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Another03

 ◇


 半日授業の今日は身体測定があった。そこでとことん自分の身体的、肉体的、精神的ポテンシャルの低さを実感し、憂鬱を通り越して夢鬱つ状態に陥っている。夢鬱つとは、夢に置き換えて現実逃避をしつつも落胆を拭えない状態でしょう。

 そんな私は身体測定を一通り終え教室に戻った後、自分の椅子へ逆向きに座り透華の机の上へぐったりと突っ伏していた。

「柏木……さん? どう、したの?」

 まったりとしたその声に視線を向けると、巨乳のクラスメイトが心配そうに私を眺めていた。

 飾らずの長い黒髪に、背丈は150ほど。この子は私の事を好いているらしい。恵太にも好意を寄せていて、どちらかというと『将を射んと欲すればまず馬を射よ』的な思考に思える。どちらが将で馬なのかはこの際考えないでおこう。

「白衣のオバサンにいじめられた」

 身長を127センチとか記載されちゃった。130なのに。

「あは、あれは、仕方ない、んじゃない、かな?」

「ほっといて」

「あう……」

 不貞腐れながら再び机とランデブー。身長も体重も握力もテンションすらも、その全てが低い。中学三年女子の平均を大きく下回り、未熟児然とした私のその勇姿を一体誰が癒せるというのだろう。


(いた)


 ふと、その思考に(おもて)をあげる。左の入り口に目を向けると、見知らぬ男子生徒が私を見詰めていた。視線が合った途端その生徒は(制服着てるし、違うよな)などと意味不明な考えを私にぶつけ、ずかずかと教室へ入ってきた。

 ――何だろう――そう思いつつ視線を逸らしたけれど、そいつは唐突に私の手を握ってきた。

「柏木さん、ごめん。大事な話があるんだ」

 黄色い声と視線がたちまち私たちへ集中する。

 彼は有無を言わさず私をぐいぐいと引っ張る。私は仕方なく椅子から立ち上がり、やや抵抗しながら教室を後にしていた。

「ちょっと、何?」

 見知らぬ生徒。同級生か下級生かすらわからないけど、彼はそのまま屋上へと続く階段へ私を引っ張って行った。

「柏木さん、僕の事わかる?」

 か弱い女生徒を人気のない場所へ無理矢理連れて行く怖い人だという事は存分に。

「な、なんなの?」

(やっぱり水深じゃない)

 どういう意味? 名前合ってるのに違うとか。しかもこんな場所へ連れてきて。

 私に告白……という感じじゃないよね、どう考えても。

「えっと、何の用ですか」

 思わず敬語になった。

 彼は理解しかねる思案をしばらく続けていたけど、意を決したように口を開く。

「僕はこちらには居ない生徒なんだ。だから本物の柏木じゃなければ僕の事を知らない。つまり、君はこちらの柏木だね」

 はい? と、首を傾げた。それ以外のリアクションがあったら教えて欲しい。

「君を、僕の世界の柏木を迎えに来たんだけど、大変なんだ」

 意味がわからない。というか、おまえは誰なんだ。

(どう説明すればいいんだろう)

「あなた名前は?」

 焦燥めいたその男子生徒に、とりあえず名前を訊ねた。こいつは私を知っているような口ぶりだけど。

「あぁ、ごめん。僕は(くがさとし)」

「…………、」

 訝しげに感じ首を傾げて視線を逸らす。

「僕は自分の名前を思い浮かべた。だから柏木にはそれが分かったよね?」

 なぜこいつはその事を知っているんだ。

「しゃ、喋らないと分かる訳ないでしょ」

(僕の世界の柏木は、心が読めるんだ)

 押し黙る。一体こいつは何者なんだ。

「……口で言うね。僕の名前は玖珂聡史。反対側の世界から来ました。というか、ちょくちょくこちらへは来てるんだけど」

 唖然と玖珂を見詰める。反対側って何?

