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Another07

◇◆□■



 桜の花びらがちゃっかり舞いながら、初夏の到来を早くも予感させている。

 くそ暑いだろう陽差しに、涼やかな気温はとても快適だ。太陽から届く殺人光線に瞼を閉じて、思わず寝てしまいそうになるほどに。

 そんなくだらない想いを念頭に抱きつつも、開いた扉に左手を添え教室の中が見える場所で立ち止まった途端、真琴と視線が合っていた。

「おはよう。大丈夫だった?」

「何が?」

 鞄を机の横に掛け、真琴の顔を見詰めたまま首を傾げる。

「お父さん、犯人はヤスとか言ってたから……下着、全滅してたよね」

 真琴が学校へ出掛けた時には既に洗濯機を回してたんだ、などと悟りつつ、一寸間を置いてから頷く。

「うん。パパからコンビニで下着を買っておいでって千円貰ったから。でも、結局お金はパパに返しちゃったけど」

「もしかして水深、今パンツ穿いてないとか?」

 真琴の発言に、周囲の男子が私へ視線を向けてきた。このロリコンどもめ。

「まさか。透華の下着を借りたの。そういえば透華は?」

「まだ部活じゃないかな。そろそろ戻ると思うけど、吉住も居ないから一緒に来ると思う」

 吉住……昨日、確かお昼過ぎに家に来てから泊まっていったっけ。晩ご飯も一緒に食べて、お風呂は透華と一緒に入ってた。昨日は透華と一緒に寝ようと思ってたのに、邪魔者の吉住が居たせいで二日連続で恵太と寝る羽目になっちゃったし。

 昨日はパパさんという選択肢もあったけど、不良母二人と一緒だったから流石に入りこめなかったし。

 真琴の部屋に忍び込むのは色んな意味で怖いから出来ないし……。


「恵太、お早う」

 真琴が私の後から教室に入って来た恵太に視線を向けた。

「ろ ん ぶ ろ~ ぞ~。つか、やけに教室少なくね?」

「そうだね。今朝はまだ来てない女子が多いから」

 そんな会話の中、真琴の前に座っている男子が真琴の肩にぽんと手を乗せ声を掛けて来た。

「なぁ真琴、おまえどう見ても女にしか見えないけど、ほんとについてるの?」

 ……好奇な目で真琴を見詰めながら、女子には触れる度胸がないけれど、男という建前のある真琴になら堂々とその体に触れれるといわんばかりに真琴の体を嘗め回すように眺めながらお触りする男子生徒……これはあれだ、怖いもの見たさ、というやつだと思う。生ける伝説として校内にその名を轟かせる真琴の、その恐ろしさを身をもって体験したいと思うこの男子は通称"ゴン"くん。とある番組にゴンタくんという着ぐるみが出てくるのだけれど、そのゴンタくんのように鼻がでかくて赤丸い。

 見てくれは悪くないけど、どうにも悪戯好きなお子ちゃ魔だ。そしてさようなら。

「ちょ、真琴、いてててたたたたっ」

 解説するやいなや、ゴンくんは真琴にむんずと短い髪を鷲掴みにされ唖然と血相を変えていた。 

 そのままずるずると廊下に連れて行かれて……南無。

「真琴っ、ごめん、ちょっ、洒落にならねぇ」

 呆然とその姿を眺める三年四組の生徒諸君。誰も止めようとはしなかった。

 ゴンくんの抵抗虚しく、その姿はどんどん生まれたままに等しくなってゆく。女生徒の好奇に満ちた視線と悲鳴が廊下に収束する。

「真琴っ、マジやめてっ、悪かった。俺が悪かったから」

 次の瞬間、女生徒の甲高い悲鳴が聞こえた。数人の女生徒が見ているだろう光景を私もまじまじと見詰める。上着の学蘭はおろか、カッターシャツもナルシストのように白い肌を露に、学生ズボンは既に無理矢理剥ぎ取られ、真琴はそれを涼しい顔で後へと投げ捨てていた。

