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第2章 鍛冶師と刀匠 2-2

「ん~、いい匂い。…あら、岩魚なんてどうしたのよ正幸。もしかして渓流まで行って釣ってきたとか?」

 勝手口のそばで魚を焼いている正幸のそばまで来て、雅は七輪を覗き込んだ。程よく火が通った身からおいしそうな油が滴っている。表面が少しカリカリに焦げているが、十分に脂ののった今の時期は少しくらい香ばしく焼いたほうがおいしいのだ。

「いんや、俺が釣ってきたんじゃねぇよ。薪割りしてたらヤエが持ってきてくれた。この間のお詫びだってよ」

「…ヤエ?」

 その名前を聞いた途端、珠子は顔を青くしている。おそらくこの前の嫌なことでも頭に浮かんでいるのだろう。しかし、いやな気分を吹き飛ばすように勢いよく頭を振ると雅の隣に来てちょこんと座った。

「大丈夫だよ、もう襲われたりしないから。原因は祓ったんだから、心配ないよ。あ、そこの皿取ってくれる?」

 珠子の不安を振り払うように言うと、正幸は食器受け取り魚を盛りつける。既に3匹焼き上がっていたので今焼いていた2匹で人数分が焼きあがった。雅は自分が持って行くと言い両手に皿を持ち、珠子を連れて台所に入っていった。正幸はというと、七輪の後片付けをするために炭置き場へと向かうのだった。


「ただいま~。母さん、魚持ってきたよ」

 勝手口を開けて入ってきた雅と珠子は、テーブルの上に皿をおくと代志乃の手伝いを始めた。

 ふと、テーブルを見やった珠子の目に一本の刀の存在が映り込んだ。正幸が雪華と呼んだあの小刀だ。不思議に思った珠子はテーブルに近づくとその小刀に触れてみた。

「…冷たっ!」

 その小刀は異常ともいえる冷たさでそこに存在していた。珠子が不思議に思った点はまさにそこだったのだ。ふと見たテーブルの小刀が置かれていた周辺だけ、白くなっている。触ってみて分かったことだが、それは霜だった。冷凍庫の壁や金属につく水分が、冷やされて固まったあの霜と同じものだ。

「なんなの、この・・・刀?でいいのかな。代志乃さん、これなんですか?」

 不審に思った珠子は、この台所の主である代志乃に問いかけてみるが、

「あぁ、それ。幸ちゃんが戻ってきたら聞いてもらえる。それはあの子のだから」

 だそうだ。噂をすれば何とやら、ちょうど正幸が台所に入ってきたところだ。

「……何?」

 入った途端、珠子からじーっと見つめられて…もとい。じとーっと見られては、居心地が悪い。

「これ、正幸君の?」

 珠子が指差す先を見た途端、正幸は『やってしまった』とばつの悪い顔で代志乃のほうを見やる。忙しそうに食事の準備をしている背中には声をかけづらいと見える。だが、とりあえず聞かなければならないことはあるようで。

「…母さん、雪華の鞘は?」

「ん、食材の入ってた袋ならそこらにない?そばに置いたと思ったけど」

 鍋に味噌を溶きながら答える代志乃の声に、テーブル周辺を探すと椅子の上に置いてある袋を見つけた。半ばあきれ顔で中をまさぐっていた正幸は、中から小さな革鞘を取り出すと雪華と呼ばれた小刀を納めた。

「ねね、今の小刀はなに?ずいぶん小さかったけど、刀でいいんだよね?どうして冷たいの?霜がついてたけどそんなに冷たくなるの?あとあと…」

「だぁー、やかましい!とりあえずは昼飯だ。飯の後はどうせ父さんの講義があるんだろう?その時に説明してやるから、今は黙って準備を手伝う!」

 矢継ぎ早に質問してくる珠子に業を煮やした正幸が、それらを遮るように言い放つ。いい加減うっとうしかったのもあるのだろうが、

(せっかくいい具合に焼けてるんだから、早く食べればいいものを。天然ものは俺も久しぶりだってのに)

どうやら、うまく焼けた魚を早く食べたいというのが本音だったようだ。雅が何やらにやにやと冷やかすような視線を向けていたが、全力で無視して食卓に全員分の食器を準備する正幸だった。

