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その後、先輩に手を引かれて連れて行かれたのは、近所の児童公園だった。
そこに行くまでの間に聞いた話では、この近所に先輩の友達の家があるらしい。
飽きたからコンビニに行ってくる…と出掛けた先で、さっきの出来事。
偶然にも程がある。そして僕は、その偶然に助けられた。
もし先輩が来なかったら、どうなっていたんだろう。
最悪な“もしも”を想像して身を震わせていると、立ち止まった先輩にベンチに座るよう促された。
柔らかい声に、体の震えも止まる。
外灯の下にある緑色のベンチ。
僕が座ると、先輩も横に座った。
スラリと長い脚が動き、膝の部分で組まれる。
僕は、ちんまりと座るだけ。
実際には1歳しか違わないのに、傍から見たら大人と子供に見えるだろう。
羨ましいな…なんて思いながら横を見た僕は、そのまま固まった。
だって…、先輩が物凄い目でこっちを見ていたから。
物凄い目。
言いかえると、物凄く優しい眼差し。
普段は緩い感じのする松浦先輩の、こんな見守るような…大人の要素たっぷりの眼差しは初めて見た。
また心臓がギュッと縮み、息がしづらくなる。
月明かりに照らされる先輩があまりに格好良すぎて、魅入られたように視線が外せない。
フッと微笑む先輩は、まるでモデルさんみたいだ。
「…ねぇ…、そんなに見つめられると、さすがに俺も照れるんだけど」
「え、あの、……すみません」
慌てて顔を正面に戻す。
でも、またすぐに先輩を見る事になってしまった。
顎先に指がかかって、先輩の方を向くようにクイっと動かされてしまったからだ。
「…松浦…先輩?」
「俺ね、ノノちゃんの事が好きなの」
「え?」
「最初は可愛いなーとしか思ってなかったのに。気が付けばノノちゃんに惚れてた」
「………え?!」
ビックリした。耳を疑った。
だって、名波先輩だけじゃなくて、松浦先輩にまでそんな事を言われるなんて…。
冗談ですよね?
その言葉は、喉奥に絡まったまま出る事はなかった。
僕を見つめてくる松浦先輩の顔が、とても真剣だったから。
こんな顔で冗談を言う人じゃないって事は、この短い付き合いの僕でもわかる。
だから、冗談には出来なかった。
固まっている僕に、更に先輩は教えてくれた。
「この前、俺と耀ちゃんが殴り合いの喧嘩をしたのも、理由はそれ。アイツは俺の気持ちに気が付いていたらしくてね。気持ちを押し殺してる俺を見て、なんで遠慮してんだ!って怒られた。…ホントに耀ちゃんは最高の男だよ」
…名波先輩が、そんな事を…。
この二人の関係や、名波先輩の優しさ、松浦先輩の優しさ。
なんだか、泣きたくなるくらいに感動した。
こんな人達が僕の事を好きだと言ってくれるなんて、本当に何かの間違いなんじゃないかと思う。
頭の中が麻痺したみたいにボーっとしている内に、顎先から松浦先輩の指が離れていった。
「いきなりゴメンね。でも、どうしても言いたかったから言っちゃった。好きになったのは俺の勝手なんだから、ノノちゃんは気にしちゃダメだよー」
「…先輩…」
そう言って緩く微笑む先輩を見て、何故か心が落ち着かなくなった。
…なに…これ…。
パーカーの裾を片手でギュッと握りしめて、先輩から視線を外す。
…いてもたってもいられないような、この気持ちは何?
浮足立つような、わーって叫びたいような、変な感覚が全身を襲う。
「遅くなる前に帰ろっか」
「…はい」
公園に来た時同様、先輩に手を引かれて歩き出したけれど、胸のざわめきはおさまるどころか、益々激しくなっていた。