 白いブリーフにも手をかけ、それはすでに足から外されようとしている。

 ゴンくんは股間を両手で押さえこみ、瞬く間に蹲っていた。

「やめてやめてやめてっ」

 そのゴンくんへ蹴りを入れて髪を鷲掴みにし、ずるずると引き摺って校内引き回しの刑に処されているクラスメイトのゴンくん。っていうか、誰か止めて。

「真琴、もうやめとけって」

 恵太が真琴を後から羽交い絞めにし持ち上げた。途端真琴は左足を後ろへ曲げつつ恵太の股間を蹴り、急所を蹴られた恵太はたまらず真琴を離していた。間髪おかずに真琴の水平蹴りが恵太をふっとばす。

 真琴より遥かに大きな体躯の恵太が玩具の如く転がった。その光景に唖然と周囲は静まり返る。

 しかし、すぐさま真琴がゴンくんへと標的を戻した途端、再び悲鳴が木霊した。ゴンくんの悲鳴もその中に入り混じり、まるで無実の罪人さながら、ゴンくんは泣きそうな悲鳴をあげていた。


 キーンコーンカーンコーン……と、HR5分前のチャイムが鳴る。そこで真琴は我に返ったようで、狂気を纏った視線をゴンくんへ向けつつ、小さく舌打ちしてから教室へと戻ってきた。

「なに?」

 真琴を眺めるその視線にようやく気付いたのか、真琴は疑問の声をあげた。

 すぐに真琴から視線を逸らすクラスメイト。

 ゴンくんは震えながら制服をどうにか纏い、その場から息も絶え絶えに真琴を大きく迂回しながらゆっくりと自分の席へ。机をかなり前に引いてどうにか座ったけれど、座った途端に真琴が机を前に蹴り、ゴンくんの椅子へ直撃……。

 恵太も教室へと戻った。そして少々憤りながら、真琴の頭をパンっと叩く。

「なんだよっ! 恵太」

 叩かれた頭をさすりながら、文句の言葉を恵太に向ける真琴。

「いい加減にしとけ。中三にもなって冗談もわからねぇのか」

「冗談でも言って良い事と悪い事があるでしょ」

「やって良い事と悪い事もあるだろぉがっ!!」

 とりあえず、ゴンくんには私から謝っておこう。


「ああああああぁ、間に合った」

 少しして、教室にいなかった女子が7名、連れ添って教室へ入ってきた。透華もその中にいたけれど、静まり返った教室の空気に「どうしたの?」と疑問を投げ掛けていた。

「ゴンが真琴に処刑された」

 この一言で再び教室は静まり返る。

 女子でも多分、同じように剥かれて校内引き回しにされる気がしてならない。

 でも、女子がそんな事をされたら……どうにかして女子には手を出さないようにさせないと。

「真琴、着ている物は脱がしちゃ駄目だよ」

「なんで?」

「えっと、その、恥ずかしいでしょ」

「ボクは恥ずかしくないよ」

 ……真琴への禁句を万が一に口走っても、さっきのような事が起こらないようにしないと後々大変な事になると思う。そしてその抑止力を得られる日は、この日からそれほど遠くはなかった。



 *



 お昼休み。


 ――パン、と、手を合わせてその箱を拝む。

「ごちそうさまでした」

 今日も透華のお弁当は美味しかった。料理の腕は阻止限界点を余裕で突破していると思う。

 いつも感じるそんな思いを巡らせながら、微妙な違和感が付き纏う。その違和感が何なのか考えようとしても、この時は見た目思い当たる節がなく、ただ違和感だけがもどかしさを抱かせてきた。

 そんな今は仲の良いクラスメイトで集まりお弁当を広げている。ほんの少し前に真琴や恵太の話題が出ていた。

 真琴の話題に関しては、ゴンくんの服を脱がせて廊下を引き摺り回した事の寸評を各々が無責任に発言し、時折り真琴へ視線を向けていた。そんな中、最近校内で噂が広まっている学園七不思議とやらの話になる。


