次の扉が待っていた。そして今度の扉は一つきりだ。先ほどと同じように壁には石板が埋め込まれ、何か書いてあるようだ。

「何々、次の絵から鍛冶に必要のない道具を選べ?…なんかいろいろ書いてあるけど、答えはどれなのよ?」

 見たところ、いたって普通の鍛冶の風景である。おそらく工房と思われる場所に金槌を振りかぶる男と金床(かなとこ)の上に鉄を固定する男の絵が描かれている。

「これって、離れにある工房と似てますね。刀を打つところがあって、鉄を熱するところがあって。…あれ?砥石と水桶もあるところまでそっくり。やっぱり昔も今も鍛冶の工房は同じ道具を使ってるんですね」

(昔も今も?いや、そうじゃなくて。椿さんは今なんて言った?工房と似ている…同じ道具…ん?同じ道具(・・・・)?)

 先ほどの珠子の言葉に何かヒントがあるような気がして、もう一度目を凝らして絵をにらむ正幸。確かに似ている、自分たちが刀を打つ工房に。この中に鍛冶に必要のない道具などあるのだろうか。

「ねぇ、正幸。村正一派(うち)って昔から打ち、研ぎ、(こしら)えるをやってきたんだよね。それってかなり特殊な部類じゃなかったっけ?」

 雅の一言を聞いたとき、正幸にある閃きが生まれた。鍛冶に必要な道具とは刀を打つための(・・・・・・・)道具であり、一族が脈々と受け継いできた技の一部のみを表していること。すなわち、刀を打つ時に必要としない道具とは。

「…これだ!」

 カチリ…

 わずかな沈黙が流れる。正幸の押した道具(せいかい)は砥石だった。じっくりと見て初めて分かることだが、壁に描かれていたのはただの絵ではない。からくり仕掛けになっていて絵に書いてある道具の周囲がわずかに(ふち)取られて見える。それら一つ一つがボタンになっているのだろう。

(ほぅ、こやつなかなかやりおるの)

 突如として頭の中に(・・・・)響いた声に雅は周囲を見回す。しかし、辺りには自分たち三人の姿しかない。しかし、雅は周囲をじっくりと観察をしていた。そしてそれを不思議そうな目で見つめる珠子。

(今の声って、何?耳からじゃなくて、直接頭の中に話しかけてきたような…まるで、正幸の手伝いをしてるみたいな感じだった)

 ガチャン!

 扉のほうから大きな音が響く。おそらく鍵が開いたのだろう。雅と珠子はその音に振り向いた。正幸は扉の前に立って開くか確認しているようだった。扉はわずかに力をこめただけで音もなく口を開け、奥への道をのぞかせた。にやりと笑みを作った正幸は二人に向き直り、

「それじゃ、先に進もうか」

と促すのだった。それに頷く珠子。そしてわずかに遅れて返事をする雅は、先ほどの声のこともあってか先へ進むことに対して不安の色を濃くしていた。


 次の扉の向こうにあったのは、台座と一振りの刀だった。そして、壁の石板には昔の言葉で長々と書いてあるが要約するとこうだ。

『刀をそれぞれの部品に分解し、名前の前に置け』

 そして台座にはそれぞれ刀のパーツの名前が書かれている。(さや)(つか)も分けられ、(つば)目釘(めくぎ)目貫(めぬき)柄頭(つかがしら)下緒(さげお)など刀身以外に十程度の名前が見られる。

