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Another01



 ――第一章:Another――◇■


 もし、神様が本当にいるのだとしたら。今、こうして私を見ているキミがそうなのだと思う。

 キミの今の表情は、大人とも子供とも、男とも女とも思える、優しげで悪戯っぽい笑顔なんだと予想しよう。

 キミ、と言っても、私がそういう空想を抱いているだけで、そんな存在などいるはずも無いのだけれど。

 もしいたら私の前においで。来たら神様を信じてあげます。


 ……、


 朝、学校へと向かう通学路で、いもしない神さまへ向けて心の中でつぶやく稚拙な悪態。

 初めてこんな"ごっご"をしたのは、確か小学校低学年の時だった。

 期待を込めて、心の中でただ呟いた。もしかしたら本当に神さまが現れてくれるような気がしたから。

 期待して、周りを見詰めて、ただ反応がない事に『来るわけないよね』と少し落胆しながら、それでも時折り"神頼み"をしてそれが実ると『神さまありがとう』なんて、神さまのお蔭でもないのに神さまに感謝して、またご利益がある事を期待していた自分がいた。


 …………、


 トイレに辿り着けそうもない時に、我慢して我慢して、駆け込むトイレが遠いとき、『神さま助けて下さい! トイレまで漏らしませんように!』そんな"ごっこ"を何度もした。その甲斐あってか、醜態を晒した事は一度もない。

 だから、もしかしたら本当に"神さま"がいるんじゃないかと思って、期待して、時折り稚拙な"ごっこ"をぽっちでする。

 でも、いつも答えは返ってこない。

 だからその度に――我思う。


 ……ホラこいよっ!

 本当にいるなら私の前にその姿を現してみろっ!

 この神がっ! いないから何も言えまいっ、姿も現せまい! ふはははははーっ! ――と。


(みなみ)


 心地よく妄想を膨らませていたその時、脳裏に直接響くような声が聴こえ不快な何かが背筋を駆け抜けた。

 慌てて周囲を見回す。

「なにぶつぶつ言ってんだ」

「び、びっくりした」

「何でビビんだよ」

 ……神さまが本当にいるかと思っちゃったじゃないか。

 声の正体は弟の恵太だった。身長190センチを超える双子の弟。とても同じ中学生には思えない。

「べっ、別に」

 そっぽを向いて再び歩き出した私に、恵太は溜息を漏らしながらも後に続く。

 そんな私の名前は柏木みなみ。水深と書いてみなみと読む。

 身長は130センチほどとやや低く、まるで日本人形を思わせるこの愛玩動物然とした姿は他人に癒しと苛立ちを与える。

 ストレートの黒髪は背中まであって、それは体操座りをすると地面と触れ合うほどだ。

 そんな自己紹介を考えていると、ぶるっと体が震えた。春だというのにまだ肌寒い。

 冷たい空気を大きく吸い込みながら前髪を両手で後に反らし、ついでに眠気と寒さで溜まった目元の涙を拭う。

 ふと恵太を見上げると、髪が寝癖も含めてボサボサだった。

「けーた、ちょい屈んで」

「はぇ?」

 そこで立ち止まった私に恵太は首を傾げながらも大人しく膝を折る。

 手に持っていた飲料水、そのペットボトルの蓋をあけ、ハンカチにそれを含ませてから恵太の寝癖と対峙した。その寝癖はなかなかにしぶとく、傍から見ると小さな私が大きな恵太をよしよしと抱いているように見えてしまいそうなシュチュエーションだった。ネグセという名の悪魔と数分の死闘を繰り広げたが、最後まで立っていたのは私だった。快勝だった。

 私は念のため、それが起き上がらないか手で確認し、すっかり平伏している事を確認してからきびすを返す。

「もういいよ」

 恵太の髪型が気にならなくなった私は再び歩き出した。


 ここはいつもの通学路。今朝はとても見晴らしの良い天気でタバコの煙のような微かな雲がわずかに漂っている。

 東京は空気が悪い、お水が不味いとよく聞くけれど、この場所で育った私には比べる対象がないのでその辺りの事はわからない。ただ、少なくともこの通学路は車が通る事はあまりなく、住宅街だけどジュースなどの自動販売機があちこちに点在し、夜半時には街灯が明々と点いて学生の通学路としてはとても安全だと思う。