「ほら、屋上へ出る扉があるじゃない。あそこの扉、鍵が勝手に開く事があるんだって」


 馬鹿げた噂を嬉しそうに話す少女Yこと吉住。セミロングの髪はポニテにして、体育会系な雰囲気と共にあまり突出していない胸元はつつましく、背丈は真琴よりも高い。

「勝手に開く扉、か。これは一度リサーチする必要がありそうね」

 などと眼鏡に右手を添えたポーズで凛々しくきめようとする学級委員長。おさげがチャーミング。

「鍵が勝手に開くとか、普通に考えてありえないよ」

「ありえないから不思議なのだよ」

 私の言葉に、吉住が人差し指を突き立てそう返してきた。

「他に面白そうな話ってある?」

「見知らぬ男子生徒が話しかけてくる、というのがあるよ。これも幽霊系の噂話かな。というか柏木さん、昨日男子生徒に話しかけられていたけど、相手は何年生だったの?」

「え? 昨日? そんな事あったかな」

「教室へずかずかと入ってきて、柏木さん手を握られてどこかに連れて行かれたじゃない。もしかしてあれ、告白だったりして?」

 恥ずかしくて恍けてるのかとか心の中で呟かれても……身に覚えがない。そんな事実などなかった。

「昨日そう言えば、みなみ経由で色々と不思議な事があったんだっけ」

「え? 何々?」

「不思議な事?」

「(裸で)ジャージを貸してって言ってきたり、それを知らないような振りしたり、まぁジャージは昨日のうちに部屋へ返して貰ったけど。えっと、携帯電話。みなみに一つ貸したんだけど、その携帯がみなみの携帯と一緒に、昨日警察から届けられてびっくりしちゃった」

「警察が紛失物をわざわざ届ける事なんてあるの? 初耳だわ」

「……私、やっぱり携帯借りた覚えないんだけど」

「これだよ。警察が家に来てからみなみ、あちこち記憶が飛んでるとか言ってたよね」

「うん。なんか、ぼーっとして、よく憶えてない」

 ジャージを借りたような記憶はある。確か裸で……なんで裸になったのか憶えてないけど。

 うろ覚えといえば自分とばったり出会う不思議な夢も見た気がする。自分自身と口付けする夢なんて笑っちゃうけど。

「でもさ、あたしと通話してたはずの柏木さんの携帯が一緒に届けられたのはどう考えてもミステリーだよね。あの日、あたしと同じ時間帯に警察が来てたけど、三時頃にも携帯届けに警官がきたんだよね、確か。柏木さんずっと一緒にいたから、携帯を無くしようがないと思うんだけどさ」

