Another06
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にゃんこが私を起こす夢を見た。イキロ、と言いながら。
……小鳥の囀りにふと目を開けてそこを見つめると、毛布を手繰り寄せている自分がいた。にゃんこと思っていたのはトランクスとシャツ一枚で猫のように丸くなりながら寝息を立てて居る恵太に違いない。二日連続で私と添い寝できるなんて、この幸せ者ぉ。
などと思いながら、ぼーっと体を揺らしつつ、恵太のほっぺを指でつつく。
ぷにぷにと肉球に負けず劣らずの柔らかなそれに、思わずひっぱったり軽くつねったりしてみた。
私はピンクのパジャマを着て、温かな毛布に体を包んで気持ち良く起きれたので今は機嫌が良い。下着特有のぴっちり感も無いし。
「っくしゅ」
恵太がくしゃみをして更に体を丸めた。
「けーた、朝だよ」
「……寒ぃ」
恵太の枕元にある時計を見ると7時50分頃になっていた。30分ほど進んでる事は昨日確認済みなのでまだ時間に余裕はある。さて、なぜ私が今ここにいるのかと言うと、聞くも涙、語るも涙の物語があったのです。
……というか、なんで私ここにいるの。
「けーた、私何でここにいるの?」
人型の大きなにゃんこを揺すりながら、私はその疑問を投げ掛けた。
でも、答えは返ってこない。というか、毛布を剥ぎ取られた。
「自分の部屋で寝ろよもうぅ……」
「というか、朝だよ」
「うるせぇ」
「けーた起きて。起きないと遅刻しちゃうよ」
「目覚まし鳴るからほっとけ」
目覚まし時計のタイマーは8:20分くらいの場所でセットしてあった。まだ30分くらいある。
時計を手に取り、後にあるツマミを回して鳴る時間を早めてみた。
……、
…………、
ジリリリリリリリリリリ・・・突然鳴り出した目覚ましの音に、恵太は凄い勢いで起き上がった。
「水深、いい加減にしろよ」
「ごめんなさい」
恵太は憤りながら眠たそうな表情で、タイマーの針をさっきの時間に合わせ再び眠りに就こうとした。
「けーた、起きて。たまには早起きしようよ」
「うるせぇ。もうぅうっとおしいなぁ」
「起きないと凄い事しちゃうぞ」
無下に扱われて私は少し怒りゲージが溜まった。なので、凄い事しちゃうぞ、と言った直後に私は恵太に覆い被さり、至近距離で恵太を睨みつける。
「しちゃうぞ」
そう言いながら、口を近づける。恵太は薄目を開けながら呆れてものも言えない始末らしい。
「ごめんなさいは?」
「いい加減にしろよ」
反省の色が見えない恵太のほっぺを私はぺろりんと舐めた。
「起きないとキスしちゃうぞ」
「このキス魔。いい加減にしろ」
呆れながら、恵太は頭を左右に振っている。
(ほんとにこいつは何考えてんだ)
楽しい事以外は何も考えてません。
そう思いながらも、そっぽを向いて寝たふりをする恵太の唇を次の標的にする。ほっぺを軽くつつき、それでも寝たふりを続ける恵太に私は「むちゅ」っと口付けをした。
今日の目標は母親を除く家族全員にちゅーする事にしよう。とりあえず恵太終了。
「ほんっとに、おまえいい加減にしろよ」
「人間は衰退しました」
「わけわかんねー事言ってんじゃねーっつーの」
終了だけど、念のためもう一回。
「けーた、口臭くないからキスしたんだからねっ。キスしたくてしてるんじゃないんだからねっ!!」
恵太は私の戯言で完全に目覚めたようで、呆れ笑いしながら頭を振ってチョークスリーパーをかけてきた。
……朝から弟で遊び死線を彷徨った私ですが、歯を磨くために洗面所へ行くとパパさんが洗濯機にへばりついていました。
真琴より背が低く、真琴に負けず劣らずの女顔。髭とかそういうものに縁が無いようで、素っ裸を見ないと男だと信じられないのではないでしょうか。髪が長いせいもあってか、何度かナンパされてる場面に直面した事だってあったりします。
「パパ、何してんの?」
首を傾げながらパパさんの顔を見つめると、引き攣った笑顔を私に向けながら(どうしよう)などと考え事をしていました。
ふと周囲を見回すと、そこにある下着入れのカゴ周辺が濡れています。因みに、この下着入れに私のパンツは全部入っています。自室の部屋に衣服のタンスはありますが、下着だけは脱衣所にあるこのカゴから出し入れしているのです。
着替えはトイレですればいいので楽ちんですし、洗濯機に入れるのもすぐなので便利。そしてなにより、いつの間にか妖精さんがパンツの補充をしてくれます。
……と、下着を取り出そうとしたけど、なぜか一枚も入ってない。いつも20枚くらい入ってて、気分で選ぶのも楽しい日課になってるのに、なぜ一枚も無いんだろ。
「パパ、私の下着知らない?」
「……犯人はヤス」
まるで美麗な貴婦人を思わせるビューティフルボイスのパパさん。っていうか、犯人なんて聞いてないんだけど。私の下着がどこに……って、洗濯機の中らしい。
(ホース排水口に出すの忘れて、慌てておろそうとしたら下着入れがビショ濡れになったんだけど、どうやって誤魔化そう)
