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「………」
「………」
獅子は目覚めていた。
「…あ…、あの…、僕…、あの…」
「………」
もう倒れそう。…というか倒れてしまいたい。
鋭い瞳が、無表情で僕を見ている。
…どうしよう…。ここで逃げたら、絶対にまずいよね。
身動きをする事も出来ず、視線を逸らす事も出来ず。はっきり言って石化状態の僕。
そんな中、名波先輩の腕が静かにゆっくりと持ち上がった。
見つめる僕の前で、名波先輩は手首を動かす。
それはどこからどう見ても、“おいでおいで”の仕草。
…な…、なんで?!
もしかして“俺の眠りを妨げやがって!面貸せや!”って事?!
顔が引き攣る。でも、無視なんてしたらもっと恐ろしい事になるのは目に見えている。
覚悟を決めて、名波先輩に歩み寄った。
すると今度は、人差し指をチョイチョイと下に向けられる。
…座れってこと、かな…。
指示されるまま、出来の悪いマリオネットのようなギクシャクした動きで横にしゃがみ込んだ。
そのおかげで距離が縮まる。
絶対に関わる事なんてないと思っていた相手が、目と鼻の先にいるこの状況。
もう何が何だかわからない。悪い意味で、夢を見てるみたいだ。
「…あの…、起こしてしまって、スミマセンでした」
「ん?あぁ、別にいいよ。どうせもう起きるつもりだったし」
「そう…ですか…」
怒っていないみたい。ちょっと安心した。
でも、僕の事を凝視するのはやめてほしい。
この人、物凄く眼力があるから視線が痛い。こんな風に、視線だけで圧力を感じたのは初めてだ。
押し黙ったまま固まっていると、名波先輩は突然
「一年の野々宮葵ちゃん」
低く甘い声で僕の名前を口にした。
なんで…、なんで僕のこと知ってるの?!
思わず目を見開いた。
もしかして、気付かないうちに名波先輩の気に障る何かをしていたんだろうか。
気に入らない奴だって、目を付けられてた?
…どうしよう…。
思わぬ事態に動揺して、震えそうになる手をギュッと握りしめる。
今まで、名波先輩みたいな人とは関わった事がない。どうしたらいいかわからなくて、とにかく怖い。
先輩の視線から隠れたくて俯いた。
流れる沈黙と静寂。
今ばかりは、司書さんがいない事が恨めしい。
そんな事を思って、今度は目を瞑ろうとした時、
「そんなに怯えないでほしいな」
名波先輩の苦笑いと共に僕の体が傾いた。
…え…?
気が付けば僕は床にぺったりと座り込み、名波先輩に優しく抱きしめられていた。
上半身をすっぽりと覆われるようにして、目の前には先輩の肩がある。
ふわりと鼻先をくすぐる香りは、先輩のつけている香水だろうか。シトラスウッド系の匂いがする。