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僕の顔を見ていた名波先輩は、流れ出す涙にすぐに気が付いた。
「…葵ちゃん…。泣くほど俺が嫌い?」
困惑したような声。
そうじゃなくて、と声を発しようと口を開いた瞬間、
バタン!
図書室のドアが開く音と、
ダダダダダダダ!
物凄い勢いで走る足音が聞こえ、
「あ!耀ちゃん発見!」
僕の背後に誰かが来た。
そして、
「あれ、もしかして俺、邪魔しちゃったー?……ってノノ姫泣いてるし」
………誰か、僕に状況を説明して下さい…。
ノノ姫って何?この人は誰?
茫然と振り向いた僕の目に、ピンク色の髪の毛が映った。
襟足が長いロングウルフ。一重だけど大きな目。
右眉尻と舌にピアスをしていて……。
富士高でのもう一人の有名人。
名波先輩の親友で、同じく格好良くてモテる人。
松浦苑先輩。
驚きすぎて涙も止まった。
「耀ちゃんってば、お近づきになれた嬉しさで姫を襲っちゃダメでしょ」
「襲ってない。告っただけ」
「な~んだ」
…な~んだ、…って、なんだで済むような事?!
この人達にとっては日常茶飯事の事かもしれないけど、僕みたいな人間にとっては一大事だよ。
頭が飽和状態になったままボーっとしていたら、横にしゃがみ込んだ松浦先輩が手を伸ばしてきて、僕の頬を撫でた。
突然の事にビクっと肩を揺らすと、
「涙~」
そう言って濡れた指先を見せてきた。
…恥ずかしい。
眉を顰めて松浦先輩を見ていた僕は、ちょっと油断していたんだろう。
いまだ腰に回されていた名波先輩の腕にグッと力がこもり、またしても引き寄せられてしまった。
上半身の右側が、名波先輩に触れて暖かくなる。
「エン。葵ちゃんに触ってんなよ」
「あ~あ、嫉妬深い男は嫌われるよ~」
「うるさい」
なんとなく、松浦先輩が緩い人だという事はわかった。
「でも耀ちゃん、ちょっといきなり過ぎじゃない?さっきからノノちゃん固まっちゃってるし。まずはお友達から始めたら?」
「…葵ちゃんもそう思う?」
「へ?」
まさか僕に話を振ってくるとは思わなかったせいで、なんとも間抜けな顔を二人に見せてしまった。
途端に。
「可愛い」
また名波先輩に全身で抱きつかれてしまった。
結局その後、僕の頭が上手く働かないうちに話は進められ、松浦先輩の提案通りに友達から始める事になってしまった。
「放課後になったら、出来る限り毎日葵ちゃんの教室に行くから、一緒に帰ろう」
「俺も行く!」
「エンは来るな」
「キューピッドに対して酷くなーい?」
どうやら松浦先輩は、僕と名波先輩を付き合わせる気満々らしい。
…どうしよう…。
明日からの学校生活を考えて、泣きたくなる僕だった。