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第2章 鍛冶師と刀匠 3-2

「それでは再開します。準備はいいですね」

 きっちり15分後、正伸は説明を再開していた。珠子は元気に、それ以外の二人はそれなりに返事をしていた。

「さて、先ほどは焼き入れについて説明すると言いましたが、正確には鍛造(たんぞう)の話になります。鍛造とはつまり、私たちが行っている鍛冶仕事のことと思ってもらえればいいです。もちろんそれだけではなく、ここでの分類には機械によるものや型を使うものも含まれます。さらに我々鍛冶師が行う熱間鍛造のほかに冷間鍛造というものもあります。冷間とは言いますがこの場合は常温での加工ということになります」

 通常では耳にすることのない単語が次々と並べられていく。正幸は鍛冶に関わる者として当然知っておくべき事柄なのだが、ところどころ首を傾げて唸っている。ここが勉強不足と言われる理由なのだろう。

 しかしながら、ここまで詳しく勉強している人間も珍しいことは事実である。正幸の言うように科学的方面から調査していたのは伊達ではないということだ。

「それでは、私たちが行う焼き入れについて詳しく説明していきます。焼き入れとは刀となる材料、鋼をオーステナイト組織の状態に加熱して水や油で急激に冷やすことを言います。オーステナイトとは比較的高温まで加熱した時に変化する組織構造のことです。温度的には1000℃前後くらいととらえてもらえばいいです。急冷した後、鋼はマルテンサイトと呼ばれる組織状態になります。…とは言っても難しいでしょうから簡単にまとめますと、焼き入れとは『鉄の硬度を高めるための熱処理』と覚えてもらえばいいでしょう。正幸君はちゃんと覚えてくださいね」

 最後に簡単なまとめがあったからよかったものの、珠子と雅はすでにちんぷんかんぷんだった。正幸はかろうじてついて行っているようだが、すべてを理解しているようではなさそうだ。後々、話題になったので聞いてみると『高校の授業でちょっとやった。工業高校だったから、鍛造は実習にあった』のだという。

「はい、正伸さん質問です」

 すっと手を上げ、発言したのは珠子だった。さすがに記者だけあって他の二人とは視点が違うのだろう。メモのページがすでに真っ黒になっている。

「どうぞ、椿さん」

「正伸さんは初めに『私たちが行う焼き入れ』とおっしゃって説明を始めましたが、刀鍛冶の方以外が行う焼き入れがあるということですか?」

 意外と鋭いところに目をつける。確かに正伸はそう言って始めた。その意図するところをくみ取り、自分の中で咀嚼(そしゃく)しての質問なのだろう。正伸はわずかに口の端を上げ、手を叩いた。

「さすが、椿さん。して欲しいと思っていたいい質問です。でもちょっと惜しかった。注目してほしかったのは『私たち』ではなく『行う焼き入れ』の方だったんです」

 珠子は首を傾げて、頭上に疑問符を浮かべている。いったいどういうことか、まったく見当がつかない。

「それじゃ、正幸君。説明してもらえるかい」

 指名された正幸はめんどくさそうにしながらも、簡潔に要点を絞って説明していく。

「親父が言いたいのは、焼き入れのほかにも加熱処理の方法があるってことだろうな。刀は最終的に折れにくく、曲がりにくく、変形しにくい硬度を目指す。だが、鍛造で作られる製品は刀ばかりじゃない。包丁やなべ、はさみなんてのもそうだ。工業製品に目を向ければ鉄板など様々に用途がある。その場合粘り強く切れにくい鉄や、逆に粘りがなく折れやすいものだって必要になる。そういった金属を作るための処理の種類があるってことだろう」

 正伸は満足のいく回答を得られたようで、満面の笑みを浮かべている。

「はい、よくできました。まさに私の言いたいことをすべて言ってくれました。そう、加熱処理は焼き入れだけではありません。他に焼き戻し、焼きならし、焼きなましといった熱処理がありそれぞれ…」


「以上でおよそ基礎的なところの説明は終了です。今回やったのは金属の組成や熱処理の種類、熱処理の仕方での金属組織の変化といったところですが、正幸君はもう少し勉強しておいてくださいね。椿さんは何か聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてください。私でわかることなら何でもお答えしますので」

