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Another04

 ◇◆□◇



 下校時、真琴と校門で出くわした私はそのまま真琴と自宅への帰路についていた。

 下校直前、下駄箱にあった靴が一組無くなっていたり(たまたま二組あったので助かりました)、ぴかぴかの新入生にスカートを捲り上げられたりと不幸の極みを発動させたお茶目な私でしたが、こうして元気に歩きながらそれらの出来事をちょっぴり悪い思い出として脳内整理しつつも今を満喫しています。

 そんな学校からの帰宅途中、商店街へと繋がる分かれ道で真琴は足を止めた。

「じゃあ水深、僕は買い物に行くね」

「えのきもいっぱいでお願い」

 スキヤキならえのきは必須だよね、などと考えていた最中、透華が追い付いて来たようで、後から駆け足で私を追い越した。

「みなみっ、捕まえたっ!!」

 そう言いながら真琴にしがみつく透華。

「透華、今、わざと僕にあてつけたよね」

 ギロリ、と、真琴の凍てつく波動に透華は大きく口を開け固まる。ふるふると首を振り、ぽんぽんと真琴の肩を叩いてから、透華は真琴から視線を逸らして私へ向き直った。

「みなみ、ジャージは?」

「……え? ジャージ?」

「下校前にジャージ貸したじゃん。あの時なんで裸だったん?」

 ……裸?

「私、透華に携帯は借りたけど、ジャージなんて借りてないよね?」

「持ってったじゃん。可愛くウサギのように震えながら、何か着る物貸してって」

「そ、そうだっけ。えっと……あ、あぁ、そうだそうだ、思い出した。うん、ちょっと罰ゲームやってて、借り物競争してたんだ。ジャージ、後で返すからもう少し待ってて」

 返せるか自信はなかったけど、嫌な予感と同時に思い当たる節はあったので、とりあえずこの場は凌ごう。

「真琴、買い物に行くなら一緒に行こ」

 真琴はそんな透華を睨みつけながら、小さく頷いて無言で歩き出していた。

 透華は冷汗を感じたようで、額を無意味に拭い口を開けたまま一旦私へ目を向けた後、真琴の後をついて行った。

 真琴が本気で怒ったら、透華でも容赦なく全裸にされ捨てられる事でしょう。小さい頃一度やられてるし。流石にあの事件はトラウマとして透華の記憶に残っていると思う。

 真琴をまこちゃんとか言いながらきゃっきゃうふふしてた幼い頃の透華が、怒り出した真琴にむちゃくちゃに着衣を剥ぎ取られ、路上へ死体のように棄てられた。パンツまで余す事無く剥ぎ取られた衣服は道脇の用水路へと捨てられ、泣きじゃくる透華にも真琴は構わず蹴りを入れて髪を鷲掴みにしながら引き摺っていた。

 それ以来、暫らく透華は真琴が近くにいると大きな体を小動物のように震わせていたものだ。

 実に小学校二年生の春。あの日以来、真琴の恐ろしさをひしひしと感じている。


 ふぅ。と、頭を振ってその回想を掻き消し、二人を見送った私は自宅へと歩みを進めた。

 透華からジャージを借りた記憶は私にはない。つまり、透華の話が本当なら、私以外の誰かが透華からジャージを借りたことになる。透華が私を見間違えるはずもなく、生徒が校内で裸になる事は普通ありえない。

 身体測定があったから制服を脱ぐ事はあるだろうけど、透華は"裸"と言った。それはつまり、下着すら身につけていなかったんだと思う。私はブラを着けた事がないけれど、キャミソをいつも着ているし校内で裸になる趣味はない。

 つまり、あれだ。

 一つの確信を得た私は、携帯を取り出し、とある人物へかけていた。

『もしもし? 柏木さん?』

「ちょっと聞きたい事があって電話したんだけど、今いい?」

『うん。なんでも聞いて』

 携帯越しでは相手が何を考えているのか流石に理解できない。でも、きっと今の玖珂は期待が外れた事で少なからず落ち込んだように思えた。

「玖珂くんの前からあちらの私が消えた時、もしかして服だけそこに残ったりしてない?」

『……なんで知ってるの?』

 やっぱり。あちらの私はこちらへほぼ間違いなく来ている。しかも裸で。

「私が裸で校内にいたっていう情報を聞いたから」

『それ本当っ?』

 血相を変えた玖珂の顔がふと浮かんだ。ジャージを着た私が行くとしたら、果たしてどこへ行くのか。

 と、言うよりも、裸で身動きが取れなくなった私は、人目を掻い潜って透華を頼ったんだ。

 その後、私ならどういう行動を取るだろう……。

「一旦切るね。また何か分かったらすぐに連絡するから」

『あ、あぁ。その、ありがとう』

 玖珂は多分、今はほっとしてるんだろうな。こちらにあちらの私がいた事実に。

 通話を切り、携帯を仕舞ってから自宅へと進む。

 誰も帰っていなければ鍵が掛かっているはずだから、あちらの私が家に来たとしても入れはしない。

 私ならきっと自分に会いたいと思うだろう。心細ければ尚更だ。でも、会うと何が起こるか分からない。もしかしたら何も起こらないかも知れないけど、身の危険が伴う可能性がある以上、その好奇心は押し殺さないと。