 警察の屯所もコンビニとセットで学校に向かう途中に1つあり、毎朝顔を合わせる駐在さんや店員さんもいたりする。

 もう過ぎちゃったけどね。


「なぁみなみ、夢ってよく見るか」

「……寝てる時に見る夢の事?」

 唐突な質問に私は立ち止まっていた。

「あぁ。その夢」

「見るよ?」

「その、夢の中に家族とか出てくる?」

「出てくるよ? ほとんど綺麗さっぱり忘れちゃうんだけど、たま~に内容憶えてたりして、後になって笑っちゃう事もあるし。でもなんで?」

 口元に手をあてて、あくびを隠しながら上目遣いで恵太を見つめた。まだ少し眠い。

「いや。最近いつも同じような夢を見るからちょっと気になってな」

「ふぅん。どんな夢?」

「……お前が俺に、悪口ばっか言う夢っ」

 吹き出すように笑う恵太。すぐ続ける。

「お前だけ別の家に入って行って、真琴や透華はお前の事を柏木さんとか呼んでてさ」

「夢の中でちゃんと喋るんだ? 凄いね。私は映像だけしか見た事ないかも」

「だよな。なんで話し声まで記憶に残るくらい作ってんのかな」

「けーたも真琴に似て、意外と想像力豊かなんだねー」

 そんな事を考え口にしながら、再び学校へ向かう為に大股で歩き出す。

「みなみ、無理に大股で歩かなくたっていいぞ」

 澄ましながら再び大股で歩きだした私に恵太はいちいち気を遣う。この言葉だけなら素直に受け取るけど、私はちょっぴり機嫌が悪くなった。

 さて、突然だけど私はちょっぴり変わった能力を持っている。単刀直入に言うと、他人の考えている事が分かってしまうのだ。


(なに考えてんだか)


 より大股で歩きだした私の後を恵太は"黙って"付いて来る。

 もっとも、余計歩幅を広げた私に恵太は内心呆れているけれど。

 いつ頃から他人の考えている事が判るようになったのか、出来る事なら思い出したくはない。最初はその"声"に脅えていた。心の声は気持ちが悪い。ドロドロとした、それでいてエコーがかかったような言葉が、望む、望まないに拘らず頭の中に直接響いてくる。しかも人が沢山いる場所だと、そのざわめきで気分が悪くなる。

 この事をパパさん以外の誰に話す事もせず今まで隠してこれたのは我ながら正解だった。気持ち悪がられるのは嫌だ。他人の秘密をそれと知らずに聴いてしまう事も、それで後ろめたい気分になるのも、私が我慢するだけで平穏を過ごしていける。だから、これからも内緒にしなくちゃいけない、と思う。

 意識的に心の声を聴こえなくする事も自然と身に付いたから、今となってはそれほど苦痛に感じないし。


(あ、やっべ。宿題のことすっかり忘れてた)


 思案していた矢先、距離が近すぎて遮断できないその心の声が、私を現実へと引き戻した。

「みなみさん」

「だめ」

「……何が駄目なんだよ。まだ何も言ってないだろ」

「恵太が私にさん付けする時はお願い事だと決まってるもん。だから閃光入力しただけ」

「……みなみさま、宿題を写させて下さい」

 お約束過ぎる受け答えでその場を濁したけど、恵太は予想通りのお願いをしてきた。

 因みに、先行入力を閃光入力としたのは神に対する挑戦だ。恵太には"先行入力"と脳内入力されていたと思う。

 ふはははははっ! 神とやら、さぁ、本当にいるのなら私を罰してみろ! ひはははは!…………って、私も宿題やってないや。

 ――確か昨晩、恵太に宿題を写させてもらおうと思って部屋に入ったら恵太はとっくに寝ていたので、宿題のノートだけでも探そうとしたんだけど……どうりで見つからなかったわけだよね。で、つい眠くなったので少しだけ横になろうと思って、恵太が寝ている布団の中に忍び込んだら……夢を見た。

「けーたのせいだよ」

「は? 何が俺のせいなんだよ。訳わかんねーし。それより宿題見せてくれるのか駄目なのか、どっちだよ」

「私も宿題忘れたの。けーたのせいだよ」

「……おまえに写させて貰おうとした俺がバカだった。つか、それを俺のせいにするその理由は?」

 直後、私の口を左右に開く恵太。

「む~っ、うぅっ、ああうあうぁ」

 少し頭にきたのでその指をがぶりと甘噛みする。

「痛っ、おまっ」

 すぐさま恵太は私の首にチョークスリーパーをかけてきた。逃れようとしたけど足が地についていない。

「い、痛っ、けーたっ、痛いっ」

 と、泣きそうな声をあげた途端に解放される。

「悪ぃ。ちょっと苛ついた」

 頭にきた私は、振り向きざま足を思いっきり上へ跳ね上げ、恵太の股間に蹴りをかましていた。

「ちょ、痛って……」

 前屈みに蹲る恵太。

 私はペットボトルを取り出し蓋をあけ、前屈みにしゃがみ込んだ恵太の頭へそれをかけてから、中身の半分ほど入った容器を頭にぶつけ、文句の言葉を再び口にしようとしていた恵太の頬を弱弱しく右手ではたき、「けーたのバカーっ!!」と叫びながら全速力で校内へと入って行った。


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