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俯いてトボトボ歩いている僕は、傍から見たら不憫な子に見えるだろう。頭の上に暗雲が漂っている気がする。
「あれ?なんでノノちゃんがここにいるの?」
「………ま…つうら先輩…。どうしてここに…」
ありえない…。本当にありえない…。
なんで松浦先輩が理科室から出てくるんだ。
斜め前の扉が開いたかと思えば、そこからひょいっと出てきた松浦先輩。
その後に名波先輩も出てくるのかと警戒したけど、どうやら今日は一人みたいだ。
という事は、
「耀ちゃんが教室に行かなかった?」
やっぱり名波先輩は、宣言どおりに教室に行ったんだ…。
「…あの…、僕は…」
逃げたなんて言ったら怒られるかも。…どうしよう…。
どっちにしろ、ここに名波先輩も呼ばれちゃうんだろうな。
廊下の真ん中で立ち止まってオロオロとする僕。
誰から見たって“怪しいです”といっているようなものだ。
そうこうしている内に、松浦先輩が目の前に来た。そして、長身を屈めて顔を覗き込んでくる。
「ノノちゃん、もしかして耀平から逃げてきたの?」
図星を突かれて顔が引き攣った。
それは、松浦先輩から見たら泣きそうに映ったらしい。
何故か、緩い笑みを浮かべて僕の頭を撫でてきた。
「そんな泣きそうな顔しな~いの。…ノノちゃんは、耀平の事嫌い?」
優しい口調の松浦先輩。
昨日も思ったけど、名波先輩も松浦先輩も噂ほど怖い人達じゃなさそうだ。逆に、優しいとさえ思える。
…でも…。
「…嫌い、とかじゃなくて。…なんで突然、名波先輩があんな事言いだしたのか、訳がわからなくて…」
「あんな事って…、付き合って~とか好きだ~とかって事?」
「はい」
「そりゃアレだよ、耀ちゃんはノノちゃんに惚れてたからね、ず~っと」
「へ?」
「あ~!またそうやって可愛い顔する~」
松浦先輩の手によって、髪の毛がどんどんグシャグシャになっていく。
諦めの境地でなすがままの僕にも問題はあるけど、このままだといつかハゲそうで怖い。
「あのね、4月の始業式でノノちゃんを見て一目惚れしてからというもの、耀平はずーっとノノちゃんを影から見てて、気付けば本気で恋に落ちちゃったのね」
「…恋?」
「そう、恋だよ。あの耀ちゃんが、声もかけられずにひたすら影から見つめるだけのストーカー的な純粋な恋をするなんてねぇ」
「………」
ストーカーは純粋じゃないと思う。そもそも、影から見つめるだけでストーカーなのかな?
…って、なんとか冷静さを保とうと余計な方に考えを巡らせてしまったけど、今はとりあえず、それはおいといて。
…顔が熱くなってきた。
だって、絶対に気紛れだと思ってたのに、それなのに、恋だなんて言われたら、僕はどうしていいのかわからない。
それに、松浦先輩が言っている事が本当なら、僕がこうしてここにいるという事は、今頃教室へ迎えにいってくれているだろう名波先輩の気持ちを、思いっきり踏みにじってしまっているという事になる。
ザーッと血の気が引く音がした。