 どうにか自分と出会わずに、玖珂にあちらの自分と引き合わせ、連れ帰って貰う事が最善なのだと思う。


 自宅に着いた私は二階建ての我が家を見上げた。

 玄関はやはり鍵が掛かっている。恵太もまだ帰って来てないから当然だ。両親は四六時中家に居ない。とりあえず家に入ってから念のため鍵を掛け、誰かが帰って来たら注意深く思考をトレースすれば誰が帰ったのかは理解できる。もし仮にあちらの私が恵太と帰り道でばったり遭遇でもすれば、私の元へ来るために利用するはずだ。

 きっと今、あちらの私は心細くて誰彼に気を遣う余裕はないだろう。元の世界へすぐに還れるようであればとっくにそうしているだろうし、それが出来ないから透華にジャージを借りて動ける状況を作り出したんだ。

 こちらが別の世界である事に気がついていない可能性だってある。

 玖珂と再会してもあちらの私が元の世界へ戻れる保障さえない。最悪、あちらの私はこちらで暮らして行かねばならなくなるようなケースだって考えられる。

 だからと言って、例え家族でもあちらとやらの世界があって、そちらの私がこちらへ来た、なんて事は絶対に話せない。そんな事を打ち明けたら大騒ぎになる事は目に見えて明らかだし、たちまちその噂は拡散して世界中に広まるだろう。

 そしてそれは、私の事例が初めてだとは思わない方が懸命だ。なぜなら一つの例があれば、それは他にもそういう事例があった、という可能性が浮き彫りになるからで、そしてそういう事実が世間一般に知られていない以上、それが知られていない理由があるはずだ。

 あちらの私も同じような事を考えているかも知れない。尤も、ここが別の世界だと気付いている事が前提だけど。その私は果たしてどういう行動に出ているのか。或いは、出るのか。

 纏まらない考えに再び頭を振る。


 鍵を開け自宅へ入り、再び鍵を閉める。

 一階に誰も居ない事を確認してから、私服に着替えるために自室へと急ぐ。

 恵太の部屋を通り越し、突き当たりの右手にある扉に手を掛け自室へと入った。

 部屋の中ほどまで足を進めた私は、鞄を左手にあるベッドの上へ投げ捨て、制服を徐に脱いでそれも無雑作に脱ぎ捨てた。キャミソ姿になった私はすぐさまベッドの棚に置いてあるリモコンを手に取り暖房を入れつつ、リモコンも一旦ベッドへ投げ出し、タンスから私服を選ぼうと引き出しを開けた。

 ふと、タンスの横にある鏡に目を向けると幼い体型の自分が映り、同時になにやら違和感があった。


 タンスと鏡の間でぶかぶかなジャージを着ている私の姿。ほんの数秒、時が止まった。








「きゃああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっっっ!!」

「きゃあああああああああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!」





 どうやって家に入ったんだ? っていうか、私だ。間違いなくこれ私だ。私の悲鳴につられて同じように私が悲鳴をあげやがった。意味不明の絶叫が、合唱コンクールの如く部屋中に木霊す。

 この私たちが奏でる絶叫は、近隣の住人に警察を呼ばせるだけの説得力と破壊力を秘めていたに違いない。

 叫び疲れ、それでも震えながら私と見詰め合う私。全く何を考えているのか判らない。心が読めない。

 二人して息を整え、先に手を振ってきた目の前の私につられて私も手を振った。

「び、ビックリした」

 それは私の台詞だ。

「どうやって入ったの?」

「裏口の梯子を登って、けーたの部屋から。けーたいつも鍵あけっぱなしだから。っていうか、私が誰だかわかるの?」

「玖珂くんから大体は聞いてる。反対側の世界から、私がこちらへ来てるとかなんとか。半信半疑だったけど」

「さとりん? あいつが来ている世界ってここだったんだ。でも良かった、これでようやく帰れる」

 やや落ち着きを取り戻した(あちら)は、意味不明な発言の後にっこりと微笑んだ。

 やばい。私かわいい。なにこの破壊力。引っ掛かりを覚える一文はすでに脳裏から消え失せつつあった。

「でも、本当、違いがわかんない」

「考えてる事もわからないよね。なんか嬉しい」

「一つ聞いて良い? どうやってここが別の世界だってわかったの?」

「え? あぁ、透華にジャージを借りた時、玖珂くんを呼んでって頼んだんだけど、透華が玖珂くんを知らなくて」

 なるほど。そりゃ知らないよね。私も今日初めて知ったんだから。

「なるほどね。そんな私は、心細くなってとりあえず自宅へ来たわけだ」

「うん。でも、鍵が掛かっていて。だから仕方なくけーたの部屋から入ったの」

 そっと、まだ震える手で目の前にいるお互いが鏡に触れるかのように両手を伸ばした。ジャージ姿の私とキャミソ姿の私が、鏡では不可能であろう、手と手を合わせたまま五指を絡ませる。瓜二つの双子でも、これほどの親近感を抱く事はできないだろうな。