 あの後、みっちり1時間に及ぶ講義が続き、3人はすでに力尽きていた。その様子を見ながら、立ち上がろうとした正伸を珠子が呼び止める。

「すみません、ひとつだけ教えてください」

 珠子はメモを片手に残った力を振り絞り、机に突っ伏した状態で手だけを上げていた。

「大丈夫ですか、椿さん。質問は今でなくてもいつでも大丈夫ですよ」

「いえ、今だから聞いておきたいんです」

 気丈にも顔を上げた珠子の目にはしっかりとした意志の光が灯っている。頑張っている彼女を止めることに気が引けたのか、正伸は「一つだけですよ」と断りを入れて質問を聞くことにした。

「授業をしてもらう前に、正幸君たちから家宝の刀のことを聞きました。正伸さんはその構造を調べたと思うのですが、何かわかったことはありますか」

 それは、村田一族にとっての謎の核心を突く質問だった。

「…ふむ。正幸君、雅さん、話しちゃったんですか?」

 とりあえず、珠子の質問は置いておいて事実を確認する。すると二人ともこくりとうなずいた。わずかばかりのため息をついた後で珠子に向き直ると、

「椿さん、申し訳ありませんが家宝の話はオフレコでお願いしますね。なにせ突拍子もない話なので、誰かに話しても冗談だと思われますから。そして先ほどの質問ですが、結論から言いますと…」

 わずかに間を取る正伸、そして勿体をつけて語りだす。

「実はですね…」

 息をのむ音が妙に大きく響く。このわずかばかりの間が、だんだんと期待を高めていく。

「実は…何にもわかりませんでした」

 そのあっけらかんとした答えに、固まった人間が一人。他の正幸や雅はすでに知っていたのか、欠伸をしたり珠子の百面相を愛しげに見つめていた。

「何も…わからなかった?」

「その通りです」

 期待していただけにショックが大きかったのだろう。しかも事前にオフレコにと念押しされていたこともあり、どんなすごい話が聞けるのだろうと期待に胸を膨らませていたのだ。それがあっさりと何もわかりませんでした、では誰だって気落ちするだろう。

「まぁ、それでも何もわからないことが解っただけでも収穫だったんですよ」

 一言断りをつけ、正伸は珠子がこちらの話に興味を向けたのを確認すると事のあらましを語りだした。

「そもそもこの二振りは出自不明なのです。代々家宝として受け継がれてはきましたが、誰がどうやって家宝としたのかがはっきりしません。金属らしいもので出来ているようですが、いままで見たこともない組成で構成されています」

 特別な顕微鏡で観察する限り現存するどの金属の組成とも異なり、類似する組成自体が見つからなかったという。

「しかも、驚くことにその硬度はダイヤモンドにも匹敵するのです」

 つまりは、加工するためにはダイヤモンドで研磨するしかないということだ。そんな金属の話を珠子は初耳だった。出版業に関わるものとして、様々な情報は望むと望まざるとに関わらず耳に入ってくる。特に意識したことはなかったが、この家にいる中では一番世間の情報には詳しいだろう。その珠子が知らないと言うことは、つまり。

「…これは新発見の金属、ということですか?」

 内心わくわくとしながら、正伸に問いただす。

「新発見と言えばそうなんですけど…正直、判別に困っているます」

 どうにも歯切れの悪い返事だが、その理由と言うのが

「金属らしいとは言いましたが性質面から見ると、金属とは呼びにくいんです。金属とは熱すれば加工が容易になり、電機や熱をよく伝えます。この点においてあの二振りは金属としての性質を著しく損なっている。雪華はいつもひやりと冷たく、陽炎はいつもほのかに温かい。電気にもかけましたが、電導性はそれほどよくないんです」

 珠子は専門知識は持ち合わせていないが、それでも今のは変だとわかった。金属が常時、熱を持つとは考えにくい。しかも電導性が低い、つまり電気を通しにくいという。金属と言うよりは、ゴムや木のような性質にも思える。

