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Another02

 ◇◆□■



 息を切らしながら教室へと駆け込む。

 ちん蹴りして置いてきたはずの恵太が、後から怒り心頭で迫って来ている。

 先に暴力を振るった恵太が悪いんだ。だから私は自分の正義を掲げたいけど、ひ弱な私には恵太と肉弾戦なんてできるはずもない。けれど教室には、か弱い私でも恵太と戦えるだけの条件が揃っていた。

「おはよーみなみ」

 その戦略に最も重要な位置を占める最終兵器"透華"と、作戦参謀の"真琴"が早々に朝の挨拶を投げ掛けてきた。

 後から迫り来る脅威を意識しながらも、平静を保つべく澄ましながら応える。その二人に面と向かい、社交辞令の挨拶を返そう。

「おはよう。ゴミども」

 違うでしょ。こんな挨拶したら助けて貰えないじゃないっ。誰? 私にこんな台詞を言わせたのはっ?!。

 神? 神なのかっ?! 出る杭は打つべし、そういう事なのかっ?!

 因みに、私にゴミ扱いされた二人は、従姉妹というか、異母姉弟というか、血が繋がっていて、繋がっているという不思議な存在です。

 と、解説する間も無くチン蹴りして置いてきた恵太が怒り心頭でその姿を悪魔の如く顕現せしめた。やばい、貞操のピンチだ。今日始まって以来の超危機的状況に違いない。とりあえずDV、駄目な暴力に屈しない為にも、私のガーディアン透華の後へすぐさま隠れる。戦局は先ほど私が口にしてしまった暴言により、極めて劣勢に陥っている事は否めない。

「みなみ、どしたん?」

「透華助けてっ。暴力の塊が私の股間を狙ってくるのっ」

 そう懇願しながら透華の思考を注意深くトレースする。透華はむっとした意識を教室へ辿り着いた恵太へと向けた。

 ……ゴミ扱いした事は特に気にしてないようだ。

「もう逃げられねーぞっ!!」

「恵太、おはよう」

 息を切らしながらも私を追い詰めた気でいる恵太が、透華の後に隠れている私に魔の手を伸ばして来た。私は透華にぎゅっとしがみ付き怖がる振りをする。次の瞬間、恵太は情けない声をあげて蹲った。椅子に座ったまま前蹴りした透華の足が、恵太の急所にちーんとクリーンヒットしたようだ。

「……けーた、大丈夫?」

 透華の蹴りは多分、私のそれとは比べ物にならない破壊力を秘めていた事でしょう。

「ううぅ……ううぅ」

 私の心配そうな声を余所に、恵太は気持ち痛そうに身悶えている。何人かの生徒がその光景を目の当たりにし、一部の生徒はくすくすと小さく笑い、一部の生徒は心配そうに見つめていた。無言のざわめきは既に意味不明なほど木霊している。

 とりあえず身の安全は確保できたっぽいので、周辺の同級生に目配せをしながら自分の席へ座った。

 勝ち戦というのはあれだね、ほっとするよね。


 さて、私の机、その左隣に座ってにこやかに微笑んでいる身長160センチほどの男子。こいつは真琴。

 容姿端麗(男だけど)、成績はごく普通で、運動神経は抜群、という訳ではないけれど、かなりなんでも器用にこなし、昨年は体操部に入っていた事もあり飛んだり跳ねたりはかなり得意な分野みたい。

 今は亡き(学校を卒業した)先輩たちが可愛いこいつを無理矢理女装させようとした時、真琴は即座にキレてその先輩たち全員をすっぽんぽんにしたという逸話は校内中に私が触れ回ったので生ける伝説と化している。

 入学当時は髪が長かったけど、現在は女に思われる事を嫌ってかショートカットにして久しい。しかし、それもまた無駄な努力であった。多分頭を丸めても女に間違われると思う。


「柏木くん宿題やったよね? 良かったら答え合わせさせてくんない?」

「あ、うん。じゃあノートはそのまま吉住から提出しておいて」

「らっじゃ~」

(ま、真琴、先に宿題写させてくれ……って、声が出ねぇ)

「朝っぱらからみなみいじめるとかいい度胸してんじゃん。おら。なんか言ってみ」


 次いでもう片方の貝割れ、透華。私の真後ろに座っていて、今は恍惚とも苦悶ともつかない表情で身悶えている恵太を足でぐりぐりしている。身長は女子にしてはかなり高く180センチほど。透華と恵太は巨人族の末裔に違いない。

 後ろ髪が真っ直ぐ腰まで伸びているけれど、前髪は短めにカットしつつもウェーブがかった不思議な髪型だ。モデルにでもなれそうなスタイルでクラスの二大巨乳と称され、それとは別に男子からとても恐れられている。