「警察が二度も来たの? なぜ?」

「みなみが家で大声を出してたみたいで、近所の人に通報されちゃったんよ」

「あれだね、若気の至りってやつだね」

「ふぅん。まぁ、思いきり声を張り上げたくなる事ってあるわよね」


 警察が来て私の携帯を届けてくれたのは事実だけど、私が悲鳴をあげた事になっているのはどうにも釈然としない。


「あ、思い出した」

 と、吉住。

「え、何?」

「昨日さ、透華の携帯へ掛けたら知らない男が出たのさ。しかもその子、電話に出た途端に柏木さん? とか言ってきてさ」

「みなみ、誰に携帯貸したの?」

 そう言いながら携帯を取り出す透華。

「ほんとに記憶にないの。ごめん」

「着信履歴が4つ。みなみの携帯からが二回と、吉住からの電話が一回と……これ誰だろう。登録してない番号だ」

「掛けてみれば? 間違い電話かも知れないけど、意外と透華の番号を誰かから聞いた男子からかも」

「あ、そうそう、発信履歴が凄い事になってたんだ」

「発信履歴?」

「知らない番号ばかり、7件」

「7件……じゃあそれも順番にかけちゃえ!」

 けたたましくもテンションは上昇し、やんややんやと煽り煽られ、既に収拾がつかなくなっていた。

「それでは、とりあえず着信履歴から。この中にある正体不明な一件へアクセスし、謎を解き明かしますっ!!」

「じっちゃんの名にかけてっ!!」

 透華ものりのりのようで、机を四つ固めたそこで円陣を組んでいた私たちを順番に眺め、悪戯っぽい笑顔で発信ボタンを押した。


 プッ……、プッ……、


『お客さまがお掛けになった電話番号は、現在、使われておりません。もう一度よくご確認の上……』


 ……四人が顔を見合わせる。私と透華、それに吉住と委員長。

「もう一度ご確認の上って、着信履歴から発信したのに間違えるわけないじゃん」

「そ、そうよね。昨日解約した番号かしら」

「この番号、どこかで見たような気がするんだよね……」

 心の動揺が手に取るように流れ込んでくる。

「着信履歴の謎は残念ながら、犯人の機略によりわたしたちでは手に負えない状況にまで進展していたようね。悔しいけれど、過ぎた時間は取り戻せない。ここはぜひとも、発信履歴の謎を解き明かし、その溜飲を飲み下すとしましょうか」

 きりりと透華の肩に手を添え、凛と言い放つ委員長。名前忘れちゃった。誰か教えて。

「じゃあ、上から掛けるよ」

 透華は囁くように小声でそう言うと、恐る恐る一つ目の発信履歴をコールした。

 途端、教室に携帯の着信音が鳴り響く。

「うわっ? なんだっ?」

 慌てながら携帯を取り出した生徒はゴンくんだった。

 ボタンを押して通話モードに切り替わり、ゴンくんがもしもし、などと喋ったその肉声が微妙なタイムラグを経て透華の携帯からも紡がれる。

『もしもし?』

 首を傾げながら応答を待つゴンくん。ちゃんと後で謝っておこう。いや、ほんとに。

「なんでゴンの携帯番号なん?」

「知らない」

「もしかしたら、残りの6つもクラスメイトの男子かもね」

「水深、本当に誰に貸したの?」

「本当に覚えがなくて。ごめんなさい」

 ♪♪♪……♪♪♪

 私が謝ったその時、透華の携帯電話が鳴り響いた。着信音が教室に響き渡る。

 学校は携帯の持込を禁止していない。授業中は電源を切るように注意されるけど、休憩中に携帯を使う事は公に許可されているので、お昼休みに携帯電話の音が鳴り響くなんて日常茶飯事だ。だから携帯の着信音ごときでは注目を浴びたりしない。

 でも、透華が短い悲鳴をあげて携帯を捨てるように落とした途端、クラスメイトの視線は透華へと注がれていた。

「どうしたの? 透華」

「とーか?」

 透華はとても不安そうな表情で落とした携帯を見詰める。

「どうしたの?」

 そう訊ねつつ、透華の携帯を拾い上げ、着信音が途切れたその画面を見詰めた。

 ――着信あり。

「掛かってきた」

 透華の意味不明な発言に首を傾げる私たち。

 ふと、その履歴を見る。

「あれ、これ……」

 机を4つ繋ぎ合わせた真ん中付近へその携帯を開け、着信履歴を見詰めた。

 私の名前の表示が2、吉住の名前が1、無登録で同じ番号が2。

「さっき掛けて繋がらなかった番号から掛かってきた、みたい」

「なんでかかってくるの」

 ♪♪♪……♪♪♪

 再び鳴り響く透華の携帯。ディスプレイの表示番号は、多分にさっき掛かってきた番号と同じに思えた。気持ちの悪い物を見るような悲鳴がその着信音と同時に木霊する。

 「なんだ?」「どうした?」などと、悲鳴をあげる私たちへクラスメイトの視線が向けられている。

 私はその着信を、ディスプレイを見詰めながら――通話ボタンを押した。

『ギーーーーギキィィィーーーピィーーー』

 ノイズのような、機械音のような音階が流れてきた。ファックスへ電話を繋げた時に聞こえるような機械音。少しの間その音を聴いていたけど、異様に気持ちが悪くなった。気付いた時には周囲がゆっくりと回転しているように感じていた。


 私はそのまま――気を失っていた。


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