「の、喉渇いてて、その、お水かお茶を飲みたいんだけど」

 私のその要望に、コクリと頷いてキャミソ姿のまま飲み物を取りに行くため階段を下りてゆく。

 一階のリビング、そこの食器棚から自分のコップとパパのグラスを取り出した。

 次いで冷蔵庫からアイスのごとく冷えた緑茶を取り出しそれをコップに注ぎ、逸る気持ちに焦りを感じながらも飲み物とお菓子を用意していた。

 会ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めるつもりはないけれど、とりあえず私と私が出会って何かしらの事態が起こっているようにも思えなかった。落ち着いたら玖珂を呼んで、この事件を終わらせるように持っていけば大丈夫。今はとにかく、このわくわくとする好奇心という名の暴れ馬を、その手綱をしっかりと握り、少しづつ手懐けよう。

 緊張したせいか、小用を足したくなった私はトイレでそんな思案をしつつ、すっきりとしてから部屋に戻った。

 部屋に入ってからきょろきょろと辺りを見回し、私が消えている事にしばし呆然とする。


 ……おい、私はなに考えてるんだ。


「私どこいったーーーーーーっ!!」


 大声でそんな意味不明な叫び声をあげる。すぐに私が部屋へ入ってきた。……勝手にうろつくなよ。


「大声出さないで。びっくりするでしょ」

 こいつ何考えてるんだ。

 と、目の前の私はジャージじゃなくお気に入りの服を着ていた。

「それ、私のなんだけど」

「だから私のだよね。とーかのジャージ、借りっ放しもあれだから返してきた」

 まぁ、私のだから私が着ていけないという法はないけど。いや、というか、それ私が着ようと思ってたのに。

 文句の言葉を考えようとしたけれど、色々と触れてはイケナイ事柄にちょくちょく抵触したようで、考えは覚束なくなっていた。バカバカしく感じたので考えるのをやめ、ありふれた一着をタンスから取り出しそれを身に纏う。

 私が着替えている間に、あちらの私は緑茶をごくごくと飲んで満足そうに息をついていた。

 私もパパのコップを手に取りそれをごくごくと胃へ流し込む。

 よし。玖珂を呼ぼう。


 ……えーーーーっと。携帯。携帯。携帯。大事な物だから三回言葉にするほど探しました。

「どうしたの?」

「え、あの、……なんでもない」

 携帯が見つからない。一番早く帰って来るとすると多分恵太かな。真琴と透華は昼と夕食の買出しで商店街だから、あと30分くらいは帰ってこないだろうし。

 あ、自宅の電話でいいか。自分の携帯にかけっぱなしにして、場所を特定しよう。

 外に落としてたらアウトだけど。

「大人しくここで待ってて」

 指差しながら念を押しておく。あちらの私は小首を傾げつつも小さく頷いた。

 一階のリビングに再び下りた私は、受話器を取って携帯の番号を打ち込む。番号は照らし合わせていたお蔭でしっかりと憶えていた。トゥルルルルル、という待ち受け音を確認してから、耳を澄ますと二階から携帯の着信音がした。

 そしてすぐに通話が開始される。

『もしもーし』

「出るんじゃないよこのバカヤロウ!」

 あれだ、あちらの私が携帯を取り出し、それを我が物のように持っていたに違いない。

 ドッペルゲンガーと出遭うと不幸な事が起こるという。こういう事なんだろうね。きっとね。

 少し疲れを感じつつも、再び自室へ戻る。

「携帯貸しなさい」

「ちゃんと返してね」

 本当、私って何考えてるんだ。ものすっごい苛つく。

 気を取り直して。玖珂の番号へ……番号へ……番号……見つからない。

「携帯に何かした?」

「さとりんの名前があったから、むかついて消しちゃった」

 ほんっとうにこいつは何考えてるんだ。むかついて消すとか、それって嫉妬か? 何で自分に嫉妬するの? 嫉妬するような感情を抱いてるの? お子ちゃ魔のくせに。

 まぁいいや。発信履歴があるはず。ぽちっとな。……、全部消去されてる。

 着信履歴は……まだなかった。これは玖珂から掛かって来るか、透華が帰ってこないと掛けようがないや。

 自分に腹を立てても仕方ないとはよく聞くけれど、こういう場合はどうなんだろう。

 首を絞めて殺してみたら、もしかしたら自分も死んでしまうのかな。

「みなみちゃん」

「自分にみなみちゃんって呼ばれるのって、なんかきもいよね」

 眉をピクピクとひそめながらも、とりあえず玖珂から電話が掛かって来る事を期待して待ってみるしか手はなくなった。透華に番号尋ねるのは色んな意味でまずいと私の中の何かが囁いている。

 玖珂がどこに居るのか分かればこいつをそこへ連れて行くのもありだけど、途中で知り合いに見られたら大変な事になる気がする。大人しく自宅で待機するかな。

 私は大きく溜息を吐いてから、とりあえず目の前にいる私に頬を両手で固定され、そのまま自分とのファーストキスを味わってみるのでしたまる。

「いい加減にしろよおまえ」

「自分とちゅうできるなんて貴重な体験だと思うよ」


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