 なぜ恐れられているのかはこの状況を見れば一目瞭然じゃなイカ。

 そして、この透華と真琴は双子。私と恵太同様に。更にこの二人の誕生日は私と同じ12月24日だったりする。

 姓名すら一緒。

 あろう事か父親も一緒。

 これで四つ子じゃないのだから、偶然とは真琴しとやかに恐ろしいものだと思う。


 何を隠そう二股だった。そしてそれは、――多分、偶然だった。


 当時、母と母そっくりのオバサンがうちのパパに恋をしたらしい。

 そして種馬パパさんが、なんと付き合ってたどっちかとえっちぃ事をして、その時になんでも偶然入れ替わってた母か双子のオバサンが、これまた同じ日にえっちぃ事をして私たちは産まれてしまった。

 えっちぃ事をしてすぐに産まれた訳ではないけれど、昔話と云うものはいいえて妙なものなのです。

 不良母から聞いた史実では、なんでも当時高校生だった不良母が中学生だったパパさんへバレンタインチョコを渡した後、パパのあまりにも可愛い仕草に我慢しきれず襲ってしまったそうだ。ロスト女の子したと片割れに自慢した片割れと、嫉妬に狂った片割れにも、結局パパさんはその全てを奪われてしまった。

 なんて可哀想なパパさん。まだ年端もいかない、一人えっちも覚えてない時期に突然襲われるって残酷すぎる。

 何が気持ちいいのか悪いのかもわからないまま、一夜にして四児の父。


「とーか、それくらいで許してあげて」

 透華は小さく頷き、踏みつけていた足を外した。

「けーた、みなみ苛めたらご飯抜きだからね」


 しかも私たちが産まれた時期、15歳となったパパさんでは結婚できるはずもなく、18になり親権を得られる状態になってようやくパパは結婚式を2回挙げ、同じ日に二枚の離婚届を役所へ提出したそうだ。

 ひどすぎる。あまりにも報われない不幸なパパさん。それ以来、パパはずっと一人ぽっちなんだ。

 法律のせいで。

 私たち四人の父親として、認めて貰えない法律だから。

 一夫多妻でも私は良いと思うけど、今の法律ではそれらを認めてはくれない……。

「み、みなみ? どしたん?」

「……宿題忘れた。怒られる」

「そんな事で落ち込みなさんな。ほら、今のうちに写しな」

「あ、ありがと、とうか」

 気を取り直して、宿題のノートをゲットしました。


(俺も写させてくれ)


 ふと、恵太はそんな考えを巡らせたまま立ち上がっていた。

 そんな恵太に指と視線を向けてから、透華に向かって片目を瞑り左手で拝んでみた。

「もしかして、けーたも宿題忘れた?」

「ん、あぁ。写させてくれると助かる」

 宿題はしっかりやりましょう。


「ね、今日の夕食は何がいい?」

 突然割り込んできた真琴が私の机に片手を固定し、さわやかな笑顔でアンケートを取ってきた。

「今日の夕食当番って真琴?」

 恵太が問い、真琴はすぐに頷く。

「That's right」

「私はあれだ、豆腐が食べたい」

「俺は肉がいい」

「あたしは~真琴が作るならなんでも」

「――それじゃあ、すき焼きにしよっか」

 まぁ、みんな一緒に住んでるけどね。母親が双子で実家がそこにあるから。パパもそこで居候してるし。


 ふはははははっ! 神さまが本当にいるのなら――――なんてね。いるわけがないんだ。

 でも、私は神さまをちょっぴり信じてる。願望的にはきっと存在して、私たちを見て、色んな出会いや奇跡を偶然という形で与えてくれるんだ、って。


 ――我願う。ゆえに神あり。


「晩飯より先に、昼飯どうすんだ?」

「お昼はあたしが作る。買い物にも行くつもりだったから」

「ねね、とーか。これ間違ってない?」

「あ~ごめん。直感でやったから間違いいっぱいあるかも」


 ……神さま。ニュータイプごっこする透華をもう少し利口にしてあげてください。


「我おもう」

 ゆえに今あり。

「ゆえに我あり?」

「うん。ゆえに我あり」

 真琴のツッコミに私は頷いた。それに呼応するかのように、HR開始5分前のチャイムが鳴り響く。

「みなみっ、ノート早くしてくれっ!!」

 急に焦り出した恵太。

 そんな恵太を見詰めながら、余裕綽綽で書き写したノートを一旦仕舞おうとした。

 ふと、その表紙に世界が歪む。表紙にはこう、いろいろと描いてあった。


「……人間、諦めが肝心だよね」


 恵太はそんな私の言葉に疑問符を浮かべつつも、透華のノートを私から取り上げていた。


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