「しかし、金属光沢のある表面や不透明性など金属としての性質も持ち合わせています。これは突拍子もないのですが、地球にはない物質なのかもしれません」

「…はい?」

 珠子は思わず聞き返していた。地球上にはない物質などと突然言われても、未知の金属のほうがまだ信じられるというものだ。さすがにこの話には正幸も雅も驚いていた。しかし、かまわず正伸は続ける。

「過去、地球に隕石が降り注いだ事例は数多くあります。もちろん、我々が知るのは実際に落ちた時を見たわけではなく、様々な考察の結果として隕石だろうという確証を得たからです。そもそも、隕石には…」

 正伸の話を簡単に要約するとこういうことだ。隕石には隕鉄と呼ばれる金属が含まれていた事例があり、その性質が雪華や陽炎とよく似ているということ。このあたりの鉱山には、昔隕石が落ちたという言い伝えがあること。村田の一族はその鉱山に出かけては刀の原料となる鉄鉱石などを採掘していたこと。これらを総合すると、雪華と陽炎は隕石から作り出されたものなのではないかと言う考察ができるというものだった。

「…と、このような仮説により私はこの二振りは宇宙より飛来した金属でできているのではないかと考えているんです」

 突然スケールの大きくなった話に3人はついていくことができなかった。もちろん話の内容も専門的すぎてついていけなかったという理由もあるが。

「なぁ、親父よぅ…」

 机にのしかかった状態の正幸から声が上がった。その顔には『もうわけがわからん』と書いてあったが、それでも気になったことがあったのだろう。

「親父の考察は…まぁ理解できたわけじゃないが、それは置いといて。さっきダイヤモンド並みに固いとか言ってたよな、雪華と陽炎は」

 大きくうなずく正伸にさらに質問を投げかける。

「それなら、親父も考えたよな。これらは、いったい誰が、どうやって作り上げたのかってことを」

 鋭い指摘だった。今までの説明で正伸は、家宝の二振りの説明はしたがそもそも家宝になった経緯には一切触れていない。だが、正伸は不敵な笑みを浮かべた。まさに『待ってました』とばかりの悪い笑顔だ。

「よくぞ聞いてくれました。そう、家宝となっている雪華と陽炎。これらはものすごく硬い、研磨するにはダイヤモンドを使うしかないでしょう。しかし、何もそれだけが加工法ではありませんよ」

 それは当然の話だ。正伸や正満は刀を打つ時に加熱している。他にも冷却、加圧、減圧など様々な方法が考えられるだろう。いつ造られたかは判らないとはいえ、金属加工の技術は昔から存在している。

「家宝ですから滅多な事はできませんが、許可をもらって測定機にかけたことがあるんです。結構良い機材を使わせてもらえたので、なかなかに興味深い結果が得られたんですよ」

「それはいったいどんな!?」

 今度は珠子が話に飛びついた。今までおとなしかったと思ったら、正伸の話を分からないなりに一所懸命にメモしていたようだ。かなり乱雑に文字が並んだメモ帳は半分以上が黒く染まっている。

「何も難しい話ではありません。わかった事というのは、どうやら隕石に含まれる鉄…つまり隕鉄(いんてつ)とよく似た組織構造をしているらしい事と、そしてもうひとつ…」

 わずかに息をのみ、次の言葉を待つ珠子。そして、それは正幸と雅も同様だった。今まで謎に包まれていた家宝の秘密。今の様子から考えれば使用者である正幸や雅にも未だ知らされていなかった、ベールに包まれたその一端。正伸はわずかに息を吸い込むとゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「どうやったかはわかりませんが、加工した方法は我々が行っている鍛冶とほぼ同じ方法らしいということです」

 瞬間、珠子以外の二人は見事なまでに期待を裏切られた。ここまでもったいぶるのだから、もっと重大な秘密でも見つかったと思ったが、それはすでに秘密ではなかった。わずかに硬直した正幸と雅だったが、すぐに思い思いに退室の準備を始める。

