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第3章 刀匠『村正』-遺産 1-1

「ちょっとっ!いったいなんなのよ、これはーっ!」

 叫んだ雅の四肢には黒い(いばら)のようなものが絡み付いている。そして、その中核にあるのが刃のない柄。本来なら刀身の(なかご)の収まるべき場所から茨のような『何か』が伸びている。

「早く何とかして!玉の肌に傷がついちゃうじゃないの!」

 実際にはそんなことを言っていられる状況ではないのだが、雅はいまいち緊張感に欠けている。そんな中で正幸と珠子は、彼女を助けるべく必死に記憶を手繰り寄せる。この洞窟に入ってから今までのすべて事柄から、何か手がかりがつかめるのではないかと。

 珠子が何か思い当ったようで、こちらに向かって何かを叫んだ。

「そうだ、正幸君!さっきの扉の所で腰のポーチから鈴が鳴るような音がしてたよ。もしかしたら…」


 そこは薄暗く、じめじめとした空気が漂っていた。わずかに陽の当たる岩にはコケがびっしりと張り付き、陰気臭さを際立たせている。

「ちょっと正幸、本当にこの中に入るの?」

 まだ入り口だというのに、早速機嫌を損ねる雅。確かに、いかにも何かありますという雰囲気がプンプンするところに入るのは誰だって気が進まないだろう。

「そりゃあ、なあ。行って来いって言われたんだから行くしかないでしょ。それとも椿さんを連れて帰るか?それでも俺は行ってみるけど」

 正幸も気は進まないようだが、どうやら好奇心が勝っているらしい。珠子に至っては言うに及ばず。この中で行きたがらないのは今のところ雅だけだ。

「雅さん、行きましょうよ!この中に入れば村正の秘密が明らかになるんですよ!…記事にしちゃダメだって念を押されたのは残念ですが。それでも、知りたいと思いませんか?自分の起源(ルーツ)に関わることなんですよ!」

 言うに及ばずどころか、ものすごく乗り気だった。自分のことでもないのに、この意欲はいったいどこからあふれてくるのか。雅にはそちらの謎を解く方がよほど楽しそうに思える。

「それは確かに知りたいけどさぁ…なんかやばい気がするのよね、この面子(めんつ)で行くのは」

 雅はどこか不気味な雰囲気を感じていた。俗に言う虫の知らせというものではあろうが、今日に限って無視出来ないほどの実感を伴っている。

 実を言えば、それを感じていたのは雅だけではない。正幸も同じような予感めいたものを感じていたが、今はそれを飲み込んでいた。それと同時にもう一つの直感があった。ここに行かなければいけないという、頭ではなく心に訴える何かが存在していた。

(やっぱり、村正の真実に関わる何かがあるんだろうか?)

 出発の前に正満や正伸が洞窟に入った時のことを聞ければと珠子が二人に質問していたのだが、それに対して二人は沈黙を答えとした。発した言葉はただ一言。

『行ってみればわかる』

とそれだけであった。あとは、正伸がこっそりと言った言葉が正幸の中で引っかかっていた。

「私とおじいさんは途中までしか行けなかったから、洞窟の内部に何が眠っているのかいまだ不明です。できれば皆さんに解き明かしてもらいたいのですが、無理だけはしないでください。危ないと思ったらすぐに引き返してください。いいですね?」

 安全だろうと言っていたのに、この心配はなんなのか。正伸たちと正幸たちで違うものといえば、その秘めたる力か。今回に限って雅を同行させたのもそこに理由があるのだろう。

「なに、やばくなったら引き返せばいいだけだ。まずは行ってみなくちゃ話にもならん。親父たちも言ってただろう?自分たちが行けたところまでは扉が開いているって。そこまでは大丈夫のはずだ」

 過去にこの洞窟に入ったものはそれこそ一族の男児の数だけいる。今回のように複数人で、しかも女人を伴ってというのは例を見ないが。それでも、それ程の人間が入ったにもかかわらず、危ない目にあったとか帰ってこなかったといったことが書かれた書物や言い伝えはない。つまりはそう言うことだ。

 いい加減しびれを切らせたのか、正幸がライトの明かりを灯す。そして「行くぞ」と一言残してどんどんと先に進んでいく。それに遅れることなく椿も追従する。入り口に残されたのは雅だけだった。

「~~~~~! わかったわよ、行けばいいんでしょ!行けば!」

 自分一人だけのけ者にされたのが悔しかったのか、はたまた自分の忠告を聞き入れてもらえなかったことが寂しかったのか。とにかく、不機嫌さを隠そうともせずに雅は正幸たちを追いかけて行ったのだった。