 そうこうするうちにも準備は滞りなく進み、汗を流しに行っていた正満達も食卓にそろった。

「それでは、いただこうかのぅ」

 その一言でみんなは手を合わせ食事を始めるのだった。


 食後、お茶を飲んでいると不意に雅が正伸に問いかけた。

「父さん、この後ってあの講義みたいなのやるの?」

 みたいなのとは失礼な言いぐさである。正伸はその知識と経験を買われ、工業大学で臨時教員をしていたことだってあるのだ。みたいなのではなく、立派に講義である。しかし、当の正伸はそれに気を悪くした様子もなく、

「うん、そのつもりだよ。あくまでも、かいつまんでわかりやすくだけど…」

 その答えに、雅が腕を組んで唸っている。いったいどうしたのかとみんなが見守る中、唐突に何かを思いついたようで手をポンと打った。

「とりあえず、父さんの講義は2時半くらいからにしてくれる?どうせお腹一杯じゃすぐ眠くなっちゃうだろうから。それに、いいこと思いついちゃったのよね~」

 そういいつつ、視線は正幸のほうへと投げかけられた。

「…何だよ」

 今までの経験上、姉の言う『いいこと』に付き合ってろくな目にあったためしのない正幸はまた厄介なことが始まったとでも言いたげに仏頂面を作っていた。

「ん~? 後でのお楽しみよ」

 そういって笑う雅を見ていると、どことなく不安になってくる珠子と正幸であった。


 食事の後すぐに、

「私は準備があるから先に部屋に戻るわ。正幸、『炎』と『氷』の準備ヨロシク!」

 とだけ言い残して雅はあっという間に台所からいなくなってしまった。正幸はといえば、「やっぱりろくな事じゃなかった」と愚痴をこぼしてはいるが、それでも準備をするのだろう、食卓を立ち自分の部屋へ戻るようだった。

「あの、雅さんと正幸君はこれから何をするつもりなんでしょう?」

 残った保護者一同に問いかける珠子だったが、みんなにこにことして「もうすぐわかるわよ」などとはぐらかしている。一向に謎は解けないままだが、とりあえず珠子はおいしいお茶を飲んで待つことにしたのだった。


「うわぁー…すごく、きれい…」

 眼前にて舞う姿は優美の一言だった。足元には白くもやがかかり、手に持った鈴が鳴るたびに細かい氷の結晶が散り、炎の光を反射して赤くきらめく。

「私、神楽ってほとんど見たことないけどこんなにきれいだったんだ」

 珠子は目の前に広がる光景に心奪われていた。緩やかに見える動きには一切の無駄が無く、時に繊細に時に力強く見る者を魅了していく。

 神楽舞が披露されているこの場所。ここは、村田家の離れの裏にある小さな舞台。神楽を舞っているのは雅だった。頭の上に大きな冠を(いただ)き右手には黒曜の剣を、左手には鈴を持ち、剣を掲げたり振り下ろしたり。合間になる鈴の音を聞くと、その音で周囲を清めているような感覚に陥る。

「ふぅ…」

 ひとしきり舞い終えると雅は正面に向かい、一礼をして奥に下がっていった。かと思えば、舞台袖からすぐさま外に出て珠子の元までやってきた。

「ねぇ、どうだった珠子ちゃん。私ちゃんと舞えてた?」

やってくるなり第一声がそれだった。身なりは先ほどの舞のままに、表情だけが幼い子供のように期待でいっぱいになっている。

(なんか、ここの家の人って時々こんな感じになるな~)

 珠子は少し苦笑というか、呆れた笑いというか。そんな表情をしていると、雅がちょっとずつすねていくのが分かった。

「あぁ、えっと。すごくきれいでした。あんな舞を見たのは初めてだったんで、何て言葉にしたらいいかわからなくって…」

 その言葉を聞いて、雅は満足そうに頷いた。

「そうでしょう、だてに15年も舞楽(ぶがく)を練習してないわよ!とはいっても、今のは日舞でも日本伝統の神楽でもないのよね~」

「そうなんですか?」

 珠子はじっくりとほかの神楽舞を見たことがないゆえに、こういうものだと思っていたのだがそうではないらしい。

「うちの神楽はね、祓い神楽と言って神様を祭るためのものじゃないの。その場に居合わせた人、物、場所を祓い清めるための舞。『祓い』と言われる所以(ゆえん)もそこにあるのよ。あ、正幸お疲れ」