「え?・・・えぇ!?どうしました、皆さん?十分に大発見なのですよ。方法はともかく鍛造という手段を用いてこんなにも硬い物体を加工したらしいんですよ。わかりませんかこの重大さが?ちょっとしたきっかけがあれば、私でも正幸君でも雪華や陽炎を加工することが、謎を解くことが出来るかもしれまないんですよ!?」

 珠子も訳が分からなかった。自分は十分に重大な発見だと思ったが、彼らにとってはそうではなかったようだ。でなければ、こんなに白けた空気にはならないはず。そう思った珠子は

「私も失礼します。ありがとうございました」

と一言残し、正幸たちの後に続いた。残された正伸はすっかり気落ちしていたが、それでものそのそと部屋を片づけ始めていた。


「あの、雅さん!」

 二人にやや遅れて部屋を出た珠子は早足に彼らに追いつくと、雅のほうを呼び止めた。

「ん~、どうしたの珠子ちゃん?」

「お二人ともどうして驚かなかったんですか、さっきの話に。確かに、造られた過程とはいかないまでも十分に驚くお話だと思ったんですけど」

 そうだよね~と、雅は笑いながら頷く。正幸にも聞こえているはずだがこちらは説明するつもりもないのか、一人でどんどん先に歩いていく。

「それじゃ、簡単にね。私と正幸って雪華と陽炎を使うことができるでしょ。で、正幸の方にはあの能力(ちから)がある。となれば、答えは一つ」

 あっ、と短く声を上げた珠子も気が付いたようだ。

「そうゆうこと。前に一度、二人で雪華と陽炎に潜ったことがあるんだ。そこで見えてきたのは、刀鍛冶らしき人が雪華と思われる金属を炉で熱して鍛えているところだった。見えたのはそこまでだったけどね」

 ぺろりと舌を出していたずらっぽく微笑む。たびたび雅はこんな子供っぽい仕草を見せるが、妙に似合っていた。いい年をしてなどと言われそうな気もするが、そんなことをみじんも感じさせない。その行動が嫌味っぽくないと表現するべきだろうか。

「…でも、途中で出てきちゃってよかったんですか?あの後に何かまだ、重大な発表があったかもしれないのに」

 それはないないと手をパタパタ振って否定する。

「父さんはああやって『最後の最後にとっておき』って話をするときは、勿体つけて間をずいぶんとるのよね。だから、あれで最後。残ってても大した話は聞けないし、片づけを手伝わされるだけだしね」

 と、言いながらも『疲れる仕事は父さんに任せて、あたしはおやつの準備をしようと思ってね~』などと言っているあたり気にかけてはいるらしい。

「じゃないと、父さん拗ねちゃって後々面倒なことになるから」

 気には掛けているようだが、ねぎらいの意味とはちょっと違ったようだ。

「そういえば、聞いていいですか?」

 先ほどの話に疑問があったのか、台所に向かう雅を再び引き留めた。

「その、雅さんたちが見たっていう刀鍛冶らしき人は誰だかわかりますか?ご先祖様だとか、人以外でも場所はどこだったかとか」

 少し考えてから雅は短く答えた。

「場所はちょっとわからないけど…」

「そうですよね、わかりませんよね」

 珠子は自分で聞いておきながら半ばあきらめていた。出自不明の家宝だと先ほど正伸に聞いていたばかりだ。

「でも、刀鍛冶の方は多分…初代ムラマサあたりじゃない?」

「……えーと、すみません。雅さん、今なんとおっしゃいましたか」

 珠子は聞き返さずにはいられなかった。初代と確かに言った、つまりは村田家の初代と言うことだろうが、その名前には珠子でなくても聞き覚えがあるだろう。

「ん?ムラマサよ、初代〝村正〟・・・あれ、もしかして聞いてなかった。村田家(うち)が村正の分家だってこと」

 こともなげにそう語った雅に対し、口をパクパクさせて驚いていた珠子だった。そして、そのあとに続く盛大な叫びが本日も近所を騒がせたのは言うまでもなかった。

やっと、話の中核に話が進んできました。

これからいったいどんな展開を見せるのか!そして村田家の家宝とは!

そして次の更新はいつになるのか!・・・自分で書いておいて無責任ですね(^^;

できるだけ早く投稿できるように頑張ります。

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