「何の冗談?」

「本当に僕の考えてる事、わからない?」

「な、何言ってるの」

「僕は君から、他人の考えが分かるって事を教えてもらった」

「……私が教えた?」

 玖珂は頷いた。

「あちらの君に、だけどね。僕と君は覚醒者なんだ」

「……覚醒者?」

 こいつ絶対頭おかしい。

「僕は表と裏の世界を行き来する事ができる。そして僕は、こちらには存在していない。でも、柏木はこちらにもこうして存在してる。だから早く連れ戻さないといけないんだ」

 玖珂の言葉に思案を重ねる。私が他人の考えがわかる事を誰彼に話すとは思えない。でも、玖珂はどう考えてもそれを知っていて、その事を私から聞いた、と言った。


 はーーーっと、大きく息を吐き出し、玖珂と名乗った男子生徒に問う。


「表とか裏とかよくわからないけど、要するに別の世界から来たって言ってるんだよね? 玖珂くんはそれを証明できる?」

「あぁ。それなら簡単さ」

 玖珂は自信気にそう言い放つと、階段を上って開かずの扉へ手を掛けた。

 ここから屋上へ出る扉は、常時鍵が掛かっている。

「そこ、開かないよ」

「少し待ってて」

 ニッっと笑ったかと思った途端、玖珂は忽然と消えた。

「ふぇ」

 目の前から突然消えたその姿に、私は思わず頓狂な声をあげた。直後、錠がひとりでにガチャリ、と音をたてる。

 次には扉が開いていた。扉は外側から玖珂が開き、私へ手を差し伸べてきた……満面の笑顔で。

 玖珂が目の前から消えた事も驚いたけれど、鍵がなければ屋上へ出る事はできない。その屋上側にどうやって玖珂が出たのかがまず理解できなかった。屋上側であれば錠を回転させるだけなので鍵は必要ないけれど、物理的に建物を通り抜けでもしない限り、"あちら"へ辿り着ける要素はあの短時間ではないだろうとも思う。

 頭を振りつつ理解の及ばない現実に、そのトリックの可能性を模索してみたけれど結局それは適わなかった。


「こっちで話そう。ここなら誰もこないから」


 ……玖珂に誘われるまま、私は屋上に出た。

 ひんやりとした冷たい風。校舎がその風を遮り音をたてている。

「か、風強いね」

「そこの間に入れば風に曝されないと思う」

 玖珂は笑顔でそう言って、扉を施錠した。

「な、なんで鍵閉めるの?」

「こっちを閉めておかないと、あっちが閉まりっぱなしになっちゃうんだ」

「ど、どういう意味?」

「柏木、右手をあげてみて」

 首を傾げながらも言われるままに右手をあげた。

「僕の世界ではこっちが右手なんだ」

 玖珂はそう言って左手をあげた。

「バカにしてるの?」

「してないしてない。本当だから。こちらとあちらでは左右逆なんだ」

 そんな現実、あっちゃいけない。

「右手はこっちでしょ!」

「僕たちからするとこっちが右手。柏木があげているのは左手」

「こっちが右だから! 小さな子供だって間違えないよっ!!」

「柏木、声でかい」

「……っ」

 言われて口を紡ぎ耳を澄ます。

 今はまかりなりにも屋上に居るんだ。勝手に屋上へ出た事を教師にでも知られたら問い詰められる。

 鍵をどうしたんだ、と。

「そこの屋上へ出る扉はね、こちらが掛かっているとあちらでは開いた状態になる。そして、左右が逆。だから柏木にとっての右は僕の世界では左で、左は右なんだ。それと、僕だけはあちらにしか存在してない……」

 新手の思想犯か、それとも何かのドッキリか。でも、突然目の前から消えるなんて不可能だよね。あと、自分だけこちらに存在していない、とか、それはどうやって知ったんだろう。

「なんで自分だけこちらに存在しないって分かるの?」

 こうして私の目の前に居るじゃないか。

「ちょくちょくこっちへ来てる、って言ったよね。自宅はこちらにもあるんだ。両親もいた。でも、こちらには僕が存在してなくてさ。調べたらこちらの僕は……その、流産、してた」