「これはまた、うちの一族向けの問題だな」

 正幸の言葉ももっともだ。刀を打つことから拵えまで作る刀鍛冶など他にいないだろう。あくまでも一族の人間が入ることを前提として作られている。

「ふわぁ、すごい!刀ってこんなにいっぱい部品があるんですね?私、初めて知りました」

そういって珠子が目をキラキラさせているのをよそに、正幸は手際よく刀をばらしてゆく。

「ん?やっぱり竹光(たけみつ)か、軽いはずだ」

 鞘から刀身を抜き出すとそこに鋼の輝きはなく、木製の刀身が現れた。またも珠子は目を輝かせて雅に問うた。

「雅さん、あれってなんですか?正幸君はたけみつ?とか言ってましたけど、どんなものなんです?珍しいものなんですか?」

 その質問に雅はわずかに唸って答えた。

「確かに珍しいっちゃ珍しいわよ。いまどき模造刀なんて時代劇くらいでしか使わないから。あれは、木で刀身を(かたど)った偽物の刀よ。あれに、銀紙を張ってそれらしくしてるのがテレビの時代劇ってところかしら」

 時代劇などほとんど見たことのない珠子はいまいちピンと来ないのか、しきりに首を傾げている。そんなことをしている間にも、台座の方では水の流れるごとく、鮮やかに刀の解体が行われていた。

「よし、ばらし終わり。それでっと、鍔がこれで下緒はこれ。目貫に目釘に柄頭、あとは…」

 あっという間に台座の前にすべての部品が並べられた。もっとも、まだまだ細かくすることができるだろう。しかし、あくまでも構造を知っているかを試すものであると見える。鞘や柄にしてもそれ以上分解できないように見えないところで接着してあるようだった。

 ガコ・・・ギギギギ・・・ギリ

「…! 危ない!」

 正幸は振り向きざま、珠子たちへ飛びかかった。二人とも避ける間もなく抱きかかえられると、そのまま5メートルほど飛び退ったところで地面に座らされた。

「いきなりなんなのよ!びっくりしたじゃない、説明くらいしなさいよ」

 目を白黒させる珠子とは対照的に正幸に食ってかかる雅だが、その背後の光景を見てぞっとした。先ほどまで自分たちがいたところは、上下左右から槍が突出しまるで檻のようになっていた。あとわずか逃げるのが遅れていれば串刺しになっていたに違いない。

「悪い姉ちゃん。どうやら間違えたっぽい。たぶん…」

最後の言葉を飲み込み正幸は槍の檻へと近づいていく。あと一歩で触れるところまで行くと、するすると槍が壁や床に吸い込まれていった。

「ふん、よくできているな。壁や床のくぼみをうまく使ってわからないようにしているのか。それじゃ」

 再び台座の前に立つと、じっくりと並んだ順番を見ていく。そして、二つの木のくさびを取ると場所を入れ替えて置きなおした。

 ・・・ガコン!

「よし、当たり!」

 今度は扉から鍵が開く音が響いた。雅は安心しほっと胸をなでおろした。その傍らではようやく事態を把握したらしい珠子が『あれ、開いたの?』なんてとぼけたことをつぶやいていた。

(まったく情けない、この程度の問題を間違えるなど。あ奴はいったい何を学んでおるのか)

(そんなに熱くなってはいけませんよ。それ(・・)を見極めるのも我らの役目なのですから。それよりも次へ進むようですよ)

(まったく、雪華・・は甘いの。最初の問いにだって助言していたではないか)

 また、雅の頭に声が響いてくる。先ほどと違うのは、声の主が二人いること。そして、片方が雪華と呼ばれていること。

「雪華…ねぇ」

 一言つぶやくと珠子の手を取り立たせ、先を進む正幸の後について扉をくぐる。

(まぁ、そのうちわかるでしょ)

 雅は響いてくる声の正体を探るのをあきらめ後回しにしたようだ。先ほどのトラップを見て、まずは目の前に集中することにしたのだろう。その呟きを聞きつけた珠子はまたもや疑問符を浮かべるが、その無言の問いには答えず、雅は代わりに微笑みを返す。

「さ、気合入れていくわよ珠子ちゃん!」

「? はいっ!」

 状況をはっきりと理解しているわけではないだろうが、元気よく返事をする珠子にこちらも元気よく頷くと雅は決意を新たにした。

(私も気張らないとね。珠子ちゃんは私が守って見せる!)

 気合も新たに、正幸たち一行は次に待ち構える試練に向かって果敢に挑んでいくのだった。

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