表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

33

名波先輩からは、優しい溜息が零れた。そして、


「葵ちゃんは、エンの事が好き?」


穏やかなままの先輩から放たれた、逃げられない問いかけ。

さすがに、茫然と固まった。


「…ど…して…」


瞬きすら出来ない程に目を見開いた僕を見た先輩は、一瞬、何かを堪えるようにギュッと目を閉じ、そして、次にその瞼を開いた時にはいつもの優しい笑みを浮かべていた。


「葵ちゃんの表情とか行動、そしてエンを見る瞳。昨日までハッキリとはわからなかったけど、さっきので確信した」

「………」


違います。

咄嗟に言いかけたその言葉を飲み込んだ。

陸の言葉を思い出したから。

僕の本心を告げる事が大事だ、と。それを思い出した。

ここで誤魔化して、そしてどうなる?

誰も先には進めない。

目先の感情だけに囚われて誤魔化し続ければ、きっと全てがダメになる。


…何よりも、先輩達を傷付ける…。


それまで教科書を固く握りしめていた手を緩め、深く息を吸い込んだ。

自分の感情だけでいっぱいいっぱいだった僕は、改めて先輩の顔を見て、そして、自分は本当に馬鹿だったとわかった。

僕を見つめる先輩の眼差しには、包み込んでくれるような暖かさがあったんだ。

本当の気持ちを告げても大丈夫だって、安心させてくれる眼差し。


「…先輩」

「うん」

「僕は、松浦先輩の事が、好きなんです」

「うん、わかった」


笑顔のまま頷いてくれた先輩に、また泣きそうになる。

歪みそうになる口元をギュッと噛みしめていたら、先輩が一言「最後に、一回だけ抱きしめてもいい?」なんて言うものだから、僕の涙腺は崩壊した。

ポロポロと雫が転がり落ちるままに、頷き返した瞬間、まるで波に攫われるように先輩の腕の中に抱きこまれた。

背に回された腕に、痛いくらいの力が込められる。

俯いている先輩の柔らかな髪が耳に触れ、温かな体温に包まれて、僕はひたすら涙を流した…。




どのくらいの間、そのままでいたのか…。

不意に先輩の腕が静かに離れた。間近で見上げた先輩の顔には、穏やかな表情が浮かんでいる。

こうやって見つめ合っていても、変な緊張感はない。それどころか、物凄く居心地の良い空気が、僕達の間に漂っていた。


「俺が諦めるんだから、二人が付き合わないと怒るよ」

「名波先輩…」

「頑張れ」

「……ッ…はい!」


大きく頷いた僕の頭を、先輩の大きな手がグシャリと撫でた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