「……、」

「柏木はこっちもあっちも変わらない。小さくて可愛いし、表情で何を考えているのかも分かりやすい」

 小さいは……余計だよ。

「ふぅん。じゃあ、私が今、何を考えてるのかあててみて」

「……今はわからないよ。柏木じゃないんだから」

 ……もう、いいや。

「まぁそうだよね。私みたいに他人の心を読めちゃう人間なんて、そうはいないよね」

「そうそう。僕が今、何を考えているか分かる?」

「そんなの簡単。私の誕生日。でも、なんで知ってるの?」

 目を細め眉をひそめながら問いかけた。

「君に教えて貰ったんだ。向こうのね。昨年はプレゼントも渡したよ?」

「へ~っ、そっちの私は玖珂くんからプレゼントを貰える立場なんだ」

 にこにこと玖珂が笑顔で頷いた。他人に全く興味のない私も、こいつには興味を……示したんだ。

「本題に戻ってもいいかな」

「あ、うん」

「水深を連れ戻さないといけないんだ。だから協力して欲しい」

「協力、って言っても、何をどうすればいいのか具体的に言ってくれないと」

「君と水深が出会うとよからぬ事がおこるかも知れない。だから出会わないようにするっていう事と、君がよく行く場所を教えて欲しいんだ」

「……そっちの私はどうやってこちらへ来たの? 本当にこちらへ来ているの?」

 玖珂は小さく頷いて、ポケットから携帯電話を取り出した。私の携帯と同じ機種に見える。

「失踪直前、水深は唐突に僕の前から姿を消した。これは水深の携帯なんだけど、これもその場に置いたまま……ね。だから、こちらへ……来ているはずなんだ」

 ……でなければ手詰まり。そんな思案を表情と共に玖珂は隠そうとした。

「その携帯電話はこっちでも使える?」

 私の疑問に玖珂は首を振る。

「これも僕のも使えない。どうやら電波の類も微妙に違うらしい。だから誰にも連絡が取れなくてさ……あ、でも、番号はきっと一緒だと思うよ」

 そう言って、玖珂は携帯を私に見せてきた。その携帯のオーナー情報には、私の携帯番号が表示されていた。

 左右が逆、と玖珂は説明してきた。だったら数字なども鏡に映ったような"逆"をイメージしたけれど、それは普通に同じようだ。つまり、鏡の世界というわけではないのだろう。

「私の携帯番号と一緒……」

 自分の携帯を取り出し、一応照らし合わせた。

 右と左が逆、と言っても、見た目には同じだ。だったら違いなんてわかるはずもない。

「やっぱり?」

 言って玖珂が小さく首を傾げ笑った。私は小さく頷く。

「えっと、覚醒者、って何?」

「……あちらの世界ではね、三種類の人間がいるんだ。一つは何の能力も発現せず、日常を平凡に過ごすだけの人々。統治者と呼ばれる存在。そして、特殊な能力に目覚める人々。それが僕や君、即ち覚醒者と呼び合う能力者なんだ」

「と、統治者って何?」

「そっちも気になる?」

 小さく頷く。

「統治者っていうのはね、平凡と日常を過ごす人々の思想、思考、情報を細かに収集する能力を持っていて、それをインスピレーションに置き換えて様々な発明をしたり、国を支配する集団かな。僕もよくは知らないんだけど、水深が言うには《埋もれたアイデアを抽出する》事ができるらしい」

「なんでそれが統治者って呼ばれるの?」

「なんでだろうね。実のところは僕にもよくわからない。漠然とこうじゃないか、っていう考えになるけど、例えばさ、君は他人の考えをストレートに盗む事ができるよね。それを使って他人の弱味を握ったり、優位に立ったりもできると思うけど、そういう事はしない?」

「……たまに、するかも」

「水深と同じ答えが返ってきた。流石同似人物」

 どうに人物ってなんぞ。

「でさ、情報を多く収集できるっていう事は、色んな意味で優位に立てるわけだよね。例えば何か発見をしてもすぐにそれを発表できないような人から得た情報を、そのまま自分のインベントリに組み込んで逸早く先駆者として発表したり。で、そういう人たちは頭がいいから、自分の立場をどんどん高みへと積み上げていけちゃうわけ。あらゆる情報を収集できるから、あらゆる富をも手に入れる事ができる、というわけ」