そのままそう言えばいいのに。っていうか、困ったな。どうしよう。パンツがない。
「パパ、下着の替えが無いから、コンビニで買ってくるからお金ちょうだい」
「あ、あぁ、うん。ちょっと待ってね」
とりあえず歯を磨こう。はぁ、でもコンビニまでノーパンだ。まぁいっか。
「水深、千円しかないけど足りるかな?」
歯を磨いてる最中、パパさんから千円をゲットした私は、それをポッケに入れてから口を濯いだ。
「うん、大丈夫」
そう言って、パパにおいでおいでと手招きをする。パパは少し躊躇いながらも内緒話でもすると思ったようで、意表をついてキスすることができた。パパのなんともいえない表情に満足。
「今日は朝ご飯ある?」
「用意してあるからゆっくり食べて行きなさい」
パパさんは嬉しそうに頷きながら、自分の身支度に向かった。不良母2名は省くとして、残りは真琴と透華。制限時間はたっぷりあるから余裕でクエストクリアできそう。というか、下着買うの勿体無いな。そうだ、透華の下着を借りよう。
妙案を思いついた私はすぐさま二階に上がり、透華の部屋へお行儀よく侵入していた。
部屋に入ってすぐ目の前に机があり、机の上には小さくて可愛らしい小物の玩具が整然と並んでいる。
その机の隣にタンスが二つ壁に連なり、その反対側に設置してあるパイプベッドには花模様のシーツで包んだマットと、ピンクの毛布に白い羽毛の上布団が丁寧に畳まれ、透華の几帳面さを浮き彫りにしていた。
部屋の観察はさておき、ここかな、などと思いつつタンスの引き出しを上から開けて見る。
一番上は引き出しても高すぎて中身が見えなかった。
二段目もまたよじ登らないと中身が見えそうになかった。
だがしかし、三段目はその引き出しを開けると中を辛うじてだが見る事ができた。綺麗に畳まれたシャツがいくつも入っている。次いで四段目……この一段全て、ブラとパンティが所狭しと詰め込んであった。
好奇心旺盛な私は、とりあえずその中から一つ、身に着ける事のないであろう大きな曲線を描いた胸当てことブラを手に取り、それを頭に乗せてみた。鏡に映った私のその姿は、まるで耳の大きな猫のようだ。
あほな事はやめてパンツを決めよう。何でこんな事したんだろ。
パンツはどれも伸縮性が高く、サイズフリーと思ってほぼ間違いない。
大きな透華が穿くパンツでも、私が問題なく穿ける事は以前に確認済み。
一つ取り出し、それを両手で広げて見る。びよ~んと伸びたその黒い紐は、下着でなければパンツでもなかった。
大事な部分を隠す布がなく、これを着ける理由が私には理解できなかったのでとりあえずこの紐は見なかった事にしよう。
気を取り直して別の一枚を取り出す。やや下地は透けるほどに薄いけどちゃんと大事な部位を隠す布は見て取れた。だがしかし、なぜか股間の部分がパックリと割れている。なんだこれはとか思いつつ、もしかしたら穿いたまま用を足す事の出来る新種のパンツなのかも知れない、などとありえない事を思った。こんなの穿いた状態でスカート捲りされたら、公然猥褻とやらで警察の人に連行されてしまう気がする。姉としてこういう危険な芽は速やかに摘み取るべきだと私の中の何かが囁いた。
際どい下着をゴミ箱へ放り込み、次いで白生地イチゴ柄のパンツが目についた。取り出し伸ばしてみる。
子供っぽいと思った私は頬を緩ませながら元の位置へ放り込み、次いで取り出したのは清楚な純白のパンツだった。肌触りがとても心地いい。これはかなりポイント高いかな、などと思いつつ、横にあった水玉模様のパンツも広げて見る。なんともありがちだけど人気の高そうなそれは、ちら見させる為に穿いていると一部の男子生徒に誤解を受けそうだ。
更に別の一枚を取り出した。縞々のパンツはデザインの極致と呼ばれている。二色の線が織り成す世界観は、決して交わる事のない並行世界を連想させる。何かそこで引っ掛かったけれど、思考はそこで停止させられた。
何れにしても一枚でこれほどの連想をさせるパンティだからこそ、高い値がつくのだろう。
穿いた相手が問題ではなく、そのパンツ自体の芸術性が男共を惹きつけるのかも知れない。
白は清純さ、縞は個性を、水玉は純潔を表し、黒はきっとその内に秘めた可憐さを覆い隠す為に存在している。
……そんなわけあるかっ!! などと頭を振りながら、くだらない想像をすぐさま掻き消した。なんか今日の私は色々とおかしい気がする。誰かに操られているような錯覚さえするほどに。
さて、この黒いスパッツにしよう。スカート捲られてもこれなら平気。
ものの五分で選んだ私は、そのスパッツを左足から先に通して穿いてみた。お尻の部分がぶかぶかで、違和感が気持ちの悪さを演出する。
少し考えてからスパッツを脱ぎ捨て、乱雑にタンスへと戻していた。
うーん、どれにしようかな。いっぱいありすぎて目移りする。透華の下着を穿く機会なんて滅多にないから、悩んでしまうんだよね。
などと思いながらも、最終的にはオーソドックスな一枚を手に取っていた。
――パンツは白に限る。