「すご~い。なにこれ、壁画?なんだか水墨画みたいな画風だ~。 あ、これって鍛冶場?へぇ、今も昔もあんまり変わらないわね」

 あれほど入口でぶうたれていたのはなんだったのか。中に入るとそこは壁に様々な絵が描かれた、村田一族の歴史書のようなものだった。雅は初めて見るこれらの壁画に浮かれていた。

「あのな、物珍しいのはわかるし姉貴が歴史好きってのもわかってるけど、もう少しおとなしくできないかなぁ」

 当然ながら、雅の耳には入っていない。まるでどこかの誰かさんを彷彿とさせると思い珠子の方を見やれば、こちらはこちらで楽しそうだ。見る物すべてに目を輝かせ、いったい何を書いているのか手にした手帳のページが次々に埋められては先へとめくられていく。

「はぁ~…」

 もうあきらめるしかなかった。飽きるまで好きにさせようと決めた正幸は、手近な岩に腰を下ろしポーチから雪華を取り出して布で磨こうとする。

 その時、洞窟の奥から涼やかな風が吹いてきた。まるで、雪華が外に出されるのを待っていたかのような絶妙なタイミングで。そして、それに呼応するかのように雪華がかすかに震えている。

「なんだ、いったい?やはりここには何かあるのか…」

 しかし、吹き抜けた風からはゆがんだ思念や嫌な印象は受けなかった。

「…それにしても」

 今までになかった奥から風が吹くという現象が起こったにもかかわらず、他の二人は相も変わらず自分の世界に没頭していた。壁画をうっとりと眺める雅に、忙しくペンを走らせる珠子。ここまで没頭できる神経の図太さには呆れを通り過ぎて感心すら覚える。

「あのな、あんたら何しにここに来たんだ?」

いい加減にして先に進まなければ大変なことになりそうだと、そう直感した正幸は二人にはっぱをかけるつもりでそういったのだが、二人は互いに見合わせると異口同音に言いきった。

「「面白そうだったから」」

その答えにとうとう頭を抱えてしまった。さすがにその姿を見て悪いと感じたのか、雅たちは口々に言い訳を並べ始める。

「面白そうっていうのはうそじゃないけど、歴史的見地から見たってこういうのは結構貴重なのよ。目的は忘れてわけじゃないってば」

「そうですよ、私も記事にはできないけど、今のこの気持ちを何かに残しておきたかっただけで別にそれが目的だったわけじゃ…」

 顔を上げた正幸の表情は疑心暗鬼に満ちていた。そもそも、今の『言い訳』がフォローにすらなっていないことは言うまでもなく。

「「ごめんなさい」」

二人は平謝りするしかなかった。


 正幸の機嫌が直るまではそう時間もかからなかった。どうやら本気だったわけでは…なくもないのだろうが、一番の目的は果たせたと踏んだのだろう。すっくと立ち上がると先に進むことを提案したのだ。

「それにしても、深い洞窟ですね」

「この洞窟にはいくつも扉があってかなり奥まで続いているらしいわよ」

 雅は昨晩調べた古文書のことを思い出しながら珠子に説明する。

「古文書には、『選ばれし者、深淵に眠りし御印を手に取らん。さすれば強大なる力を得るだろう』って書いてあったわ。でも、引っかかることも書いてあったのよね」

 雅が言うには、その力を手に入れるためには試練に挑まなければならないと書いてあったと。そして、その先はかすれてよく読めなかったことを明かした。

「試練…ねぇ」

 先頭に立っていた正幸がポツリと漏らす。何か思い当る節でもあるのか、中空を仰ぎ考え事をしているようだ。

「正幸、ちょっと前の方を照らしてくれる?」

 緊張した声音の雅から声がかかる。物思いにふけっていたところだがその声で引き戻され、言われるままに足元からゆるりと下る坂の先を照らしていく。

「あ!扉がありますよ。…何か書いてありますね?え~と、漢数字の壱ですか」

 正幸よりもやや背の高い扉がそこにはあった。珠子の言うとおり扉には大きく『壱』と書かれている。

「これが最初の扉ってことか。それじゃ、その試練とやらを拝むとしますかね」

 最初に到着した正幸が扉に手をかけ力を込めて押すと、大きな音を立てながらゆっくりと先へと続く道が開いていった。中からわずかに空気が流れ出てくるが、なぜか懐かしさを3人は感じていた。そして、まばゆい光とともに扉は開け放たれ最初の試練が彼らの前に立ちはだかった。

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