「……よく分からないからもういいや。絵空事にしか思えないし」

 統治者という呼び方の意味自体が捻じ曲がって聞こえる。こういうのはきっと"毒"なんだろうな。

「まぁ、僕の偏見が入ってるから適切な表現じゃなかったとは思う。統治者は"ネットワークのブレイン"のような存在、って聞いたんだけど、しっくりこなくて」

「あ、それならなんとなく理解できるかも」

「そ、そう?」

 自分の考えを否定されたように感じた玖珂ちんは、微妙に落ち込んでいるようだ。

「そう言えば、こちらの鍵が掛かっているとあちらは開きっぱなしのように言ってたけど、そっちの世界ってそんなに無用心なの?」

「あぁ、そういう事じゃないんだ。ちゃんと鍵は閉めるよ。でも、一部の錠はどういう理由か知らないけどリンクしていて、あちらを閉めるとこちらが開いてしまう。と言っても、それを知ったのはつい最近で、しかもリンクしているって分かった場所はそんなに多くないけどね。でも、鍵……錠前に関わらずリンクしている場所はいくつかあって、そういう場所は何かしら不思議な現象が起きてるみたいなんだ」

「不思議な現象?」

「神隠しにあったり、自分とそっくりな相手と突然出遭ったり、色々。多分、世界規模で表と裏のどこかは繋がっているんだと思う。未知の電波、未知の飛行物体、それらは突然干渉して唐突に消え失せる。世界同士が繋がっていたり、何かの偶然で繋がる事が場所場所であるのかも知れない」

「……突然私が左右逆の世界に行っても、すぐにそれを実感する事はできなさそう」

 玖珂は頷き話を続ける。

「本題に戻すね。どうやって水深があちらからこちらの世界へ来たのかは分からない。でも、きっとこちらに居るはずなんだ。だから一刻も早く見つけ出して連れ戻したい。でも、誰とも連絡が取れないから、何の情報も集められなくてさ……」

 そこで玖珂は言葉に詰った。プリケーか何かを用意して欲しいけど、そもそもお金さえ微妙に違っているから、あちらのお金をこちらで使おうとすると偽札同然になる。玖珂しかこちらへ来れないだけあって、頼れるものが何もない。

「わかった」

「え?」

「ここで少し待ってて」

 透華が携帯を二つ持ってたはず。片方使ってないなら、それを借りて玖珂に渡しておこう。

 そうすれば私といつでも連絡が取れる。


 思い立った私は、透華からすぐに携帯を一つ借り受け、それを玖珂に渡した。

 玖珂に渡した透華の携帯番号を、私の携帯へ一時的に『玖珂くん』と登録変更。透華の携帯には私の番号が入っているから、これでお互いにいつでも連絡できるはず。


「何かあったらそれで連絡して。私も何かわかったらすぐにその携帯へ電話するから」


 表と裏、二つの世界。それを信じるのはとても酔狂な事だと思えるけれど、一度信じだしてしまった物好きな私には、この好奇心に抗うだけの常識は持ち合わせていなかった。そもそも、私は他人の思考を読めるのだから非常識なのだと思う。そんな私を、玖珂は心配してくれている。あちらの私を、だけれど。考えている事を全て知られてしまう相手に、玖珂はその私に何ら臆する事無く接して来たんだ。私なら自分の考えを全て知られてしまう相手が近くにいるだけで恐ろしく感じると思う。

 腹黒い自分を他人に見透かされるなんて、そんな事怖くて考えたくもない。そんな怖い相手であるはずの私と、同じように特殊な能力を持っているという理由でおいそれと付き合う事ができる玖珂は、とても能天気な性格か、はたまた天然系のおバカさんなのだと思う。自分の考えを一から十まで相手に知られて平気でいられるなんて……酔狂な奴だ。


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