 雅が声をかけたほうを見やると舞台の陰から正幸がこちらに歩いてきていた。何やらものすごく疲れた顔をしている。

「正幸君どうしたの?顔色悪いよ」

 心配する珠子をよそに、雅はからかうように

「あんた、体力落ちたんじゃないの。あの程度で情けない」

「うるさいな、雪華をさっき使ってたのを忘れてるのかよ。薪割りの途中からだったから結構な時間かけてたんだぞ。そのおかげで焼き魚はうまかっただろう?」

 ちょっとムッとしながらも言い返す正幸に、雅は悪びれた様子もなく「ごめんごめん」などと謝罪の言葉をかけていた。

「そうむくれないの、お礼にプリン作ってあるから食べよ。もちろん雅ちゃん特製よ!珠子ちゃんも食べるよね?」

 プリンと聞いて喜んでいる正幸の傍らに座していた珠子も、女子なのでもちろんスウィーツは大好きだ。そこに雅の特製とまで言われれば断る理由もない。

「喜んでご相伴にあずからせていただきます!」

 そんな二人を見て満足そうにする雅。ここだけを見ると、とても仲の良い姉弟(きょうだい)のように見える。

「それにしても、さっきの特殊効果?ってどうやってたんですか?舞台には何にも装置とか見当たりませんけど」

 そう、ここはただの稽古用の舞台で特別な機材があるわけでもなかった。もっとも、神楽を舞う舞台にもそんな装置は通常存在するはずもない。しかしながら、足元にはドライアイスを使ったような白いもやがかかったり、炎の明かりが灯ったりと幻想的な雰囲気を作るためにはなにか必要になるはず。

「それは、正幸のおかげ。ほら、見せてあげたら」

 雅が促すと、渋々ながらも腰のポーチから2本の小さな刀を取り出す。片方は先ほど台所で見た雪華、もう一方は珠子は見たことがない刀だ。雪華は細く小さいながらも緩やかな弧を描く刀身を持つが、こちらは真っ直ぐな刀身で切っ先も鋭角に切り出された印象になっている。

「こっちは雪華。さっき台所で見た方で、こっちがヨウエン。太陽の『陽』とほのおの『炎』と書く。この二振りはちょっと特別で、代々家に伝わる家宝なんだ」

 正幸は少しばかり誇らしげに語っている。先祖代々の家宝を自分が持たされていることに自信があるようだ。

「雪華と陽炎はその名の通り、冷気と熱気を操る。ただし、俺や一族の特例(・・・・・)の姉ちゃんみたいに強い力を持った人間にしか反応しない。だから、ほんとは姉貴が自分で持って舞ってもいいんだけど…」

「それじゃ、神楽に集中できないってんで正幸に任せてるわけ」

 正幸の言葉を雅が引き継いで説明する。しかし、聞いている珠子は例のごとく頭の上に疑問符が浮かんでいる。

「冷気を操る?熱気を?一族の特例?~~~~~~?」

 どうやら例の思考の海にどっぷりとはまっているようだ。

「ねぇ、これが昨日あんたから聞いた?」

「そう、トリップ状態」

 正幸は盛大にため息をついた。ここから引っ張り上げるのはなかなかに苦労することを、身をもって体験している。姉ちゃんはまだ知らないから暢気に構えていられるのだなどとぶつぶつとつぶやいている。

「・・・えい!」

「きゃうっ!?」

 突然雅が珠子に抱きついた。とっさのことに正幸も珠子も反応できずにいる。だが、雅の目標は達成されたようで、すぐに珠子から離れて彼女の額の前で手を振って見せる。

「おーい、戻ってきた?」

 珠子は目をぱちくりとさせながらも、ぎこちなく何度も頷いた。

「よし、それならオッケー!あとの話は家に帰る道すがらにしましょう。父さんがそろそろ待ってるころだし、その前にみんなでプリン食べよう!」

 雅の掛け声とともに、正幸はやれやれといった感じで。珠子に至ってはいまだに何が起こったのかはっきりとはわかっていないようだが、とりあえず雅について母屋へと戻るのだった。

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